76 / 105
第三章 帝国編(空路編)
怪しい乗船
しおりを挟む
サラの嗅覚は冴えていた。
この旅路が始まって以来、最高というほどに冴えていた。
冴えて冴えて、冴えすぎてしまい、自分の理解が及ばなくなったほどだ。
役人が壁の一角に突き出たモノ、ボタンのようなそれは四角いボックスの表面に上下二つの丸いボタンと、あのひと悶着あった場所でパタパタと動き、時刻や行き先を表示していたモノ。それの小型版があるように見えた。
つまり、もしかしたら――?
「今しばらくお待ちください、殿下」
「……それはもしかしたら、昇り降りすることのできる何かだったりするのですか?」
「は?」
小男はきょとんとし、不思議そうな顔をする。
続いて「そうでございますよ」と明確な返事が戻って来た。
つまりそこはある意味、密室となり入る人数はここにいる四人か。
それとも、中に潜んでいる誰かの可能性もある。
「遠慮します」
「あ、殿下。何を言われて……」
「いいから他の便に振り替えをお願いできますか、そこな――失礼。まだお名前を知りませんでした」
「ひっ、まさか、そんな!?」
と、文官は小さい背丈をさらに小さくさせて萎縮する。
まさか一介の役人が、他国の皇族。それも直々に声をかけられて名前を問われるなんてこと、誰が想像するだろう。
彼は視線を合わせることも申し訳ないというふうにし、ふうと大きく息を吐いた。
どうやら見た目通りの小心者らしい。
だが、あのロプスのようにいやらしさや権力に媚びるというところが見えず、ただ根がまっすぐな人物に見えるところがサラには好印象だった。
「伺えますか?」
「伺うも何も、自分はその……」
と、返事代わりに胸ポケットの部分に縫い付けられた制服の一部を彼は指し示す。
そこには大陸公用語で「オットー」と書かれていた。
家名が無い所を見るとどうやら平民の出身であるらしい。
それを見て、サラは素朴なその名前が彼には合っているような気がした。
「ではオットー様」
「ひっ、殿下。お待ちください……そのような様なんて、上役に聞こえたらクビになります。どうか、オットーと、もしくは案内人と。そうお呼びください」
「あ、そう――では、案内人殿」
「はい、殿下。何用で……ああ、いえ。便の振り替えを、でございます、ね」
「ええ、お願いできるかしら」
「あ、はあ、しかし」
と、サラの発言が搭乗拒否をするものだったから、オットーはどうしたことかと慌てふためいて即答できる様子ではなかった。
しばしお待ちくださいと振り絞るように声を出すと、先ほど押したボタンを再度、押しなおす。
角度的に見えていなかったが、それは押せば燐光を発する仕組みの様で、二度押せば消えるらしい。
つまり、昇り降りする何かを呼びだすための道具と、それをキャンセルすることのできる仕組みなのねとサラは興味深くそれに見入ってしまった。
じっとボタンを見つめるその視線が自分への問いかけだとオットーは勘違いしたのだろう。自分より頭二つほど背が高いサラと手元を見比べて、オロオロとしていた。
サラはその様が正直な反応で、つい彼に笑みをこぼしてしまう。
それはロプスにしてやられたあの陰険な仕打ちを忘れさせるには、十分なものだった。
「ねえ、オットーさん。さん、と呼ぶなら宜しい?」
「は? いえ、そんな滅相もない」
「どうか許可して頂きたいわ。貴方の上司は少しだけ好きではないけど、貴方は正直そうな方だもの。仕事をしようと一生懸命になっていらしてるわ」
「お褒めの言葉が嬉しい限りです、殿下。ですが、別の便といたしますとそちら様のお荷物なども……」
「洋上で放棄されたりしますか?」
「いえっ、いいえっ! そのようなこと! 我が国の航路公社においてそのようなことは許されません! どのようなお客様のお荷物であれ、あまりにもその……国際法などに触れるような危険な物でない限り、どこまでも安全に移送致します!」
と、オットーはそれまでの臆病さをかなぐり捨てるようにして、叫んでいた。
彼の言葉は仕事にかける自信と顧客への誠意と、公社という彼の所属する組織への自負と誇りでもあるのだろう。熱意とこの会社で働けることに誇りを感じているようにも見えた。
それはまるで王国で元婚約者のために努力しようと励んでいた自分の姿がそこに重なるようで……サラは彼の人柄が信じるに足る存在だと確信してしまっていた。
「……そうね、ごめんなさいオットー様。貴方の仕事をけなす気は無かったの。どうか許して頂きたいわ」
「いいえ、殿下。そのようなお気遣いは無用です。むしろ、そう思わせてしまったこちらの落ち度でもございますので!」
「いいですね。貴方のような仕事に誇りを持てる人物に会えるのは久しぶりです。すこしだけ故郷が懐かしくなりました。……私、アリズン様には恨みはありません。でも帝国同士には、いくつかの禍根があるようなのです。そうでなければ――先に護衛だけ上がるなんてこと、あり得ないと思いません?」
「あ、それはその――はい」
サラは本音を彼に語ってみた。
文官は言われてみれば、と首を傾げうーんと声を上げる。
でもそれは困惑ではなく、何か別のもの。サラをどうすれば無事にアリズンの元に送り届けることができるか、その点を悩むようなうーん、という声のようにサラには聞こえた。
この旅路が始まって以来、最高というほどに冴えていた。
冴えて冴えて、冴えすぎてしまい、自分の理解が及ばなくなったほどだ。
役人が壁の一角に突き出たモノ、ボタンのようなそれは四角いボックスの表面に上下二つの丸いボタンと、あのひと悶着あった場所でパタパタと動き、時刻や行き先を表示していたモノ。それの小型版があるように見えた。
つまり、もしかしたら――?
