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第六章
幻夢
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納得いかないなあ……。
アイリスはそうぼやいていた。
どこでって?
夢見の中というか、幻の中というか、闇の中というかよくわからない、茫然とした感覚に襲われそうになる。
そんな場所は真っ暗というわけではないのだ。
空には何やらのっぺりとした平面のような、でも立体的のようなすこしばかり厚みをもった虹色に輝く不気味な、満月の左上をガツンっとハンマーか何かで丸く繰り抜いたような。
そんな月のようなものが浮かんでいる。
すぐそこにありそうで、手を伸ばせばつかみ取れそうなほどに大きくて、ちょっと気を逸らすと距離感というものがなくなってしまいそうなくらい大きいのだ。
「んー? どっちだったっけ……?」
髪がうざったくて仕方がない。
はさみがあったら根元からばっさりと切り落としてやるのに。伸ばしに伸ばして、すでにお尻辺りまで伸びてしまっているそれを手首を飾っていた三連のうち、水晶だの珊瑚だのを丈夫な太い糸に通したブレスレットの一つを外し、首筋からぎゅっと片手でまとめたものを二、三重にくくってひとまとめにする。
さっぱりした。
顔にかかってくるのがどうにも気に入らなかったのだ。
ついでにもう一つブレスレットを外して、根元もくくってやる。
これで動いてもあまり気にならないだろう。
そう納得すると、あの月と対になって動いているであろう後方の、緑色の星を見返した。
「本当に連動してるのかしら?」
月が天頂に昇ったかと思うと、地平線の彼方からあれが昇って来た。
それから月が真上を通過して記憶にある月と太陽の記憶から言えば、このまま夜明けまでかけて月は西の空に沈んでいくはずだ。
同じ方角の、それも同一線上に昇って来たのだから、二つの星を結んだ線上を行けば……もしかしたら西にあるはずの王都にたどり着けるかもしれない。
そう思って歩き続けてもうどれくらいの時間が経過しただろう。
感覚では半日はかるく経ったはずなのだ。
問題は……。
「どうして他に星が無いのかしら!?」
という点だった。
地面は真っ黒かと思えば、砂漠や砂浜のように真っ白でサラサラとした粒子のような細かい砂粒でおおわれていて、こんな道もないところ歩いていたら疲れるじゃないと空を魔法で行こうとすれば、とんでもないことになった。
呪文を唱え、全身にみなぎる魔力を確認する。
だから、魔法が使えないはずはないのだ。
サティナがあの熊の力を吸い上げてからというもの、本来の自分に覚醒したのだろう。
アイリスの全身には生きているという実感がみなぎっていた。
オンセド男爵……ランバート卿にあの剣で心臓を貫かれたはずなのに、だ。
見ると胸の部分は赤く染まり、黒いドレスはほぼ赤銅色になってしまっていた。
心臓部分にはぽっかりと大きな穴が空いていて、なかのそれは脈打つかと思えば何もない。形はあるが壊れた水車やぜんまい仕掛けの人形と同じだ。
命の源は失われ、自分は屍というか――試しにかるく腕を切ってみるが血は流れない。それも当然でドレスをすべて赤銅色に染めるくらい血が流れでているのだから。干からびた肉体と言ってもおかしくない。
それなのに、痛みがある。
魔力が傷口から漏れ出ると、まるでその部分を修復するように瞬く間に傷口がふさがってしまい、痛みも溶けて消えてしまった。
生きる屍。
そんな形容が正しいような、現世でもあの世でもない境目の世界を彷徨っているような気がする。
アイリスは刺してなんて言うんじゃなかったわ。
と、人生で何度目かの大きな後悔をしながら砂が入ってきてめんどくさいと思ったヒールを脱ぎ捨て、ドレスの裾を大きく破ると両足をそれで包み込んで歩き出す。
サティナ様、アイリスはここにいるんですけどね?
「もう、何やってるのよ。あの駄女神!」
そんな悪態をつける自分はまだまだ、現世に戻れる気がしてしまう。
己の図太さに呆れながら、アイリスは再び月を目指して歩き出した。
アイリスはそうぼやいていた。
どこでって?
