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第六章
ワニの管理人
しおりを挟む「チケットを、お嬢様」
「……チケット? ああ、これ……」
カウンターで買ったというべきか、あの紙片を取り出して渡すと彼はふむ、と言いその端を持っていたペンチのような道具でカチンっとやって穴を開け、アイリスへと突き返した。
次に彼が発したのは、「何を飲みますか?」 とそんな質問だった。
飲めるの? ここで??
まだ現実が受け入れられないアイリスは、えっと困ってしまう。
「ワイン? それとも何か冷たい果実のジュース? 熱い紅茶に神の酒……は、やめておいた方がよさそうだ。貴方は招かれたお客様のようだから」
「お客様? あんな砂漠に放り出しておいて??」
「お飲み物は? 食事もありますよ。簡易なものですが」
「お腹は空いてないわ……。ワインでもある?」
「では、お持ちします。お好きな席にどうぞ。もうすぐ始まるから」
「始まる?」
彼は左奥の方、上段に見える席を指さした。
「あの辺りがおすすめです。画面が広いから。もうすぐ始まりますよ」
「はあ……」
指があるのか無いのかわからないファンシーなワニはそれだけ言うと、カツカッと音をさせてアイリスがやってきた通路の出口のすぐ上に見える扉に引っ込んでしまう。
「革靴? このフワフワの床でどうやって足音が鳴るのよ……」
そんな突っ込みに対する返事はなく、仕方ないかと肩を落としたアイリスがワニに教えられた辺りの席に腰を落ち着けると、やがて彼が銀のトレーにワインのボトルとグラス、数種類の果実の実をむいたものとチーズのようなものを盛り合わせた皿を、その椅子の横手にしつられられた小さなテーブルに置いてくれる。
「二杯目は御自身で」
「ああ、どうも……ねえ、教えて下さらない。これから何があるの?」
ワニはぎょろっとした目を細めると、自分に怯えないというかこの数分で慣れている人間が面白いのか、白い歯をニヤリと口角を上げて微笑んだような仕草をする。
「たどり着いたことが、招かれた証です」
「はあ、それで?」
「ここのことは?」
「いいえ、なにも……知りません」
質問に質問で返されてアイリスが不機嫌そうな顔になると、ワニは失礼とまた牙を見せて笑っていた。
いや、謝罪したのかもしれないがこの種族に慣れていないアイリスがそれを見分けることは難しかった。
「左様で。ここはグレイズトークステーション」
「表の看板で見たけど、それが何か」
「驚きです」
「だから何が!」
ワニはグラスにワインを注ぎ終えると、肩をすくめた。
果実をどうぞ、と言われなぜかフォークが添えられているのがアイリスには不思議だった。
「貴方が落ち着いているからですよ。お嬢様」
「死んでみたらこんな場所に招かれたとしたら、誰でもなんでも受け入れますわ……」
「ああ、なるほど。それでエクスローの住人がこの赤の月までやってこれたので。納得です」
「ぶっ……何もかも知っているような物言いね、貴方」
思わず口に含んだワインを吹き出しそうになりにらみつけてくる少女を見下ろして、ワニは管理人ですから、と訳の分からない返事を返して来た。
時間が迫りましたと言う彼は、後からご質問をどうぞと言い踵をくるりと返すと背を向けて歩き出そうとする。
「待って! 何が始まるの!?」
「……何でしょうか? 貴方に必要な物語、ではないかと。ここは全てを観ることのできる劇場ですから」
「劇場って」
まだ話があると手を挙げようとすると、彼は存在が無かったかのように闇の中に消えてしまった。
どうなるのよ?
そんなアイリスの心の疑問に答えるように薄暗い世界にあった照明がすべて落ち、ジーっというベルのような物音が鳴ると、あの白い布にアイリスの見知らぬ世界が映し出された。
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