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実質、初夜なのでは?(2)
しおりを挟む振り返ると、いつからそこにいるのか、目を据わらせてこちらを見下ろしているアーシュがいる。
(あれ……冷気、5割増じゃない……?)
おかしい。彼には青の女神の祝福はなかったはずなのだが。
背筋がゾクゾクするかのような感覚に襲われ、私は固まった。
「ええと……」
しどろもどろになりながら言い訳を考える。まさに図星で、このままもう少し本を読んで、自室のベッドで少し寝たらいいかなあくらいで考えていたのだ。
(だって、あとから彼のベッドに入りこむのって気が引けるというか、なんというか)
そもそも、私たちは同衾する必要性はない。
最初に身体を交わらせたのも、彼が私を妃にするためだったと理解している。
きっちり処女は捧げたし、これ以上無理に身体を繋げる必要はない。むしろ気まずいだけだから、極力共通の寝室は利用しないでおこうかなと思っていたのだけど。
「ちゃんと寝る。寝るわよ? 自分の限界は理解してるし、まだ全然元気っていうか。もう少し――」
「……………………っ」
瞬間、ギンッ!とアーシュの纏う空気が鋭くなった。
(ひっ!?)
久しぶりのこの感覚。肌にビリビリ来て、私は息を呑む。
「2週間」
低い。あまりに低い声に、私の背筋が凍る。
2週間って、何が、と思うが、考える余裕なんてない。
「君が、とても楽しそうだから。邪魔をしてはいけない。そう考え、君がやりたいようにしてもらってきたつもりだ」
「え、ええ! そうね。色々環境を整えてもらえて、私、とても感謝して――」
「今日だって! できることならば、君の望む通りに。過ごしてもらいたい。俺は、それを見守っているだけで十分幸せだ。君の邪魔をするべきではない。君が、君であるために必要なことなら、多少の睡眠不足くらい寛容になるべきだとわかっている」
実に寛容な意見である。ありがたい限りだが、表情とセリフが全く噛みあっていない。
「い、色々理解してもらえて嬉しいわ……?」
「理解。そうだな。俺は、君にとってよい夫でありたい。そのために、君の邪魔をしてはいけないとわかっている……が……!」
ぐぎぎぎぎ!と、とてつもなく苦しそうに彼が呻いた。
バンッ、と両手を顔に打ちつけ、まるで血の涙でも流しそうな勢いで呻いている。
「もう、2週間になる」
大事なことらしいので、2度言われた。
「え? ええと……?」
何が、と小首を傾げると、アーシュは口をギュッと引き結んだ。わなわなわなと震えながら、絞り出すように吐露した。
「――2週間も、君を抱いていない」
…………。
……………………ん?
「君は体調も崩していたし、今はやりたいことが山積しているのはわかる。が。その。俺とて、我慢の限界、というものがある」
「は?」
「いや、君が君らしく過ごすことが最優先なのはもちろんわかっている! わかっているのだが。君は俺の部下ではなく――妃――だろう? 妃を愛したいと思うのは、当然、というか、だな」
「ちょっと待って……?」
頭の中がぐるぐると回る。
「あの、えと。その。確かに私たちは夫婦、になったわけだし。ええと、あなたが私を大切にしてくれるのもわかるんだけど。あくまでポーズって言うか? その、普通の夫婦とはちょっと違うわよね……?」
この関係性をどう表現していいのか、自分でもわからない。
いや、最終的に後継問題等も発生するのか。
「あ、わかった。早く、子供ができた方がいいってこと?」
「こど……っ!?」
アーシュの声が上擦っている。
もしかして、見当違いだっただろうか。
(じゃあ――そっか。やっぱり男の人だもの、溜まる――というか、色々大変なのよね? それとも――)
――アーシュに助けられてから、何度も言葉にされた彼の気持ち。それが本物なのかもしれない、というかすかな可能性も頭にちらつくが、必死で振り払う。
だって、そんな。どう考えても、そこまではありえない。
彼の気持ちが本物だと言える確証など、どこにもないのだから。でも――
ちらっとアーシュを見上げると、彼はくしゃりと目を細めた。
「君は少し、難しく考えすぎているようだな。――単純に、俺の心も身体も全て、とっくに君に捧げているというだけだ」
「っ、アーシュってば、真面目なのね……?」
そんなにも真剣な顔で甘い言葉を投げかけられたら、さすがの私も信じそうになってしまう。
ぷいっと顔を横に向けるも、耳まで真っ赤になっていることはお見通しらしい。
逞しい腕が伸びてきて、肩を掴まれる。強引に彼の方を向かされたかと思えば、ちう、とごく自然に口づけられて、胸がドキンと跳ねた。
黒玉が私を捉えて離さない。なんというか、穴が開いてしまいそうな程に見つめられるってこういうことを言うのだと思う。
キスは触れるだけのものから、少しずつ深くなっていく。
唇を喰むように何度も重ねられると、くぐもったような声が漏れた。
緊張して身じろぎするも、すっぽりと抱き込まれては余計に肌の触れ合いを意識してしまうだけ。そうするうちに彼に抱き上げられ、問答無用で連れ去られてしまった。
向かう先はもちろん――奥の寝室。
ゆっくりとベッドに寝かされ、彼が上から覆いかぶさる。
「――だから。いいか? 俺は、君に触れたい。何度でも」
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