殿下、婚約者の私より幼馴染の侯爵令嬢が大事だと言うなら、それはもはや浮気です。

和泉鷹央

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第四章 二人の皇女編

狼たちの種類

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 ――ふうん。

 その言葉がどこまで真実味があるのだろう。
 聞くとしても半分。
 信じるとしたら三割が妥当かもしれない。

 皇女サラの冷たい視線は薄まった瞳から、そっと注がれる。
 そこには、多分に不信感が含まれていた。それを受け、文官はハンカチを取り出して、帽子の下、額に浮かび上がる汗を拭う。

 一度はこの人柄を好きだと恥じらいもなく、サラはオットーに告げていた。
 素直で、隠しごとの無い真実の想いは、国や人種、文化や立場が違えども伝わるはず。
 サラはそう思って伝えていたし、オットーもこんなに真正面から告げられた好意は久しぶりで、その相手を偽り都合よく導こうとしている自分のことをどこか恥じているようにも見えなくもない。
 
 彼が手にしたハンカチでその目を隠し、大事な何かを失うことを恐れているような雰囲気は、周りの誰にも伝わっている。
 ラングリサム伯爵の後ろに立つ女性士官たちは、サラと彼の間に交わされた会話を知らないから、どこか不思議そうな顔をしていた。

「兵士が多すぎましたか? それとも騎士という彼らの誇りが、私の側に常に控えていたいとでも言わせましたか? もしかしたら適当な飛行船にまとめて乗船させたあとに、私がアリズン様との会見を諦めて帝国に戻ろうとするのを待って、そのまま、まとめてクロノアイズ帝国へと戻すおつもりでしたか」
「それはあのロプスの計画です!」
「そう。でも、貴方も加担していらした」
「加担したというか、殿下。我が国はそうそう他国との仲を深めるわけには参らないのですよ……」

 本音がぽつりと、伯爵の口を突いて出る。
 しかし、彼はその程度では内情を知られることはないだろうと踏んだのだろう、別の会話を始めようとしていた。

「南の大陸との力関係を、ここに持ち込まれても困るのです、伯爵様」
「……は?」

 部下の方たちの四分の一をこちらに乗船させる手筈について口にしようとしていたオットーは、サラの口からするりとでたそれに、言葉を失ってしまう。

「はるかな眼下に広がるあの雲海の下、セナス王国の空港の一室で、貴方は教えて下さいました。エルムド帝国に存在する、二大陸に及ぶ三王朝の存在を。東の大陸は人類が、西の大陸の東側は猫耳族が、残る西側はアリズン様を頂点にする狼の獣人……その種族名は存じ上げませんが、その三種族で宜しかったかしら」
「……正確には、『蒼狼族』、と。そう呼ばれておりますが」
「蒼……?」

 ふと、サラは妙な疑問を感じる。
 蒼い狼というからには、その全身は青くなければならないのではないか、と。
 そんな疑問だった。
 しかし、その頂点に立つアリズン――彼女の容姿を思い出せば、黒髪に白い獣耳、長く立派な尾だけは青みががっていた気がする。

「そう、蒼ですな。蒼き狼。そういう意味です」
「でも――蒼一色では――あらせられない?」

 ああ、と伯爵は悲痛な叫び声を、小さく上げると天を仰いだ。
 できればそれは聞いて欲しくなかった。
 そんな仕草に見て取れて、サラはまさか、と二つ目の疑問を口にする。

「黒、の。黒い狼、とか。赤い狼とか、灰色の狼とか。そう言った種族は――いらっしゃらないのですか」
「殿下。少し性急に物事を求めすぎ、かと思われますな。アリズン様は蒼狼族の正統たる王位継承者でございます」

 どこか不機嫌に、それは触れてはならないものだとでもいうかのように。オットーは口をとがらせ、苛立ちを交えてそう言ってのける。
 そこにはこれまで見たことも、聞いたこともない、彼の純粋な怒り、そういうものが含まれている。
 国の歴史と民族の問題が、ここにも大きな影を落としているみたい。
 サラはそう察すると、この問題についてはもうすこし時間をおいてから、別に調べてみようと考える。

 多分、アリズンは蒼い狼だけでなく、黒だったり、灰色だったり。その辺りの王族に近い血が混じっているのではないのか。
 それが、サラの考えた仮説であり、純粋な色を持たない彼女だからこそ、西の大陸の西側を統べるはずのアリズン皇女がこんな天空を移動する要塞のようなものに引っ込んでしまった理由なのかもしれない。

「そうですね。では、我が配下の騎士たちのこちらの船への移動をお願いできますかしら」
「ええ、それは早々に……五十名は選別頂く必要がございますが……」
「名簿を回していただければ、応じますわ」

 人間に限らず、純粋な血統を求めるのはどこの種族も同じなのだろうし……。
 もしかしたら、関係が深いと言っていた南の大陸では猫と狼が実は仲が悪く、アリズンはその両方の血を引くからこそ、重要な存在なのかもしれない。

 まあ、いまは仮説にすぎないし、それを知っても私たちにとって、有利にことが運ぶことわけでもないし。
 唯一、苛立ちを感じるのはまだやってこないあの男。
 無能と蔑んでやりたり、アルナルドがまだここにいないことだった
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