殿下、婚約者の私より幼馴染の侯爵令嬢が大事だと言うなら、それはもはや浮気です。

和泉鷹央

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第二章 帝国編(海上編)

逃亡前夜

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「アイラ? エイル? これはどういうことか説明しなさい」

 命じても集まらないのは仕方がない?
 そんなことを許していては何も始まらないじゃない。
 あいまいな言い訳とともに御前に行けませんと返事を寄越したバーディー・ハルベリー中空師。
 彼だけならともかく、その妹まで来れないというなんて。
 サラは朝から微妙な不機嫌を保ち続けてきて、そろそろ我慢の限界だった。

「はい、お嬢様。これはアイラの問題かと」
「お姉様!?」
「そうね、エイルの言うとおり、アイラの問題だと思うけど、まあ――いいわ。あの兄妹揃ってこの部屋に来れないとはどういうこと?」

 それは、と姉妹は顔を見合わせて困った顔をした。
 どうやら言いづらい内容らしい。
 サラが受け取った返事は、任務にて、というものだった。
 アイラが言いなさいよ、とエイルにせかされ、妹はおずおずと口を開いた。

「その――次に航路に乗り換える王国の港は、その国土から少しばかり離れた島にあるらしくて、ですね」
「それで?」
「飛行船に乗り換えるものですから、それの手配と物資の補給にだとか」
「アルナルドには話を通していたのに?」
「……殿下は、そちらを優先するようにと」
「本当に?」

 侍女たちの目は語っていた。
 それは違う、と。
 サラはなんとなく背後に別の思惑があることを察する。
 つまり、アルナルドの意思を越える誰かがこの船にはいる、ということだろう。
 もしくは、彼の権限を代行した誰かがいるか。

「お嬢様。しばらくは、その――帝国に着くまでは静かになさったほうがいいかもしれません」
「そうみたいね。……私は都合のいい取引の道具といったところかしら?」
「そこまでは分かりかねますが……どうなのお姉様?」

 アイラの問いかけにエイルは顔を曇らせた。
 王国も帝国も、四方にはまだまだ敵がたくさんいるようだ。
 こんな海の上にいたんじゃ、逃げることもできない、か。
 自分は自由を拘束された身なのだと、サラは納得する。

「アルナルドはこの船にはまだいるのかしら? エイル?」
「まだいらっしゃるようです、お嬢様。でも、よい状況ではないかもしれません」
「どうしようかしらね?」
「船を替える際に、別方向に移動することは出来るかもしれませんね。でも……」
「それだと、どうなりそう?」
「アルナルド様をあきらめることになるのでは?」
「……彼には帝国のお姫様がいるでしょ?」
「お嬢様? 大魚を逃がすのですか?」
「エイル……。魚はもういいのよ。それに王国のレイニーを釣り上げてからどうにも運が逃げていった気がするのよ、どう思うかしら?」

 黒と赤の毛並みをした侍女たちは、まるで猟犬のように面白そうに笑っていた。

「なら、サラはどうしたいの?」
「私は取り戻したいわ、アイラは?」
「お姉様とお嬢様に従います。どうせ、あたしは最後まで損をする役割ですから」

 どの口が言うのよ? サラとエイルは口をそろえてアイラをにらみつけた。
 あたしは悪くない! そう叫ぶアイラに先に口を開いたのはやはりサラだった。

「そう、まあいいわよ。こうなったきっかけはアイラだし、何より――その口の軽さが今回はいい結果になるかも、ね?」
「……ひどいですわ、お嬢様」
「いいから、これから何をするか考えて行動しなさい。航路を継続するにしても、空路に移動するにしても、もう……アルナルドは頼れないし。頼れるのはあれだけじゃないの?」
「金貨です、か」
「そう。現金ではないけど――でも、紙って便利ね?」

 そう言いながら、サラは数枚持ち込んだ絵画を指で示した。
 裏側には帝国内であればどこでも換金できる証書が入っている。
 それが最後まで自分たちを救うはず。
 やっぱりじいやの先を見通す眼は確かだったわね。
 アルナルドももう少し自分に厳しくあって欲しかったけど、逃げる女ばかりじゃつまらない。

「ではお嬢様。島につけば移動しますか?」
「目立たない姿でね、アイラはどこまでもドジだから」
「……ええ、かしこまりました」

 いい逃亡先があればいいんだけどね。
 サラはそうぼやきながら、一人、この船での最後の夜を楽しむのだった。


 
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