16 / 105
第一章 王国編
家柄
しおりを挟む
彼には本当にレイニーが大事なのね。
サラは内心でため息をつく。
焦ったロイズの顔にそう書いてあるからだ……僕はレイニーが大切だよ婚約者の君以上に、って。
「レイニーがどうしたというのだ、サラ」
「お気になりますか?」
「もちろん、大事な幼馴染だ。パーティーを欠席したのもレイニーの調子が悪くなったからだと、君も知っているだろう?」
「ええ、もちろん。知っていますわ、王太子殿下」
そこまで言うんだ。
婚約者の目の前でよくもぬけぬけと……憎らしい。
「おまけに改まって爵位を呼ぶなどと、君らしくないな?」
「そうですか、ロイズ? すいません、貴方の打擲があまりにも酷くて、痛みで脳がおかしくなったのかもしれませんね」
「……っ!? サラ、それはどういう意味だ?」
「そのままの意味でございます、殿下」
特大の皮肉を込めた笑顔をサラはロイズに向けてやった。
王太子はわなわなとその手を握り締めて震えだす。
「どういう意味だと聞いている……」
「理不尽な暴力で無抵抗な婦女子をぶっておきながら、紳士だなんて偽善を振りまくあなたが婚約者だということが、私にはとても恥ずかしいのです」
「お前っ。またぶたれたいのか、まだ教育が足りないようだな……?」
そう言い、サラに向かって再び手を振りかざそうとしてロイズは思い立った。
いつものサラらしくない――なんだ、何を隠している?
周囲をふと見まわしたらここは学院の片隅で、王族に近い貴族位の者しか入れないサロンなのに。
どう見てもその場に相応しくない人物たちがいることに気づいた。
彼らは帯剣はしていないものの、鋭い眼光と揺るぎない意志の光を放ちながら、それ以上の暴挙は許さないとばかりにサロンの少し離れた場所で二人を囲むようにして座っている。
「誰だ、あれは」
「……近衛騎士の方々ですわ、殿下」
「近衛騎士!? 王族のしかも、王宮における衛士がなぜここにいる?」
「ロイズ、貴方は御存知ないの? 我がレンドール子爵家も元は公爵家。立派な王族でございます」
王国の王位継承権をはく奪された王族だけど。
ロイズの目はそれを認めたくないと、細くなる。
「それも帝国皇家と血脈を持つ……没落した身ではありますが」
「そうだな、今では子爵家だ。それも裏切り者の末裔だろう?」
「それであってもロイズ、血は血。王家には既にない帝国の血も持つのは我が家だけですわ。ですから……近衛騎士を護衛にと望めば、このように駆けつけてくれますわ」
「サラ、お前……。どういうつもりだ、これは謀反だぞ!?」
「謀反? 何をもってそんな愚かな妄言を説かれるのか理解に苦しみますわ、殿下」
サラはまぎれもない真実を見せつけてやる。
ロイズにはなくて、サラにはあるもの。
名ばかりの親戚という王家と、曾祖母を通じて王家とも皇帝家とも血縁関係を持つ子爵家。
王家が欲しくてたまらないものを、サラは持っているのだ。
それは血だけでなく、その中に含まれる――皇帝家の末端に連なる……
「貴方は王国の王位継承者。私は宗主国の王位継承権と王国の王族。ただ、それだけの差ですわ、ロイズ」
「お前には皇帝家の帝位継承権があるとでも言うのか!? あの忌まわしいアルナルドのようにか!?」
ほら、本音が出た。
愚かな王太子殿下はアルナルドへの対抗心だけは誰にも負けないのだから。
爵位は低くても、家柄だけでいえば貴方には負けない。
サラは近衛騎士を使うことにより、それを実証して見せた。
「あの、アルナルドのように……ですわ、王太子殿下」
「ふん……爵位では格下の子爵令嬢が、受け継いた資格でいえば私より上、か」
アルナルドに頼ってもいい、父親を説得し、彼を通じて国王陛下に直訴する、そんな手もあった。
だけどこの権威が大好きな王太子殿下に最も効果があるのは、自分以上かそれと同程度の地位にある相手に暴力を奮ったと自覚させること。
サラの思った通り、ロイズは悔しそうに唇を噛む。
それでも賢い判断はできたのだろう、挙げようとしたその手から力が抜け落ちるのをサラは見てしまった。
「……我が婚約者殿。何が望みだ……」
「特に何も。ただ、申し上げることは先ほどのことだけです。レイニー様、いいえ。レイニーが恋人のオペラ歌手と共に我が家に来ましたわ」
「何? いつのことだ? 私はそんなことは聞いていないぞ」
「あの夜のことです。殿下は私におっしゃいましたよね? レイニーの体調が悪く心配だから今夜は行けないと」
「そうだが、それは本当か?」
「事実です。招待客の多くがめにしています。彼女はとても明るく、陽気でお酒に酔ったようにして我が家にいらしましたわ。招待していないと告げると、さんざん、私を罵って帰宅したと家人から報告を受けましたけど」
「馬鹿な、レイニーはあれからすぐに私が見舞いに行き、確かに大人しく寝ていた……」
本当に彼女の遊び癖を知らない?
