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月の光
05_月の光
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教会から、地下に通じる階段を勢いよく、何かが下りてくる音がした。この足音からして、人間ではない何かだ。しかも、一体ではない。複数体こちらに向かっている。
速い、すぐそこまで来ている。
ジーナと奥の部屋に行く前に、階段から下りてきた複数の黒い影がタイムベルの地下室に勢いよく飛び込んできた。
猛々しい唸り声を上げ、口元から涎を垂らしながら、僕たちのほうに迫ってくる。姿を現した黒い影の正体は、全身が黒色の犬だ。ただの犬ではない。目を赤く充血させ、僕たちの血肉を食らおうとしている。さらに、普通の犬とは、比べ物にならないくらい、動きが俊敏だ。
半獣になって、飛躍的に動体視力が上がっているはずだが、それでも、あまりに素早過ぎて、目で捉えるのが難しい。
ライアンやアウルフたちは、視線を動かし、俊敏に動く犬を把握しているようだった。犬は、十体くらいは、いそうだ。数が多い。四方八方に動き回り、どこから攻めて来るのか分からない。とっさに、避けて攻撃をかわすしかない。
(ジーナだけでも守らなければ)
気を引き締め、敵と対峙しようとした瞬間。
急に、強烈なめまいがして、くらついた。
視界が揺れて、敵の攻撃を避ける余裕すらなくなった。
(何でこんなときに......)
「危ない、鬼山くん!」
鬼気迫るジーナの叫び声が耳を貫いた。彼女の声に、くらついて、朦朧としていた意識がはっきりし、視界が開ける。
グシャッ。
直後、身体をひどく抉られるような不快な音がした。鮮明になった視界に、彼女の真っ赤な血が、ゆっくりと、残酷に舞う。
「ジーナ......」
ジーナは、僕の身体をかばい、犬に襲われていた。長椅子に身を潜めていた一匹の犬が、飛び込んできて、僕がくらついた隙を鋭利な歯で襲おうとした。彼女は、僕に犬が襲いかかるのを見て、身を呈して咄嗟に助けてくれたのだ。
僕は、ジーナに近づき、身体の状態を確認する。彼女は、脇腹の辺りを犬に噛みちぎられ、ひどく出血していた。
彼女に一撃を入れた犬は、間髪いれずに踵を返し、再び僕たちの方に鋭い歯を剥き出しにしながら、弾丸のように飛び込んできた。
「失せろ」
僕は、襲ってきた犬を狂気に満ちた目でにらみつける。憤怒の念に任せて、何の躊躇いもなく片手を槍のように犬の身体に突き刺し、一瞬で命を奪った。僕は、片手に突き刺さっている犬を、勢いよく腕を振って、地下室の壁に向かって放り捨てた。
(出血がひどい)
ジーナの腹部は、犬に噛みちぎられて、出血していた。彼女の顔がどんどん青ざめていく。彼女の手を握ると、手の温もりが次第に失われて行くのが分かった。目の前の光景に、息が乱れ、心臓が狂ったように鼓動し続けた。心がひどく揺れて、彼女を握る手は、小刻みに震えていた。
「ジーナ、大丈夫?血が......血がたくさん出てる」
「鬼山くん......良かった。無事で」
「僕のことをかばってくれたんだね」
「鬼山くんが私を救ってくれたように、私も鬼山くんのことを救えて良かった......」
「止血しよう、まだ間に合うかもしれない。ジーナには、死んでほしくない。君は僕にとって、世界で一番大好きな人だから」
「ありがとね。嬉しい......でも、駄目みたい。私はきっと、ここで命を落とす」
「命を落とすとか言わないでくれよ。僕はもっと君と話したり、どこかに行ったりしたい」
