75 / 105
第三章 帝国編(空路編)
秘密の旅路
しおりを挟む
「あの大空に浮かぶそれにどうやって移動するのかしら」
サラは大空に係留されている飛行船を見やって、そう呟いた。
「分かりませんよ、あんな高い所……」
「そうね。それよりも怪我は問題ないの? 医者へ行くべきじゃない?」
「大丈夫です。あいつら、魔法とやらをかけていったから」
「そう」
兵士たちの傷や青あざを瞬時に癒していた奇跡の技のことだろうかとサラは検討をつけるが、その割には侍女の外見は綺麗には、なっていなかった。
アイラはこの建物にやって来た時よりほこりとすり傷と、乙女にしては見せてはいけない顔の青いアザ、そして乱れたそれをエイルに直してもらいどうにか体裁だけは取り繕って、サラの後に続いていた。
魔法をかけたって、せいぜい痛み止め程度じゃないかしら?
あれだって治療薬の役割を果たすとすれば、凄まじい治療効果を発揮することになる。
そんな高価なものを気前よく分けてくれるとは思えないサラだった。
「後から痛みでのたうち回ることになっても知らないわよ。まあ……よくやりました。あのロプスはいけ好かないけど、帝国兵をさんざん打ち据えていたアイラの勇姿はなかなかのものだったわ」
「あ、え? サラが誉めた……」
「私が誉めてはいけないの!?」
「いえ、そんなことは――ないですけどね、お嬢様。ここはお叱りと罰則を与えるのが……世の常ではないかと」
世の常、ねえ。
アイラの発言とは思えない、とても常識的な物言いだった。
すると、姉のエイルが馬鹿なことを、と一笑に伏した。
「ルールなんてまともな発言が出てくるなら乱闘なんてしないでしょう」
「申し訳ございません……」
姉のちくりと刺すような嫌味に、赤毛の少女は顔をうつむかせ、恥じるようにして主人と姉に謝罪を陳べる。
しかし、サラもエイルもそれ以上、何かを叱りつけることはなかった。
「ま、いいと思うわ。勝ったんだし、アイラの強さも知れたんだし。あんなに暴れるとは思わなかったけどね」
「だって、お尻を触られたから……サラをいくらで夜のお供にするんだって侮辱されたら我慢できなくて」
あの乱闘の裏にはそういった出来事があったわけね。主人を悪しざまに言われたら怒らない従者だとこれから先の不安にもなる。
「そう。次からは私にきちんと報告してね。三人しかいないんだから。いい?」
「……」
頷く侍女を見て、サラはではこの件はこれで終わり、と告げた。
軽く手を叩き、上をもう一度仰ぎ見た。
そこにあるのは透明な天井で、しかし日光の暑さは感じない何か。ガラスとかそういったものではない何か。
多分、冬場でも寒さを通過させない何か。
でも、いつの間にか振り出した小雨の雨粒は弾いている何か。
「あれを見てしまったら、細かいことはどうでもよくならない?」
「そうですね、お嬢様。アイラも取りあえずは無事な訳ですし。でも三人とは限らないのでは……?」
と、エイルが口を挟む。
自分たちの荷物は女三人で運べる量ではないし、あの船――アルナルド【殿下】と船長が特別に、と付けた護衛の数は三十を下らないと、サラはその数までは把握していなかったがエイルは執事の代わりをするように雑務をこなすうえで知っていた。
ハルベリー姉妹の姉が所属する空師たちは殿下だけでなく【陛下】……もしかしたらだが……すらも守るために乗り込んでいたのではないか。サラはどことなくそう考えていた。最も、皇族を守るのは軍隊ではなく、近衛騎士団の役割なのではあるが……。
「護衛すべき対象をどこかにさておいて、自分たちだけが移動するそんな人たちに命を任せて大丈夫なのかしら」
「その不安はごもっともですね、お嬢様。彼らがいれば少なくとも、アイラの揉め事は起きなかったでしょうし」
サラはいっとき思案するが、出た結論はいないものは待っても仕方ない。そんなものだった。
「出会ったら無能な部下たちね、って言ってやればいいわよ。殿下にそっくりですわね、って」
「あ、はい。そうですね、お嬢様」
アルナルドへの静かな怒りはまだまだサラの心の底に埋まっているらしい。エイルとアイラは頬を引きつらせてそう返事をした。
