殿下、婚約者の私より幼馴染の侯爵令嬢が大事だと言うなら、それはもはや浮気です。

和泉鷹央

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第三章 帝国編(空路編)

文官の真実

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「――さて、それではオットー様。それ以外の方々も、再度こちらに来られた仔細を伺いたいと思いますが。まず、我が部下たちはどこに」

 重厚の鈍い飴色を光に反射させる年代物のオーク材で作られた長テーブルと、セットになったそれぞれ、四脚。
 八名が向かい合って座れ、上下の座には二名ずつ。合計で十二名から席を囲んで会議でもできるほど巨大なそれを囲み、サラは対面するオットーに質問する。

 アリズンの御前から退出したときに、一度姿を消した彼は、安っぽい空港の一案内人から、シックな紺色のスーツに身を包み、頭に後ろに控えている女性士官たちと同様の、獣耳がすっぽりと収まるような、薄緑色の帽子を被っていた。
 どうやら、獣耳を好きなように出せるのは、ある種の特権階級かそれとも下士官たちの身分が低い者たちを選別する様式らしい。

 獣人にもいろいろな文化があるのね、とサラは一つ発見をしつつ、差し出された紅茶を飲むふりをしながら彼らを観察する。
 そして、文官はこの部屋に入ってから出ていくまで始終、気まずそうな顔を崩すことはなかった。

「サラ様の騎士たちは別の飛行船に乗船なさっております。軍隊規模の人数をこれに載せるのは、いささか安全上の都合もありまして……」
「そう。あの者たちは我が帝国の皇帝陛下から預かった大事な兵士たちですから。粗略な扱いをなさいませんよう」
「それは心得ております」

 些末と言われても、二百名から来るなんて聞いてなかったぞ。
 などと、聞こえないように言ったつもりだろう。
 ぼやくオットーのそれを聞き流しながら、サラは行儀悪く片肘をついて、その上に顎を載せる。

 いかにも、不機嫌です。
 そんな彼女なりのポーズだった。

「心得てもいただけるなら、せめて五十名ほどはこの周りに待機させたいものですね……クロノアイズ帝国の姫は従者の数も国に比例して少ない、そんな揶揄が起こりそうで良い気分ではありません」
「五十っ……」

 思わず、文官の語尾が詰まってしまう。
 サラは微笑んでその後ろに立つ、片方の女性士官に視線をやった。

「そこな貴方」
「は? 自分でしょうか、殿下?」

 身分が上の人間と言葉を交わしていいものか。
 思わず返事をしたものの、彼女は上司であるオットーに許可を求める。
 文官は妙な会話をしなければいいのだが、と危惧したかのように重々しく頷いていた。

「そう、貴方です」
「ラル……ラル・テンダスと申します。官位は上級空佐」
「空佐? それはどの程度の地位なのかしら?」
「あ、それは……僭越ながら将軍位よりは少しばかり下、となります。殿下」
「そう、なら貴方もこの船を運用する中では、高級将校のお一人ですか」
「は。そのような扱いかと」
「そうなると、こちらのオットー様は将軍位以上、ということになりますね?」

 え? とテンダス上級空佐は目を見張る。
 オットーとサラの会話の内容から、既に二人は身分を明かした仲だとばかり、勘違いしていたことに鋭利な彼女は気づいたようだ。
 それは自分の口からは言えることではないと、再びオットーに確認を求めた。
 オットーは、はあ、とため息を一つつくと、どんどん外堀を埋められていくような感触を味わいながら、いい、話せと手で合図を返す。
 それを受けて、テンダス上級空佐は失礼ながら、と口を開いた。

「こちらは、我が上官にしてアーハンルド藩王国筆頭書記官のお一人、フラルダス・オッエィア・ラングリサム伯爵様でございます」
「そう、ご紹介をありがとう、上級空佐」
「いえ、滅相もございません」

 これ以上は上司ににらまれそうで、テンダス上級空佐は口を閉ざしてしまった。
 サラはへえ、意外ですね。
 というような目で彼を――ラングリサム伯爵を見やる。
 筆頭書記官の一人。

 つまり、彼の職位は王座を補佐する内務大臣に匹敵する、行政の長の一人ということになる。
 他にもいるということは、その上の侯爵位か何かの人間が統括をするということなのだろう。

「では、オットー様が実質的なこの飛行船の……管理面を統括されている。そういうお話でしたか。なるほど――そんな重要人物が、自ら私の相手をするために地上に降りる危険を犯してまで止めたかったその理由。もっと詳しくお伺いしたいですね、ラングリサム伯爵?」

 その時のサラの笑顔は、どこまでも外交的で、どこまでも冷たくて、優しさなんてものは微塵にも感じられなかった。
 文官を装い、近づいてきた彼のあの生真面目さはどこまでが演技で、どこまでが嘘だったのか。
 仮にも自分に信頼の念を一度でも沸かせた相手なのだ。
 サラは、オットーの返事次第ではさらに冷酷になることも、心の内に秘めて質問する。

「オットー……で、結構でございます。殿下――殿下から、信用いただけると誉めていただきましたあのご厚意、裏切るような真似をしているわけではありません」

 身を斬るような思いで告白したのだろう。 
 文官――いや、ラングリサム伯爵は強く、かつ真摯な目でサラに向かいそう告げたのだった。 


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