11 / 48
1972
11 Stand by me
しおりを挟む
終わってゴムの処理をしている彼の背中にキスし、話しかけました。
「ねえ・・・。お正月さ、ウチに遊びに来ない? お父さんもアニキたちもいないの」
「いいのか? 迷惑だよ」
「ううん、全然。だっておもち焼いても食べる人がいないんだもん。むしろワシオ君が来てくれるとお母さんも喜ぶと思う。張り切ってごちそう作っちゃうよ、きっと」
「そうか・・・」
「大晦日までは大掃除でバタバタしてるから、元旦に。一緒にお雑煮食べて初詣行こ。わたしの家の近くだから学校の子もいないし・・・」
「迷惑じゃないなら、それもいいな・・・」
その晩、家に帰り次兄が寝るのを待って母に話しました。
「いいわよ。是非連れてきなさい。お母さんもその生徒会長さんに会いたいな」
世話好きな母でした。彼の身の上を、中学校の事件のことは伏せてサラッと話しただけで一も二もなくこう言ってくれました。
二十九日に部活の納めがあり、その足でワシオ君のアパートに直行、二回目のお泊りをしました。再び母に友達の家に泊まるとウソを吐きましたが最初の時よりは罪悪感が薄れていました。
とりあえず玄関先で立ったまま一回戦をしてから二人で閉店時間ギリギリに近所のスーパーに行き食べ物を買いました。帰ってくると二人一緒に狭いお風呂に入り、そのままの丸裸で二回戦をし、もう一度お風呂に入ってまた丸裸のまま主に肉と野菜を炒めただけの簡単な夕食を作り、途中で邪魔してくるワシオ君と三回戦をしながらなんとか夕食を作り終え、丸裸のまま食事をしてまた四回戦になだれ込む、という具合でした。
新婚みたいでとても楽しかったのを覚えています。
セックスを覚えたてのサル、という言葉を後になって知りましたが、その時のわたしたちはまさにサルでした。一ダース入りのゴムを一晩で半分以上使ってしまうほどでした。互いの性器を口で愛撫するのも自然にするようになりました。彼のを口で愛しながら彼の気持ちよさげな顔を見上げるとそれだけで幸せな気持ちになってもっともっとイジメたくなってしまうのです。
わたしは生理が正確で、その次の日くらいに来るのがわかっていたので余計に昂ってしまったのだと思います。愛情は薄くてもお金だけは潤沢にくれていた彼の両親のおかげで、高校生ではあってもゴム製品を買うお金には不自由しませんでした。
明くる三十日は東京へ帰る次兄を見送るのでどうしても早くに帰らねばならず、結局朝まで一睡もせずにしてしまいました。わたしもわたしですが、彼も彼でした。よく体力が持ったと思います。
一度家に帰り、家から次兄と一緒に列車の出る駅までまた戻りました。連絡船の出る駅まで行きそこからさらに夜行に乗って帰るのです。東京のアパートに着くのは明日大晦日の夕方ごろになるなあと次兄は笑いました。ワシオ君のアパートがすぐそこでした。プラットフォームで次兄を見送るとき、その方向を眺めながらソワソワしているわたしに次兄は、
「ミオ、ほどほどにな」
と、言いました。とっさに、え、何のこと? ととぼけましたが、次兄には薄々知られちゃっていたみたいでした。どうしてわかったのか未だに謎です。その次兄も今ではいいおじいさんになりました。機会があれば茶飲み話に訊いてみようかと思っています。
さすがにもう一度彼のアパートに行って致す気力はなく、きっとワシオ君も今頃爆睡しているのだろうと思いながら、家に戻る電車の中で危うく寝過ごして降り損ねるところでした。家に戻り、時々居眠りしながら母の大掃除を手伝いました。空気の入れ替えで少しだけ家中の窓を開けたのですが、その強烈な寒気のおかげでなんとか目が覚めました。
次の大晦日は昼近くまで眠ってしまい、母に起こされて大掃除の続きをし、母と二人だけで年越しのおそばを食べ、紅白歌合戦を見ながらまた寝てしまいました。