そんなはずはないでしょ、ロイズ。だって、そのオペラ歌手と引き合わせたのは貴方なのだから。
あくまでも幼馴染の悪行に目を瞑るらしい王太子に、サラは執事から聞きつけ、父親と共に調べさせたたもう一つの事実を告げることにした。
サラは内心でため息をつく。
焦ったロイズの顔にそう書いてあるからだ……僕はレイニーが大切だよ婚約者の君以上に、って。
「レイニーがどうしたというのだ、サラ」
「お気になりますか?」
「もちろん、大事な幼馴染だ。パーティーを欠席したのもレイニーの調子が悪くなったからだと、君も知っているだろう?」
「ええ、もちろん。知っていますわ、王太子殿下」
そこまで言うんだ。
婚約者の目の前でよくもぬけぬけと……憎らしい。
「おまけに改まって爵位を呼ぶなどと、君らしくないな?」
「そうですか、ロイズ? すいません、貴方の打擲があまりにも酷くて、痛みで脳がおかしくなったのかもしれませんね」
「……っ!? サラ、それはどういう意味だ?」
「そのままの意味でございます、殿下」
特大の皮肉を込めた笑顔をサラはロイズに向けてやった。
王太子はわなわなとその手を握り締めて震えだす。
「どういう意味だと聞いている……」
「理不尽な暴力で無抵抗な婦女子をぶっておきながら、紳士だなんて偽善を振りまくあなたが婚約者だということが、私にはとても恥ずかしいのです」
「お前っ。またぶたれたいのか、まだ教育が足りないようだな……?」
そう言い、サラに向かって再び手を振りかざそうとしてロイズは思い立った。
いつものサラらしくない――なんだ、何を隠している?
