殿下、婚約者の私より幼馴染の侯爵令嬢が大事だと言うなら、それはもはや浮気です。

和泉鷹央

文字の大きさ
3 / 105
第一章 王国編

溜息

しおりを挟む
 王太子命令には逆らえない。
 顔を暗くして学院内を帰宅に向けて歩くサラを見止めた女子が数人。そのうちの一人はとぼとぼと歩きながら覇気のない背中に早足で追いつくと、ポンッと軽くたたいて存在を示した。

「サラ様? どうされました?」
「え? ああ……ご機嫌よう。それに皆様も……」

 学院の同級生の貴族令嬢たち。
 誰もがサラよりも爵位に置いては上級貴族の娘ばかりだった。

「ごきげんよう、サラ様。お顔に憂いがあるようですけど?」
「いいえ、何でもありません。そう見えたのなら気のせいですわ」
「そうかしら? 殿下は一緒ではないのですか?」

 殿下?
 ああ、ロイズのことね、とサラは理解する。
 この学院には王国の主家となる帝国の皇太子がおり、他に帝国から見て十三の分家筋の王国の王子や王女が籍を置いている。
 ラフトクラン王国は帝国よりも南方にあり、他の大陸とも交易が盛んなため新しい文化を学ばせるには立地がよいからだ。
 そういう意味で、サラはいいえ、と首を振った。

「殿下は戻られました。お忙しいようで……」
「ああ、それで」

 それで? 何だろう? サラは意味が分からず小首をかしげた。

「今夜のパーティーの成功を考えていて、、サラ様は気が重かったのですね」
「え、ああ、はい。そうですね、その通りです。皆様も今夜は――」

 お越し頂けますよね?
 その言葉が喉元まで出かかるが、サラはいけないいけないと思い返す。
 いま殿下が来なくなりました、パーティーは中止です。なんて言おうものなら、明日から自分が周りからどんな目で見られるかは明らかだったからだ。
 残念な子爵令嬢。
 家柄だけが良い下級貴族には、王太子との婚約なんてやはり荷が重かったのだ。
 そう言われるのは目に見えていた。

「大丈夫ですよ、みんなお伺いしますから」
「……お待ちしています、皆様。今日はこれで――」
「サラ様、頑張って!」

 そんな学友たちの温かい声援が、サラの冷え切った心には温かくも、どこか辛かった。
 帰宅して父親の子爵がいる書斎に向かい、報告してすぐに出たのは――やはり叱責だった。

「……またか、サラ!?」
「ごめんなさい、お父様。殿下から王太子命令としてパーティーを中止にせよ、と……」
「それを請けて来たのか!? 何を考えているのだお前は。殿下の理不尽なおこないを今からきちんと補佐していかなければ王太子妃、ひいては国母である王妃など務まらんぞ? 情けない娘だ……」

 そんなことを言わなくてもいいじゃない、お父様。
 知恵の一つでも貸してくださいよ。頑張れと仰るなら。
 だが、父親の怒りは止まるところを知らない。サラには謝るしか出来なかった。

「……ごめんなさい、不出来な娘です」
「言い訳はもういいっ!! 当日の今になって中止になりましたなど、告知する時間すらないではないか。あと二時間しかないのだぞ!?」
「ええ、分かっています、お父様」
「どうして殿下をお諫めしなかったのだ。今から中止など言えるはずがないだろう。子爵家の恥もいいところだ。何とかしなさい」

 そしてこれだ。
 婚約者は自分勝手に命令を下し、父親はやってきた困難から娘を守ろうともしてくれない。
 何があっても、どんな無理難題が起こっても、最後は自分に後始末を任せるのだ。

「そんなっ。どうしろと言われるのですか!? 私にできることなんて……」
「はあ……考えなさい。それもお前の仕事だ。婚約者は殿下であり、お前は王太子妃補。立場も私より上になる。なんとかしなさい」 
「はい……お父様……」

 そんな何とかできるようなら、さっさとやってるわよ! 父親ならもっと娘のことを大事にしてください!!
 いま一番言いたいことはそれだ。

「私は上役の方々に先に謝罪をしてくるからな。ここは任せたぞ」
「えっ!? お父様、いてくださらないの? 私に来賓の方々すべてをお相手するなんてまだ無理です……」
「自分で招いた結果だろう? 王太子妃補になった時から、子爵家の顔であり代表だと考えて行動するのがお前の役割だ。これも良い経験だと受け止めてやってみなさい」
「そんな……」
「はっきりしない返事は感心しないぞ、サラ。やりなさい。ああ、そうだ。今夜は遅くなるかもしれない。いいな?」

