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第三章 帝国編(空路編)
不機嫌な獣耳
しおりを挟むそして、冷たい風か吹き抜けたその場所に最初に陽の光を持ってきたのは、サラだった。
「はい、アリズン様。是非、そうさせて頂ければと思います。私たちは彼を支えていくことが使命ですから……我が王国で責務を果たしたアルナルド様に会える時も近いかと」
「王国……?」
なぜかエルムド帝国の皇女は、首を傾げていた。
耳慣れない言葉を聞いたときのように、不思議そうな顔をしてサラを見つめ、どこの王国? と疑問符を顔に浮かべる。
「我が古郷にして、アルナルド殿下が幼少時より最近まで過ごされた、ラフトクラン王国ですが」
知らないのですか、とサラは目線が上になるアリズンを見上げて聞いていた。
獣人の少女は頭の上の獣耳をパタパタと動かすと、斜め上を見つめてからさあ? ときょとんとした仕草をする。
てっきりアルナルドが婚約者に内情を打ち明けているはず、とばかり思っていたサラは、ふとある疑問を感じた。
もしかして……この皇女殿下。
アルナルドとは深い信頼や絆といった類のものを互いに作り上げていないのではないのか。
そんな疑問だった。
「そう、ラフトクランですか……」
「我が国の皇帝陛下の御意思でしたら、もうしばらくお待ちいただくことが必要かと」
「そう」
まだ会えないのね。
獣人の皇女は寂しそうにそう呟くと、アルナルドの為、と口にしたサラへの怒りを鎮めるような素振りを見せた。
固く閉じていた口元と目元を緩めると、もう一人の婚約者に頬を軽く持ち上げて微笑んで見せる。
ほぐれた笑顔の向こうには早くアルナルドに会いたい。そんな彼女の想いが垣間見えて、サラは心にもやっとしたものを感じていた。
それはロイズやアルナルド達、男性に良いように使われた自分の人生が安っぽく見えてしまったからで――純粋に男性を慕っているアリズンへの嫉妬とも言えた。
「彼はそのうち……我がクロノアイズ帝国の皇帝陛下の命が下ればやって来るかと思います」
「そう――です、ね。待つことも妻の仕事。待ちましょうか……」
大勢の部下が見上げているその前で、アリズンは恥じらいもなく恋する乙女の顔をさらけだし、ため息を一つつく。
皇女にしては無作法だが、ここに彼女を責める者はいないようで。
それが逆にアリズンの自由を奪っているような気もしないではなくて。
サラはどうにも微妙な気分を味わうことになってしまった。
そして、アルナルドを名目上だけでも支えると口にしてしまったからには、これから先の数か月。
もしくは、数年を彼がやって来るまで、アリズンとうまくやっていく必要があった。
その為にまずやらなければならないことは――休息だ。
「オットー様。ここまで私たちは旅の装いのまま。これでは必要な意見を殿下と交わす余裕もありません」
「は、あ――っ、左様でございます、な」
文官は――いや、この場においてはそれなりの地位を持つだろう権力者の一人であるオットーは、サラの言葉に一瞬だけだったが顔色を変えた。
そしてすぐにその気まずさを消すとアリズンを横目でちらりと見やる。
どうやら彼とあのロプスとの間には、皇女には言えない秘密を抱えているらしい。
サラは、ここは彼の肩を持ってもみてもいいだろうと思い直し、ふふっ、とオットーに微笑んでやった。
「はい、先にアリズン様にご挨拶だけをしたいと言った私の願いをかなえて頂きましたから。我がままついでに申しますが、どうですか」
「……それはもちろん、サラ様が我が主人との謁見を先に求められたことは、両国の良好な関係を確認しあう意味でも大きな意義がありますから、私としてもとてもありがたい申し出を頂きまして、ええ」
あいまいさを残したまま、彼はうなずくと主人であるアリズンに視線で許可を求めた。
白い獣耳が片方だけ動いたのが、同意の合図なのだろう。
皇女の仕草をそれとなく観察していたサラはそのことに気づいて、ふうん、と心で呟いた。
人のようで人でない種族の行動は、些細なことでも同意や拒絶を示すことができるのだと理解する。
便利な様で不便なのか、それとも知れば故郷で飼っていた猫たちのように、そのきまぐれな心中を察することが出来るものなのか。
長く滞在することになりそうなら、その間の暇つぶしと実益を兼ねて研究してみる価値はありそうだとサラは思った。
「オットー。サラ様に不調法な真似はしていませんよね?」
「もっ、もちろんでございます。我が主……」
「金竜たちが騒がしいようにも思うけれど――サラ様の従者がその二名だけということもないでしょう。それなりのおもてなしを」
「はっ」
腹心の部下の歯切れの悪さになにかを感じたのだろう、アリズンが本当に問題はないのか。
そう詰問するような口調で皇女が言うと、文官は否定する。
彼が金竜とはロプスのことだろう、それを聞いてごくり、と喉を鳴らすのをサラは目の当たりにする。
ここで助け船を出すべきなのか。
それとも、彼らのことは彼らのことで口出しをするべきではないような気もしてしまい、部外者は口を閉じることにした。
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