でも現金なもので、明くる元日は起こされずとも6時に目覚めました。
9時15分に着く列車で来ることになっているワシオ君を迎えに、粉雪の舞う道を駅まで歩きました。どうせなら一緒に新しい年を迎えたかったのですが、さすがにそれはまだ出来ませんでした。
新しい年の最初のワシオ君の姿を見ただけで、感じてくるのがわかりました。
小さな改札を出て来た彼は落ち着いた笑顔を浮かべていました。
「・・・明けましておめでとう、ミオ」
言葉がありませんでした。感激して抱きつきたいのを懸命に堪えていました。昔の片田舎の駅です。そんなことをすればすぐに噂が広まってしまいます。そこは今とはだいぶ違いました。
「・・・おめでとう、ワシオ君」
寄り添って手袋越しに彼の手を取るのが精いっぱいの表現でした。
凍った道にうっすらと積もった雪の道はただでさえ滑りやすく、その上わたしの身体は数ミリほど浮いていたのでさらに歩きにくくなっていました。しっかりと彼の腕を取ってゆっくり歩きました。家までの道がいつもの十倍くらい長くなっていればいいのにと思いました。たった一日会えなかっただけなのに、彼にくっついていられる幸せが身体の奥から滾々と沸き上がってくるのを抑えきれませんでした。
「会いたかった・・・」
「おとといずっと一緒だったじゃないか」
「だって・・・」
見上げる彼の顔は真っ白な息に覆われて少し歪んでいました。不覚にも涙が出て来てしまっていたのです。
「おい、泣くなよお。お前のお母さんに誤解されちゃうじゃないか」
「だあって・・・。嬉しかったんだもん・・・」
「かわいいな、ミオは・・・」
女子バレー部は大体が大女揃いでした。当時の平均的な男子の身長よりも大きい女子の集まりでした。自分にもその自覚がありましたから「かわいい」と言われることなんてないだろうとずっと思っていました。そのわたしを何度も「かわいい」と言ってくれる男の子にめぐり合わせてくれた神様に感謝したい気持ちで一杯でした。
「先に初詣行かない? 家はその後でいいよ。この雪だし、また出かけるの面倒くさいでしょ?」
「だって、ミオのお母さん待っていてくれてるんじゃないのか」
「いいよ、少しくらい」
少しでも二人きりの時間を引き延ばしたかったのです。
雪の降る中、小さな街の中の神社は人影もまばらでした。彼と並んでお賽銭を投げ手袋を取って柏手を打ちました。
神様。ワシオ君に会わせてくれてありがとうございました。
今年もずっとワシオ君と一緒に居られますように・・・。
そう、お願いをしました。
私よりもずっと長く、ワシオ君は頭を垂れていました。
「何をお願いしてたの?」
「オレ? ヒ・ミ・ツ・・・」
「ええー、何で。教えてよォ・・・」
そんなことを言いながらウキウキで家に向かいました。
ストーブの上で膨らむだけ膨らんだおもちを、母はお雑煮に入れてくれました。
「ワシオ君が来てくれてよかったわあ。
息子たちも一緒にお正月を迎えられると思って年末にたくさん仕入れたんだけど、長男は先月の頭に帰って来たんだけどお正月は帰れないって・・・。次男も昨日東京に帰っちゃってねえ・・・。お父さんも春にならないと帰ってこないし。ミオと二人じゃ食べきれないくらいだったのよ」
こたつの上にはいつもの三倍ほどの皿が並び、それを前にしたワシオ君は目を回していました。
「ハヤカワのお父さんてどんな仕事してるの」
「鉱山の技師をしてるの。ミオから聞いたけれど、ワシオ君もご実家が東京なんですってね。ウチもそうだったのよ。長男が生まれた翌年にここへ引っ越してきたの。炭鉱の仕事でねえ・・・」
わたしよりも母の方が彼と喋りたくてたまらない様子でした。
「今オーストラリアに行ってる。その前は、九州だっけ?」
「そう。その前はアメリカ。年にひと月ぐらいしか帰ってこないのよ。もう何年も母子家庭みたいなのよ、ウチは・・・」
