婚約者の浮気現場に踏み込んでみたら、大変なことになった。

和泉鷹央

文字の大きさ
67 / 104
第六章

ワニの管理人

しおりを挟む


「チケットを、お嬢様」
「……チケット? ああ、これ……」

 カウンターで買ったというべきか、あの紙片を取り出して渡すと彼はふむ、と言いその端を持っていたペンチのような道具でカチンっとやって穴を開け、アイリスへと突き返した。
 次に彼が発したのは、「何を飲みますか?」 とそんな質問だった。
 飲めるの? ここで??
 まだ現実が受け入れられないアイリスは、えっと困ってしまう。

「ワイン? それとも何か冷たい果実のジュース? 熱い紅茶に神の酒……は、やめておいた方がよさそうだ。貴方は招かれたお客様のようだから」
「お客様? あんな砂漠に放り出しておいて??」
「お飲み物は? 食事もありますよ。簡易なものですが」
「お腹は空いてないわ……。ワインでもある?」
「では、お持ちします。お好きな席にどうぞ。もうすぐ始まるから」
「始まる?」

 彼は左奥の方、上段に見える席を指さした。

「あの辺りがおすすめです。画面が広いから。もうすぐ始まりますよ」
「はあ……」

 指があるのか無いのかわからないファンシーなワニはそれだけ言うと、カツカッと音をさせてアイリスがやってきた通路の出口のすぐ上に見える扉に引っ込んでしまう。

「革靴? このフワフワの床でどうやって足音が鳴るのよ……」

 そんな突っ込みに対する返事はなく、仕方ないかと肩を落としたアイリスがワニに教えられた辺りの席に腰を落ち着けると、やがて彼が銀のトレーにワインのボトルとグラス、数種類の果実の実をむいたものとチーズのようなものを盛り合わせた皿を、その椅子の横手にしつられられた小さなテーブルに置いてくれる。

「二杯目は御自身で」
「ああ、どうも……ねえ、教えて下さらない。これから何があるの?」

 ワニはぎょろっとした目を細めると、自分に怯えないというかこの数分で慣れている人間が面白いのか、白い歯をニヤリと口角を上げて微笑んだような仕草をする。

「たどり着いたことが、招かれた証です」
「はあ、それで?」
「ここのことは?」
「いいえ、なにも……知りません」

 質問に質問で返されてアイリスが不機嫌そうな顔になると、ワニは失礼とまた牙を見せて笑っていた。
 いや、謝罪したのかもしれないがこの種族に慣れていないアイリスがそれを見分けることは難しかった。

「左様で。ここはグレイズトークステーション」
「表の看板で見たけど、それが何か」
「驚きです」
「だから何が!」

 ワニはグラスにワインを注ぎ終えると、肩をすくめた。
 果実をどうぞ、と言われなぜかフォークが添えられているのがアイリスには不思議だった。

「貴方が落ち着いているからですよ。お嬢様」
「死んでみたらこんな場所に招かれたとしたら、誰でもなんでも受け入れますわ……」
「ああ、なるほど。それでエクスローの住人がこの赤の月までやってこれたので。納得です」
「ぶっ……何もかも知っているような物言いね、貴方」

 思わず口に含んだワインを吹き出しそうになりにらみつけてくる少女を見下ろして、ワニは管理人ですから、と訳の分からない返事を返して来た。
 時間が迫りましたと言う彼は、後からご質問をどうぞと言い踵をくるりと返すと背を向けて歩き出そうとする。

「待って! 何が始まるの!?」
「……何でしょうか? 貴方に必要な物語、ではないかと。ここは全てを観ることのできる劇場ですから」
「劇場って」

 まだ話があると手を挙げようとすると、彼は存在が無かったかのように闇の中に消えてしまった。
 どうなるのよ?
 そんなアイリスの心の疑問に答えるように薄暗い世界にあった照明がすべて落ち、ジーっというベルのような物音が鳴ると、あの白い布にアイリスの見知らぬ世界が映し出された。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

「『お前に書く手紙などない』と言った婚約者へ、私は7年間手紙を書き続けた——ただし、届け先は別の人でした」

歩人
ファンタジー
辺境伯令嬢リゼットは、婚約者に7年間手紙を書き続けた。返事は一度もなかった。 「お前に書く手紙などない。顔も覚えていない」——婚約破棄。しかしリゼットは 泣かなかった。手紙の本当の届け先は、最初から別にあったから。前世の情報分析 能力で辺境の異変を読み解き、暗号として織り込んだ7年分の手紙。それを受け取り 続けていたのは第一王子。リゼットは誰にも知られず、王国を守っていた。 婚約破棄の翌朝、王子からの手紙が届く。「7年間、ありがとう。迎えに行く」

義妹の嫌がらせで、子持ち男性と結婚する羽目になりました。義理の娘に嫌われることも覚悟していましたが、本当の家族を手に入れることができました。

石河 翠
ファンタジー
義母と義妹の嫌がらせにより、子持ち男性の元に嫁ぐことになった主人公。夫になる男性は、前妻が残した一人娘を可愛がっており、新しい子どもはいらないのだという。 実家を出ても、自分は家族を持つことなどできない。そう思っていた主人公だが、娘思いの男性と素直になれないわがままな義理の娘に好感を持ち、少しずつ距離を縮めていく。 そんなある日、死んだはずの前妻が屋敷に現れ、主人公を追い出そうとしてきた。前妻いわく、血の繋がった母親の方が、継母よりも価値があるのだという。主人公が言葉に詰まったその時……。 血の繋がらない母と娘が家族になるまでのお話。 この作品は、小説家になろうおよびエブリスタにも投稿しております。 扉絵は、管澤捻さまに描いていただきました。

〖完結〗私は旦那様には必要ないようですので国へ帰ります。

藍川みいな
恋愛
辺境伯のセバス・ブライト侯爵に嫁いだミーシャは優秀な聖女だった。セバスに嫁いで3年、セバスは愛人を次から次へと作り、やりたい放題だった。 そんなセバスに我慢の限界を迎え、離縁する事を決意したミーシャ。 私がいなければ、あなたはおしまいです。 国境を無事に守れていたのは、聖女ミーシャのおかげだった。ミーシャが守るのをやめた時、セバスは破滅する事になる…。 設定はゆるゆるです。 本編8話で完結になります。

兄を溺愛する母に捨てられたので私は家族を捨てる事にします!

ユウ
恋愛
幼い頃から兄を溺愛する母。 自由奔放で独身貴族を貫いていた兄がようやく結婚を決めた。 しかし、兄の結婚で全てが崩壊する事になった。 「今すぐこの邸から出て行ってくれる?遺産相続も放棄して」 「は?」 母の我儘に振り回され同居し世話をして来たのに理不尽な理由で邸から追い出されることになったマリーは自分勝手な母に愛想が尽きた。 「もう縁を切ろう」 「マリー」 家族は夫だけだと思い領地を離れることにしたそんな中。 義母から同居を願い出られることになり、マリー達は義母の元に身を寄せることになった。 対するマリーの母は念願の新生活と思いきや、思ったように進まず新たな嫁はびっくり箱のような人物で生活にも支障が起きた事でマリーを呼び戻そうとするも。 「無理ですわ。王都から領地まで遠すぎます」 都合の良い時だけ利用する母に愛情はない。 「お兄様にお任せします」 実母よりも大事にしてくれる義母と夫を優先しすることにしたのだった。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

処理中です...