「私もよ、でも、私に残された時間はあとほんの少ししかない」
「僕のせいだ。僕が君と関わってしまったからだ。そうでなければ、今でも元気にいつもの時間を過ごしていた。僕が君の日常を奪ってしまった」
「自分を責めないで。私にとって、鬼山くんとの時間は、特別で幸せな時間だった」
「僕も、君との時間はかけがえのないものだ。これからも、君と......」
「.......」
「ジーナ?」
彼女の言葉は、返ってこなかった。
すでに、彼女は愛らしい瞳を閉じて、眠るように息を引き取っていた。彼女と出会って、やっと明るい未来を歩めると思ったのに、こんなにも、突然に別れがやってくるなんてあんまりだ。できることなら、もっと彼女と話していたかった。
僕は彼女を守るどころか、守られてしまった。自責の念で胸が抉られるような気持ちになる。彼女は自分を責めないように言ったけれど、自分を責めずにはいられなかった。
あの時、演奏会で、君と出会った時、彼女と話をしなければ、無理にでも別れていれば、僕は、彼女に恋をせず、彼女は命を落とさずに済んだのに。
彼女とのかけがえのない日々が、頭に次々と浮かび、拳を強く握りしめる。
「彼女は、もうだめだ。まだ、敵の気配が消えてはいない。ぼうやの衰弱しきった身体では、今度は、ぼうやが死ぬことになる。彼女の血をもらってあげなさい」
ライオン男ライアンは、目を閉じ動かなくなったジーナを見て言った。周りを見渡すと、侵入してきた犬たちは、首の骨をおられ、床に倒れていた。ライアンたちが、やったのだろう。
「僕が......彼女の血を......」
僕の身体は、空腹で限界に近かった。めまいがし、意識を失うこともあった。身体に力が入らず、集中力も散漫になっている。
「お前、このままだと死ぬぞ!彼女がせっかく、守った命を無駄にするな」
狼男アウルフは、僕に向かって叫んだ。彼の言う通り、ジーナは、自らの命を犠牲にして、僕を救ってくれた。僕が死んでしまえば、彼女の行為が無駄になってしまう。
彼女の命を無駄にはしたくはないーー。
いつ敵が襲ってきても、おかしくない緊迫した状況だ。少しの判断の遅れが命取りになる。
おそらく、まだ、侵入している何かがいる。ここにいても、伝わってくる。しばらく、浴び続ければ、頭がおかしくなりそうなくらい異様な気配を。
(迷いを捨てろ。彼女のように揺るがない心を持て。僕が、救ってくれた彼女の分まで生きるんだ)
つらい、苦しい、しんどい。
なんて言葉はもう言い飽きた。僕から大切なものを奪った世界の理不尽になどに負けてなるものか。
僕は、迷いを捨て、思いっきり彼女の首筋にかぶりつき、血を啜った。
ジーナの温かな血が全身を巡り、染み渡っていく。衰弱しきった身体に、力がみなぎり、朦朧とした意識も、はっきりした。不思議な感覚だ。僕は、彼女と一つになれたような気がした。
このタイムベルの地下室に、犬たちを放ち、僕たちを襲うように命令した首謀者が近くにいるかもしれない。身の毛がよだつ邪気を放つ奴がいる。タイムベルの教会の外からだ。おそらく、そいつが、僕たちを犬に襲わせ、ジーナの命を奪ったのだろう。
(絶対に、許せない)
階段を再び、血に飢えた犬たちが地下室まで下りてきて、唸り声を上げて、命を刈ろうと迫ってくる。どれだけの数がいるのだろう。次から次に脅威が湧き出てくる。これだけの犬たちを相手にしている暇はない。命を奪った奴がこの場を去る前に、捕まえ罪を償わせなければならない。
「この場は、頼みます!僕は、上に行って、犬に襲わせている奴に会ってきます」
僕は、ライアンたちにそう叫ぶと、狼男アウルフが言った。