周囲をふと見まわしたらここは学院の片隅で、王族に近い貴族位の者しか入れないサロンなのに。
どう見てもその場に相応しくない人物たちがいることに気づいた。
彼らは帯剣はしていないものの、鋭い眼光と揺るぎない意志の光を放ちながら、それ以上の暴挙は許さないとばかりにサロンの少し離れた場所で二人を囲むようにして座っている。
「誰だ、あれは」
「……近衛騎士の方々ですわ、殿下」
「近衛騎士!? 王族のしかも、王宮における衛士がなぜここにいる?」
「ロイズ、貴方は御存知ないの? 我がレンドール子爵家も元は公爵家。立派な王族でございます」
王国の王位継承権をはく奪された王族だけど。
ロイズの目はそれを認めたくないと、細くなる。
「それも帝国皇家と血脈を持つ……没落した身ではありますが」
「そうだな、今では子爵家だ。それも裏切り者の末裔だろう?」
「それであってもロイズ、血は血。王家には既にない帝国の血も持つのは我が家だけですわ。ですから……近衛騎士を護衛にと望めば、このように駆けつけてくれますわ」
「サラ、お前……。どういうつもりだ、これは謀反だぞ!?」
「謀反? 何をもってそんな愚かな妄言を説かれるのか理解に苦しみますわ、殿下」
サラはまぎれもない真実を見せつけてやる。
ロイズにはなくて、サラにはあるもの。
名ばかりの親戚という王家と、曾祖母を通じて王家とも皇帝家とも血縁関係を持つ子爵家。
王家が欲しくてたまらないものを、サラは持っているのだ。
それは血だけでなく、その中に含まれる――皇帝家の末端に連なる……
「貴方は王国の王位継承者。私は宗主国の王位継承権と王国の王族。ただ、それだけの差ですわ、ロイズ」
「お前には皇帝家の帝位継承権があるとでも言うのか!? あの忌まわしいアルナルドのようにか!?」
ほら、本音が出た。
愚かな王太子殿下はアルナルドへの対抗心だけは誰にも負けないのだから。
爵位は低くても、家柄だけでいえば貴方には負けない。
サラは近衛騎士を使うことにより、それを実証して見せた。
「あの、アルナルドのように……ですわ、王太子殿下」
「ふん……爵位では格下の子爵令嬢が、受け継いた資格でいえば私より上、か」
アルナルドに頼ってもいい、父親を説得し、彼を通じて国王陛下に直訴する、そんな手もあった。
だけどこの権威が大好きな王太子殿下に最も効果があるのは、自分以上かそれと同程度の地位にある相手に暴力を奮ったと自覚させること。
サラの思った通り、ロイズは悔しそうに唇を噛む。
それでも賢い判断はできたのだろう、挙げようとしたその手から力が抜け落ちるのをサラは見てしまった。
「……我が婚約者殿。何が望みだ……」
「特に何も。ただ、申し上げることは先ほどのことだけです。レイニー様、いいえ。レイニーが恋人のオペラ歌手と共に我が家に来ましたわ」
「何? いつのことだ? 私はそんなことは聞いていないぞ」
「あの夜のことです。殿下は私におっしゃいましたよね? レイニーの体調が悪く心配だから今夜は行けないと」
「そうだが、それは本当か?」
「事実です。招待客の多くがめにしています。彼女はとても明るく、陽気でお酒に酔ったようにして我が家にいらしましたわ。招待していないと告げると、さんざん、私を罵って帰宅したと家人から報告を受けましたけど」
「馬鹿な、レイニーはあれからすぐに私が見舞いに行き、確かに大人しく寝ていた……」
本当に彼女の遊び癖を知らない?
そんなはずはないでしょ、ロイズ。だって、そのオペラ歌手と引き合わせたのは貴方なのだから。
あくまでも幼馴染の悪行に目を瞑るらしい王太子に、サラは執事から聞きつけ、父親と共に調べさせたたもう一つの事実を告げることにした。
58
あなたにおすすめの小説
幼馴染最優先の婚約者に愛想が尽きたので、笑って家出しました ― 笑顔で去っただけなのに、なぜ泣いているのですか
ラムネ
恋愛
侯爵令嬢リオナは、婚約者アルベルトが「幼馴染が可哀想だから」と約束を破り続ける日々に耐えていた。領地再建の帳簿も契約も、実はリオナが陰で支えていたのに、彼は「君は強いから」と当然のように扱う。決定的な侮辱の夜、リオナは怒らず泣かず、完璧な笑顔で婚約指輪だけを返して屋敷を去った――引継ぎは、何一つ残さずに。
翌日から止まる交易、崩れる資金繰り、露出する不正。追いすがるアルベルトを置き去りに、リオナは王立監査院の臨時任官で辺境へ。冷徹と噂される監察騎士レオンハルトと共に、数字と契約で不正を断ち、交易路を再生していく。
笑顔で去っただけなのに、泣くのは捨てた側だった。
白い結婚の末、離婚を選んだ公爵夫人は二度と戻らない』
鍛高譚
恋愛
白い結婚の末、「白い結婚」の末、私は冷遇され、夫は愛人を溺愛していた――ならば、もう要らないわ」
公爵令嬢 ジェニファー・ランカスター は、王弟 エドワード・クラレンス公爵 のもとへ政略結婚として嫁ぐ。
だが、その結婚生活は冷たく空虚なものだった。夫は愛人 ローザ・フィッツジェラルド に夢中になり、公爵夫人であるジェニファーは侮辱され、無視され続ける日々。
――それでも、貴族の娘は耐えなければならないの?