しかし、遠いわと三人は先頭を案内する男に視線を向ける。
あの場で解放されてから数分。
サラの視線を受け、エイルは一行を案内するという名目でロプスが付けた、まともな衛兵らしき人物に声をかける。
「そこな人。まだ歩くのですか? 殿下をこれほど歩かせるなら馬車でも用意してはいかがです? 荷物の件もありますが」
は? と中肉中背の文官らしき小男は真面目そうな人物だった。
彼は案内だけをロプスに命じられたのだろう。よくわからなさそうな顔をし、何かを考えてから笑顔を向けて来た。
「ああ、荷物ですか。それでしたら既に、騎士の方々ですかねえ、大勢のクロノアイズ帝国の方たちが運び込まれておりましたよ」
「大勢? その者たちはどこに?」
エイルの質問に、小男はですからと天を指さした。
「あちらのアーハンルド行きの便に乗り込まれておりますよ」
「先に乗船したというのですか? 呆れた……」
エイルのぼやくようなそれに、小男の文官はいやそれが、と言葉を続ける。
「いえいえ、何でも帝国の――クロノアイズ帝国からのご指示でそれとわからないように乗船するよう命令があったとか」
「……は?」
「サラ殿下御一行の御乗船はあくまで静かに行うようにと、こちらもロプス様より上から申し付かっておりまして、はい」
彼は自分の発言に自分で頷くようにして、ではこちらの方から別の通路になりますので、と何やら壁にあったボタンを押したのだった。
サラは大空に係留されている飛行船を見やって、そう呟いた。
「分かりませんよ、あんな高い所……」
「そうね。それよりも怪我は問題ないの? 医者へ行くべきじゃない?」
「大丈夫です。あいつら、魔法とやらをかけていったから」
「そう」
兵士たちの傷や青あざを瞬時に癒していた奇跡の技のことだろうかとサラは検討をつけるが、その割には侍女の外見は綺麗には、なっていなかった。
アイラはこの建物にやって来た時よりほこりとすり傷と、乙女にしては見せてはいけない顔の青いアザ、そして乱れたそれをエイルに直してもらいどうにか体裁だけは取り繕って、サラの後に続いていた。
魔法をかけたって、せいぜい痛み止め程度じゃないかしら?
あれだって治療薬の役割を果たすとすれば、凄まじい治療効果を発揮することになる。
そんな高価なものを気前よく分けてくれるとは思えないサラだった。
「後から痛みでのたうち回ることになっても知らないわよ。まあ……よくやりました。あのロプスはいけ好かないけど、帝国兵をさんざん打ち据えていたアイラの勇姿はなかなかのものだったわ」
「あ、え? サラが誉めた……」
「私が誉めてはいけないの!?」
「いえ、そんなことは――ないですけどね、お嬢様。ここはお叱りと罰則を与えるのが……世の常ではないかと」
世の常、ねえ。
アイラの発言とは思えない、とても常識的な物言いだった。
すると、姉のエイルが馬鹿なことを、と一笑に伏した。
「ルールなんてまともな発言が出てくるなら乱闘なんてしないでしょう」
「申し訳ございません……」
姉のちくりと刺すような嫌味に、赤毛の少女は顔をうつむかせ、恥じるようにして主人と姉に謝罪を陳べる。
しかし、サラもエイルもそれ以上、何かを叱りつけることはなかった。
「ま、いいと思うわ。勝ったんだし、アイラの強さも知れたんだし。あんなに暴れるとは思わなかったけどね」
「だって、お尻を触られたから……サラをいくらで夜のお供にするんだって侮辱されたら我慢できなくて」
あの乱闘の裏にはそういった出来事があったわけね。主人を悪しざまに言われたら怒らない従者だとこれから先の不安にもなる。
「そう。次からは私にきちんと報告してね。三人しかいないんだから。いい?」
「……」
頷く侍女を見て、サラはではこの件はこれで終わり、と告げた。
軽く手を叩き、上をもう一度仰ぎ見た。
そこにあるのは透明な天井で、しかし日光の暑さは感じない何か。ガラスとかそういったものではない何か。
多分、冬場でも寒さを通過させない何か。
でも、いつの間にか振り出した小雨の雨粒は弾いている何か。
「あれを見てしまったら、細かいことはどうでもよくならない?」
