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第二章 帝国編(海上編)
嘘も方便
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「その黒い手帳、差し上げますわ、旦那様。罪はどうどでも作れるのではないかしら」
「罪? また恐ろしいことを言うね、君」
「そんな目に遭ってまいりましたから。でも、救ってくださった旦那様には感謝申し上げておきます。例えばそう――帝国皇太子たる僕がこれほどに高価な品を献上したのに、第十四位継承権を持つサラ殿下に対して、王国上級貴族の方々がこの程度の贈り物をしたとは……とか」
「帝位継承権はそんなに安いものじゃないんだけどね? 帝国が侮られたと侮辱されたからこのリストにある価値が低い贈り物をした貴族は即時、断罪すべきだ、とでも?」
「はい」
にっこりと闇色の笑顔を作るサラを見て、アルナルドは背筋に何か寒いものが走った気がした。
これは断れば、人生の末期に渡るまでの呪いでもかけられそうだ。そんな予感めいたものに襲われてしまう。
「君にはかなわないよ、サラ」
「それが私の勤めですから」
「はあ、そうだね……これは借りてもいいのかい?」
「是非、出世の道具としてお役立て下さい。少しばかり、写しを取って、賄賂の額を操作してもいいかもしれませんね。アイラ」
はい、お嬢様と侍女が持ってきたのは、この冊子に使用されている用紙そのもの。使わなかったものを何かの役に立つかもしれないと、じいやが密かに荷物に詰めさせたものだった。それを見たアルナルドはもう逃げ場がなくなったな、と諦めの心境に入ってしまう。
「……待つ女はどこに行ったのさ、サラ?」
ひそりと耳元で聞いてくる皇太子に、サラは言ってやるのだった。
「それをやめたつもりはありませんよ」
「え……でも、内縁って」
「それはもちろん、その通りです。だって、私には家族のような侍女たちもいるし本当はこの次の空路に乗り換える島で、別々になろうかとも思ったけど」
「サラー。どこまで心配をかけるのさ?」
二人の会話を聞かないふりをして耳を傾ける周囲の重鎮たち。
アルナルドはそれを無視して、ここは男としてきつく言うべきだと言葉を振りかぶるが……。
「誘って頂いたのは殿下ですよ、ねえ、アルナルド? きちんとラブレターもあるけど、それでも知らない顔をするおつもり?」
「……」
「贅沢は申しません。三人が暮らせるだけの家と小さな土地があれば後は生きていきます。たまに寄って頂くだけでもいいの。貴方と帝国皇女さまの邪魔はしないから……」
健気なその仕草に一言がその場にいた男性陣の心をつかんだのはいうまでもない。船長がアルナルドに、「殿下、ここは後程の回答ということで」と、小さく耳打ちしなければ、会話はまだまだ続いたかもしれなかった。
「後から、返事をする。待ってくれ」
「はい、殿下」
その貞淑そうな笑顔の下には、一体どんな顔が隠れているんだい? アルナルドはそうぼやきながら、自室に戻るのだった。
そして、夜更け近く――
「戻っていきますね、あれ」
「そう? アイラ、旗はどうなっているのかしら?」
「エルムド帝国旗は颯爽と風になびいていますけど、王国旗はまったくなくなりましたよ、サラ」
「ふうん……。なら、ハサウェイが捕縛されたのかもしれないわね」
「そんなにうまくいくものでしょうか?」
まだ双眼鏡で物珍しそうに飛行船を見ているアイラを尻目に、エイルは自分が倒してしまった女性士官が気づくまで介抱すると言ってきかず、二人の頭に濡れタオルを当てながらサラに質問した。
「さあ? アルナルドの話では、王族同士なら瞬時に会話がつながる魔法があるとかないとか言っていたし、国王陛下も何かを思ったのか。それとも皇帝陛下が裁可を下されたのか分からないけど。いずれ明らかになるのではないかしら」
「そう――ですね、しかし、良かったのですか、サラ様。内縁の妻などと言って……」
もしかしたら皇帝陛下はサラを別の王国や諸外国に嫁がせる気だったのかもしれない。その可能性は否定できないから、まさかあんな発言をするとは思わなかったらしい。アイラも双眼鏡から目を離して姉の発言に賛同するかのように、サラに心配そうな目を寄せていた。
当のサラからすれば、ああ、あれね。とあっけらかんとしたもので、そう気に病んでいるようには見えない。
何かが吹っ切れたのかもしれないと、侍女たちは心配していた。
「大丈夫です。ああ言えば、アルナルドは何が何でも守ってくれるだろうし、他所の国に嫁に行かされる危険性も減るし……ラフトクラン王国に戻されることだってないと思うから」
「サラ、まさか貴方そこまで考えて……?」
「そうよ、アイラ。まあ、ここから先はどうなってもおかしくないけど。逃げ出す算段はきちんと立てておかないとね」
夜更かししすぎて眠たくなったわ。
そう言うと、サラはあくびを大きく一つする。
結局、サラはアルナルドのことも信頼も信用もしていないのね。
アイラとエイルだけが彼女の家族になったんだ、二人の侍女はそう理解する。
自由と安全を求める為に、サラは自分の心とこれまで得た金銭を切り売りするようになったのかもしれない。
