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第四章 二人の皇女編
安全と忠誠と
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「僚艦が――この船を旗艦として、約三十の飛行船で船団を組み、これからアーハンルド藩王国への帰還を目指します。まず、お伝えできることはそれでございますな」
「セナスにはそんなに多くの飛行船が用意してあったのね……」
驚くサラに、オットーはいえいえ、と首を振って否定する。
あの空港と洞穴は確かに巨大だった。
だが、サラが洞穴の奥に見た飛行船はこれよりも小さくて、あってもせいぜいが十数隻だったはずだ。
そう考えれば正しい答えが導きだされてくる。
「あそこは数ある中継基地の一つですので」
「つまり……世界各国というか。最低でも東の大陸の各地からあの場所を目指して――アリズン様の陣営が勢ぞろいした。そういうことですか」
「陣営とは……戦争でも起こすような言い方はお控えください、殿下。心がひやりとしてしまいますからな」
「でも、嘘ではないのでしょう?」
「確かに――。あながち間違いではございません」
ふうっ、と息をつくとオットーは帽子を頭から外して机の上に置いた。
どんな意味なのだろう、とサラがそれを見ると、中には二つの穴が外観からは分からないように縫い込まれていた。
しかし、そのポケットは猫の耳に合わせたというよりは、犬の長いそれに合わせたような気もしないではない。
じっとその部分を見つめるサラに一つ頷くと、伯爵はこれが普通なのです、と言ってみせた。
「帝国――エルムドの西側では、これが普通なのです。猫のそれはもうすこしふんわりとしていましてな」
「はあ……」
「アーハンルド藩王国は一つの城塞都市だけの王国です」
「なるほど」
「それ以外の場所は、アリズン様の血につながる高家――そちら様でいうところの公爵位の家柄が治める城塞都市や、各地の代官が治める土地となります。他は――まあ、大部分はアリズン様の直轄地ですが」
「アーハンルド藩王国を境目にして、西の大陸は東西に分断されている、と?」
「いいえ、その手前にラズがございます」
「……ラズ、とは?」
その問いかけに、オットー以下、彼の後ろについていた女性士官たちも顔を曇らせた。
聞いてはいけない事だったのか、それとも複雑な事情が裏にはあるのか。
ここからは慎重に探りを入れて行かないとだめかしらね。
後ろに控える二人の侍女たちをちらりと目の端にして、サラはあれを、と促した。
エイルが軽く頷くと、自分たちに与えられた部屋へと姿を消して数分。
サラの求めるそれを手にして侍女が戻ってくると、オットーは曇った顔をさらに不可思議なものを見るような色で染め、何が起こるのかとサラを伺っていた。
主人の隣に立った侍女は、恭しくそれを差し出して見せる。
それはサラが王国から持ち込んだ幾つかの書類の一つ。もっとも、船上で彼女以上の地位を持つ者によって書かれた一通の封書だった。
「どうぞ」
「……宛名が、ございませんな」
サラはもちろん、と言いその理由をほのめかす。
世の中には明らかにしていいものと、そうでないものが存在する。
見るべき者に正しく伝わらないと、その意味を成さないものもそうだ。
この手紙は、そういった類のものだった。
「アリズン様に奏上した我が皇帝陛下からの勅書。あれがすべてだとは言いません」
「殿下……。秘密裏の会話を行うにしては、ここはいささか早すぎる場と思いますが」
自分はそれを聞くに値しない人間だ。
オットーはそう語っていた。サラに協力はするが、都合のいい手駒に成り下がる気はない。そういう意思表示らしい。
それはアリズンに仕える高官としては正しい判断だった。
しかし、そんなことはサラもお見通しだ。
お互いの利益にならないことを提案したところで、まともな信頼関係なんて築けるはずもない。
「そこにあることは、多分。アリズン様にとって有用な情報のはずですよ、オットー様」
「う――ッ!?」
「開封なさるかどうかは、オットー様がお決めください。ただし、その書面はこの部屋より持ち出すことはしない、と……そうお約束頂けるのならば」
「殿下。これでも不肖このオットー、アリズン姫の情勢を傾けるような物には加担することは出来かねますな」
「でも、本心は興味がある」
「……まったく、我が姫といい殿下といい……どうしてこの老骨を鞭打つようなことをなさるのか……」
そんなに言うほど老齢では。ないでしょ。こちらはこちらで手練れの政治家と来た。
この手紙が聖とでるか邪とでるか。
ある意味賭けのような試しを、サラは始めようとしていた。
「お伝えできることがあるとすれば――」
「あるとすれば?」
「それを記されたのは、クロノアイズ帝国の皇帝陛下ではないかもしれません。でも、アリズン様にとっては……大事な存在。そういった類の方からの、親書です」
「ほう。親書、ですか」
「ええ。大事な、大事な、思いを届けるためのもの。と、言うよりは――」
なぜだろう。
そこで一拍。サラは言葉を続けるのをためらってしまった。
「彼が誰を選ぶかを決めてそこに記したのだと思います」
なっ、と伯爵は息を呑む。
その告白は自分にされるべきことではないはずなのに。
彼女の想いは、もっとふさわしい相手に届けられて然るべきはずなのに。
「……殿下。それで本当に、よろしいのですか……」
「ええ。―……ええ。良いのです。それで――いいのです。彼の想いやつながりよりも、私にはいま預かった家臣たちに再び、クロノアイズの地を踏ませることが、課せられた使命ですから」
「殿下!」
それは簡単な告白で。
それは明白な提案で。
それは――アリズンという少女に、自分の心をいっときでも共有したことのある、過去にいた愛おしい男性を譲り渡す、そういう明示で。