夢見の中というか、幻の中というか、闇の中というかよくわからない、茫然とした感覚に襲われそうになる。
そんな場所は真っ暗というわけではないのだ。
空には何やらのっぺりとした平面のような、でも立体的のようなすこしばかり厚みをもった虹色に輝く不気味な、満月の左上をガツンっとハンマーか何かで丸く繰り抜いたような。
そんな月のようなものが浮かんでいる。
すぐそこにありそうで、手を伸ばせばつかみ取れそうなほどに大きくて、ちょっと気を逸らすと距離感というものがなくなってしまいそうなくらい大きいのだ。
「んー? どっちだったっけ……?」
髪がうざったくて仕方がない。
はさみがあったら根元からばっさりと切り落としてやるのに。伸ばしに伸ばして、すでにお尻辺りまで伸びてしまっているそれを手首を飾っていた三連のうち、水晶だの珊瑚だのを丈夫な太い糸に通したブレスレットの一つを外し、首筋からぎゅっと片手でまとめたものを二、三重にくくってひとまとめにする。
さっぱりした。
顔にかかってくるのがどうにも気に入らなかったのだ。
ついでにもう一つブレスレットを外して、根元もくくってやる。
これで動いてもあまり気にならないだろう。
そう納得すると、あの月と対になって動いているであろう後方の、緑色の星を見返した。
「本当に連動してるのかしら?」
月が天頂に昇ったかと思うと、地平線の彼方からあれが昇って来た。
それから月が真上を通過して記憶にある月と太陽の記憶から言えば、このまま夜明けまでかけて月は西の空に沈んでいくはずだ。
同じ方角の、それも同一線上に昇って来たのだから、二つの星を結んだ線上を行けば……もしかしたら西にあるはずの王都にたどり着けるかもしれない。
そう思って歩き続けてもうどれくらいの時間が経過しただろう。
感覚では半日はかるく経ったはずなのだ。
問題は……。
「どうして他に星が無いのかしら!?」
という点だった。
地面は真っ黒かと思えば、砂漠や砂浜のように真っ白でサラサラとした粒子のような細かい砂粒でおおわれていて、こんな道もないところ歩いていたら疲れるじゃないと空を魔法で行こうとすれば、とんでもないことになった。
呪文を唱え、全身にみなぎる魔力を確認する。
だから、魔法が使えないはずはないのだ。
サティナがあの熊の力を吸い上げてからというもの、本来の自分に覚醒したのだろう。
アイリスの全身には生きているという実感がみなぎっていた。
オンセド男爵……ランバート卿にあの剣で心臓を貫かれたはずなのに、だ。
見ると胸の部分は赤く染まり、黒いドレスはほぼ赤銅色になってしまっていた。
心臓部分にはぽっかりと大きな穴が空いていて、なかのそれは脈打つかと思えば何もない。形はあるが壊れた水車やぜんまい仕掛けの人形と同じだ。
命の源は失われ、自分は屍というか――試しにかるく腕を切ってみるが血は流れない。それも当然でドレスをすべて赤銅色に染めるくらい血が流れでているのだから。干からびた肉体と言ってもおかしくない。
それなのに、痛みがある。
魔力が傷口から漏れ出ると、まるでその部分を修復するように瞬く間に傷口がふさがってしまい、痛みも溶けて消えてしまった。
生きる屍。
そんな形容が正しいような、現世でもあの世でもない境目の世界を彷徨っているような気がする。
アイリスは刺してなんて言うんじゃなかったわ。
と、人生で何度目かの大きな後悔をしながら砂が入ってきてめんどくさいと思ったヒールを脱ぎ捨て、ドレスの裾を大きく破ると両足をそれで包み込んで歩き出す。
サティナ様、アイリスはここにいるんですけどね?
「もう、何やってるのよ。あの駄女神!」
そんな悪態をつける自分はまだまだ、現世に戻れる気がしてしまう。
己の図太さに呆れながら、アイリスは再び月を目指して歩き出した。
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