殿下、婚約者の私より幼馴染の侯爵令嬢が大事だと言うなら、それはもはや浮気です。

和泉鷹央

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第三章 帝国編(空路編)

文官のつぶやき

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 例えばサラに獣人のような耳――彼らの五感は人間よりも優れているとオットーに聞いた――や。
 実在する魔導師――アーハンルド藩王国を内陸から沿岸部へとたった一夜で移動したというのだから多分、実在するのだろう――のような特別な何かがそなわっていたら……。
 この文官が漏らした小さな小さな困惑の声も知りえただろう。

「まったく、なんてお姫様だ」

 その一言は後ろに続く三人娘の誰の耳にも届くことはなかった。
 片足を引きずるアイラは本当にエイルに踏まれた足の甲が痛そうで速度が遅く、それでも懸命についてきていた。
 姉のエイルはそれを見ても知らん顔をして自分は無罪、なんて涼しそうな顔を外見だけではしている。
 今夜、アイラからどんな反撃を食らうかもしれないと内心、冷や汗を垂らしていた。

 サラはこの定まりそうで定まらない安定の一文字の抜けた、まるで冒険じみた旅行を楽しもうとはしていたが、やはり自分たちには優れた何かは備わっていない。
 前を行くオットーにしてもどうしてこんな会話をしてしまう間柄になったのか。
 そこにはサラの行動が占める要因が大きかったが……暗雲立ち込める未来にもそろそろ、一筋の光明が見えても 
いいでは、と何気に積もった心労が胸を痛くする錯覚を覚えていた。

 だからオットーが一言でもいいから自分に対して怒りでも繰り言でも、愚痴でもいいから関わって損をした、と言ってくれていたら心は楽になったかもしれない。
 モヤモヤとしたそれは晴れることなく、どんよりとした罪悪感の種を生やし続けていたからだ。
 どなたか私のことを罵ってくれないかしら。母国をめちゃくちゃにして自分は平気な顔で殿下になった卑怯者、とか。

「無理かな……」
「なにか」
「いいえ、なんでもありませんわ。なんでも」
「はあ」

 距離にしてそう遠くないあの昇降口までの間に、そんな会話が成された。
 声を聞きサラを見上げた文官は、そこに主人であるアリズンがたまに垣間見せた憂いを帯びたものを見つけてしまい、ドキリとする。
 入口につき、上がるボタンを押そうとして、オットーの口はつい口を滑らせた。

「殿下は」
「はい? 何か」
「ああいえ、申し訳ございません。殿下に直接、意見するなど罪に問われますな」
「……」

 不敬罪、かな。
 そうサラは罪状を思い浮かべる。
 後ろには侍女たちもいて、前には彼が一人だけ。
 だからといって爵位もその官位も明らかでない男が、一介の役人が王族に声をかけられるなどあり得ない。
 場所が場所なら、その場で不敬罪が成立する。ただ、彼にはこの前、ざっくばらんな会話を求めただから、それは適用されないなーとサラは苦笑した。

「殿下、申し訳ございません」
「お気に――お気になさらずに。オットーさんの話したいことを伝えて下さればそれでよいかと。サラは思います」
「珍しい御方ですな、サラ様は。我が姫も男勝りな優しい姫でした」
「そうですか」
「ええ」

 なんてそつなく返事をするも、聞こえて来たたった一言がサラの心臓をどくんっ、と跳ね上がらせる。

「いまはどのような殿下におなりあせばせた、のですか」
「いま? いまも変わらずですよ。我が姫は変わらず、臣下を見ていてくださいます」
「それでは彼女も飛行船などで行き来をなさるのがお好きなのでしょうか」
「アリズン様ですか? いえいえ、それはありえません。姫はアーハンルドの城塞都市の王宮にておられますですので」
「でもオットーさん。私思いますけど」
「はあ」
「南の大陸の同族との縁も深いアリズン様が、ずっと西の大陸の王宮の中に居続けると、それはそれで同族支援なども行えないはず。皇帝陛下の孫で、数種族の血をその身に受け継ぐなら更に政治的外交をしなければ、国内外の諸侯の目が厳しいでしょうに」
「サラ……様?」
「果たしてそんな重責を担った王女が、王国外にでないなどということがあるのでしょうか。あるとしても、クロノアイズ帝国のような小国に用はないはず。アリズン様……お元気でいらっしゃいますか?」

 オットーの笑顔がぴしりと音をたてて崩ように、サラには見えた。
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