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大学生のおけいこ

32 嫉妬のおけいこ

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 愛する赤い馬にイワイを乗せて彼の店に向かった。トランクにはレーシングスーツとヘルメットを入れたバッグが入っている。

「髪切ったら、なんや印象変わったな」

「どういうふうに?」

「んー、前より若く見える。高校生みたいや」

「はは。サキさんにも言われた。幼く見えるって。ヘルメットかぶるのに、邪魔だったんだ」

「そうか」

 イワイとは何の遠慮もしない話ができる。

「運転も、上手うなった」

「ただノロノロ走ってるだけじゃん」

「そうやないよ」

 彼はドアに頬杖をついて面白そうにスミレを見ている。

「ちゃんと安全確認して、周りに気を配って、落ち着いて走らせとる。ちゃんと免許も取ったし。やっと安心して横に乗れるわ」

「ハラハラドキドキしてたの?」

 スミレは笑いながらステリングをさばいてゆく。

「当たり前やないか。パトカー見るたんび、ちんぽ縮んどったわ」

「意外に小心者だよね、イワイさんて」

「そうや。小心者やで、ボクは。ちゃんと会社経営しとるヤツはみんなそうや。小心者やからあちこち気を配る。いつも先の事考えてる。新しいことも考えるし、今を損なわんように大切にしとる。スミレちゃんも、やってみいや。カネあんのやし。オモロイで。あんなモモタローやるよりよっぽどオモロイ」

 スミレのスマートフォンが鳴った。同じ学部の先輩だ。ハンズフリーで話す。

「動画、みたよ。グロいわ。ありがとー」

「喜んでもらえました?」

「も、サイコー。少なくても5人はいたからね、アイツのギセイシャ。胸がスーッてした。動画のキャプチャー、アイツのガッコにバラまいてやろうかな。でも、すごいね、スミレって。あんな子たち、どこで仕入れたの」

「おっきい方はね、高校の時ナンパしてきたの。退学してベンキョーばっかでむしゃくしゃしてたから遊んであげたら懐かれちゃった。小さいほうはね、あのオーモリだっけ、アイツと同じで襲ってきたから相手してあげたらやっぱり懐いてきちゃったの。見ての通り、バイだよ。どっちかっつーと、オカマ掘る方が好きみたい」

「・・・すごいわー。マネできない」

「ははは」

「もう一匹頼まれてるんだけど、明日か明後日、打ち合わせできる?」

「明日はちょっと・・・。明後日なら空いてますよ」

「わかった。じゃ、またLINEするね。ありがとね」

「ハーイ。おやすみなさい」

 通話を終わると車内に沈黙が訪れた。

「・・・キョービの若い女の子は、怖いわ・・・」

 イワイはわざとらしく肩を震わせておどけた。

「おっさん。キョービの若いコォは、みな、こんなんでっせ」

 イワイの口調をまねて、スミレもおどけた。

「ねえ。いつプレイしてくれるの?」

「そうやなあ・・・。サキさん人使い荒いしなあ・・・」

「でも、そのおかげで結構儲けたでしょ」

「そら、そうやわ。ギブアンドテイクやもん。来週か、再来週は一息つけるかなあ・・・。今度も嫁はん抜きにしよな」

「あ、店の前に着ける?」

「手前でええよ。嫁はん最近抜き打ちで来んねん。アイツもやっとるくせにここんとこスミレちゃんにやきもち妬くねんで。店で騒がれるん困るさかいな。スミレちゃんもイヤやろ?」

 とても19歳の女子大生とは思えないような会話をしながら、スミレは歩道に車をつけた。イワイがフロントを回って運転席に来た。

「明日のテスト、気張りぃや」

「せっかくイワイさんが紹介してくれたチームだもん。絶対シート獲るよ」

「ほな、おおきにな」

「おやすみ。今日はありがと」

 バイバイしながら去ってゆくイワイの背中をしばらく見送ってから、車を出した。


 

 スミレはふたりの大人の男に抱かれている。共有されていると言ってもいい。

 ここのところサキさんが忙し過ぎて、彼との逢瀬が減るのと反比例するようにイワイの部屋に行くことが増えた。それでもスミレはサキさんの女であるスタンスは変えない。イワイがちょうどいい距離感を保ってくれるからそれができる。


 

 2年前のあの日。

 抜き身のサバイバルナイフを振り回してナカジマが大暴れし、あの冷厳で冷徹でクールを崩さないサキさんが大汗をかいて病室に飛び込んできたとき、やっぱり自分はこの男の女だと思い知らされた。

 救急車で運ばれ、診察を受けていた間も「怪我もないのに大袈裟だな」などと気が張っていたのに、病室に飛び込んできた彼の顔を見た途端涙があふれ、身体の奥から激しい感情が沸き上がり、どうにもたまらずに大声で泣き叫んでしまった。