サラは側妃の立場を望まない代わりに、アリズンへの忠誠と部下たちの身の保証を要求したのだった。
「セナスにはそんなに多くの飛行船が用意してあったのね……」
驚くサラに、オットーはいえいえ、と首を振って否定する。
あの空港と洞穴は確かに巨大だった。
だが、サラが洞穴の奥に見た飛行船はこれよりも小さくて、あってもせいぜいが十数隻だったはずだ。
そう考えれば正しい答えが導きだされてくる。
「あそこは数ある中継基地の一つですので」
「つまり……世界各国というか。最低でも東の大陸の各地からあの場所を目指して――アリズン様の陣営が勢ぞろいした。そういうことですか」
「陣営とは……戦争でも起こすような言い方はお控えください、殿下。心がひやりとしてしまいますからな」
「でも、嘘ではないのでしょう?」
「確かに――。あながち間違いではございません」
ふうっ、と息をつくとオットーは帽子を頭から外して机の上に置いた。
どんな意味なのだろう、とサラがそれを見ると、中には二つの穴が外観からは分からないように縫い込まれていた。
しかし、そのポケットは猫の耳に合わせたというよりは、犬の長いそれに合わせたような気もしないではない。
じっとその部分を見つめるサラに一つ頷くと、伯爵はこれが普通なのです、と言ってみせた。
「帝国――エルムドの西側では、これが普通なのです。猫のそれはもうすこしふんわりとしていましてな」
「はあ……」
「アーハンルド藩王国は一つの城塞都市だけの王国です」
「なるほど」
「それ以外の場所は、アリズン様の血につながる高家――そちら様でいうところの公爵位の家柄が治める城塞都市や、各地の代官が治める土地となります。他は――まあ、大部分はアリズン様の直轄地ですが」
「アーハンルド藩王国を境目にして、西の大陸は東西に分断されている、と?」
「いいえ、その手前にラズがございます」
「……ラズ、とは?」
その問いかけに、オットー以下、彼の後ろについていた女性士官たちも顔を曇らせた。
聞いてはいけない事だったのか、それとも複雑な事情が裏にはあるのか。
ここからは慎重に探りを入れて行かないとだめかしらね。
後ろに控える二人の侍女たちをちらりと目の端にして、サラはあれを、と促した。
エイルが軽く頷くと、自分たちに与えられた部屋へと姿を消して数分。
サラの求めるそれを手にして侍女が戻ってくると、オットーは曇った顔をさらに不可思議なものを見るような色で染め、何が起こるのかとサラを伺っていた。
主人の隣に立った侍女は、恭しくそれを差し出して見せる。
それはサラが王国から持ち込んだ幾つかの書類の一つ。もっとも、船上で彼女以上の地位を持つ者によって書かれた一通の封書だった。
「どうぞ」
「……宛名が、ございませんな」
サラはもちろん、と言いその理由をほのめかす。
世の中には明らかにしていいものと、そうでないものが存在する。
見るべき者に正しく伝わらないと、その意味を成さないものもそうだ。
この手紙は、そういった類のものだった。
「アリズン様に奏上した我が皇帝陛下からの勅書。あれがすべてだとは言いません」
「殿下……。秘密裏の会話を行うにしては、ここはいささか早すぎる場と思いますが」
自分はそれを聞くに値しない人間だ。
オットーはそう語っていた。サラに協力はするが、都合のいい手駒に成り下がる気はない。そういう意思表示らしい。
それはアリズンに仕える高官としては正しい判断だった。
しかし、そんなことはサラもお見通しだ。
お互いの利益にならないことを提案したところで、まともな信頼関係なんて築けるはずもない。
「そこにあることは、多分。アリズン様にとって有用な情報のはずですよ、オットー様」
「う――ッ!?」
「開封なさるかどうかは、オットー様がお決めください。ただし、その書面はこの部屋より持ち出すことはしない、と……そうお約束頂けるのならば」
「殿下。これでも不肖このオットー、アリズン姫の情勢を傾けるような物には加担することは出来かねますな」
「でも、本心は興味がある」
「……まったく、我が姫といい殿下といい……どうしてこの老骨を鞭打つようなことをなさるのか……」
そんなに言うほど老齢では。ないでしょ。こちらはこちらで手練れの政治家と来た。
この手紙が聖とでるか邪とでるか。
ある意味賭けのような試しを、サラは始めようとしていた。
「お伝えできることがあるとすれば――」
「あるとすれば?」
「それを記されたのは、クロノアイズ帝国の皇帝陛下ではないかもしれません。でも、アリズン様にとっては……大事な存在。そういった類の方からの、親書です」
「ほう。親書、ですか」
「ええ。大事な、大事な、思いを届けるためのもの。と、言うよりは――」
なぜだろう。
そこで一拍。サラは言葉を続けるのをためらってしまった。
「彼が誰を選ぶかを決めてそこに記したのだと思います」
なっ、と伯爵は息を呑む。
その告白は自分にされるべきことではないはずなのに。
彼女の想いは、もっとふさわしい相手に届けられて然るべきはずなのに。
「……殿下。それで本当に、よろしいのですか……」
「ええ。―……ええ。良いのです。それで――いいのです。彼の想いやつながりよりも、私にはいま預かった家臣たちに再び、クロノアイズの地を踏ませることが、課せられた使命ですから」
「殿下!」
それは簡単な告白で。
それは明白な提案で。
それは――アリズンという少女に、自分の心をいっときでも共有したことのある、過去にいた愛おしい男性を譲り渡す、そういう明示で。
サラは側妃の立場を望まない代わりに、アリズンへの忠誠と部下たちの身の保証を要求したのだった。
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