 ああ、そうか。
 お父様は責任を押し付けて逃げるつもりなんだ。
 サラはそう悟った。
 婚約者も父親ですらも、こんなに情けないなんて……。

「めんどくさい……」
「何か言ったか?」
「え、いえ。何もっ」
 
 子爵は書斎で会話する時間も惜しいような感じでさっさと出て行こうと仕度を整えていた。
 この臆病者。なんて情けない父親なんだろう。女だから命令しておけば全部うまく回るなんて、いつの時代の考え方なのよ、できるはずないじゃない!!
 古臭い貴族の常識なんて無くなればいいのに。
 後は任せたと言いでていく父親を見送りながら、サラは本日二度目の大きなため息をつき、パーティー会場となる予定の大広間へと向かった。
しおりを挟む
感想 99

あなたにおすすめの小説

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

完結 殿下、婚姻前から愛人ですか? 

ヴァンドール
恋愛
婚姻前から愛人のいる王子に嫁げと王命が降る、執務は全て私達皆んなに押し付け、王子は今日も愛人と観劇ですか? どうぞお好きに。

王妃さまは断罪劇に異議を唱える

土岐ゆうば(金湯叶)
恋愛
パーティー会場の中心で王太子クロードが婚約者のセリーヌに婚約破棄を突きつける。彼の側には愛らしい娘のアンナがいた。 そんな茶番劇のような場面を見て、王妃クラウディアは待ったをかける。 彼女が反対するのは、セリーヌとの婚約破棄ではなく、アンナとの再婚約だったーー。 王族の結婚とは。 王妃と国王の思いや、国王の愛妾や婚外子など。 王宮をとりまく複雑な関係が繰り広げられる。 ある者にとってはゲームの世界、ある者にとっては現実のお話。

【完結】婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?

つくも茄子
恋愛
国王唯一の王子エドワード。 彼は婚約者の公爵令嬢であるキャサリンを公の場所で婚約破棄を宣言した。 次の婚約者は恋人であるアリス。 アリスはキャサリンの義妹。 愛するアリスと結婚するには「妃教育を修了させること」だった。 同じ高位貴族。 少し頑張ればアリスは直ぐに妃教育を終了させると踏んでいたが散々な結果で終わる。 八番目の教育係も辞めていく。 王妃腹でないエドワードは立太子が遠のく事に困ってしまう。 だが、エドワードは知らなかった事がある。 彼が事実を知るのは何時になるのか……それは誰も知らない。 他サイトにも公開中。

恩知らずの婚約破棄とその顛末

みっちぇる。
恋愛
シェリスは婚約者であったジェスに婚約解消を告げられる。 それも、婚約披露宴の前日に。 さらに婚約披露宴はパートナーを変えてそのまま開催予定だという! 家族の支えもあり、婚約披露宴に招待客として参加するシェリスだが…… 好奇にさらされる彼女を助けた人は。 前後編+おまけ、執筆済みです。 【続編開始しました】 執筆しながらの更新ですので、のんびりお待ちいただけると嬉しいです。 矛盾が出たら修正するので、その時はお知らせいたします。

許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください> 私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

【完】婚約者に、気になる子ができたと言い渡されましたがお好きにどうぞ

さこの
恋愛
 私の婚約者ユリシーズ様は、お互いの事を知らないと愛は芽生えないと言った。  そもそもあなたは私のことを何にも知らないでしょうに……。  二十話ほどのお話です。  ゆる設定の完結保証(執筆済)です( .ˬ.)" ホットランキング入りありがとうございます 2021/08/08

【完結】望んだのは、私ではなくあなたです

灰銀猫
恋愛
婚約者が中々決まらなかったジゼルは父親らに地味な者同士ちょうどいいと言われ、同じ境遇のフィルマンと学園入学前に婚約した。 それから3年。成長期を経たフィルマンは背が伸びて好青年に育ち人気者になり、順調だと思えた二人の関係が変わってしまった。フィルマンに思う相手が出来たのだ。 その令嬢は三年前に伯爵家に引き取られた庶子で、物怖じしない可憐な姿は多くの令息を虜にした。その後令嬢は第二王子と恋仲になり、王子は婚約者に解消を願い出て、二人は真実の愛と持て囃される。 この二人の騒動は政略で婚約を結んだ者たちに大きな動揺を与えた。多感な時期もあって婚約を考え直したいと思う者が続出したのだ。 フィルマンもまた一人になって考えたいと言い出し、婚約の解消を望んでいるのだと思ったジゼルは白紙を提案。フィルマンはそれに二もなく同意して二人の関係は呆気なく終わりを告げた。 それから2年。ジゼルは結婚を諦め、第三王子妃付きの文官となっていた。そんな中、仕事で隣国に行っていたフィルマンが帰って来て、復縁を申し出るが…… ご都合主義の創作物ですので、広いお心でお読みください。 他サイトでも掲載しています。

処理中です...