「・・・そうですか。でも、いいですね。離れてても家族が繋がってるのがわかります・・・」
母親ですから娘のボーイフレンドの家のことを話題にするのは当たり前でしたが、母にはワシオ君の実家のことは訊かないでねと念押しをしていました。なので、しんみりしてしまわないか心配していたのです。でもそれは取り越し苦労だったようです。今の今まで様々な人に出会いましたが未だに母以上に気遣いのできる人に出会ったことがありません。
「でも、ワシオ君には感謝してるのよ。こんな娘が生徒会のお仕事なんて務まるのかしらって思ってたから。あの学校だってお情けで入れてくれたようなものだしねえ・・・。きっと、毎日ご迷惑かけてるんでしょうねえ・・・」
「ちょっと、お母さん!」
ワシオ君の前で、なんてこと言うんだと思わず母を睨みました。
「とんでもない!」
ワシオ君は箸をおいてわざわざ膝を正し、わたしに頭を下げてくれました。
「ハヤカワがいてくれなかったら、ボクなんか到底ここまでできませんでした。ボクのほうこそ、いつも感謝してます。いつも援けてくれてありがとうな、ハヤカワ」
母親の前で・・・。
恥ずかし過ぎて萌え死にしそうでした。そのせいか、危うくおもちを喉に詰まらせてしまうところでした。
「ワシオ君。これ、お煮しめ。次男が好きだからっていっぱい作り過ぎちゃったの。よかったら食べて。利尻の昆布だから美味しいわよ」
「・・・ホントだ。美味いスね。こんなの初めてです。濃厚な味ですね」
「それからこれはね、チャンチャン焼きって言ってね。サケ漁の漁師さんの賄い料理なの。召上がってみて・・・」
さらにワシオ君はお雑煮で5個、納豆もちで4個、甘酢醤油に海苔を巻いたおもちを3個も食べ、さすがに苦しそうになっていました。きっと気を遣って母が勧めるままに食べてくれたせいでしょう。
「ごめんなさいね。わたしがあれこれ出し過ぎちゃったから・・・。これ食べるといいわよ。上の二人も食べ過ぎた時にこれ食べさせたの」
母は大根おろしに酢醤油をかけたのをワシオ君に勧めました。
「甘いですね。こんなに甘い大根おろし、初めて食べました」
「北国だからかしらね。さ、食べたら少し横になるといいわ。ミオ、お兄ちゃんの部屋に連れて行ってあげなさい。ワシオ君、もしよかったら今夜は泊まっていきなさいね」
「いや、でも・・・」
「遠慮しないで。あなたのお家だと思ってゆっくりして行って」
ワシオ君のお尻を押して急な階段を登り、ちぃ兄の部屋に案内しました。二階の方が暖気が溜まって温かく、ワシオ君は額にうっすらと汗すらかいていました。
「あったかいな、ミオの家は。家もお母さんも・・・」
絨毯の上に胡坐をかいた彼をゆっくりと押し倒し、念のために襖を閉めました。
横たわる彼の傍に膝をつき、キスしました。
「『もしよかったら、今夜は泊まっていきなさいね』」
母の口調を真似て言ってみました。
「いいのか?」
「お母さんが言ってるんだもん。お母さんも楽しそうだし、ね?」
「じゃ、お言葉に甘えようかな」
「甘えて、ワシオ君・・・」
わたしは彼の唇の中に舌を入れました。ワシオ君もちょっと襖の方を気にしながら舌に絡め吸ってくれました。
「ねえ・・・。お正月さ、ウチに遊びに来ない? お父さんもアニキたちもいないの」
「いいのか? 迷惑だよ」
「ううん、全然。だっておもち焼いても食べる人がいないんだもん。むしろワシオ君が来てくれるとお母さんも喜ぶと思う。張り切ってごちそう作っちゃうよ、きっと」
「そうか・・・」
「大晦日までは大掃除でバタバタしてるから、元旦に。一緒にお雑煮食べて初詣行こ。わたしの家の近くだから学校の子もいないし・・・」
「迷惑じゃないなら、それもいいな・・・」
その晩、家に帰り次兄が寝るのを待って母に話しました。
「いいわよ。是非連れてきなさい。お母さんもその生徒会長さんに会いたいな」
