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おけいこのはじまり
22 イケメンセフレとの楽しい朝食とナンバーツーのプレイルーム
しおりを挟む気持ちよく目覚め、シャワーを浴びる。ゆで卵ぐらいはスミレにもできる。
夜は必ずここで寝るようにと念を押されたから枕元にスマートフォンを置いて寝たが、結局何もなかった。少し、拍子抜けだ。
カーテンを開けて、目の前に広がる美しい朝の田園風景を眺めながら朝食を摂る。バゲットを切り、ブルーベリーのジャムをつけて齧り、ゆで卵を割って塩を振って食べる。昨夜ヤンにたっぷりと愛してもらったせいか、気分がとてもいい。いつもなら今頃は制服を着てマンションのエレベーターに乗りミタライさんの車の後部座席でトーストをかじっているころだ。そう思うとますます気分が良くなり、知らないうちに一本丸々食べてしまう。
朝食の後レイコさんから言われた役目を果たす。パソコンを取り出して、各プレイルームの状況をチェックする。どこにも使われた形跡がないのを確認してまたパソコンを戻す。
昨日買ったばかりのワンピースを着て麦わら帽子をかぶり、外に出る。朝の清々しい空気を一杯に吸い込みながら、事務所の周囲を一回りする。
早くも農作業に出てきた白人の夫婦に出会う。
モーニン、ハウディー! ワッツアップ! 向こうから手を振って来る。
元気なジジババだと、適当に返しながら事務所に戻るとヤンが来ていた。段ボールの箱を抱えている。衛兵ではなく、オーバーオールの農夫になっていた。彼はちゃんと約束を守ってくれた。
(おはよう! 早いね)
(約束したお弁当だよ)
箱の中に三つの小さな鍋がある。一つの蓋を開けると美味しそうなビーフシチューの香りが漂い出た。
(すごい! 一晩でこんなに)
もう一つはチキン一羽を丸ごとトマトスープで煮込んだもの。全部中華料理かと思ったら、意外に洋食ばかりじゃないの。
(煮込み料理が得意なんだね)
(どうしてもスミレに食べさせたくて、頑張ってしまったんだ。キライかい?)
胸がキュンキュン鳴る。こんなボーイフレンド、今まで持ったことがなかった。遅まきながら十七歳の高校生らしい青春を過ごしているような気がする。
(ううん。でも、食べきるのに三日はかかりそう)
(じゃあ、ぼくも手伝うよ。お昼はあの東屋で一緒に食べよう。どう?)
ヤンはちょっと小高くなった丘の上にある小屋を指さした。
なんか、めちゃくちゃラブラブ。スミレの脚はちょっと浮足立っていた。
事務所に戻り、湯を沸かしている間に少し問題集をやり、時間になるとティーポットに紅茶を淹れ、鍋を温め直し、バゲットを切り、皿やスープボウルやスプーンを準備した。こんな校外授業なら一か月だってずっとだっていい。
バスケットを下げて秋の気持ちのいい風がそよぐ丘に登り、鋳鉄製のテーブルにクロスを敷き、皿を並べ、もう一度引き返してワインのボトルとグラスを。さらにもう一度往復して温めた手鍋を二つ持って来たころに麦わら帽子にオーバーオールのヤンが丘を登って来た。
(やあ! こんな豪華なランチはここにきて初めてだ)
彼は素直に喜んでいる。
(いつもはどこで?)
(あそこ)
彼は洋館の手前にある農家の馬小屋のような建物を指した。
(もちろん、中は馬小屋じゃないよ。外観だけ気を遣ってるのさ。ここにくるツアー客は高い金を払ってきているからね。あそこで彼らのためのレストランのスタッフが作ってくれる食事を食べてる)
(これってツアーの一環なの?)
