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第一章 王国編

暴力 

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 しかし、執事はそれ以上を語ろうとはしない。
 あくまでご自身で見つけてくださいと言いたいようだった。

「宝探しもいいものですよ、お嬢様。旦那様の戻りにはまだまだ時間がございます」
「何よ、もう……」

 宝探しね。
 言いたいことだけを言って去ってしまう執事の背中を見つめながら、サラはこういった箱にはどこかに隠し棚のようなものでもあったりして、とそこかしこを眺めてみる。
 やがて螺鈿細工の一部が角のところだけ色違いを発見すると、そっと押してみるが反応はない。
 横? それとも後ろに――?
 いくつか試し、そのうちの一つが功を奏してそれは現れた。
 箱の一番底にうっすらと引き出せる取っ手のようなものが飛び出て来たからだ。

「手紙……?」

 蜜蝋で封をされ、そこいは印章が押されている。
 二重の円とその合間に刻まれた六本の剣と、六本の矢。
 そして中央には建国の父たる、初代皇帝の横顔が意匠化されたものが彫られている。
 それはアルナルドの指を常に飾っている、皇帝家の紋章が彫られた指輪を使って押されたものだとサラには一目でわかった。

「皇帝家の印を押すなんて、アルナルド。正気じゃないわ……これじゃ、まるで帝家の真意だと言ってるようなものじゃない。私に何をしろっていうのよ……」

 追い返さずにもう少し話を聞いた方がよかった?
 これはもしかして冷たくあしらったことへの仕返しかしら?
 
「ああ、もう。誰かペーパーナイフを持ってきて。粗末にできないわ、こんなもの……」

 手のひらサイズのそれを開けるのにペーパーナイフはいらないが……。
 しかし、文章の価値はそれほどに威厳のあるものだった。
 ナイフを手にして、少しばかり力を入れると、封が解かれる。
 すると、かすかにアルナルドがいつもつけている香の匂いがした。

「これって――!??」

 中には一枚の手紙と小ぶりの指輪。それは彼が小指にいつもはめていたものだ。
 いつか愛する人に贈りたいと言っていた、皇帝家の紋章が銀環に入った水晶のついたもの。
 手紙には何があるの? 
 そう思い声に出すわけにもいかず、目でそっと精緻ながら意思の強さを感じさせるアルナルドの筆跡のそれを目で追いかけた。

(愛しいサラ。これは家族という意味ではなるべく取って欲しくないが、それでも僕は君の意思を尊重したい。ただこれだけは忘れないで欲しい。僕はしばらく、海の別荘を楽しむことにするよ。アルナルド)

 海の別荘?
 翌週には帝国に戻るはずなのに?
 サラは皇太子の意図を察すると、男って本当にめんどくさいと酔いがさめない頭を再度ふって目を閉じた。

 ☆

 パンっ。
 サラの耳に乾いた音がした。
 頬に張り付く痛みが広がり、右の口内から灼熱のような燃える鉄臭いなにかが溢れてくる。
 辛うじてよろけそうになるのを左足を後ろに突き出して耐えることができた。
 ……ここまではほぼ満点。倒れこんだら「王太子である私の手を貸せと要求するとは何事だ!?」、そんな罵詈雑言が飛んでくるのはこの二年間でさんざん勉強した。
 早く終わらないかな? そう予想してしまう。
 あと二回は飛んでくるだろう。出来るなら、顔よりはお腹とかにして欲しい。跡が見えてみんなが心配し、その都度コケましたとか、どこかで打ちましたとか苦し紛れの嘘をつくのは、サラにはもうたくさんだった。

「他に言い訳はあるか?」
「いいえ、殿下。何もございません」
「お前は愚か者だな、言われたこと一つ満足にこなせない」
「申し訳ございません、殿下。善処致します」
「口だけならどうにでも言えると知っているか、サラ?」
「……学習しない愚か者よりはまだましかと、存じます」
「ふん。その心意気だけはまあ、褒めてやろう。何もしない、謝るだけの愚物よりはましだ」
「はい、殿下。そのお言葉に感謝致します」

 ロイズは何かを思案したかのようにふとその手を止めた。
 もう一度くらい頬を張った方がこの使えない婚約者のためになると思っていたのかもしれない。サラにはその真意が分からないが、これまでにない彼の反応なのは確かだった。

「少しは学んだようだなサラ。このような手を挙げる行為は私の本意ではない。もっと賢くなってくれ。いずれの王太子妃としてな?」
「本当ですか、ロイズ。サラは嬉しゅうございます。殿下に褒めていただけるなんて……」
「成果が見えれば当然のことだ。私は紳士で優しい男だからな」

 茶番だ。
 スカートの裾を掴み、淑女の礼なんてものを取ると、顔はうつむいて相手には見えなくなる。ただでさえロイズは長身でサラは頭二つは低いのだ。その口元に浮かぶ、なんて愚かな男なんだろうと冷笑はロイズには見えない。
 数日前の夜会の結果はやはり、この殿下のお気に召さなかった。
 自分の意思を曲げられたことはもちろんのこと、それに従わなかったサラに手が出るのは予測出来ていた。あの目録を出せばもしかしたら、彼は笑顔でよくやったと褒めてくれたかもしれない。
 だが、サラにはこの男に尽くす気はもうさらさらなかった。

「殿下、それでは一つ報告がございます」
「……報告? 何のことだ?」
「はい、ロイズ。あなたが当日来れないと言った幼馴染のラグラージ侯爵令嬢のことですけど。述べても宜しいですか?」
「レイニーの……?」

 普段、レイニーのことを様はつけて呼ぶが、侯爵令嬢なんて言い方をしたことは滅多にない。
 サラが良くない知らせですとでもいうかのように告げたその名を聞いて、ロイズの顔がどこか焦りを覚えたように、サラには見えた。
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