世話好きな母でした。彼の身の上を、中学校の事件のことは伏せてサラッと話しただけで一も二もなくこう言ってくれました。
二十九日に部活の納めがあり、その足でワシオ君のアパートに直行、二回目のお泊りをしました。再び母に友達の家に泊まるとウソを吐きましたが最初の時よりは罪悪感が薄れていました。
とりあえず玄関先で立ったまま一回戦をしてから二人で閉店時間ギリギリに近所のスーパーに行き食べ物を買いました。帰ってくると二人一緒に狭いお風呂に入り、そのままの丸裸で二回戦をし、もう一度お風呂に入ってまた丸裸のまま主に肉と野菜を炒めただけの簡単な夕食を作り、途中で邪魔してくるワシオ君と三回戦をしながらなんとか夕食を作り終え、丸裸のまま食事をしてまた四回戦になだれ込む、という具合でした。
新婚みたいでとても楽しかったのを覚えています。
セックスを覚えたてのサル、という言葉を後になって知りましたが、その時のわたしたちはまさにサルでした。一ダース入りのゴムを一晩で半分以上使ってしまうほどでした。互いの性器を口で愛撫するのも自然にするようになりました。彼のを口で愛しながら彼の気持ちよさげな顔を見上げるとそれだけで幸せな気持ちになってもっともっとイジメたくなってしまうのです。
わたしは生理が正確で、その次の日くらいに来るのがわかっていたので余計に昂ってしまったのだと思います。愛情は薄くてもお金だけは潤沢にくれていた彼の両親のおかげで、高校生ではあってもゴム製品を買うお金には不自由しませんでした。
明くる三十日は東京へ帰る次兄を見送るのでどうしても早くに帰らねばならず、結局朝まで一睡もせずにしてしまいました。わたしもわたしですが、彼も彼でした。よく体力が持ったと思います。
一度家に帰り、家から次兄と一緒に列車の出る駅までまた戻りました。連絡船の出る駅まで行きそこからさらに夜行に乗って帰るのです。東京のアパートに着くのは明日大晦日の夕方ごろになるなあと次兄は笑いました。ワシオ君のアパートがすぐそこでした。プラットフォームで次兄を見送るとき、その方向を眺めながらソワソワしているわたしに次兄は、
「ミオ、ほどほどにな」
と、言いました。とっさに、え、何のこと? ととぼけましたが、次兄には薄々知られちゃっていたみたいでした。どうしてわかったのか未だに謎です。その次兄も今ではいいおじいさんになりました。機会があれば茶飲み話に訊いてみようかと思っています。
さすがにもう一度彼のアパートに行って致す気力はなく、きっとワシオ君も今頃爆睡しているのだろうと思いながら、家に戻る電車の中で危うく寝過ごして降り損ねるところでした。家に戻り、時々居眠りしながら母の大掃除を手伝いました。空気の入れ替えで少しだけ家中の窓を開けたのですが、その強烈な寒気のおかげでなんとか目が覚めました。
次の大晦日は昼近くまで眠ってしまい、母に起こされて大掃除の続きをし、母と二人だけで年越しのおそばを食べ、紅白歌合戦を見ながらまた寝てしまいました。
でも現金なもので、明くる元日は起こされずとも6時に目覚めました。
9時15分に着く列車で来ることになっているワシオ君を迎えに、粉雪の舞う道を駅まで歩きました。どうせなら一緒に新しい年を迎えたかったのですが、さすがにそれはまだ出来ませんでした。
新しい年の最初のワシオ君の姿を見ただけで、感じてくるのがわかりました。
小さな改札を出て来た彼は落ち着いた笑顔を浮かべていました。
「・・・明けましておめでとう、ミオ」
言葉がありませんでした。感激して抱きつきたいのを懸命に堪えていました。昔の片田舎の駅です。そんなことをすればすぐに噂が広まってしまいます。そこは今とはだいぶ違いました。
「・・・おめでとう、ワシオ君」
寄り添って手袋越しに彼の手を取るのが精いっぱいの表現でした。