「待て、お前はここに残れ!上は、危ない。俺がやる」
アウルフは、ここにいるように忠告するが、覚悟を決めた僕の気持ちは揺るがなかった。
彼女のように、まっすぐに自分の信念を貫きたい。
「頼みます!上に行かせてください!」
「なんだと......」
誰かに言われるがままに、生きてきた。これからは、自分で考えて自分なりの生き方で進んでいく。
「頼みます」
アウルフは、少し沈黙した後、僕の覚悟をしたのか舌打ちをして、言った。
「ちっ、分かったよ、行きたいならさっさと行け。ただし、絶対に死ぬなよ、鬼山!」
「はい!」
何だかんだで、一人で上に行くことを許してくれた。絶対に死なないという条件付きで。僕自信、死ぬつもりはない。絶対に生きて、みんなのところに帰る。
僕は、犬たちを避けながら、地下室の上へと向かう階段まで行き駆け上がった。
タイムベルの教会の外に、何者かまでは分からないが、とてつもなく異様な気配を放つ何者かがいる。おそらく犬たちを放ち、僕たちを襲わせた奴だろう。タイムベルの外は、犬たちとは比べ物にならない危険が待っているだろう。
こうやって、タイムベルの階段を一段一段上がっていると、初めてタイムベルに来た時のことを思い出す。親友のアルバートとともに、白蛇の真相を確かめにタイムベルに来た。地下室への入り口を見つけて、一緒に階段を下りた。不安と恐怖が入り雑じっていたけれど、今まで感じたことのなかったスリルと高揚感があった。
アルバートとこの階段を下りていた時、ドビュッシーの「月の光」が美しいピアノの旋律とともに、僕らを優しく包んだ。今もまだ、あの時の、刺激的で繊細な音色は心に刻まれ、鮮明に思い出される。
当初は、恐怖で身を震わせ、何もできない臆病者だった。でも、今は違う。
ーーこの扉の先に、いる。
僕は、階段を登ってタイムベルの扉の前に立っていた。扉の先に、異様な邪気を孕んだ何者かがいる。あまりの威圧感にぺしゃんこに押し潰されてしまいそうだ。
(もう、怯えない。くじけない。どんな困難が待ち受けようとも)
僕は、息を整えると、扉の取っ手をつかみ、開けた。
扉が開くとともに、外からささやかな夜風が吹き抜ける。夜空には、満月が浮かび、仄かに、タイムベル周辺を照らしていた。
「よお、久しぶりだな。鬼山」
聞き覚えのある声が響いた。この声は、もしかして。僕は声の聞こえた方を振り向いた。
「アルバート......」
僕の視線の先には、月光に照らされながら、石像の台座に、座る友の姿があったーー。
速い、すぐそこまで来ている。
ジーナと奥の部屋に行く前に、階段から下りてきた複数の黒い影がタイムベルの地下室に勢いよく飛び込んできた。
猛々しい唸り声を上げ、口元から涎を垂らしながら、僕たちのほうに迫ってくる。姿を現した黒い影の正体は、全身が黒色の犬だ。ただの犬ではない。目を赤く充血させ、僕たちの血肉を食らおうとしている。さらに、普通の犬とは、比べ物にならないくらい、動きが俊敏だ。
半獣になって、飛躍的に動体視力が上がっているはずだが、それでも、あまりに素早過ぎて、目で捉えるのが難しい。
ライアンやアウルフたちは、視線を動かし、俊敏に動く犬を把握しているようだった。犬は、十体くらいは、いそうだ。数が多い。四方八方に動き回り、どこから攻めて来るのか分からない。とっさに、避けて攻撃をかわすしかない。
(ジーナだけでも守らなければ)
気を引き締め、敵と対峙しようとした瞬間。
急に、強烈なめまいがして、くらついた。
視界が揺れて、敵の攻撃を避ける余裕すらなくなった。
(何でこんなときに......)
