ぐみたんは覚えていない

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そこは、見渡す限り森であった。
当たり前である。
《依然、結界内部です》
「うむむむ……」
先は視認出来ている範囲の外にはぼんやりとして見えず、同じ場所を行ったり来たりしているような感覚さえありメーター類も表示がゼロから動いていないと来たモンだ。
「惑わせて出られないようにしてんのかな。やらしい結界主め、見つけたらまずはブッ飛ばしてやる。話はそれからだ」
《結界主をぶっとばしたら話が終わる可能性がある訳ですが》
「それならそれで黙って殴って出ていこう」
《話をせず問答無用で殴って去るのは通り魔と言うのでは》
「今現在まず通れてすらいない囚われの身であるぐみたんは難しいことわかんないなあ」
《ぐみたん》
「『めぐみ』だから『ぐみ』たんだ、グミ美味いし好きだしかわいかろ?特にハードグミが好きな訳だが今思い付いて気付いたボカロじゃん」
余りにも埒が明かないので、とてつもなくどうでも良い思い付きすら浮かぶ。本当に埒が明かないのだ。何度か離陸と着陸を繰り返している。だが飛べど進めど位置はロヴァルリンゲルを陰ながら見送った場所からビタイチ動いていない。機体であるレギンレイヴに回っているらしい俺の魔力(ガソリンみたいに使われているものらしい)が微量ながらも只只無駄に消費されているとギンレイに度々忠告を受けた。動けば減るのは当たり前だ。だが都度着陸すれば、島自体の自然が魔力の源であるマナ(大地魔力とやら)を持っているとの事だから休めば立っているだけでも魔力は回復するとの事なのでそれはいいが、着陸をした場所の風景が変わらないままだと精神的にも疲弊する。しているのだなう。
救いがあるとすれば空。星は中々見えず、星座も俺のいた世界と比べれば方角も季節もバラバラであり、そも判らない形をした物もあり相変わらず霧のような靄のような黒い物に覆われてはいるが、時に雨が降り月は形を変えている。その『黒い何か』の中に入ればまた違うかも知れないが、ギンレイの分析すら出来ていない今の状況では何が起こるか判らないから正直恐くて近付く事すら出来ないままでいた。とどのつまりはどこにも何にも踏み込めずの現状維持である。
「ふー……」
変わらない景色の中、取り敢えず息を吐き出す。呼吸ってこんな感じで合ってたっけ?
「花の妖精とやらはどうだ?今何か聞けそうか?せめて頭の上の黒い雲なり靄がいつからあって、どんな影響があったのか聞くだけでもいいから何かくれ、なんか。テキトーにでもいいし関係ない精霊のキャッキャウフフなトークとかでもいい」
《貴方雑ですねぇ》
「疲れてんだよ、ほっとけ」
取り繕う気力すらない。心なしか周りも薄暗くなっている気さえする。
「……ん?」
そうか、周囲を囲む光の花が萎んでいるのか。
《失礼、魔力をお借りしします》
「別に断らなくてもいいけど何かあったの……か?」
問うと同時に花が急速に枯れていき、その変わりに機体が強い光を帯びた。
《急いで撤退した花の妖精曰く》
「?う、うん……」
《強い光で護らないと『黒い獣』が襲ってくるとの事でしたので、魔力をお借りして光を灯しました》
「『黒い獣』……ッ!?」
問うと同時に空から不定形の黒い何かが降り注ぎ、俺達を避けるように地面に落ちてうねるようにしかし凄い速さで次々と四方八方に散って言葉を失う。その形は『獣』と称するに相応しく鳥のように形を変え狼のように四つん這いで駆け、はたまた三つ首六本足の犬に形を変え目と口が無数にある二足歩行の手が無い何かに形を変え…と、姿形は様々だ。見た事もなく感じた事もない恐怖心で口に両手を当てて息を殺して目を閉じ、横を上を獲物を探すように蠢き飛び回るそれらが只通り過ぎるのを待つが、それらが産まれては走る飛ぶ歩くを繰り返し地面を揺らす音と振動は鳴り止まない。俺を、俺達を避けているとは言え恐くて。怖くて恐くて恐怖(こわ)くて仕方がない。だが。
《この列が向かう方向は先程ロヴァルリンゲル達が去った方向です。このままやりすごしましょう》
「…は?」
その言葉を聞いてしまった。
《どうやらこの獣達はより強い魔力に反応しているようです。私達は隠蔽をしていますが────ッ?》
全速でギアを上げて上昇する。その行動に異議は認めない。そんなのは許せない。俺の意志だ。俺の責任だ。俺が生きていて欲しいと望んだのだ。
「ギンレイ、お前は何が出来る?武装はあるか?俺の魔力が必要なら幾らだってくれてやる。出来る事なら何だってやってやっから言え。俺は俺が救けた生命を護る事が出来るか?」
トリガーを握る指に力が入る。アクセルを踏む足の指先さえも加速する為の装置になる。武装。出来る事。知らない事が緩やかに、だが素早く頭の中に流れ込んでそれを即座に思考に変える。
《勿論です》
隠蔽を解く。地を這っていた黒い獣達の意識が俺達に向く。獣達のヒリつく視線と─────食欲は。
「来やがれ俺のがまりもよっか魔力あンぞオラァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」
そんな虚勢で俺の物にする事が出来たのであった。
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