凍った道にうっすらと積もった雪の道はただでさえ滑りやすく、その上わたしの身体は数ミリほど浮いていたのでさらに歩きにくくなっていました。しっかりと彼の腕を取ってゆっくり歩きました。家までの道がいつもの十倍くらい長くなっていればいいのにと思いました。たった一日会えなかっただけなのに、彼にくっついていられる幸せが身体の奥から滾々と沸き上がってくるのを抑えきれませんでした。
「会いたかった・・・」
「おとといずっと一緒だったじゃないか」
「だって・・・」
見上げる彼の顔は真っ白な息に覆われて少し歪んでいました。不覚にも涙が出て来てしまっていたのです。
「おい、泣くなよお。お前のお母さんに誤解されちゃうじゃないか」
「だあって・・・。嬉しかったんだもん・・・」
「かわいいな、ミオは・・・」
女子バレー部は大体が大女揃いでした。当時の平均的な男子の身長よりも大きい女子の集まりでした。自分にもその自覚がありましたから「かわいい」と言われることなんてないだろうとずっと思っていました。そのわたしを何度も「かわいい」と言ってくれる男の子にめぐり合わせてくれた神様に感謝したい気持ちで一杯でした。
「先に初詣行かない? 家はその後でいいよ。この雪だし、また出かけるの面倒くさいでしょ?」
「だって、ミオのお母さん待っていてくれてるんじゃないのか」
「いいよ、少しくらい」
少しでも二人きりの時間を引き延ばしたかったのです。
雪の降る中、小さな街の中の神社は人影もまばらでした。彼と並んでお賽銭を投げ手袋を取って柏手を打ちました。
神様。ワシオ君に会わせてくれてありがとうございました。
今年もずっとワシオ君と一緒に居られますように・・・。
そう、お願いをしました。
私よりもずっと長く、ワシオ君は頭を垂れていました。
「何をお願いしてたの?」
「オレ? ヒ・ミ・ツ・・・」
「ええー、何で。教えてよォ・・・」
そんなことを言いながらウキウキで家に向かいました。
ストーブの上で膨らむだけ膨らんだおもちを、母はお雑煮に入れてくれました。
「ワシオ君が来てくれてよかったわあ。
息子たちも一緒にお正月を迎えられると思って年末にたくさん仕入れたんだけど、長男は先月の頭に帰って来たんだけどお正月は帰れないって・・・。次男も昨日東京に帰っちゃってねえ・・・。お父さんも春にならないと帰ってこないし。ミオと二人じゃ食べきれないくらいだったのよ」
こたつの上にはいつもの三倍ほどの皿が並び、それを前にしたワシオ君は目を回していました。
「ハヤカワのお父さんてどんな仕事してるの」
「鉱山の技師をしてるの。ミオから聞いたけれど、ワシオ君もご実家が東京なんですってね。ウチもそうだったのよ。長男が生まれた翌年にここへ引っ越してきたの。炭鉱の仕事でねえ・・・」
わたしよりも母の方が彼と喋りたくてたまらない様子でした。
「今オーストラリアに行ってる。その前は、九州だっけ?」
「そう。その前はアメリカ。年にひと月ぐらいしか帰ってこないのよ。もう何年も母子家庭みたいなのよ、ウチは・・・」
「・・・そうですか。でも、いいですね。離れてても家族が繋がってるのがわかります・・・」
母親ですから娘のボーイフレンドの家のことを話題にするのは当たり前でしたが、母にはワシオ君の実家のことは訊かないでねと念押しをしていました。なので、しんみりしてしまわないか心配していたのです。でもそれは取り越し苦労だったようです。今の今まで様々な人に出会いましたが未だに母以上に気遣いのできる人に出会ったことがありません。
「でも、ワシオ君には感謝してるのよ。こんな娘が生徒会のお仕事なんて務まるのかしらって思ってたから。あの学校だってお情けで入れてくれたようなものだしねえ・・・。きっと、毎日ご迷惑かけてるんでしょうねえ・・・」
「ちょっと、お母さん!」
