殿下、婚約者の私より幼馴染の侯爵令嬢が大事だと言うなら、それはもはや浮気です。

和泉鷹央

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第二章 帝国編(海上編)

帝国への切符

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「なにか?」
「アルナルドがその資格を持っていない? 私が持っているのに?」
「うーむ。そこを自分に語らせるのはどうか、ご容赦願いたいものです」

 悩まし気に彼は言うが、そんなことはサラには関係ないことである。
 いささか理不尽だとも思ったが、気にしないことにした。
 どうぞ、と促すと彼は困ったと目を伏せて言葉を紡ぐ。

「ですからー……。サラ様も気づかれていらっしゃるでしょう。王国での体制を整えることができなかった時点で、アルナルド様が『殿下』としての地位、帝位継承権の順位を下げられる可能性があるということです」
「それは分かっています。でも、私を帝国に連れ戻れば彼の手柄ではありませんか。それより、私がしたことをすべて、アルナルドの手柄にしてやろうとは船長は思わないのですか」
「陛下も愚か者ではありませんからな。たかだか二週間の猶予でそれが可能になったと思われるような御方ではありませんよ……」

 なるほど。
 確かに十年かけてできなかったものが、たった二週間でできました、なんて。
 そんな奇跡、あり得ないと誰もが思うだろう。
 逆にそれができたのなら、アルナルドの智謀が優れていたかとんでもない権力者を手に入れた。
 もしくは、取り込まれた可能性だってあるわけだから皇帝陛下は逆に息子に猜疑心を持つかもしれない。
 本日、何度目か忘れたメンドクサイ、と脳内で連発すると、サラはそんなこと言われても困るわよ、とぼやいてしまった。
 ここは意思表示を明確にするべきかしら。

「船長、帝国には参りますが帝位には興味はありません。アルナルドが私の持つ継承権を必要とするならば彼にそれを移譲しても良いのですが、いかがですか?」
「そう……申されるだろうと思いました」
「ご理解いただけて嬉しいです」
「しかし、殿下はいつ戻られますかな……」

 どこか寂しそうに遠くを見る船長の目は、アルナルドを案じてのものだとサラにだってわかってしまう。
 結局、私よりも彼じゃない。
 男同士って本当に都合がいいというか、ここぞというところで結託するその考え方がサラには意味不明なものに見えてしまう。

「船長、アルナルド抜きでの話はできないのですか? 男性は卑怯ですわ」
「申し訳ない。あれでも息子のような年齢でしてな。皇后さまの下から離れて十年、まだ帝国に戻ることをゆるされないというのは、どうにも哀れといえば失礼ですが……そう思ってしまうのです」
「なら、アルナルドに帝位継承権を放棄させればよろしいのでは」
「は? いやそれは……」

 だって、とサラは当たり前に感じたことを口にする。
 そんな十年以上もかけてまで帝国に戻る資格が必要なら、捨ててしまえばいいではありませんか、と。
 船長はそれを受けて唖然とした顔をしていた。

「アルナルドだって皇帝になりたいわけではないのでしょう? いえ、私が知っている彼はそんなものと言えば失礼ですけど。権力よりも、ただ家族の為、国の為に頑張ろうとしていたのだけは……信じていいのではないかなと思います。皇帝陛下がアリズン様との婚約にアルナルドを相手として決めたのも、そんなところに理由があるのではないでしょうか?」 
「サラ様、お待ちを! それはつまり、アルナルド殿下が次期エルムド帝国皇帝になることを陛下は望まれていると言われているのも同じですぞ!?」

 慌てて発言を撤回するように言う船長に、サラは考えすぎです、と首を振る。
 理論が飛躍しすぎだと思うのだ。アルナルドの父親は息子にはそこまでの統治能力というか、支配者としての力はないと知っていたからこそ、彼が皇族として他国でも生きていけるような方法を考えた気がする。
 サラはそう思い始めていた。

「そんな未来を予測できる能力など持ち合わせておりません。そうなって欲しいとも思いません。アルナルドの未来は彼自身がつかみ取ればいいと思います。ですが、その道具として使われたことに苛立ちを感じるのです。家族のように思っていたからこそ……船長が部下を救いたいと思ったように、彼が嘘や隠しごとなく私を頼ってくれたなら道具のままでもサラは良かったのです。ご理解いただけませんか?」

 家族でも親しき友人でも、裏切りのあとに信頼を取り戻すには限界がある、サラはそう訴えていた。

「ではサラ様は殿下にどうすればご助力頂けるのですか……」
「船長としてはアルナルドを助けたいのですね」
「一度は主として下に就きましたからな。部下のこともある。どちらも年齢も似ており自分には息子と娘のようなものですよ、サラ様」

 そこに――自分は含んでもらえない。
 なんだか帝国の人間と王国の人間とで大きな線引きがされているようでいい気分はしなかったサラは、まあこんなものかもしれないとふっ、と息をはく。
 あまり多くを望んでも、かなえられるものの方が少ないのが現実だ。
 過度な期待はしないでおこうと改めて心に誓い、出来ることは――と言葉を紡ぐ。

「王国の父や同士には手紙を書きましょう。でも、それ以上のことはできません。できないというより、アルナルドも十年もあの土地にいて何もしていないはずがないのです。彼だって殿下なのですから。そこは信じて託すべきかと思われます」
「そうですな。そうかもしれません」

 万全を期した計画ほど、ほんの小さなほころびから崩壊するものじゃないかしら。
 それよりも、アルナルドが学院で築いてきた人脈を生かしたほうが余程、彼らしい統治を可能にするだろうし、女が出しゃばったとあればアルナルドが表向きは上機嫌でも、胸の中では嬉しくはないだろうし。
 後で恨まれるような何かを残すくらいなら、この程度におさめておくべきだわ。
 そして、帝国に行く道を選択した方がまだ生き残れる確率は上がるかもしれない。
 王国に船が着いた途端、兵士の槍先を突き付けられるには、もうすこし自由を目指したかった。

「……船長、帝国に行くというお話ですが。それは、この先の空路に乗り換えることでアルナルドとは道が別れる。そういうことでいいですか?」
「形としてはそれで間違いありません。クロノアイズ――」

 と、母国の名を船長が出そうとしたところで、サラは手でそれを制した。
 何事かと不思議そうな顔をする彼に、少女はにこやかに微笑んで要求する。

「では、船長。手配していただけますか? エルムド帝国の、アルナルド殿下の代わりにサラが向かうべきかの土地のしかるべき場所にたどり着ける便を」
「なっ!? 本気ですか、サラ……殿下」

 船長は突拍子もない提案に口をあんぐりと開けて驚きを隠せない様子だ。
 もちろん、とサラは笑顔を絶やさずにうなずいたのだった。
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