(半分はね。もう半分はキミの家と同じ、持ち家だけどね)
彼はバターを塗ったバゲットをシチューに浸して美味しそうに食べた。
(大金持ちなんだよ、みんな。贅沢三昧できるのに、時々、わざわざ、こういう農村で暮して野良仕事するのが好きな物好きなんだ。変わってるよね。
ここにひと月かふた月ぐらいいて、飽きたら次は南の島とか、マカオのカジノとか地中海のエーゲの島とかに行ったりするんだよ。プライベートジェットでね。それがこのリゾートグループのツアーの一環なんだ。グループの本社はシンガポールにある。バリ、プーケット、タヒチ。主に南の島に施設を持ってる。バリでは地元の人間を雇って植民地時代のプランテーションや水田を再現してるんだ。ちゃんと手作業で田植えするんだよ。シーズンオフで客がいないときは機械を使うけどね。ここもそうなんだ。冬になると地元の業者を入れてトラクターや重機を使って肥料をやったり整地したり深堀したりする。そうして客たちが農夫のマネゴトをする環境を作ってるのさ。このツアーは人気なんだよ。農作業の合間に日本中の観光名所めぐりがついてくるからね。日本は治安もいいしね。
大金持ちにもいろんなランクがある。それら全部を所有できる超のつく大金持ちよりもちょっと下、全部は自己所有できないし、プライベートジェットもチャーターだけど、超大金持ちの雰囲気は味わいたいってね。大陸の人間が多いのはそのせいだよ。みんな新興の成金たちさ。オーヴァーシーズチャイニーズはそういうスキマの需要に目を付けて儲けるのが得意なんだ。参考までに言えば、ここでは日本人はキミだけだよ)
今日の彼の予定を訊いた。
今日はこのまま夜勤で明日は夜勤明けで丸一日休みだという。
(明日の昼頃までは寝たいから、午後麓の街で会おうよ)
そんな話をしているとヤンの同僚らしき男が丘の下から何やら叫んでいる。中国語だからわからないが、怒っているように聞こえる。それに対してヤンが怒鳴り返す。
彼はワインの残りを飲み干すと吐き捨てるように言った。
(急ぎの仕事じゃないのに、チェンのやつ!
アイツ、ぼくとキミが楽しそうにしてるのが気に入らないんだよ、きっと。フィールドで中国語を使っちゃいけないのに。ごめんね。行かなくちゃ。後片付けをお願いするね。明日LINEするよ)
そういって丘を降りて行った。
楽しい時間はあっという間に過ぎた。後片づけをして残った鍋を冷蔵庫に仕舞うとパソコンを開けて各ルームのチェックをした。昨日に引き続き、各部屋とも変わらない。サキさんは本当に忙しいのだ。他のスレイヴたちとプレイする暇もないほどに。
そこまで考えて重大な事実に気付いた。
ここでこうして監視できるということは、レイコさんにサキさんとのプレイを見られていたのでは?
今ごろそのことに気付くとは!
急激に動悸がしてカーッと顔が火照った。
なんてことだ!
彼女はそんなことはおくびにも出していなかった。まあ、見飽きているというのはあるかもしれない。こういう趣味はない、と言っていた。軽蔑はないけれど、関心もないのだ。そう考えて、また、気付いた。
今度はサーッと血の気が引いた。そしてまた顔が火照った。
自分の部屋の洗濯物。
急いで車に飛び乗り、マンションに帰った。
部屋は綺麗に掃除され、ドレスだけでなく下着まで、ショーツやブラジャーまで全てクリーニングされビニールにいれられてダイニングのテーブルの上に山になっていた。ミタライさんに電話しようかと思ったが、止めた。怒るのもアレだし、感謝するのも、アレだし。
テーブルの上の服の山を眺めながらため息をついているとスマートフォンが鳴った。
「今どこにいる」
サキさんの声は怒っているように聞こえた。
「・・・ちょっと買い物に」
「お前は自分の部屋で買い物するのか。ネットショッピングでもしてるのか」
あ、GPSか・・・。わかってるなら聞かなきゃいいのにと思う。
「明日、不動産屋が来るから一緒に行って部屋を見てこい」
「不動産屋?」
「新しいプレイルームを探すためだ。レイコがいないから、お前がやれ」
「だけど、明日は予定が・・・」
「何の」
「・・・あの、ちょっと・・・」
「どうせ、あの本館のお兄ちゃんとセックスでもするんだろう。そんなものは後回しだ」
ちょっと、ムカついた。ほったらかしにされているから遊んでるのに!