ワシオ君の前で、なんてこと言うんだと思わず母を睨みました。
「とんでもない!」
ワシオ君は箸をおいてわざわざ膝を正し、わたしに頭を下げてくれました。
「ハヤカワがいてくれなかったら、ボクなんか到底ここまでできませんでした。ボクのほうこそ、いつも感謝してます。いつも援けてくれてありがとうな、ハヤカワ」
母親の前で・・・。
恥ずかし過ぎて萌え死にしそうでした。そのせいか、危うくおもちを喉に詰まらせてしまうところでした。
「ワシオ君。これ、お煮しめ。次男が好きだからっていっぱい作り過ぎちゃったの。よかったら食べて。利尻の昆布だから美味しいわよ」
「・・・ホントだ。美味いスね。こんなの初めてです。濃厚な味ですね」
「それからこれはね、チャンチャン焼きって言ってね。サケ漁の漁師さんの賄い料理なの。召上がってみて・・・」
さらにワシオ君はお雑煮で5個、納豆もちで4個、甘酢醤油に海苔を巻いたおもちを3個も食べ、さすがに苦しそうになっていました。きっと気を遣って母が勧めるままに食べてくれたせいでしょう。
「ごめんなさいね。わたしがあれこれ出し過ぎちゃったから・・・。これ食べるといいわよ。上の二人も食べ過ぎた時にこれ食べさせたの」
母は大根おろしに酢醤油をかけたのをワシオ君に勧めました。
「甘いですね。こんなに甘い大根おろし、初めて食べました」
「北国だからかしらね。さ、食べたら少し横になるといいわ。ミオ、お兄ちゃんの部屋に連れて行ってあげなさい。ワシオ君、もしよかったら今夜は泊まっていきなさいね」
「いや、でも・・・」
「遠慮しないで。あなたのお家だと思ってゆっくりして行って」
ワシオ君のお尻を押して急な階段を登り、ちぃ兄の部屋に案内しました。二階の方が暖気が溜まって温かく、ワシオ君は額にうっすらと汗すらかいていました。
「あったかいな、ミオの家は。家もお母さんも・・・」
絨毯の上に胡坐をかいた彼をゆっくりと押し倒し、念のために襖を閉めました。
横たわる彼の傍に膝をつき、キスしました。
「『もしよかったら、今夜は泊まっていきなさいね』」
母の口調を真似て言ってみました。
「いいのか?」
「お母さんが言ってるんだもん。お母さんも楽しそうだし、ね?」
「じゃ、お言葉に甘えようかな」
「甘えて、ワシオ君・・・」
わたしは彼の唇の中に舌を入れました。ワシオ君もちょっと襖の方を気にしながら舌に絡め吸ってくれました。
0
あなたにおすすめの小説
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
片想い婚〜今日、姉の婚約者と結婚します〜
橘しづき
恋愛
姉には幼い頃から婚約者がいた。両家が決めた相手だった。お互いの家の繁栄のための結婚だという。
私はその彼に、幼い頃からずっと恋心を抱いていた。叶わぬ恋に辟易し、秘めた想いは誰に言わず、二人の結婚式にのぞんだ。
だが当日、姉は結婚式に来なかった。 パニックに陥る両親たち、悲しげな愛しい人。そこで自分の口から声が出た。
「私が……蒼一さんと結婚します」
姉の身代わりに結婚した咲良。好きな人と夫婦になれるも、心も体も通じ合えない片想い。
ハイスぺ幼馴染の執着過剰愛~30までに相手がいなかったら、結婚しようと言ったから~
cheeery
恋愛
パイロットのエリート幼馴染とワケあって同棲することになった私。
同棲はかれこれもう7年目。
お互いにいい人がいたら解消しようと約束しているのだけど……。
合コンは撃沈。連絡さえ来ない始末。
焦るものの、幼なじみ隼人との生活は、なんの不満もなく……っというよりも、至極の生活だった。
何かあったら話も聞いてくれるし、なぐさめてくれる。
美味しい料理に、髪を乾かしてくれたり、買い物に連れ出してくれたり……しかも家賃はいらないと受け取ってもくれない。
私……こんなに甘えっぱなしでいいのかな?