「危ない、鬼山くん!」
鬼気迫るジーナの叫び声が耳を貫いた。彼女の声に、くらついて、朦朧としていた意識がはっきりし、視界が開ける。
グシャッ。
直後、身体をひどく抉られるような不快な音がした。鮮明になった視界に、彼女の真っ赤な血が、ゆっくりと、残酷に舞う。
「ジーナ......」
ジーナは、僕の身体をかばい、犬に襲われていた。長椅子に身を潜めていた一匹の犬が、飛び込んできて、僕がくらついた隙を鋭利な歯で襲おうとした。彼女は、僕に犬が襲いかかるのを見て、身を呈して咄嗟に助けてくれたのだ。
僕は、ジーナに近づき、身体の状態を確認する。彼女は、脇腹の辺りを犬に噛みちぎられ、ひどく出血していた。
彼女に一撃を入れた犬は、間髪いれずに踵を返し、再び僕たちの方に鋭い歯を剥き出しにしながら、弾丸のように飛び込んできた。
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僕は、襲ってきた犬を狂気に満ちた目でにらみつける。憤怒の念に任せて、何の躊躇いもなく片手を槍のように犬の身体に突き刺し、一瞬で命を奪った。僕は、片手に突き刺さっている犬を、勢いよく腕を振って、地下室の壁に向かって放り捨てた。
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「ジーナ、大丈夫?血が......血がたくさん出てる」
「鬼山くん......良かった。無事で」
「僕のことをかばってくれたんだね」
「鬼山くんが私を救ってくれたように、私も鬼山くんのことを救えて良かった......」
「止血しよう、まだ間に合うかもしれない。ジーナには、死んでほしくない。君は僕にとって、世界で一番大好きな人だから」
「ありがとね。嬉しい......でも、駄目みたい。私はきっと、ここで命を落とす」
「命を落とすとか言わないでくれよ。僕はもっと君と話したり、どこかに行ったりしたい」
「私もよ、でも、私に残された時間はあとほんの少ししかない」
「僕のせいだ。僕が君と関わってしまったからだ。そうでなければ、今でも元気にいつもの時間を過ごしていた。僕が君の日常を奪ってしまった」
「自分を責めないで。私にとって、鬼山くんとの時間は、特別で幸せな時間だった」
「僕も、君との時間はかけがえのないものだ。これからも、君と......」
「.......」
「ジーナ?」
彼女の言葉は、返ってこなかった。
すでに、彼女は愛らしい瞳を閉じて、眠るように息を引き取っていた。彼女と出会って、やっと明るい未来を歩めると思ったのに、こんなにも、突然に別れがやってくるなんてあんまりだ。できることなら、もっと彼女と話していたかった。
僕は彼女を守るどころか、守られてしまった。自責の念で胸が抉られるような気持ちになる。彼女は自分を責めないように言ったけれど、自分を責めずにはいられなかった。
あの時、演奏会で、君と出会った時、彼女と話をしなければ、無理にでも別れていれば、僕は、彼女に恋をせず、彼女は命を落とさずに済んだのに。
彼女とのかけがえのない日々が、頭に次々と浮かび、拳を強く握りしめる。
「彼女は、もうだめだ。まだ、敵の気配が消えてはいない。ぼうやの衰弱しきった身体では、今度は、ぼうやが死ぬことになる。彼女の血をもらってあげなさい」
ライオン男ライアンは、目を閉じ動かなくなったジーナを見て言った。周りを見渡すと、侵入してきた犬たちは、首の骨をおられ、床に倒れていた。ライアンたちが、やったのだろう。
「僕が......彼女の血を......」
僕の身体は、空腹で限界に近かった。めまいがし、意識を失うこともあった。身体に力が入らず、集中力も散漫になっている。
「お前、このままだと死ぬぞ!彼女がせっかく、守った命を無駄にするな」
狼男アウルフは、僕に向かって叫んだ。彼の言う通り、ジーナは、自らの命を犠牲にして、僕を救ってくれた。僕が死んでしまえば、彼女の行為が無駄になってしまう。