「・・・何時ごろですか」
「わからんが午前中だと思う。お前の番号を教えておいた。連絡が来たら待ち合わせして行け。よさげならそこでミタライさんを呼んで契約しろ。わかったか」
午前中なら好都合だ。そのろくでもない仕事を終えて午後はヤンとデートできる。だいたい、サキさんが悪いのだ。ちゃんと構ってくれれば、こんなことはしなくて済むのに。
「契約って・・・。よさげって、どういうところを見ればいいんですか」
「考えればわかるだろう。自分のルームを思いだせ。他のも、今空いてるから参考に見て回れ。防音、天井の高さ、駐車場。ニ十四時間アプローチ可能。ポイントはそこだ。そのぐらい言わなくても解れ。頼んだぞ。あ、それからな・・・」
「え?」
「GPS、絶対OFFにするなよ。したらお前を実家に送り返すからな」
ぶつっ。
言いたいだけ一方的に言って、切った。
何、この高圧的な言い方・・・。
ムキーッ! アタマに来るが、仕方ない。
校外学習というのは、要は、雑用か。レイコさんのいない間の。奴隷みたいだな。
あ、そう言えばわたし、スレイヴだったっけ。
もう一度溜息を吐き、クローゼットを開けてテーブルの上の服を仕舞いこみ、ジーンズとTシャツとジャンパーを引っ張り出して着替えた。
どうせ今日は何もすることがない。
一度事務所に帰り、プレイルーム一覧とカギを取り、そこから一番近いプレイルームを探した。そこはナンバー2のものだった。彼女の名前は「サクラ」と言った。
パソコンにあったプロフィールによれば、サクラは28歳。人妻だ。
旦那さんが海外に単身赴任中。もちろん、カエデさんと違い旦那さんには内緒でプレイを楽しんでいるようだ。ステアリングを握りながら、だんだんサキさんにハラが立ってくるのを感じた。レイコさんはこんなことをさせられてよく我慢できるなと思う。フリンだからブログには写真はない。が、プロフィールに添付されている全身写真を見る限りカエデさんほどではないがグラマーな、目のキツめの人だ。カエデさんとも、自分ともタイプが違う。
「僕は『来る者は拒まず、去る者は追わず』なんだ」とサキさんは言っていた。
どんな出会いなのか、彼女の方からアプローチしてきたのだろうか。腹が余計に立ち、嫉妬の炎がメラメラ燃え上がるのを抑えきれなかった。
そこはオフィス街の雑居ビルだった。隣に24時間稼働の立体駐車場がある。が、スミレの赤い馬は車幅があり過ぎて無理だった。それで少し離れたホテルの駐車場に停めた。
キャップを目深に被り、ジャンパーのポケットに両手を突っ込んでそのビルまで歩いた。周りのビルより少し古い感じだ。自動ドアを入った入り口すぐのエレベーターで四階に行く。四階だけはそのルームしかテナントがない。
エレベーターのドアが開くと屋外に解放された廊下がある。隣のビルは五階建てで、上に狭い空が見える。廊下の途中にドアがある。億にももう一つあるが、そこは今は空きらしかった。
他人のルームだ。ちょっとドキドキしながらキーを刺し、ドアを開けた。誰かいたら。ナンバー2のサクラという女性がいたらどうしようと思うが、自分は今、管理人の代理なのだから。そう言い聞かせて、中に入る。
入ると真っすぐ向こうに小さな窓が目に入る。人の気配は無い。そこまでは廊下だ。ドアを閉めてカギをかける。灯りを点ける。廊下の右側にはトイレとバスルームが並ぶ。スミレのとは違い、ここはガラス張りではなかった。バスルームのちょうど向かい側、左手にドアがある。カギはない。学校の放送室の入り口のドアのような、レバー式のノブ。防音の分厚いドアを押すと暗闇からむわんとした澱んだ空気が漏れ出てきた。ドア際の灯りを点ける。スミレのルームと同様、濃いグレーで統一された室内が照らされ浮かび上がった。
サキさんとナンバー2、サクラとの淫靡なプレイが行われている部屋。
後ろ手にドアを閉めた。
壁と同じグレーのカバーが掛けられたキングサイズのベッド。防音、天井の高さはスミレのと同じだ。壁に設けられたいくつかの輪、天井を走るパイプはないが、数か所にフックをかける輪が取りつけられている。そして、リクライニングする黒革の大きな椅子。壁にかけられた幾本もの麻縄。手枷、足枷、そして、鞭・・・。
サキさんとの淫靡なプレイ、散々イカされたイワイのプレイを思い出してたまらない気分になる。
大体は見た。用は済んだと部屋を出ようとしてスミレのルームと同様のAVセットに目を留めた。カメラもある。好奇心が、ムクムクと頭をもたげる。
ハードディスク、プレイヤー、モニターのスイッチを入れ、リストを繰る。データファイルが、数十はある。こんなに・・・。一番新しい録画のファイルを選び、リモコンのボタンを押した。
応援ありがとうございます!
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