上 下
1 / 3

その1

しおりを挟む
「そろそろ潮時なのかもしれないなあ……」

第一王子のクズネッツが、そのように言ったので、パーティー会場に居合わせた人々が、何事が起きたのか、それを見極めようとして、クズネッツの方を見ていた。

新しい人生の門出を祝うはずのパーティーであったのだが、クズネッツは、あまり面白くないようだった。大国の王子という重圧、そして、婚約者との話し合いが上手くいっていない……人々は、そのことをよく知っていた。だから、一際暗い顔をしていても、誰も不思議には思わなかったのだ。

クズネッツは元々、誰もが認める美男子であり、求婚者は多かった。しかしながら、彼自身、誰と婚約すればいいのか、その答えを見つけるのは中々容易ではなかった。そんなところに舞い込んできた婚約話……その相手は、公爵令嬢のマリアだった。

潮時……つまり、一度はマリアと婚約することを、ある程度本気に考えていたのかもしれない。しかしながら、マリアと婚約することも、それは一瞬の気の迷いであり、めでたくゴールにたどり着くことはなかったのだった。

「クズネッツ様……私との婚約につきましては……」

いちいち確認する必要はなかった。しかしながら、婚約をほとんど確信していたマリアにとって、この事態は非常に信じがたいものだったのだ。だから、クズネッツの口から直接想いを聞こうと思ったのだ。

「非常に残念な話かもしれないが……私はまだ、婚約というものがよくわからないのだよ。確かに、一度は君のことを好きだと思ったさ。そして、君も私のことを好いてくれたね。ああ、そんなことはよく分かっているのさ。だがね、これがずっと続くのかって言われたら、そうでもない。私も、そして、君も、非常に大雑把でわがままな性格だ。そんな人間同士が婚約しても……あんまり芳しくないのではないかと思うわけなんだ……」

クズネッツは一通りの説明をした。もちろん、マリアはちっとも納得できなかった。だが、表立ってクズネッツを批判することなんてできなかったし、何よりも、したくなかった。

勿論、直接的な批判は避けるよう努力した。しかしながら、言いたいことは惜しまなかった。

「クズネッツ様?私はそこまで大雑把な人間だと思いますか???」

「自覚がないのか?やはり、それではダメなんだなあ……」

クズネッツは、何度も何度も頷いた。

一方、外野の貴族たちは、驚きを隠せなかった。令嬢たちは、マリアが婚約破棄されることによって、ひょっとしたら、自分が新しい婚約相手になることができるかもしれない……なんて、楽観的に考える者もいた。しかしながら、あのマリアが相手にされなかったシーンを見せつけられて、クズネッツは、非常に頑固で、今後一生、誰とも婚約しないのではいか、と考える者もいた。

いずれにしても、この一件は大きなスキャンダルとして、後世まで受け継がれることになった。クズネッツの対応が、あまりにも子供っぽくて、このときは、大半の国民が、彼を王子の立場に据え置くのはよろしくない、と考えた。

「クズネッツ様……私に理由を告げず、そのまま婚約破棄ですか……それでも仕方がありませんねえ……」

マリアは開き直って、これ以上の質問はしなかった。

「分かってくれるかな?マリア。この度の婚約は、全て、私の意志だけでコントロールできる話ではないのだ」

「ええ、そのことにつきましても、よく分かっております……」

「そうか、ありがとう。それじゃ、正式な書類なんかは、後日送ることにしよう。そして……この度の騒動の慰謝料についても、後で払うことにしよう……」

「承知いたしました。では……私はこれで失礼いたしますわ……」

マリアは、パーティーの会場を後にした。

「ありがとう、マリア……」

クズネッツは、深々と頭を下げた。これで一件落着……クズネッツは、そう思っていた。

しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

旦那様!単身赴任だけは勘弁して下さい!

恋愛 / 完結 24h.ポイント:1,512pt お気に入り:182

堅物監察官は、転生聖女に振り回される。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:333pt お気に入り:149

最初に私を蔑ろにしたのは殿下の方でしょう?

恋愛 / 完結 24h.ポイント:3,516pt お気に入り:1,959

運命の番を見つけることがわかっている婚約者に尽くした結果

恋愛 / 完結 24h.ポイント:16,076pt お気に入り:262

殿下、それは私の妹です~間違えたと言われても困ります~

恋愛 / 完結 24h.ポイント:2,781pt お気に入り:5,279

処理中です...