ぐみたんは覚えていない

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「ねゃぎああああああああ!こわああああああ!!なんっ、なんだこれ足元スケスケなんですけどなにこれこわいよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおーーーーーーーーーーーーーー!!!!」
垂直離陸を試みたものの、頭から足の下まで三百六十度が透明になり操縦席が浮いているだけの空間になって悲鳴を上げた。
確かにこれはどこから何かがあってもすぐ判るけど高っ高いよ恐いよ五メートルくらいしか浮いてないのに倍以上の高さに感じるよ泣きそういやもう既に泣いてる。
《すぐに慣れます》
「うえぇ…ほ、本当にぃ…?」
高い所は嫌いじゃないがこれはあんまりだ。
気持ちだけで空を飛んでは駄目らしい。
「ふみゅ…」
だが耳元で小さな生き物が暢気に微睡んでいて平気そうにしているので、俺も泣き言ばかりを言っていられない。
こ、こんなチビッ子に負けて堪るか…!ぐっと腹に力を入れて袖口で涙を拭う。
そして下を見ずに前だけを見た。
見えた景色は木と森と山と谷と川。
そして点々と不規則に輝く光…それはさっきから見ていた光る花なのかも知れない。
遠方は黒い霧のようなものに阻まれて見えず、視線を上げた先もまた、どろどろと蠢き胎動する蛇のような雲だけがあり。
空の上なのに空がまたあるのは不思議だが考えても仕方がないだろう。
ここから見える一番近い水辺とやらは、光る花らしき物に囲まれた場所に在った。
しかし。
「人の気配がない、と言うよりは人が住んでいる場所では、ない…?」
建物や人工物が空の上から一つも見えない。
まるで最初からなかったみたいに。
だったら俺が最初にいた場所の地面はもしかして巨大な天然石だったりするのか?
《この世界の人間は五百年前に全ていなくなりました。存在しているのは精霊達や獣、エルフ他亜人獣人等…そう言った『人のような形をした生命体』のみです》
「は、え?そう、なのか?」
人間のいない世界…だからここは人の手が入る事なく自然がありのままで残っていると言うわけなのか。
《ですがこの『島』は何度私のアーカイブを探しても記録にはありません。他の『島』ならば人工物、そして私のような『機械』が存在している筈ですが、私のアーカイブも五百年前のままですのでどこかでアップデートをする必要がありますが…この島には衛星一つも飛んではおらず、それどころか上方の黒い雲のような何かにジャミングを掛けられているように何も判りません》
ゆっくりとギンレイが言った。
「……つまりは何もわからねぇって事か。そりゃあ俺もわかんねぇけど今はコイツを安全な場所に連れてくだけだな…」
肩の上で微睡む毛玉を見る。
《この世界の『ヒト』……『人間』に関してはまた後程。今は仮主様がやりたい事をして下さい》
そう、そうだ。
まずは目の前の事を片付けるしかない。
やりたいと思った事をしよう。
その後の事はそれからで、ギンレイが言うように態勢に関してはいずれは慣れる事だろうと自分自身に言い聞かせて、まずは目の前の事をしようと楽観視する事にした。
現実味がない現実。
それが今現在間違う事ない事実なのだから。
肩にいる冬毛のようにぽわぽわな手触りがする黒いまりもの首の後ろをそっとなでると、くすぐったそうに身じろぎしてから「ぐぷるぅ」と(多分)喉を鳴らした。そのまま閉じられた眼は開かれる事もなく、それは微睡みの中で眠りに落ちたままで。ここぞとばかりにそぉっと頭を撫でたら耳がへにょりと落ちた。くそ、柔らけぇな。その手触りと反応だけで俺は完全敗北カタルシスです。以上作文でした。
「こっからじゃ川の近くにロヴァルリンゲルのお仲間が居るかが見えん。川辺の近くに降りて、俺は蔭から見守るからギンレイはコイツ連れて川まで行ってやってくれ。ついでに花の精霊とやらが近くにいたら情報収集を頼む」
和んで気が緩んで、俺が気になった諸々は後にして今は現状を少しでも把握する事にした。
《わかりました》
水面のように静かな声が機内に漂うと、安心したし頼もしい。ちょうど川辺近くに降りれそうな場所があり、様子が見れるように光る花に囲まれた場所がある。ギンレイにそこの広さは充分か訪ねると、大丈夫だと返ってきたのでそこに降下する事にした。
 夜陰に紛れるようにそっと着陸して紅い機体から降りると、機体は消えて光の珠になる。まるで光る花の花粉に紛れるかのようにそれはひっそりと息づく。
なるべく姿を消していてくれと言った事をギンレイは忠実に守ってくれていた。
静かな闇の中でサラサラと流れる川の音が耳をくすぐる。朝はまだ遠いようだが、本当に朝が来るのかと不安になる程空は既に月も星も隠してしまっていて、そう、蓋をされているような気分になりつつも呼吸を忘れていないかと確かめながら深呼吸をすると、川辺独特の湿った土と草の匂いがした。
すん、と、肩口で鼻を鳴らす音がする。
幼体ロヴァルリンゲルは何かに気付いたようで、寝惚けたままフラフラと危なっかしく俺の肩から飛んで離れた。
 もしかしてお仲間の匂いでもしたのか…光の珠になっているギンレイに一声掛けてその小さな後ろ姿を追うように指示をして、俺はその場にしゃがみこんで繁みの中から息を潜めて一人と一匹の行き先を目を凝らして見ていた。