そしてわたしの30歳の誕生日。
「美羽、お誕生日おめでとう。結婚しようか」
「なに言ってるの?」
優しかったはずの隼人が豹変。
「30になってお互いに相手がいなかったら、結婚しようって美羽が言ったんだよね?」
彼の秘密を知ったら、もう逃げることは出来ない。
「絶対に逃がさないよ?」
10年引きこもりの私が外に出たら、御曹司の妻になりました
専業プウタ
恋愛
25歳の桜田未来は中学生から10年以上引きこもりだったが、2人暮らしの母親の死により外に出なくてはならなくなる。城ヶ崎冬馬は女遊びの激しい大手アパレルブランドの副社長。彼をストーカーから身を張って助けた事で未来は一時的に記憶喪失に陥る。冬馬はちょっとした興味から、未来は自分の恋人だったと偽る。冬馬は未来の純粋さと直向きさに惹かれていき、嘘が明らかになる日を恐れながらも未来の為に自分を変えていく。そして、未来は恐れもなくし、愛する人の胸に飛び込み夢を叶える扉を自ら開くのだった。
~春の国~片足の不自由な王妃様
クラゲ散歩
恋愛
春の暖かい陽気の中。色鮮やかな花が咲き乱れ。蝶が二人を祝福してるように。
春の国の王太子ジーク=スノーフレーク=スプリング(22)と侯爵令嬢ローズマリー=ローバー(18)が、丘の上にある小さな教会で愛を誓い。女神の祝福を受け夫婦になった。
街中を馬車で移動中。二人はずっと笑顔だった。
それを見た者は、相思相愛だと思っただろう。
しかし〜ここまでくるまでに、王太子が裏で動いていたのを知っているのはごくわずか。
花嫁は〜その笑顔の下でなにを思っているのだろうか??
俺と結婚してくれ〜若き御曹司の真実の愛
ラヴ KAZU
恋愛
村藤潤一郎
潤一郎は村藤コーポレーションの社長を就任したばかりの二十五歳。
大学卒業後、海外に留学した。
過去の恋愛にトラウマを抱えていた。
そんな時、気になる女性社員と巡り会う。
八神あやか
村藤コーポレーション社員の四十歳。
過去の恋愛にトラウマを抱えて、男性の言葉を信じられない。
恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。
そんな時、バッグを取られ、怪我をして潤一郎のマンションでお世話になる羽目に......
八神あやかは元恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。そんな矢先あやかの勤める村藤コーポレーション社長村藤潤一郎と巡り会う。ある日あやかはバッグを取られ、怪我をする。あやかを放っておけない潤一郎は自分のマンションへ誘った。あやかは優しい潤一郎に惹かれて行くが、会社が倒産の危機にあり、合併先のお嬢さんと婚約すると知る。潤一郎はあやかへの愛を貫こうとするが、あやかは潤一郎の前から姿を消すのであった。
俺に抱かれる覚悟をしろ〜俺様御曹司の溺愛
ラヴ KAZU
恋愛
みゆは付き合う度に騙されて男性不信になり
もう絶対に男性の言葉は信じないと決心した。
そんなある日会社の休憩室で一人の男性と出会う
これが桂木廉也との出会いである。
廉也はみゆに信じられない程の愛情を注ぐ。
みゆは一瞬にして廉也と恋に落ちたが同じ過ちを犯してはいけないと廉也と距離を取ろうとする。
以前愛した御曹司龍司との別れ、それは会社役員に結婚を反対された為だった。
二人の恋の行方は……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる