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第三章 帝国編(空路編)
陰の血統
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ですからあまり知られてはならないのですとオットーは顔を伏せる。
そんな辛そうな仕草の奥にはやはり、どこの国でもあるように家や勢力が絡んでいるのだろうとサラは推察する。
「アリズン様はそんなに珍しい存在なのですか? いいえ、違う……彼女だけがその血を受け継ぐ者である、とか?」
「……そうですな。帝国の主権はもちろん、この東の大陸を支配する帝都におわします皇帝家にあります。かつての本流であるエルムド皇帝家、これは人間の血統を失いいまは猫耳族。乗り場で会いませんでしたかな? 金色の髪を持ち、猫のような耳と尾を持つ種族。こちらにその血が流れております」
「ああ、あの――女性の兵士たち。わたし、生まれて初めて獣人に出会いました」
「さようですか、あの者たちは帝都に戻る者たちです。次いで、西の帝国領を管理するムゲール王家。こちらは人間でして」
「二大陸の支配をそれぞれ別々の種族が行っている、と」
「その通りです、サラ殿下。ですがそのどちらにも、グレン大帝やシルド大公様の血統ですから血が絶えた訳ではございません」
「では、残る一つの血統は? どれほどの領地を持っていると言われるの」
そこで改めて文官ははあ、と大きなため息をつく。
三大勢力、というようにはいかないのね。サラはそう予見する。
「このアーハンルド藩王国の領土――一つの城塞都市と、西の大陸の西南部でございます」
「そう……ですか。そんな情勢の中ではアリズン様の存在は危ぶまれる、ということでしょうか、オットー様」
「オットーで結構です、サラ殿下」
彼は我がアーハンルド藩王国はちょっとだけ、特別なんですよとカップから手を離してそれを持ち上げた。
カップソーサーを前に押し出すと、どこからかペンを取り出してそこに大まかな地図を書き込む。
西と東の大陸。
その合間に流れるシェス大河。
西の大陸にはムゲール王家、東の大陸の北部にはルゲル連邦。
その下、大陸を上下に二分割した下半分が、エルムド皇帝家。
シェス大河の中央にある、サラも耳にしたことのある、鉱石が堆積してできた著名な中洲ブルングト大公領、とそこには記入される。
アーハンルド藩王国の領土は大陸の中央、最南端の城塞都市から数えて三つ目の沿岸沿いから、大陸の下半分を縦に分割したものが、ぐるりと丸で囲まれて記載された。
そして、ラフトクラン王国を含めたクロノアイズ帝国。
いまサラたちがいるはずのセナス王国の領土も星印が付けられる。
これが大まかな地図ですな、と言いオットーは面白い一言を付け加えた。
それは西の大陸の内陸部に位置する北のルゲル連邦との国境沿いに描かれた一つの丸を、矢印でいまのアーハンルド藩王国まで引いてから発せられた。
「我がアーハンルド藩王国は、元、内陸部に在った城塞都市をそのまま沿岸部にまで移動させたものなのです」
「は? 都市を移動、とは――つまり、根底となる石組みからしてそれを持ってきた、と?」
「その通りでございます、サラ殿下」
「それは似た都市を作り上げ、そこに名を移動した、などではなくそのまま、移築したと考えていいのですか。一体、どれほどの歳月を要する大工事だったの……」
さすがは世界最大の版図を持つと言われる大帝国。
それにしても、数世紀はかかるだろうそんな大事業をなぜする必要があったのか。
サラには到底理解ができない。
ただ、そこには魔法、という不可思議なものや飛行船を飛ばすといった数世紀先の技術を持つ何かが関わっているのだろうとは理解できた。
オットーはここだけは得意げにいえいえ、と首を振る。
「一夜でございます、殿下」
「は? 一夜、とは」