そう思うと、アイラとエイルは何としてもサラを幸せにしようと誓うのだった。
「罪? また恐ろしいことを言うね、君」
「そんな目に遭ってまいりましたから。でも、救ってくださった旦那様には感謝申し上げておきます。例えばそう――帝国皇太子たる僕がこれほどに高価な品を献上したのに、第十四位継承権を持つサラ殿下に対して、王国上級貴族の方々がこの程度の贈り物をしたとは……とか」
「帝位継承権はそんなに安いものじゃないんだけどね? 帝国が侮られたと侮辱されたからこのリストにある価値が低い贈り物をした貴族は即時、断罪すべきだ、とでも?」
「はい」
にっこりと闇色の笑顔を作るサラを見て、アルナルドは背筋に何か寒いものが走った気がした。
これは断れば、人生の末期に渡るまでの呪いでもかけられそうだ。そんな予感めいたものに襲われてしまう。
「君にはかなわないよ、サラ」
「それが私の勤めですから」
「はあ、そうだね……これは借りてもいいのかい?」
「是非、出世の道具としてお役立て下さい。少しばかり、写しを取って、賄賂の額を操作してもいいかもしれませんね。アイラ」
はい、お嬢様と侍女が持ってきたのは、この冊子に使用されている用紙そのもの。使わなかったものを何かの役に立つかもしれないと、じいやが密かに荷物に詰めさせたものだった。それを見たアルナルドはもう逃げ場がなくなったな、と諦めの心境に入ってしまう。
「……待つ女はどこに行ったのさ、サラ?」
ひそりと耳元で聞いてくる皇太子に、サラは言ってやるのだった。
「それをやめたつもりはありませんよ」
「え……でも、内縁って」
「それはもちろん、その通りです。だって、私には家族のような侍女たちもいるし本当はこの次の空路に乗り換える島で、別々になろうかとも思ったけど」
「サラー。どこまで心配をかけるのさ?」
二人の会話を聞かないふりをして耳を傾ける周囲の重鎮たち。
アルナルドはそれを無視して、ここは男としてきつく言うべきだと言葉を振りかぶるが……。
「誘って頂いたのは殿下ですよ、ねえ、アルナルド? きちんとラブレターもあるけど、それでも知らない顔をするおつもり?」
「……」
「贅沢は申しません。三人が暮らせるだけの家と小さな土地があれば後は生きていきます。たまに寄って頂くだけでもいいの。貴方と帝国皇女さまの邪魔はしないから……」
健気なその仕草に一言がその場にいた男性陣の心をつかんだのはいうまでもない。船長がアルナルドに、「殿下、ここは後程の回答ということで」と、小さく耳打ちしなければ、会話はまだまだ続いたかもしれなかった。
「後から、返事をする。待ってくれ」
「はい、殿下」
その貞淑そうな笑顔の下には、一体どんな顔が隠れているんだい? アルナルドはそうぼやきながら、自室に戻るのだった。
そして、夜更け近く――
「戻っていきますね、あれ」
「そう? アイラ、旗はどうなっているのかしら?」
「エルムド帝国旗は颯爽と風になびいていますけど、王国旗はまったくなくなりましたよ、サラ」
「ふうん……。なら、ハサウェイが捕縛されたのかもしれないわね」
「そんなにうまくいくものでしょうか?」
まだ双眼鏡で物珍しそうに飛行船を見ているアイラを尻目に、エイルは自分が倒してしまった女性士官が気づくまで介抱すると言ってきかず、二人の頭に濡れタオルを当てながらサラに質問した。
「さあ? アルナルドの話では、王族同士なら瞬時に会話がつながる魔法があるとかないとか言っていたし、国王陛下も何かを思ったのか。それとも皇帝陛下が裁可を下されたのか分からないけど。いずれ明らかになるのではないかしら」
「そう――ですね、しかし、良かったのですか、サラ様。内縁の妻などと言って……」
もしかしたら皇帝陛下はサラを別の王国や諸外国に嫁がせる気だったのかもしれない。その可能性は否定できないから、まさかあんな発言をするとは思わなかったらしい。アイラも双眼鏡から目を離して姉の発言に賛同するかのように、サラに心配そうな目を寄せていた。
当のサラからすれば、ああ、あれね。とあっけらかんとしたもので、そう気に病んでいるようには見えない。
何かが吹っ切れたのかもしれないと、侍女たちは心配していた。
「大丈夫です。ああ言えば、アルナルドは何が何でも守ってくれるだろうし、他所の国に嫁に行かされる危険性も減るし……ラフトクラン王国に戻されることだってないと思うから」
「サラ、まさか貴方そこまで考えて……?」
「そうよ、アイラ。まあ、ここから先はどうなってもおかしくないけど。逃げ出す算段はきちんと立てておかないとね」
夜更かししすぎて眠たくなったわ。
そう言うと、サラはあくびを大きく一つする。
結局、サラはアルナルドのことも信頼も信用もしていないのね。
アイラとエイルだけが彼女の家族になったんだ、二人の侍女はそう理解する。
自由と安全を求める為に、サラは自分の心とこれまで得た金銭を切り売りするようになったのかもしれない。
そう思うと、アイラとエイルは何としてもサラを幸せにしようと誓うのだった。
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