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第六章
扉の向こうへ
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灯火が点滅するそのドアは豪奢で厚みのある作りのように見えた。
押すのかしら、引くのかしら?
金箔で加工されたコの字型の取ってに手をかけると、それは存外軽く、女性のアイリスでもスッと押し開くことができた。
片側をそっと半分ほど押し中の様子をこわごわと彼女は覗き込む。
扉の向こうには天井が見える長方形の通路で、床が進むにつれて傾斜があるように見える。
数メートル先で折れ曲がっているようだが、その向こうからはうっすらと光が漏れていることから何かがあるのは間違いないだろうと思えた。
足元には同じような絨毯が敷かれ、左右の壁の低い部分には等間隔に白い光がそこにはめ込まれたクリスタルのようなものから床を照らし出している。
全体的に闇の比率が九割を占めるその空間へと、アイリスはそっと足を踏み入れる。
「……硬い?」
意外だった。
廊下に敷かれていたものとは全く別物の床がそこにはある。
その割に見た目はそっくりでいて、どういう技術を施してあるのだろうと首を傾げてしまった。
精霊でも召喚できれば先行させて安全を確認できるのに……。
仮にもあの緑の星が自分がいた場所なら。
あそこで可能だったことがここでもできたならと思うと悔しいが、体内に魔力を感じても、これまで使うことの出来た魔法の類はまったく効果を表さない。
「仕方ない、か」
こんなことなら、炎だけでなく闇や光といった系統の魔法にも習熟しておくんだったと独りぼやくと、アイリスは歩き出す。
時折、足元を照らし出している白いクリスタル部分を触ると、少しの温かみを感じた。
熱を発しているらしい。空気はひんやりとしていて、それでいて埃っぽいさっきまでの空間とのそれとは違っていて清涼といった雰囲気だ。
アイリスはどこか落ち着いたかのように、心を休めながら短い曲がり角までの距離をおっかなびっくり進んでいく。
彼女をよく知るケイトが見たら、まるではりねずみのような臆病さだったと評したかもしれない。
それくらい、慎重になっていた。
角まできてその向こうにはこれまでよりも短い傾斜の通路があり、見えたのははるかに巨大な空間。天井はアイリスが四人ほど立っても届かないだろう。入り口の左右にはまっすぐな通路で上段と下段に別れていて、上段には更に二階あった。
下段には四段ほどの段差部分に簡素な手すり付きの椅子が一定の感覚で設置されている。
右手の奥にはステージのうような広く凹んだ壁があり、そこには真っ白で巨大な一枚布が張られていた。
「……わあ。何よこれ……」
そう呟いた時、左後方でカチン、と音がする。
「っ!?」
右手側に意識が向いていてまるで無関心だったそこに振り向くと、一体の獣人が片手に何かをもってそれをカチカチと鳴らしていた。
「は? ……ワニ? の獣人……???」
激しい疑問符の嵐がアイリスの脳裏を飛び交っていく。
これまでの現実に対してあまりにも似合わないそのワニは、静かにそこで立っていた。
上から下までじっと見渡してみる。
深緑色の体皮はザラザラとして見えるし、短い手足、寸胴で長ぼそい胴体、口は細長く伸びていて、ほわっと開かれている咥内には鋭い牙が幾重にも並んでいる。
しかし、その身を包んでいるのは執事かとでもいうかのような、仕立てのいい制服で胸には赤い朱色のリボンがちょこん、とぶっとい首回りを飾っていた。
「チケットを」
「は? え? 喋っ……た……」
「ワニがしゃべるとなにか問題でも?」
「え、いいえそんなことは……」
聞き取りやすくお腹の底に響くような優しさを持った彼というべきか、そのワニのバリトンのような声は実に丁寧な物言いだった。
押すのかしら、引くのかしら?
金箔で加工されたコの字型の取ってに手をかけると、それは存外軽く、女性のアイリスでもスッと押し開くことができた。
片側をそっと半分ほど押し中の様子をこわごわと彼女は覗き込む。
扉の向こうには天井が見える長方形の通路で、床が進むにつれて傾斜があるように見える。
数メートル先で折れ曲がっているようだが、その向こうからはうっすらと光が漏れていることから何かがあるのは間違いないだろうと思えた。
足元には同じような絨毯が敷かれ、左右の壁の低い部分には等間隔に白い光がそこにはめ込まれたクリスタルのようなものから床を照らし出している。
全体的に闇の比率が九割を占めるその空間へと、アイリスはそっと足を踏み入れる。
「……硬い?」
意外だった。
廊下に敷かれていたものとは全く別物の床がそこにはある。
その割に見た目はそっくりでいて、どういう技術を施してあるのだろうと首を傾げてしまった。
精霊でも召喚できれば先行させて安全を確認できるのに……。
仮にもあの緑の星が自分がいた場所なら。
あそこで可能だったことがここでもできたならと思うと悔しいが、体内に魔力を感じても、これまで使うことの出来た魔法の類はまったく効果を表さない。
「仕方ない、か」
こんなことなら、炎だけでなく闇や光といった系統の魔法にも習熟しておくんだったと独りぼやくと、アイリスは歩き出す。
時折、足元を照らし出している白いクリスタル部分を触ると、少しの温かみを感じた。
熱を発しているらしい。空気はひんやりとしていて、それでいて埃っぽいさっきまでの空間とのそれとは違っていて清涼といった雰囲気だ。
アイリスはどこか落ち着いたかのように、心を休めながら短い曲がり角までの距離をおっかなびっくり進んでいく。
彼女をよく知るケイトが見たら、まるではりねずみのような臆病さだったと評したかもしれない。
それくらい、慎重になっていた。
角まできてその向こうにはこれまでよりも短い傾斜の通路があり、見えたのははるかに巨大な空間。天井はアイリスが四人ほど立っても届かないだろう。入り口の左右にはまっすぐな通路で上段と下段に別れていて、上段には更に二階あった。
下段には四段ほどの段差部分に簡素な手すり付きの椅子が一定の感覚で設置されている。
右手の奥にはステージのうような広く凹んだ壁があり、そこには真っ白で巨大な一枚布が張られていた。
「……わあ。何よこれ……」
そう呟いた時、左後方でカチン、と音がする。
「っ!?」
右手側に意識が向いていてまるで無関心だったそこに振り向くと、一体の獣人が片手に何かをもってそれをカチカチと鳴らしていた。
「は? ……ワニ? の獣人……???」
激しい疑問符の嵐がアイリスの脳裏を飛び交っていく。
これまでの現実に対してあまりにも似合わないそのワニは、静かにそこで立っていた。
上から下までじっと見渡してみる。
深緑色の体皮はザラザラとして見えるし、短い手足、寸胴で長ぼそい胴体、口は細長く伸びていて、ほわっと開かれている咥内には鋭い牙が幾重にも並んでいる。
しかし、その身を包んでいるのは執事かとでもいうかのような、仕立てのいい制服で胸には赤い朱色のリボンがちょこん、とぶっとい首回りを飾っていた。
「チケットを」
「は? え? 喋っ……た……」
「ワニがしゃべるとなにか問題でも?」
「え、いいえそんなことは……」
聞き取りやすくお腹の底に響くような優しさを持った彼というべきか、そのワニのバリトンのような声は実に丁寧な物言いだった。
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