「今しばらくお待ちください、殿下」
「……それはもしかしたら、昇り降りすることのできる何かだったりするのですか?」
「は?」
小男はきょとんとし、不思議そうな顔をする。
続いて「そうでございますよ」と明確な返事が戻って来た。
つまりそこはある意味、密室となり入る人数はここにいる四人か。
それとも、中に潜んでいる誰かの可能性もある。
「遠慮します」
「あ、殿下。何を言われて……」
「いいから他の便に振り替えをお願いできますか、そこな――失礼。まだお名前を知りませんでした」
「ひっ、まさか、そんな!?」
と、文官は小さい背丈をさらに小さくさせて萎縮する。
まさか一介の役人が、他国の皇族。それも直々に声をかけられて名前を問われるなんてこと、誰が想像するだろう。
彼は視線を合わせることも申し訳ないというふうにし、ふうと大きく息を吐いた。
どうやら見た目通りの小心者らしい。
だが、あのロプスのようにいやらしさや権力に媚びるというところが見えず、ただ根がまっすぐな人物に見えるところがサラには好印象だった。
「伺えますか?」
「伺うも何も、自分はその……」
と、返事代わりに胸ポケットの部分に縫い付けられた制服の一部を彼は指し示す。
そこには大陸公用語で「オットー」と書かれていた。
家名が無い所を見るとどうやら平民の出身であるらしい。
それを見て、サラは素朴なその名前が彼には合っているような気がした。
「ではオットー様」
「ひっ、殿下。お待ちください……そのような様なんて、上役に聞こえたらクビになります。どうか、オットーと、もしくは案内人と。そうお呼びください」
「あ、そう――では、案内人殿」
「はい、殿下。何用で……ああ、いえ。便の振り替えを、でございます、ね」
「ええ、お願いできるかしら」
「あ、はあ、しかし」
と、サラの発言が搭乗拒否をするものだったから、オットーはどうしたことかと慌てふためいて即答できる様子ではなかった。
しばしお待ちくださいと振り絞るように声を出すと、先ほど押したボタンを再度、押しなおす。
角度的に見えていなかったが、それは押せば燐光を発する仕組みの様で、二度押せば消えるらしい。
つまり、昇り降りする何かを呼びだすための道具と、それをキャンセルすることのできる仕組みなのねとサラは興味深くそれに見入ってしまった。
じっとボタンを見つめるその視線が自分への問いかけだとオットーは勘違いしたのだろう。自分より頭二つほど背が高いサラと手元を見比べて、オロオロとしていた。
サラはその様が正直な反応で、つい彼に笑みをこぼしてしまう。
それはロプスにしてやられたあの陰険な仕打ちを忘れさせるには、十分なものだった。
「ねえ、オットーさん。さん、と呼ぶなら宜しい?」
「は? いえ、そんな滅相もない」
「どうか許可して頂きたいわ。貴方の上司は少しだけ好きではないけど、貴方は正直そうな方だもの。仕事をしようと一生懸命になっていらしてるわ」
「お褒めの言葉が嬉しい限りです、殿下。ですが、別の便といたしますとそちら様のお荷物なども……」
「洋上で放棄されたりしますか?」
「いえっ、いいえっ! そのようなこと! 我が国の航路公社においてそのようなことは許されません! どのようなお客様のお荷物であれ、あまりにもその……国際法などに触れるような危険な物でない限り、どこまでも安全に移送致します!」
と、オットーはそれまでの臆病さをかなぐり捨てるようにして、叫んでいた。
彼の言葉は仕事にかける自信と顧客への誠意と、公社という彼の所属する組織への自負と誇りでもあるのだろう。熱意とこの会社で働けることに誇りを感じているようにも見えた。
それはまるで王国で元婚約者のために努力しようと励んでいた自分の姿がそこに重なるようで……サラは彼の人柄が信じるに足る存在だと確信してしまっていた。
「……そうね、ごめんなさいオットー様。貴方の仕事をけなす気は無かったの。どうか許して頂きたいわ」
「いいえ、殿下。そのようなお気遣いは無用です。むしろ、そう思わせてしまったこちらの落ち度でもございますので!」
「いいですね。貴方のような仕事に誇りを持てる人物に会えるのは久しぶりです。すこしだけ故郷が懐かしくなりました。……私、アリズン様には恨みはありません。でも帝国同士には、いくつかの禍根があるようなのです。そうでなければ――先に護衛だけ上がるなんてこと、あり得ないと思いません?」
「あ、それはその――はい」