彼女の命を無駄にはしたくはないーー。
いつ敵が襲ってきても、おかしくない緊迫した状況だ。少しの判断の遅れが命取りになる。
おそらく、まだ、侵入している何かがいる。ここにいても、伝わってくる。しばらく、浴び続ければ、頭がおかしくなりそうなくらい異様な気配を。
(迷いを捨てろ。彼女のように揺るがない心を持て。僕が、救ってくれた彼女の分まで生きるんだ)
つらい、苦しい、しんどい。
なんて言葉はもう言い飽きた。僕から大切なものを奪った世界の理不尽になどに負けてなるものか。
僕は、迷いを捨て、思いっきり彼女の首筋にかぶりつき、血を啜った。
ジーナの温かな血が全身を巡り、染み渡っていく。衰弱しきった身体に、力がみなぎり、朦朧とした意識も、はっきりした。不思議な感覚だ。僕は、彼女と一つになれたような気がした。
このタイムベルの地下室に、犬たちを放ち、僕たちを襲うように命令した首謀者が近くにいるかもしれない。身の毛がよだつ邪気を放つ奴がいる。タイムベルの教会の外からだ。おそらく、そいつが、僕たちを犬に襲わせ、ジーナの命を奪ったのだろう。
(絶対に、許せない)
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「この場は、頼みます!僕は、上に行って、犬に襲わせている奴に会ってきます」
僕は、ライアンたちにそう叫ぶと、狼男アウルフが言った。
「待て、お前はここに残れ!上は、危ない。俺がやる」
アウルフは、ここにいるように忠告するが、覚悟を決めた僕の気持ちは揺るがなかった。
彼女のように、まっすぐに自分の信念を貫きたい。
「頼みます!上に行かせてください!」
「なんだと......」
誰かに言われるがままに、生きてきた。これからは、自分で考えて自分なりの生き方で進んでいく。
「頼みます」
アウルフは、少し沈黙した後、僕の覚悟をしたのか舌打ちをして、言った。
「ちっ、分かったよ、行きたいならさっさと行け。ただし、絶対に死ぬなよ、鬼山!」
「はい!」
何だかんだで、一人で上に行くことを許してくれた。絶対に死なないという条件付きで。僕自信、死ぬつもりはない。絶対に生きて、みんなのところに帰る。
僕は、犬たちを避けながら、地下室の上へと向かう階段まで行き駆け上がった。
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こうやって、タイムベルの階段を一段一段上がっていると、初めてタイムベルに来た時のことを思い出す。親友のアルバートとともに、白蛇の真相を確かめにタイムベルに来た。地下室への入り口を見つけて、一緒に階段を下りた。不安と恐怖が入り雑じっていたけれど、今まで感じたことのなかったスリルと高揚感があった。
アルバートとこの階段を下りていた時、ドビュッシーの「月の光」が美しいピアノの旋律とともに、僕らを優しく包んだ。今もまだ、あの時の、刺激的で繊細な音色は心に刻まれ、鮮明に思い出される。
当初は、恐怖で身を震わせ、何もできない臆病者だった。でも、今は違う。
ーーこの扉の先に、いる。
僕は、階段を登ってタイムベルの扉の前に立っていた。扉の先に、異様な邪気を孕んだ何者かがいる。あまりの威圧感にぺしゃんこに押し潰されてしまいそうだ。
(もう、怯えない。くじけない。どんな困難が待ち受けようとも)
僕は、息を整えると、扉の取っ手をつかみ、開けた。
扉が開くとともに、外からささやかな夜風が吹き抜ける。夜空には、満月が浮かび、仄かに、タイムベル周辺を照らしていた。
「よお、久しぶりだな。鬼山」
聞き覚えのある声が響いた。この声は、もしかして。僕は声の聞こえた方を振り向いた。
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