「嘘偽りは申しておりません。そう伝承にはあるのです、サラ殿下。我が藩王国の始祖はシルド大公閣下。エルムド帝国の魔導の中興の祖と呼ばれておられる英雄です」
ふーん、とアイラやエイルと共にサラはそんな昔話を持ち出されても、なんて三人で顔を見合わせる。
まあそれでも――それがシルド大公の偉業を世界に大々的に喧伝するのが目標だったとしても、彼の血はアリズンに流れているということは事実なのだろう。
しかし、そのシルド大公の生まれも素性も、何をしてどこで死んだのかもはっきりしていない。
それに彼はさっき言ったばかりだ、東の大陸がその血統を受け継いでいる、と。
「よくわからないわね、オットー様。肝心のアリズン様にどうつながる、と」
「そこですな。まず現皇帝陛下のお孫様に当たられます。皇帝陛下はエルムド皇帝家の血筋ですから、まあ猫耳族ですな。そして、ムゲール王国出身の皇妃様。アリズン様は三種族の血を受け継いだ最後のお一人でして」
「どこの王家や皇帝家も彼女を擁立すれば、世界一の権力を手にできる、そういった裏事情ですか。それなら理解ができますが、なぜ、クロノアイズのような田舎の国家から婿を選んだの? それが理解できないわ」
そしてオットーはまだありまして、と続ける。
彼が言うには、獣人はもともと、この東西の大陸にはいても少数だったのだという。
それがエルムド帝国とつながることにより、大きな勢力を持ち、帝国内で覇を競い合って三王家に別れたのだと。
ついでに、南からやってきた獣人の二勢力は南方大陸にも勢力を持つのだと。
「アリズン様は黒い髪、狼の耳と尾を持たれる方でして」
「はあ、そうですか」
「黒狼族と呼ばれるのですが、これもまた、南方で勢力を築いていましてな。猫耳族とは代々、仲が悪いのです。そして、それらの王家の純粋な血を受け継ぐのもまた、アリズン様だけなのですよ、サラ殿下」
「へえ……」
つまり、アルナルドとの結婚はアーハンルド藩王国を基軸にした南方大陸の同族国家群を手助けするための布石。そういうこと、ね。
「どこもかしこも戦争が大好きなんだ。わたしは動乱にまみれるて生きるのかしら」
サラは一人そんなことをつぶやくのだった。
そんな辛そうな仕草の奥にはやはり、どこの国でもあるように家や勢力が絡んでいるのだろうとサラは推察する。
「アリズン様はそんなに珍しい存在なのですか? いいえ、違う……彼女だけがその血を受け継ぐ者である、とか?」
「……そうですな。帝国の主権はもちろん、この東の大陸を支配する帝都におわします皇帝家にあります。かつての本流であるエルムド皇帝家、これは人間の血統を失いいまは猫耳族。乗り場で会いませんでしたかな? 金色の髪を持ち、猫のような耳と尾を持つ種族。こちらにその血が流れております」
「ああ、あの――女性の兵士たち。わたし、生まれて初めて獣人に出会いました」
「さようですか、あの者たちは帝都に戻る者たちです。次いで、西の帝国領を管理するムゲール王家。こちらは人間でして」
「二大陸の支配をそれぞれ別々の種族が行っている、と」
「その通りです、サラ殿下。ですがそのどちらにも、グレン大帝やシルド大公様の血統ですから血が絶えた訳ではございません」
「では、残る一つの血統は? どれほどの領地を持っていると言われるの」
そこで改めて文官ははあ、と大きなため息をつく。
三大勢力、というようにはいかないのね。サラはそう予見する。
「このアーハンルド藩王国の領土――一つの城塞都市と、西の大陸の西南部でございます」
「そう……ですか。そんな情勢の中ではアリズン様の存在は危ぶまれる、ということでしょうか、オットー様」
「オットーで結構です、サラ殿下」
彼は我がアーハンルド藩王国はちょっとだけ、特別なんですよとカップから手を離してそれを持ち上げた。
カップソーサーを前に押し出すと、どこからかペンを取り出してそこに大まかな地図を書き込む。
西と東の大陸。
その合間に流れるシェス大河。
西の大陸にはムゲール王家、東の大陸の北部にはルゲル連邦。