「そうですね、お嬢様。アイラも取りあえずは無事な訳ですし。でも三人とは限らないのでは……?」
と、エイルが口を挟む。
自分たちの荷物は女三人で運べる量ではないし、あの船――アルナルド【殿下】と船長が特別に、と付けた護衛の数は三十を下らないと、サラはその数までは把握していなかったがエイルは執事の代わりをするように雑務をこなすうえで知っていた。
ハルベリー姉妹の姉が所属する空師たちは殿下だけでなく【陛下】……もしかしたらだが……すらも守るために乗り込んでいたのではないか。サラはどことなくそう考えていた。最も、皇族を守るのは軍隊ではなく、近衛騎士団の役割なのではあるが……。
「護衛すべき対象をどこかにさておいて、自分たちだけが移動するそんな人たちに命を任せて大丈夫なのかしら」
「その不安はごもっともですね、お嬢様。彼らがいれば少なくとも、アイラの揉め事は起きなかったでしょうし」
サラはいっとき思案するが、出た結論はいないものは待っても仕方ない。そんなものだった。
「出会ったら無能な部下たちね、って言ってやればいいわよ。殿下にそっくりですわね、って」
「あ、はい。そうですね、お嬢様」
アルナルドへの静かな怒りはまだまだサラの心の底に埋まっているらしい。エイルとアイラは頬を引きつらせてそう返事をした。
しかし、遠いわと三人は先頭を案内する男に視線を向ける。
あの場で解放されてから数分。
サラの視線を受け、エイルは一行を案内するという名目でロプスが付けた、まともな衛兵らしき人物に声をかける。
「そこな人。まだ歩くのですか? 殿下をこれほど歩かせるなら馬車でも用意してはいかがです? 荷物の件もありますが」
は? と中肉中背の文官らしき小男は真面目そうな人物だった。
彼は案内だけをロプスに命じられたのだろう。よくわからなさそうな顔をし、何かを考えてから笑顔を向けて来た。
「ああ、荷物ですか。それでしたら既に、騎士の方々ですかねえ、大勢のクロノアイズ帝国の方たちが運び込まれておりましたよ」
「大勢? その者たちはどこに?」
エイルの質問に、小男はですからと天を指さした。
「あちらのアーハンルド行きの便に乗り込まれておりますよ」
「先に乗船したというのですか? 呆れた……」
エイルのぼやくようなそれに、小男の文官はいやそれが、と言葉を続ける。
「いえいえ、何でも帝国の――クロノアイズ帝国からのご指示でそれとわからないように乗船するよう命令があったとか」
「……は?」
「サラ殿下御一行の御乗船はあくまで静かに行うようにと、こちらもロプス様より上から申し付かっておりまして、はい」
彼は自分の発言に自分で頷くようにして、ではこちらの方から別の通路になりますので、と何やら壁にあったボタンを押したのだった。
13
あなたにおすすめの小説
幼馴染最優先の婚約者に愛想が尽きたので、笑って家出しました ― 笑顔で去っただけなのに、なぜ泣いているのですか
ラムネ
恋愛
侯爵令嬢リオナは、婚約者アルベルトが「幼馴染が可哀想だから」と約束を破り続ける日々に耐えていた。領地再建の帳簿も契約も、実はリオナが陰で支えていたのに、彼は「君は強いから」と当然のように扱う。決定的な侮辱の夜、リオナは怒らず泣かず、完璧な笑顔で婚約指輪だけを返して屋敷を去った――引継ぎは、何一つ残さずに。
翌日から止まる交易、崩れる資金繰り、露出する不正。追いすがるアルベルトを置き去りに、リオナは王立監査院の臨時任官で辺境へ。冷徹と噂される監察騎士レオンハルトと共に、数字と契約で不正を断ち、交易路を再生していく。
笑顔で去っただけなのに、泣くのは捨てた側だった。
白い結婚の末、離婚を選んだ公爵夫人は二度と戻らない』
鍛高譚
恋愛
白い結婚の末、「白い結婚」の末、私は冷遇され、夫は愛人を溺愛していた――ならば、もう要らないわ」
公爵令嬢 ジェニファー・ランカスター は、王弟 エドワード・クラレンス公爵 のもとへ政略結婚として嫁ぐ。
だが、その結婚生活は冷たく空虚なものだった。夫は愛人 ローザ・フィッツジェラルド に夢中になり、公爵夫人であるジェニファーは侮辱され、無視され続ける日々。
――それでも、貴族の娘は耐えなければならないの?
