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おけいこのおけいこ

逃げるサキ

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「ただいまあ、ママ! おみくじ買ってきたげたよお!」

「カオル、南のばあばから電話が入ってるわよ。カオルの声が聞きたいって」

 母が電話口に出る前に、ちょうど帰って来た娘のカオルに電話を預けた。

「ちょっと、友達と会って来るから」

 レナに言い捨てるようにして、逃げるように実家を出た。

「え、なんなの? 今からおもち焼くのに」

「後から食べるわ!」

 あまり慌てたので門柱に車のワキを擦ってしまった。

 ちっ!

 カーレーサーでもあった育ての母親スミレに似ず、サキは未だに半年に一度はボディーのどこかをぶつけてへこませているギフの生みの母、レナの娘であった。

 どうせ仕事が始まれば日本支社長のアンザイの秘書としてイヤでも本社の秘書室と通話するし、会長秘書を兼務している上司のホンダとも話すことになる。

 それに彼女は今、密かに画策していることがある。

 秋になれば留学が決まっているカオルについてGBへ、英国に渡航しようとしているのだ。

 もちろん、会社には休職を願い出、受け入れられねば退職も辞さない覚悟だった。一人娘のカオルと離れて暮らすなどは論外。しかも、元々好きで今の仕事しているのでもない。

 子供のころから生き物が好きで、それが嵩じて将来は生物物理学者として身を立てるべく研究者の道を志望していた。

 ところが、なのである。

 スミレによって半ば無理やり今の仕事を押し付けられ、今に至っていた。

 サキはカオルの留学を機に以前の研究生活に、本来の道に戻ろうとしているのだった。すでに向こうの大学へ論文も送ってあり感触は上々。お世話になった古巣の大学の教授にも頼み込んで推薦状も書いてもらってもいる。根回しは完璧だった。

 直接南の国にいる母と話したり、ましてや会ったりすればその密かなたくらみが露見しご破算にされそうで怖いのである。スミレの後を継いで経営者になるなどまっぴらごめんだった。

 そのくせ、スミレの若いころのエピソードを書きとめようなどと試みてもいる。

 サキの心の中は自分でも説明不能な、複雑怪奇としか言いようのない迷宮だった。

 敬遠しつつ気になるのである。どうしても、惹かれてしまうのだ。

 若いころのスミレは、今のサキとおなじように実家を、家業を避け続けていた。

 それなのに、いつの間にか経営陣に加わり、タチバナ家の家業を継いでしまったのである。

 それがどのような理由、事情によるものなのか、知りたいのである。
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