殿下、婚約者の私より幼馴染の侯爵令嬢が大事だと言うなら、それはもはや浮気です。

和泉鷹央

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第二章 帝国編(海上編)

継承のテーブル

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 ふふっ、と悪戯を思いついた子供のような笑みを自分に向けられた船長は、なぜか嫌な予感を覚えてしまう。なんとなく生粋の皇族ではないのですよ、と自分が雑草のような下級貴族出身であることを強調したくなり、サラは目を細めてずいっと背を椅子の背もたれから離し、身を乗り出した。

「なんでしょうか、殿下」
「いえ、別に。ただ、私とアルナルド。どちらが現時点では有用でしょうか?」
「そのような発言は困りますな。お答えしかねる」
「では――そう、ですね。船長も軍人なら出世だって願うことはおありでしょう?」

 むっ? と彼は普段は隠しているはずの何かを透かされたかのような気になった。皇帝陛下の為、この船団の為と思い任務に奉仕しているが、野心がないわけではないからだ。
 ただ、そのためにしたことが帝国にとって不利になるようなことであれば……どんな理由をつけてでも跳ねのけるつもりだった。

「返事は致しかねますよ、殿下。遊ばないで頂きたい」

 あら、とサラは心外だとでも言いたいかのように足を組むとこれまでしたことのない、挑発的な態度を男性に初めて向けていた。
 肩肘を組んだ膝上に置くと、その上に顎を乗せて身を屈めて見せる。
 ふとすれば胸元が露わになりかねないその光景に、船団の長は目を反らすことで対応する。

「王国の最下層だった子爵家の女としては、殿下と言われても違和感を覚えるしかないのです」
「かもしれませんな。王国を出られてまだ数週間ですから」
「そう。アルナルドにさらわれて、一月未満です」
「殿下、それは物議をかもします。問題発言になりかねない」
「でも、嘘ではありませんよね? 結婚して欲しいと言われ、婚約者を捨て王国まで捨てた女を迎えたら、いきなりの正室には出来ない。側室になれ、そして……」
「アリズン様のことは、船に乗られた後にお知りになった、と?」
「そうですね。ですから、裏切りに近いものをアルナルド殿下には感じております。今朝まで利用されたことに気づかなかった私も愚かですが」
「そこは殿下同士の会話の問題かと。部下である自分には口だし出来ない部分ですな」
「それに子供まで」
「……」

 船長はうっ、となってしまう。
 アルナルドがハルベリー姉妹を養子にすると発言した場に、自分も同席していたからだ。

「おまけに、孫まで」
「いや、それはっ」
「出来ましたわ。間違いなく。どこか霧の向こうからいきなり現れた幽霊船みたいに。ああ、空飛ぶ幽霊船でしたわね」

 あの問題があった夜にどうせ、アルナルドの思い付きで養女にしたのだろうとサラはにらんでいた。
 その場に、管理者たる彼が、船長がいないはずがないのだ。
 でなければ、ハルベリー姉妹がアルナルドの特別な存在になったなんて、語りだすはずがない。
 こんな短い時間に経緯を知る者は限られている。

 止めてくれなかったのは船長にも責任があるのでは? とサラは目と態度と悲し気な雰囲気で船長を追い詰める。
 じわじわと尋問するかのような発言で彼から逃げ場を奪おうとするサラを見て、侍女姉妹は目を丸くしてその光景を眺めていた。
 多分、こんなサラを見たことは初めてだと、姉と妹は目配せをして主人と同じような威圧をと悲しみを秘めたため息をそっと漏らしてみる。
 エイルよりもこういった策略が大好きなアイラは、目尻に涙を浮かべて「可哀想なお嬢様……」と声を上げていた。
 三者から非難の視線を浴び、室内に漂い始めた悲壮感溢れる侍女たちの泣き声も混じり、はあ……と頑固な顔を崩さなかった船長が助けを求めるかのようにサラに視線を戻したのはそれから間もなくだった。

「……殿下、何をお望みですか」
「いえ、別に。船長も男性のお一人ですから、アルナルドのように私を利用されるのかな、と。いえ、良いのですけどね。それがお望みならばそうなされば宜しいかと」
「サラ様!」

 もういいでしょう? そんな誰何の声が飛ぶ。
 だまし合いもそろそろかしらと思い、サラはそれならば、と本題を突き付けてみた。

「誰が帝国に行けばこれから先の未来について、有用だと思われますか、船長? これは現実に各国のことを詳しく知る貴方だから聞いています」
「それを言わせますか、困った御方だ。自分は最初に申し上げた通り、アルナルド殿下には王国が相応しいかと思いますが」
「それは何故?」

 サラは居住まいを正すと、きちんとした姿勢で彼を見つめ返した。
 船団の主は言いづらいという顔をするが、それでも軍人として出過ぎないように言葉を選んで返事を返す。

「アルナルド様はまだ、陛下が提示されたテーブルに就くことが出来ておりません」
「王国の……懐柔ね」
「左様ですな。ですから、その意味ではサラ様はもうそのテーブルに座っておられるのです」
「……は?」

 それは意外な返事だった。
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