何の愛もなく、ただ飾り物として扱われる結婚に見切りをつけたジェニファーは 「離婚」 を決意する。
しかし、王弟であるエドワードとの離婚は容易ではない。実家のランカスター家は猛反対し、王宮の重臣たちも彼女の決断を 「公爵家の恥」 と揶揄する。
それでも、ジェニファーは負けない。弁護士と協力し、着々と準備を進めていく。
そんな折、彼女は北方の大国 ヴォルフ公国の大公、アレクサンダー・ヴォルフ と出会う。
温かく誠実な彼との交流を通じて、ジェニファーは 「本当に大切にされること」 を知る。
そして、彼女の決断は、王都の社交界に大きな波紋を呼ぶこととなる――。
「公爵夫人を手放したことを、いつか後悔しても遅いわ」
「私はもう、あなたたちの飾り人形じゃない」
離婚を巡る策略、愛人の凋落、元夫の後悔――。
そして、新たな地で手にした 「愛される結婚」。
妹を選んで婚約破棄した婚約者は、平民になる現実を理解していなかったようです
藤原遊
恋愛
跡継ぎとして育てられた私には、将来を約束された婚約者がいた。
――けれど彼は、私ではなく「妹」を選んだ。
妹は父の愛人の子。
身分も立場も分かったうえでの選択だと思っていたのに、
彼はどうやら、何も理解していなかったらしい。
婚約を破棄し、妹と結ばれた彼は、
当然のように貴族の立場を失い、平民として生きることになる。
一方で、妹は覚悟を決めて現実に向き合っていく。
だが彼だけが、最後まで「元に戻れる」と信じ続けていた。
これは、誰かが罰した物語ではない。
ただ、選んだ道の先にあった現実の話。
覚悟のなかった婚約者が、
自分の選択と向き合うまでを描いた、静かなざまぁ物語。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
はじめまして、私の知らない婚約者様
有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。
見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。
けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。
ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。
けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。
この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。
悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに?
※他サイトにも掲載しています。
【完結】結婚して12年一度も会った事ありませんけど? それでも旦那様は全てが欲しいそうです
との
恋愛
結婚して12年目のシエナは白い結婚継続中。
白い結婚を理由に離婚したら、全てを失うシエナは漸く離婚に向けて動けるチャンスを見つけ・・
沈黙を続けていたルカが、
「新しく商会を作って、その先は?」
ーーーーーー
題名 少し改変しました
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
婚約破棄された公爵令嬢ですが、戻らなかっただけです
鷹 綾
恋愛
王太子カイル殿下から、社交界の場で婚約破棄を言い渡された公爵令嬢リュシエンヌ。
理由は――
「王太子妃には華が必要だから」。
新たに選ばれたのは、愛らしく無邪気な義妹セシリア。
誰もが思った。
傷ついた令嬢は泣き、縋り、やがて戻るのだと。
けれどリュシエンヌは、ただ一言だけ告げる。
「戻りません」
彼女は怒らない。
争わない。
復讐もしない。
ただ――王家を支えるのをやめただけ。
流通は滞り、商会は様子を見始め、焦った王太子は失点を重ねる。
さらに義妹の軽率な一言が決定打となり、王太子妃候補の座は静かに消えた。
強いざまあとは、叫ぶことではない。
自らの選択で、自らの立場を削らせること。
そして彼女は最後まで戻らない。
支えない。
奪わない。
――選ばれなかったのではない。
彼女が、選ばなかったのだ。
これは、沈黙で勝つ公爵令嬢の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる