殿下、婚約者の私より幼馴染の侯爵令嬢が大事だと言うなら、それはもはや浮気です。

和泉鷹央

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第二章 帝国編(海上編)

互いの立場

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「では時間も残り少ない事ですし。一度ここらへんで船長には退席いただいてこちらとしても用意を整えたいと思いますので」

 察してくださいね?
 そうサラに扉と自分を交互に見られ、彼は途端に居心地のわるさを痛感したらしい。
 部下を救ってやって欲しいという願いを持ちかけたら、それ以上の無理難題が降ってわいたという感じのようである。

「サラ殿下、ここではその件、確約はできかね……」
「出来ますよね」

 エルムド帝国行きの件だ。一つ返事でかしこまりました、と許可を出すには彼の職分をはるかに超えていた。
 そんなことは先刻承知しているはずなのに、一切の容赦なく笑顔でどうぞよろしくと、目の前の殿下は押し通そうとする。
 もちろん、船長の要求は過分な程に聞き入れられているから、これを嫌だ、無理です、と断るわけにもいかない。
 無下に断れば自分の可愛い部下の行く末が不安だし、もし、このうら若い少女がエルムド帝国に行きそこで別の皇族と夫婦になる未来があるとしたら……ここで貸しを作ることは何も悪い事ではないように彼には思えた。

 ただ、皇帝陛下がアルナルドの交代としてサラをエルムド帝国に行かせてもいいと言わなければ、彼女の願いはかなえられない。
 そうなると部下の未来も暗礁に乗り上げてしまうかもしれない。おまけにアルナルドは王国に戻らされ、そこで成功しなければ二度と帝国の土を踏むことも難しいだろう。
 果たして、夫候補ではなく義理の娘? いやいや、同じクロノアイズ帝国の皇族……それも、エルムド帝国側がこれまで耳にしたことの無い人物。サラという名の、いきなり現れた第十四位帝位継承者を快く受け入れるものだろうか、と彼の杞憂は尽きることがない。

「サラ様は、その申し出が通る、と……お思いですか」
「出来ると信じていますわ。船長なら」

 船長なら、と来た。
 アルナルド様や皇帝陛下ではなく、船長なら、と。
 名指しで来られてはたまったものではない自分は一帝国軍人なのだ。
 皇帝陛下の上をまたいで行うような命令を出せるはずがない。船長はそう思うが……。

「いや、しかし。確約はできかねる」
「でも、出来る限りのことはして頂ける」
「それは、まあ、ええ」
「ちなみに船長はどうなのですか」
「どう、と言われますと?」
「ですから、帝室の御旗を飾り皇族を乗せて移動する船の長。それが貴方ですから、その地位はいかがなものかな、と。そう思いました」

 アルナルドにお仕置きを、とか。皇帝陛下に乗艦頂いていても、船の長は自分です、とか。
 部下を救う代わりにサラに正しい現状を認識させてみたり、とか。
 どれ一つを取るにしても、下手をすればアルナルドの機嫌どころか皇帝陛下の機嫌すら損ねてしまうはずの行動を彼は取っている。

 それも部下を連れず、たった一人でサラとその関係者二人を巻き込んでこの部屋で語り合うにしては、話の先にある責任はとても大きなもので一介の船乗りが抱えられるものではない、とサラは思ってしまう。
 帝室関係者、もしくは、上位の帝位継承権を持つ皇族。もしくは……まあ、その可能性は限りなく低いし、ありえないから脳内のリストから排除した。
 とりあえず船長が相当なタヌキであることは間違いないだろう、そう思う程度にとどめておくべきかもしれない。ここで藪をつついて蛇がでたら嫌だし。

「ただの船乗りですよ、サラ様」
「そうですか」

 にこやかに一礼。
 彼は膝上に脱いで置いていた帽子をかぶりなおすと、きりっとした表情で海軍式の礼をサラに向けてするとドアへと向かう。

「後で書類など、部下に取りに来させます。どうか、部下を救ってやってください」
「はい、承りました」

 そう返事をすると、扉の取っ手に手をかれはこの部屋に入って、一番良い笑顔を残して戻っていった。

「どちらが勝者かわからない結果になりましたね、お嬢様」
 去った後の扉を閉めると、固唾を飲んで見守っていたアイラが声をかける。
 サラはどうかしらね、とちょっと困った顔をしてそう答えた。
「二人ともありがとう。あの援護射撃は良かったわ」

 義理の娘だの、孫だのといった会話のときのことをほめると、アイラだけでなくエイルもそれはもちろん、と小悪魔のような笑みを浮かべて見せた。
 この二人とはこれからも長く付き合っていきたい。サラはそう思うと、まずはハルベリー家を助けるために必要な書類を書くために机に向かった。
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