 やがて少しずつ暗闇に目が慣れて来ると、川辺の近くで黒く大きな何かが動くのが見えた。
 細く長い尻尾に、ピンと立った耳。
猫のような黒い豹のような生物は、フラフラと飛ぶ幼体ロヴァルリンゲルの姿を見付けると、金色の瞳を輝かせながら尻尾を立てて愛おしそうに頬ずりをしていた。父親か母親かはたまた兄弟か、まるで『家族』であるかのように。
「(……良かった……)」
本当の家族かどうかはわからないが、受け入れられたと言う安堵に小さく息を吐くと、やがて幼体ロヴァルリンゲルは成体ロヴァルリンゲルと共に寄り添いながら、光る花が生えている川沿いをゆっくりと歩き出して俺に気付かず目もくれず遠ざかって行く。
良かった、これでいい、と、思った。今回は偶々運が良かっただけかも知れないが見捨てなくて本当に良かったと思う。
「仮主様」
「ん」
不意に耳元で声がする。肩の上に光る珠が浮いていた。…少し忘れてた。
「花の精霊とやらに話は聞けたのか?」
「様々な精霊や妖精からお話を聞けました」
幼体ロヴァルリンゲルの少し後ろで浮いていたようにしか見えなかったが、随分と仕事が早い。俺にはどこに何の精霊やら妖精がいるかはわからないが、同種ならではなのか。
「どうぞ」
徐にギンレイがレギンレイヴを出す。
長くなりそうな話らしい。促されるままに再びレギンレイヴに乗り込んで腰を落ち着かせると上方が透明になって暗いだけの空が見えた。だが内部温度と座り心地は快適である。広いシートだ。
倒して簡易ベッドにしても充分な広さがあって、最低限の寝床に困る事はなさそう。
「まず、この島は『ソルフェジオ』と、呼ばれているそうです。誰が呼び始めたのかはわからないそうで」
「ソルフェジオ…俺がいた世界ではヒーリングミュージックや自然療法に用いられる周波数の事だな……確かにここにゃ人工物はなく、自然そのものしかねぇが」
静かでいいがちょっと怖い。
ギンレイがいなけりゃ挫けていたかも知れない。
そしてそのギンレイは俺の言い付けを守って姿を消したままな訳だが、機械的なその声すらなければ、このレギンレイヴと言うコックピットやらがなければ、俺は今生きていたかどうかも怪しい……人間がいない、少なくとも今現在意志疎通が出来ているのはギンレイだけ……考えないようにしていた不安が頭をもたげて何とか誤魔化す為にぺちんと自分の頬を軽く叩いた。
本当に……夢じゃないんだな。
そう思ったら少しだけ心細くなって。
「……なあ、二人だけの時は姿を見せてくれ。正直凄く寂しいし不安だし折角可愛いギンレイに会えたのに勿体ない」
「はぁ……はい……?」
言っている意味が解らないと言う声色でも姿を見せてくれた。
巫女服と言う日本らしい服装を見るとほっとする……思わずふう、と安堵の息を吐いた俺を見てギンレイは首を傾げつつ話の続きをするべく桜色の小さな唇を開く。
「『人間』が存在しないのは五百年前から。それはこのソルフェジオだけに関した事ではなく、この『世界』……『ユグドラシル』に置いての事実であり真実ですが、このソルフェジオに関してはその五百年以前か以後か、いつから存在しているのか分からず、かつ結界のような物が巡らされており島の外にいる何者にも見えもせず存在すら知られていない……のだそうです」
「その『結界』とやらは誰が貼ったんだ?」
「それは解らないとの事」
「陸の孤島ならぬ空の孤島、って訳か……」
現状は把握した。
ひとまずこの島を出て他の島で元の世界に帰る方法を探すべきだろうが、さて。
「ところでダメ元で聞くけど、元の世界に帰れる方法知らない?」
「……………………」
沈黙。
これは肯定なのか否定なのか。
表情からは何も読み取れない。
「『精霊王』を殺す事」
暫しの沈黙の後、そんな事を言った。
「殺す、とは穏やかじゃねえな。そも精霊王って何だ?」
一概に『はいそうですか』とは言えず殺害など実行すら安易に出来ないし、解らない事を解らないまま増やすだけとはいかない。
「精霊王とは、このユグドラシルを支えている存在です」
「その精霊王とやらを殺して俺が元の世界に帰れたとして、ユグドラシルはどうなる?」
「崩壊します」
つまりは。
「この世界の崩壊と引き換えに元の世界に帰ると?根拠は?前例は?」
「……ひとづてに聞いただけです」
急に歯切れが悪くなった。
半分機械であると言うならば人づてに聞いただけの事を信じる訳にはいかないと判断が出来る筈だろうに。例えば『ひとづて』、の中に『人間(ひと)』と言うニュアンスがあったとしても、
「そんな曖昧な話を信じる奴がいるかよ」
「……信じるしか、なかったのでしょう」
本心を言葉にしたら自分でも思っていないくらいに声のトーンが落ちた。その言い方は、まるで。
「俺以外にも他世界から来た奴を知ってるみたいに聞こえる」
何一つ隠さずでも思った事を溢してしまったらギンレイの身体が固まったのが図らずとも雰囲気で解った。『二人きりの時は姿を見せて欲しい』と言って正解だったか。只の俺のワガママだったとしても今は、そうでなけりゃ気付く事が出来なかっただろう、と、思う。そして。
「………………」
翳る表情を見た。
半身が機械でも半分は意思がある生命体である事をギンレイ自身は識っているのか否かは判らなかったが。
「私の主がそうです」
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