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ギヴァリオとの面会(4)※アーシュアルト
しおりを挟む「…………眠った、か…………?」
すうすうと寝息が聞こえてきて、アーシュアルトは息を吐く。
「そのようですね」
「…………」
ライラが元々、頭の回転も早く、よく働く娘であったのは知っていた。しかし、こんな時でも働くことばかり考えているとは。
穏やかな寝顔にほっとしつつ、軽く彼女の額にキスをしてから、アーシュアルトは立ち上がった。
これ以上この部屋で話し合いをして、彼女を起こしてしまってはいけない。ユスファを連れ、奥のドアから自身の私室へ移動することにした。
バタン、とドアを閉じ、ソファーに腰掛けてようやく身体の力を抜く。
あまりにも目まぐるしい一日だった。
領都に戻るなり、ライラが〈命脈〉の様子を見たいと主張し、それからギヴァリオがやって来て、話し合いまで。
悪意をぶつけられたことは許しがたい。しっかりリュカス領には釘を差させてもらおうと心に決めながらも――。
(あ~~~~~~~~……!!!)
両手を目元に押し当て、天井を仰ぐ。
(働きたくて働きたくてたまらないといったあの前のめりな姿勢。まるで全身で、俺の役に立ちたいと訴えてくれるかのごときあの言動、なんと健気なことか。彼女がああもこの領地のことを考えてくれるのは嬉しいし、出来ることなら彼女の思うがままに動かせてやりたいが、彼女は働きすぎるきらいがある。それを抑えてやるのも夫の勤め。そう、夫。夫の……!)
実に幸せである。
ギヴァリオのことは処したいが、それはそれとして、ライラは愛い。
明日以降の予定を限界までみっちり立てようとするあたり、アーシュアルトが惚れたライラそのものだ。彼女がこの腕の中に落ちてきたことを改めて実感し、喜びで打ち震えた。
ユスファもいなければソファーの上でごろんごろんしていたかもしれない。
「……アーシュアルト殿下、色々噛みしめていらっしゃるところ恐れ入りますが、そろそろ現実に戻ってきて頂けないでしょうか」
「む」
このまま今日は彼女の一挙手一投足を思い出しながら幸せに浸っていたいが、そうも言っていられないのはわかる。
はあ、と息を吐き、アーシュアルトはユスファに向き直った。
「夕食は彼女が望んだとおり、無理をさせぬよう寝室に運んでやってくれ。それから、各〈命脈〉に青の神子の派遣を頼む。もし、〈水脈〉が太りすぎている場合は調整もさせるように」
「はっ!」
「――働きすぎにならぬ程度に、彼女の希望は叶えてやりたい。各地の〈火脈〉の調整を彼女に頼るのは吝かではないが、向かう先は十分に検討する。まずは陛下に内密に伺いを立てる。書状を用意しよう」
「承知しました」
次々とこのあとの行動が決まっていく。
とはいえ、ライラは今日と明日は完全に休ませる。これは決定事項だ。
「ライラの体調が整ってきたら、彼女が望むように色々学べる機会を用意してやりたい。――が、その前に」
アーシュアルトはううんと考え込んだ。
(彼女のキラキラした瞳。やりたいことが数多あり、活力に満ちあふれているのだろう。できればその希望を叶えてやりたいが、しかし、しかしな――)
チラッと、部屋の壁に視線を走らせた。
ここはアーシュアルトの私室。ライラの部屋は別に用意しているため、彼女が足を踏み入れることもないだろうと思い、そのままにしてある。
何をかと言えば、つまり、彼女の肖像画を。
「彼女に身体を休めて貰う名目で、まずは今の彼女の絵を描かせてもいいのではないか?」
その間、ソファーでゆっくり休んでもらうなどして。
本などを読んで寛いでもらう、という構図も素敵かもしれない。
外はまだまだ凍える冬だが、彼女の周囲はまるで春の陽差しが差し込むように感じられるだろうし、素晴らしい一枚になるに違いない。
そう考えると夢が膨らむばかりだ。彼女にとってほしい様々なポーズが脳内に溢れて止まらなくなる。
「こうしてはいられない。お前は――あ、いや。すぐに抱えの画家を呼べ。明日からの打ち合わせを――」
「殿下!」
が、ユスファは御意と言わなかった。どことなく悔しそうに拳を握りしめながら進言してくる。
「わかっていらっしゃるでしょう? 絵を描く時間など取れないほど、先に打ちあわせるべきことが山積しております。なによりも、陛下への書状を真っ先に用意して然るべきではないでしょうか」
……まあ、彼の言うべきことはもっともである。
ライラの肖像画を増やすことをご褒美に、ひとまず頑張らねばならないだろう。
「――ならば今すぐにとりかかろう」
「ありがとうございます。それから」
「まだあるのか」
「ありますよ! 何日領都を不在にしていたと思っているのですか。陳述書もこの通りですし、各種裁定も滞っております。リュカス領をはじめとした近隣領地の動きも調査せねばなりませんし」
「わかった! わかっているから!!」
このままだと際限なく仕事が襲いかかってきそうだ。
いや、着手せねばならないことはわかっているし、ライラに関わる案件も多い。当然、着手するつもりはある。
「――それらの仕事をなさるというのであれば、私とて、あなた様のコレクションを増やすため尽力することに異論はございません」
「うむ、早速とりかかろう」
体力だけは自信があるのだ。今宵はライラにゆっくり休んでほしいし、こちらは夜通し仕事をしても問題ないだろう。
ならば早々にやるべきことを終わらせよう。
そう決意し、アーシュアルトは執務室へ向かったのだった。
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