 そしてその晩。彼のスイートで抱きしめられながら

「バカなやつだ、お前は」

 その彼の一言で、達してしまった。

 言葉一つで女をイカせる男なのだ、サキさんは。

 この世にそういう男は彼しかいないし、そういう男のたった一言で絶頂するのも自分だけだ。スミレはそう思っている。そして、それからずっと、スミレは彼に惹かれ続けている。一週間が十日になり二週間三週間になってもそれは変わらない。性欲とは別の、いやその中にすべてが含まれ、激しい性欲も引き起こしてしまう激情は、サキさんにしか感じることはない。今も、運転中にも拘わらず彼を思うだけで股間のピアスが疼く。熱い種火が股間の奥で燻ぶっているのを感じる。


 

 その足であの別荘地の事務所に行った。

 事務所からなら、サーキットへは自分の部屋から行く時間の三分の一で済む。正式な免許を取ってからは講習を受けるだけでもらえるC級のライセンスを取り、貸し切りでなく一般でフリー走行を楽しむようになった。が、朝が早いので度々事務所を利用した。近くのホテルでもいいのだが、車をイタズラされるのがイヤで、事務所ならその心配は全くない。

「明日サーキット行きたいんです。今夜事務所に泊っていいですか」

「いいよ。その代わりルームのチェック頼むね」

 レイコさんにはちゃんと了解を取ってあった。

 毎日ではないがレイコさんは事務所で眠ることがある。大体週初めか週終わり。サキさんは二十四時間年中無休の人だけど、スレイヴたちは大体土日に利用するからだ。

 だから、その義務は果たさねば。

 キッチンからパソコンを取り出し、各ルームをチェックする。

 一番は欠番。ベッドにシーツはない。

 二番の人妻は未使用。

 三番も去年欠番になった。シーツ無し。

 四番の独身OLも未使用。

 そして去年スレイヴ見習いになった六番のやはり人妻も今週は動きがない。

 現在稼働中は四室。五番のスミレはずっとお預けプレイの真っ最中でここにいる。

 本当は見るのも嫌だ。レイコさんはよく毎回こんなものをチェックできるなあと感心する。もう何度かチェックしたが、まだ一度も「オンエア」中に覗いたことはない。

「言っておくが、レイコがこの仕事をさせているスレイヴはお前だけだからな」

 そのせいで、知らなくてもいい、知りたくもないことまで知る羽目になってしまった。使われた後のルームを見た後など、どんなプレイが行われたのだろうと想像してしまい、嫉妬で歯噛みする夜を何度か過ごした。

 今日は、何事もなし。

 電源をOFFにしようとした、その瞬間。

 スミレは初めて見たくないものをリアルタイムで、見てしまった。


 


 

 赤外線カメラのモノクロ映像がパッと明るくなったのを次のカメラに切り替えてから気づき、慌てて戻した。ナンバー2のあの部屋のカメラを通常モードのカメラ映像に切り替えた。そこに、サキさんとナンバー2のサクラさんがいた。

 それは熱烈なキスから始まった。

 カメラの取り付け位置は高い天井の隅で、その部屋のほぼすべてを視界に見下ろせる位置にある。

 グレーのスーツのサキさんがサクラさんを抱きしめ、モノクロだから色はわからないが軽やかな春らしいドレス姿の彼女が彼に何事かを語りかけている。音声はない。何を言っているのだろうか。あのふくよかな胸を一杯に彼に押し付け、うっとりした顔を上げて応えている。気持ちが通じ合っている男と女の姿。そのありのままの様子が、広角のレンズでもわかるぐらい、伝わってくる。

 それだけでスミレの頭に血が上った。

 それから彼女はサキさんのジャケットを受け取ってハンガーにかけ、彼の衣服を次々に受け取り甲斐甲斐しく仕えている。サキさんは全裸になると画面から消えた。続いて彼女も素裸になって消えた。プレイルームの外、廊下にバスルームがある部屋だ。今、二人は共にシャワーを浴びているのだろう。そこで、また熱いキスを交わし、お互いの身体を・・・。

 沸々と沸くどす黒い感情。

 その先はもう、見たくない。

 それなのに、パソコンを閉じることが出来ず、キーボードの上に手をかざしたまま、スミレは画面の一点を、ルームの入り口にあたるフレームの隅を凝視し続けた。

 まもなく二人は全裸のまま画面に現れる。

 サキさんが何かを彼女の耳元で囁きながら肩を抱く。彼女はバッグから首輪を出して彼に渡し、彼の足元に跪いて頭を床に着けた。

 それからサクラさんはサキさんのを口で愛撫する。ご奉仕だ。

 その首に彼が首輪をつける。ご奉仕は20分ほど続いた。

 スミレはそれを見続けてしまった。見続けなければよかった。でも、目が離せなかった。

 サクラさんからサキさんへの限りない愛情が、愛おしさが伝わってくる。

 彼が時折話しかける。彼女は彼を含んだままウンウンと頷く。その愛の交歓にも似たプレイに、どうしようもなく嫉妬が、妬ましさが沸き起こる。

 このままでは六条夫人になってしまいそうだ。

 もう無理。

 これ以上見たら、気が狂ってしまう!


 

 もう寝なければ。そう思ってベッドに入ったのに閉じたパソコンが気になり、ベッドから抜け出した。キッチンに行きパソコンを取り出して起動しログインする。ルームの監視カメラはもう、真っ暗になっていた。赤外線に切り替える。そこには、シーツの寝乱れたキングサイズのベッドが映っているだけだった。
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