その下、大陸を上下に二分割した下半分が、エルムド皇帝家。
シェス大河の中央にある、サラも耳にしたことのある、鉱石が堆積してできた著名な中洲ブルングト大公領、とそこには記入される。
アーハンルド藩王国の領土は大陸の中央、最南端の城塞都市から数えて三つ目の沿岸沿いから、大陸の下半分を縦に分割したものが、ぐるりと丸で囲まれて記載された。
そして、ラフトクラン王国を含めたクロノアイズ帝国。
いまサラたちがいるはずのセナス王国の領土も星印が付けられる。
これが大まかな地図ですな、と言いオットーは面白い一言を付け加えた。
それは西の大陸の内陸部に位置する北のルゲル連邦との国境沿いに描かれた一つの丸を、矢印でいまのアーハンルド藩王国まで引いてから発せられた。
「我がアーハンルド藩王国は、元、内陸部に在った城塞都市をそのまま沿岸部にまで移動させたものなのです」
「は? 都市を移動、とは――つまり、根底となる石組みからしてそれを持ってきた、と?」
「その通りでございます、サラ殿下」
「それは似た都市を作り上げ、そこに名を移動した、などではなくそのまま、移築したと考えていいのですか。一体、どれほどの歳月を要する大工事だったの……」
さすがは世界最大の版図を持つと言われる大帝国。
それにしても、数世紀はかかるだろうそんな大事業をなぜする必要があったのか。
サラには到底理解ができない。
ただ、そこには魔法、という不可思議なものや飛行船を飛ばすといった数世紀先の技術を持つ何かが関わっているのだろうとは理解できた。
オットーはここだけは得意げにいえいえ、と首を振る。
「一夜でございます、殿下」
「は? 一夜、とは」
「嘘偽りは申しておりません。そう伝承にはあるのです、サラ殿下。我が藩王国の始祖はシルド大公閣下。エルムド帝国の魔導の中興の祖と呼ばれておられる英雄です」
ふーん、とアイラやエイルと共にサラはそんな昔話を持ち出されても、なんて三人で顔を見合わせる。
まあそれでも――それがシルド大公の偉業を世界に大々的に喧伝するのが目標だったとしても、彼の血はアリズンに流れているということは事実なのだろう。
しかし、そのシルド大公の生まれも素性も、何をしてどこで死んだのかもはっきりしていない。
それに彼はさっき言ったばかりだ、東の大陸がその血統を受け継いでいる、と。
「よくわからないわね、オットー様。肝心のアリズン様にどうつながる、と」
「そこですな。まず現皇帝陛下のお孫様に当たられます。皇帝陛下はエルムド皇帝家の血筋ですから、まあ猫耳族ですな。そして、ムゲール王国出身の皇妃様。アリズン様は三種族の血を受け継いだ最後のお一人でして」
「どこの王家や皇帝家も彼女を擁立すれば、世界一の権力を手にできる、そういった裏事情ですか。それなら理解ができますが、なぜ、クロノアイズのような田舎の国家から婿を選んだの? それが理解できないわ」
そしてオットーはまだありまして、と続ける。
彼が言うには、獣人はもともと、この東西の大陸にはいても少数だったのだという。
それがエルムド帝国とつながることにより、大きな勢力を持ち、帝国内で覇を競い合って三王家に別れたのだと。
ついでに、南からやってきた獣人の二勢力は南方大陸にも勢力を持つのだと。
「アリズン様は黒い髪、狼の耳と尾を持たれる方でして」
「はあ、そうですか」
「黒狼族と呼ばれるのですが、これもまた、南方で勢力を築いていましてな。猫耳族とは代々、仲が悪いのです。そして、それらの王家の純粋な血を受け継ぐのもまた、アリズン様だけなのですよ、サラ殿下」
「へえ……」
つまり、アルナルドとの結婚はアーハンルド藩王国を基軸にした南方大陸の同族国家群を手助けするための布石。そういうこと、ね。
「どこもかしこも戦争が大好きなんだ。わたしは動乱にまみれるて生きるのかしら」
サラは一人そんなことをつぶやくのだった。
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