サラは本音を彼に語ってみた。
文官は言われてみれば、と首を傾げうーんと声を上げる。
でもそれは困惑ではなく、何か別のもの。サラをどうすれば無事にアリズンの元に送り届けることができるか、その点を悩むようなうーん、という声のようにサラには聞こえた。
13
あなたにおすすめの小説
王妃さまは断罪劇に異議を唱える
土岐ゆうば(金湯叶)
恋愛
パーティー会場の中心で王太子クロードが婚約者のセリーヌに婚約破棄を突きつける。彼の側には愛らしい娘のアンナがいた。
そんな茶番劇のような場面を見て、王妃クラウディアは待ったをかける。
彼女が反対するのは、セリーヌとの婚約破棄ではなく、アンナとの再婚約だったーー。
王族の結婚とは。
王妃と国王の思いや、国王の愛妾や婚外子など。
王宮をとりまく複雑な関係が繰り広げられる。
ある者にとってはゲームの世界、ある者にとっては現実のお話。
【完結】婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?
つくも茄子
恋愛
国王唯一の王子エドワード。
彼は婚約者の公爵令嬢であるキャサリンを公の場所で婚約破棄を宣言した。
次の婚約者は恋人であるアリス。
アリスはキャサリンの義妹。
愛するアリスと結婚するには「妃教育を修了させること」だった。
同じ高位貴族。
少し頑張ればアリスは直ぐに妃教育を終了させると踏んでいたが散々な結果で終わる。
八番目の教育係も辞めていく。
王妃腹でないエドワードは立太子が遠のく事に困ってしまう。
だが、エドワードは知らなかった事がある。
彼が事実を知るのは何時になるのか……それは誰も知らない。
他サイトにも公開中。
恩知らずの婚約破棄とその顛末
みっちぇる。
恋愛
シェリスは婚約者であったジェスに婚約解消を告げられる。
それも、婚約披露宴の前日に。
さらに婚約披露宴はパートナーを変えてそのまま開催予定だという!
家族の支えもあり、婚約披露宴に招待客として参加するシェリスだが……
好奇にさらされる彼女を助けた人は。
前後編+おまけ、執筆済みです。
【続編開始しました】
執筆しながらの更新ですので、のんびりお待ちいただけると嬉しいです。
矛盾が出たら修正するので、その時はお知らせいたします。
許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました
結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください>
私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
【完】婚約者に、気になる子ができたと言い渡されましたがお好きにどうぞ
さこの
恋愛
私の婚約者ユリシーズ様は、お互いの事を知らないと愛は芽生えないと言った。
そもそもあなたは私のことを何にも知らないでしょうに……。
二十話ほどのお話です。
ゆる設定の完結保証(執筆済)です( .ˬ.)"
ホットランキング入りありがとうございます
2021/08/08
【完結】望んだのは、私ではなくあなたです
灰銀猫
恋愛
婚約者が中々決まらなかったジゼルは父親らに地味な者同士ちょうどいいと言われ、同じ境遇のフィルマンと学園入学前に婚約した。
それから3年。成長期を経たフィルマンは背が伸びて好青年に育ち人気者になり、順調だと思えた二人の関係が変わってしまった。フィルマンに思う相手が出来たのだ。
その令嬢は三年前に伯爵家に引き取られた庶子で、物怖じしない可憐な姿は多くの令息を虜にした。その後令嬢は第二王子と恋仲になり、王子は婚約者に解消を願い出て、二人は真実の愛と持て囃される。
この二人の騒動は政略で婚約を結んだ者たちに大きな動揺を与えた。多感な時期もあって婚約を考え直したいと思う者が続出したのだ。
フィルマンもまた一人になって考えたいと言い出し、婚約の解消を望んでいるのだと思ったジゼルは白紙を提案。フィルマンはそれに二もなく同意して二人の関係は呆気なく終わりを告げた。
それから2年。ジゼルは結婚を諦め、第三王子妃付きの文官となっていた。そんな中、仕事で隣国に行っていたフィルマンが帰って来て、復縁を申し出るが……
ご都合主義の創作物ですので、広いお心でお読みください。
他サイトでも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる