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第二章 帝国編(海上編)

安定

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 昨夜まで住んでいたラフトクラン王国がどんな存在かと言えば、地図でそれとなく眺めてみると分かりやすい。
 世界地図を広げて西側に位置する二つの大きな大陸。

 その下側に位置するまるで六枚羽の水車のように丸いのが、南の大陸。
 ラフトクラン王国と帝国はその右隣にある、ちょっと変わった島国で形成されている。
 ポットの注ぎ口を右手側に、持ち手を左手側の西の大陸よりにしてみるといい。

 実際には胴体部分と海により離れた手すり部分が、サラの故郷、ラフトクラン王国となる。
 アルナルドの故郷、クロノアイズ帝国はポット本体だと思えばいい。
 胴長の島を南に行けば行くほど、国土は扇形に広がっていく。
 帝都ファザードはそんな裾が広がりった、ポットの台座の左隅。
 南の大陸からは最も遠く、南極に最も近い。
 そんな場所に位置していた。

「あそこは春だったけど、帝都はまだまだ冬の気配から抜け出られていないから。外洋では自然と風も強く波も荒くなる。すまないね、サラ」
「ううん……大丈夫。アルナルド、私こそごめんなさい。あなたの出港を二週間近く遅らせてしまったわ」

 あの時。サラが旅立ちを決意し、この船シェイヌズ号に乗り込んだ時。
 二人の間にはそんな会話が交わされた。
 サラの謝罪をアルナルドは気にしていないといい、サラの手を手づから取って乗船させた。
 傷心というよりは……人としての残忍な側面を強く意識して決断を下したサラは、あまり見ないで欲しいとそうアルナルドに告げた。

「どうしてそんな悲しいことを言うんだい、サラ? これからはずっと僕がそばにいるというのに」
「……誰がいるからいいとか、そんな話ではないの。私、レイニーもその子供も、お父様も、家臣すら利用して自由になったの。ひどい女だわ」
「そうかなあ。僕はそうは思わない。というよりは――僕にもその責任の一端はあるから。あまり気にする必要はないよ」

 とりあえず荷物を運ばせるから、君は船室に行かないかい?
 これから冷え込むような海域も通過することになる。まだまだ王国近郊の外洋だし、ロイズがその気になれば、足の速い軍船でも使えばこの船を拿捕することは容易だろう。
 そんな不安を想起させるようなことはサラには言わず、アルナルドは船長やそこに乗り込んでいる、海軍士官などにその差配を任せていた。
 荒い波風を避けるようにしてサラを甲板の下にある船室へと案内すると、その狭さにサラは思わず声をあげていた。

「お父様の……書斎のようね……」
「狭いだろう? 自走式の木造船の外装をうすい鉄板で覆った鉄甲艦だから、木造帆船が多い王国船に追われても逃げ切るこてとはできる。ただ、海風によっては向こうが有利かもしれない。こんな話はサラには関係ないかな」

 壁に埋め込まれた二段式のベッド、客船とは呼べないような四畳半ほどのその部屋には防圧ガラスの窓が一つ。
 艦内放送に使うであろう伝声管が天井から降りていて、その下には壁に固定された文机がひそやかに置かれていた。
 隣の部屋に続くドアを開けると、そこはさすが貴賓室というべきか、ボイラー室からのお湯を利用したバスルームとトイレが一体化している。銅板に貼られたものではなく、一枚物の鏡が全身を映し出すような埋め込まれたそれは、もしかしたらぶつかると砕け散るのではないかという不安をサラに与えていた。

「良い部屋ね、アルナルド。ありがとう……」
「お世辞でも嬉しいよ。この艦と他に四隻の戦艦が護衛について帝国まで案内する。正確には帝都の港まで、約二週間の旅程。その間、退屈しないか心配だけど。大丈夫かい?」

 船内には図書室もあるし、遊戯室もある。この船は大型客船に属する船で、サラ以外にも帝国や王国、他の国々の貴族や商人も十数組、同乗しているよとアルナルドは教えてくれた。

「アルナルド、わたしをどうするつもり?」
「どうする? あの書類の件で父上――皇帝陛下に伝えたのは、曾祖母の実家からの令嬢を連れ帰りたい。そう言ったかな?」
「言ったかなって……私の外見は、帝国貴族のそれとは違ってるわ」
「そうかな? 亜麻色……ブルネットの髪は帝国でもよくいるし、その緑色の瞳は確かに珍しい。だけど、王国貴族は金髪碧眼。その意味では、君はどちらでも目立つ存在だろ?」

 そうかもしれない。
 いろんな土地の、いろんな血が混じったのが今の自分だ。
 姿見に己を移しだしてサラはそう思った。
 
「まあ、荷物は隣の部屋に入れさせるよ。ああ、ここは君の部屋じゃないから」
「……え? だって、じゃあ私の部屋は?」
「ここは君の侍女たちの部屋だよ。王侯貴族のデッキはもう一段上だから。船底に近いほど、身分は低くなる」
「そう……なら行きましょうか」
「ただ――、少しだけ許して欲しいと先に謝っていくよ?」

 謝る? 
 どういうことだろう?
 私の部屋なんて、この侍女たちと同じものでもいいのに。
 所詮、王国に戻れば下手をすれば裁かれる身なのだから。

「これって……本気?」
「すまないね、サラ。父上はそれほどに慎重なんだ」
「そう。でも――仕方ないわね」

 そう言い、室内に入ったサラはそれでも手足を広げて寝転がることのできるベッド、広さも申し分ない室内、高い天井、置かれた調度品の意匠の良さは気に入っていた。
 唯一、出入り口に銃口を上にしてライフルを持ち、扉の左右で監視に立つ、二人の女性仕官の存在が彼女をどう扱うか。
 皇帝の意思を分かりやすく示していた。

「罪人ってことでいいのかしら……?」
「え? 違うよ、サラ。これは要人の警護だよ。勘違いしすぎだね」
「そう、なんだ……ごめんなさい」
「あくまで重々しくなるから許して欲しいとそういう意味だったんだ」
「ありがとう、アルナルド」

 今夜はようやく安息を迎えれるかもしれない。
 サラはそう思ったのだった。
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