何の愛もなく、ただ飾り物として扱われる結婚に見切りをつけたジェニファーは 「離婚」 を決意する。
しかし、王弟であるエドワードとの離婚は容易ではない。実家のランカスター家は猛反対し、王宮の重臣たちも彼女の決断を 「公爵家の恥」 と揶揄する。
それでも、ジェニファーは負けない。弁護士と協力し、着々と準備を進めていく。
そんな折、彼女は北方の大国 ヴォルフ公国の大公、アレクサンダー・ヴォルフ と出会う。
温かく誠実な彼との交流を通じて、ジェニファーは 「本当に大切にされること」 を知る。
そして、彼女の決断は、王都の社交界に大きな波紋を呼ぶこととなる――。
「公爵夫人を手放したことを、いつか後悔しても遅いわ」
「私はもう、あなたたちの飾り人形じゃない」
離婚を巡る策略、愛人の凋落、元夫の後悔――。
そして、新たな地で手にした 「愛される結婚」。
妹を選んで婚約破棄した婚約者は、平民になる現実を理解していなかったようです
藤原遊
恋愛
跡継ぎとして育てられた私には、将来を約束された婚約者がいた。
――けれど彼は、私ではなく「妹」を選んだ。
妹は父の愛人の子。
身分も立場も分かったうえでの選択だと思っていたのに、
彼はどうやら、何も理解していなかったらしい。
婚約を破棄し、妹と結ばれた彼は、
当然のように貴族の立場を失い、平民として生きることになる。
一方で、妹は覚悟を決めて現実に向き合っていく。
だが彼だけが、最後まで「元に戻れる」と信じ続けていた。
これは、誰かが罰した物語ではない。
ただ、選んだ道の先にあった現実の話。
覚悟のなかった婚約者が、
自分の選択と向き合うまでを描いた、静かなざまぁ物語。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
はじめまして、私の知らない婚約者様
有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。
見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。
けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。
ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。
けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。
この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。
悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに?
※他サイトにも掲載しています。
【完結】結婚して12年一度も会った事ありませんけど? それでも旦那様は全てが欲しいそうです
との
恋愛
結婚して12年目のシエナは白い結婚継続中。
白い結婚を理由に離婚したら、全てを失うシエナは漸く離婚に向けて動けるチャンスを見つけ・・
沈黙を続けていたルカが、
「新しく商会を作って、その先は?」
ーーーーーー
題名 少し改変しました
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
婚約破棄された公爵令嬢ですが、戻らなかっただけです
鷹 綾
恋愛
王太子カイル殿下から、社交界の場で婚約破棄を言い渡された公爵令嬢リュシエンヌ。
理由は――
「王太子妃には華が必要だから」。
新たに選ばれたのは、愛らしく無邪気な義妹セシリア。
誰もが思った。
傷ついた令嬢は泣き、縋り、やがて戻るのだと。
けれどリュシエンヌは、ただ一言だけ告げる。
「戻りません」
彼女は怒らない。
争わない。
復讐もしない。
ただ――王家を支えるのをやめただけ。
流通は滞り、商会は様子を見始め、焦った王太子は失点を重ねる。
さらに義妹の軽率な一言が決定打となり、王太子妃候補の座は静かに消えた。
強いざまあとは、叫ぶことではない。
自らの選択で、自らの立場を削らせること。
そして彼女は最後まで戻らない。
支えない。
奪わない。
――選ばれなかったのではない。
彼女が、選ばなかったのだ。
これは、沈黙で勝つ公爵令嬢の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる