殿下、婚約者の私より幼馴染の侯爵令嬢が大事だと言うなら、それはもはや浮気です。

和泉鷹央

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第三章 帝国編(空路編)

主役を望む殿下の声

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「ああっ、大丈夫ですか」

 気のいいオットーはアイラの漏らした声を耳にしてすぐさまそんな問いかけをしていた。
 本当に真面目な方。
 侍女のことはそっちのけでサラはオットーの人柄がほほえましいという、主にあるまじきことを思いながら席を立つ。

「オットー様、お気になさらず。あれは頑丈ですから。それにもめたことはあの子にも責任があります。放置しても問題ありませんわ」
「あっ、いや。しかし……」

 後からアイラには文句をたくさん言われるだろうなあと思いつつ、サラは文官の目の前に立つ。
 身分が上の存在を立ったまま話をするわけにもいかず、彼もまた慌てて席から腰を上げた。
 サラはそれを片手でそのまま、と制してから なんだかいろいろとややこしい帝国の内情を聞く話を片付けようと話を進めた。

「いいのです。それより、アリズン様ですが」
「はあ、我が姫が何か」
「わたし、クロノアイズ帝国の皇帝陛下より、殿下と殿下の縁。と命じられております」
「え?」
「ですから、最初は我がアルナルド殿下とアリズン殿下の……姫殿下の婚儀、と理解しておりました。しかし、どうやら国の事情が違うようです。そして皆様、そちらのアーハンルド藩王国のかたがたはアリズン様を守るためにわたしと会わせたくない、そう見えてしまいます。これがどういうことか、その部分を話してはもらえないでしょうか。そろそろ、互いに抱えた秘密を明かさないままにことを進めるのには無理があるように思います」
「いや、しかし。うーむ」
「このサラの願いでも、だめですか」
「そのようなことは、ありませんが。しかし、自分のような下級の人間の理解していることなどほんのわずかですからなあ……」

 もしかしたら、深い理由は別にあるかもしれないとオットーはつぶやいた。
 幾つかの理由があることは当然で、そのいくつかはものすごくややこしく絡まっていてもおかしくないのが、貴族社会の闇というものだ。
 簡単かつ明快なものなんてあることのほうが珍しい。
 ロイズとレイニーの間にいろいろと隠しごとがあったように。
 アルナルドと自分の間に王国につながる秘密があったように。
 これから始まる異国への旅路だってそんなことが多発するのは目に見えている。
 ここで黙って流されるままになるのも一案だが、せめて羅針盤くらいは持ち込みたいものだ、とサラはオットーが話を濁すことを許さなかった。

「そうですなあー。どう言いましょうか。男性の殿下であれば夫、もしくは義理の息子としてエルムド帝国の他の皇族と結婚していただく。女性であれば以下、似たような感じになるかと思われます」
「それはエルムド帝国とクロノアイズ帝国の縁を深めることにはなりますが、でも、アリズン様の血を巡る問題に関係するとは思えませんが。義理の子になるのであれば、クロノアイズ帝国の血がアーハンルド藩王国のその後を牛耳るようになります。アリズン様の三種族の血の価値はどこに行くのですか」
「サラ殿下は容赦がない……。我が姫の価値は、帝室直系の誰かとの婚姻か。あるいは」

 そこで言葉を濁すオットー。
 サラは可能性があるならば、と問いかけてみた。

「南方の同族諸国の有力者へと嫁がせる。などですか」
「その筋はあり得るとは思いますが」
「……」

 途端、返事を得てサラは黙り元の席へと座り込む。
 いきなり不機嫌な顔つきになった彼女を見て、文官はなにかまずい発言をしたか、と顔を青くさせていた。
 しばらくしてひとしきり考え、答えを得たのだろう。
 サラは強張っていた表情を柔らかくしていた。

「……そうなると、我がクロノアイズ帝国の立場は、エルムド帝国の南方大陸に対する中継基地というか。単なる橋頭保だけでなく、重要な国際交流の要所、となりますね。そうなった場合、さあどうなのでしょう」
「どう、とは何がでしょうか。サラ殿下?」

 だって、とサラは多分な嫌味と皮肉を込めて言ってしまった。
 これまでさんざん搔きまわされた人生への怒りもそこには含まれていた。

「だって、オットー様。このサラはクロノアイズ帝国の皇族である前に、ラフトクラン王国の一貴族の娘なのです。母国の土が大国同士に踏みにじられるかもしれないというのに、黙ってアーハンルド藩王国のために尽くす、などできるはずがないではないですか」
「でっ、殿下……? それはどのような意味ですか……」
「決まっております。義理の母であれ、なんであれ殿下と殿下の縁で良いとエルムド帝国がおっしゃるならば、アーハンルド藩王国にも泣いて頂かねばこまります! つまり」
「つ、つまり?」
「アリズン様にも、御勝手をなされては困る、とそう申しております」
「で、殿下。そんな無茶なっ」
「無茶ではありません。正統なる権利です。祖国を大事にすることのどこか無茶ですか。単なる駒ではもう終わりたくありません。ですので」

 これから案内するなら、そのことを理解した上で案内してください。
 そうサラは円満な笑みを浮かべてオットーにこれから先の案内を命じたのだった。
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