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1974

25 Superstition

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 ここのところヤマダさんは練習に来ていませんでした。しかしその日の親善試合も懇親会も彼女の企画ですから来てもらわねば困ります。少しヒヤヒヤしていましたが体育館で彼女の姿を見て、来てくれたんだとホッとしていました。

 例によって試合の後に三々五々で現地集合ということになりました。

「ねえ、ミオ。一緒に行こう。タクシー奢ってあげる」

「え、でも一度寮に帰って服を・・・」

「じゃ、寮経由でウチ行こうよ。ウチのシャワー使いなよ」

 わたしはワンパターンですがジェニー風のワンピースにしようか、それとも大胆にホットパンツ風にカットオフしたジーンズにスエードのロングブーツにしようか迷っていました。とりあえず両方ともひっつかんでバッグに入れ部屋を出ました。札はサナがいなかったので他の子に頼みました。きっとサナの方もあっちはあっちでイロイロお盛んなのだろうと思いました。

 表でタクシーを待たせてくれていたヤマダさんに礼を言って車に乗り込みました。

「あー、でも嬉しいです。いつも、お風呂場の残り湯で髪洗ったりするんで・・・」

「そうかあ。シャワーぐらい付けて欲しいよね。だいたいさ、女子大なんだからせめて体育館にシャワールームぐらい作れってのよ。そうすりゃいちいち帰ってシャワー浴びなくて済むのに・・・。頭もサイフの紐もカタイんだよなあ、文部省は・・・。ねえ?」

「・・・はい?」

「タクヤとは上手くいってる?」

「・・・まあ、まあ、ですかね・・・」

「maniacで、abnormal でしょ? 彼・・・」

 ヤマダさんはニコニコ笑っていました。きっとタクシーの運転手さんを慮ったのでしょう。「ヘンタイ」なんて、まだ、若い女の子が普通に口に出すのが憚られた時代でした。

「あ、運転手さん、そこ左ね」


 

 先にシャワーを貰っても、まだ下着のまま服を悩んでいました。

 ヤマダさんは都内に実家があるのに渋谷の近くにアパートを借りて住んでいました。アパート、といってもわたしからみればマンションのような、リビングの他に二部屋もある立派な広い部屋でした。部屋の調度にも全ていい所の女性らしいすっきりした高級感が溢れていて、田舎から上京して寮住まいの身から見れば、お金持ちは違うなあと羨ましかったです。

 バスルームのドアが開き、湯気と一緒に彼女が髪を拭きながら丸裸で出てきました。

「まだ悩んでるの?」

「・・・は、はい」

 あまりにも彼女の裸が眩し過ぎて思わず下を向いてしまいました。

「ハジけたいから持ってきたんでしょ。思い切って、コレにしてみたら?」

 カットオフのジーンズを勧められました。

 そのあと寝室に引っ込んで何かガタゴト始めました。下着だけ着けて、何枚かのTシャツを持ってきてくれました。

「これ、小さめのヤツだけどだいたいサイズわたしと一緒だよね。好きなのあったら着てみて。どうせハジけるなら徹底的にやろうよ、ね」

 みんな派手な図柄のものばかりで、おまけに身体にピチッとフィットする、おへそが見えそうな丈の短いものばかりでした。胸に自信がないので恥ずかしかったのですが、どれも皆、何か新しさを感じさせる雰囲気を醸し出していました。

「これなんかどお?」

「・・・めっちゃ・・・、ハデじゃないですか?」

 女性の口が大きく開いてベローンと舌を出している、思いきりエッチなプリントのシャツでした。ヤマダさんがこんなのを着てるなんて想像も出来ませんでした。

「ま、お下品ってやつだね。でも、それがいいのよ。ハジけるならまず、形からってね。あんた、靴のサイズは?」

「24です」

「同じだ。わたしのブーツ貸してあげる。それ履いていきな。よーし。わたしもブッ飛んじゃうから~」

 この人が後年霞が関の高級官僚になるとは、その時は想像もつきませんでした。

 服を決めると鏡に並んで入念に顔を作りました。

「服はケバくても化粧までケバいと単なるお水になっちゃうからね。一点だけケバくてあとはプレーンな方が絶対ソソるよ」

 わたしはリップだけ真っ赤なのをしてあとはラインだけにしました。それだけで、田舎から出て来たばかりの道産子娘がコケティッシュなイケてる女のコに変わりました。

 ヤマダさんのはわたしよりもっとハデでした。シャツこそ無地の白でしたが、スカートと袖の短いジャケットはラメの入った目の覚めるような深いブルーで、スカート丈がそれこそぱんつが見えてしまいそうなほどでした。低いスツールだったら向かいに座ればバッチリ丸見えは明らかでした。彼女のメイクのポイントは少し濃いめのシャドウで、ただでさえキリッとした眼が怖いくらいに冴えて見えました。

「どお?」

「めっちゃ、キマってます」

「あんたもイケてる。よーし。戦闘準備完了だね。出がけに一杯景気つけよう」

 マスターの部屋のよりはるかに高そうなオーディオセットから軽快なシンセサイザーの音が流れ出しました。

 その頃ディスコで流行っていたとてもセクシーなダンスミュージックに乗せて、ヤマダさんは歌いながらリズミカルに身体を揺らし、ショットグラスにタンカレーを注いでわたしにくれました。

「ザッツザウェイ、アハアハ、アイライキッ、アハアハ・・・。

 じゃ、気合入れて。カンパーイ!」

 二人してプハーっと強い酒の気を吐きました。

 わたしはとりたてて野心などはありませんでした。あわよくば帝国の誰かをモノにしてやろうなんてこれぽっちも思っていませんでした。

 でも、何かが物足りなかったのです。あれだけマスターに気持ちよくしてもらいながら、心のどこかに穴が開いているような、そんな気持ちでした。そのモヤモヤを晴らしたかったというのはありました。きっとヤマダさんも彼女なりにモヤモヤを抱えていて、弾けたかったのだと思います。

「ミオ・・・」

「・・・はい?」

「わたしに遠慮なんかしなくていいからね。どうせ卒業するまでの関係なんだから。彼で遊んでやる! そのくらいの気分でいればいい。

 実を言うとね、わたしがタクヤと終わっちゃったのは、彼にやきもち妬かせようとして小細工したからなんだよ・・・」

「・・・ヤマダさん・・・」

「あんたが彼を気に入ったのなら、変に彼やわたしに気を遣うこともないし、小細工も要らない。わたしみたいになっちゃうから、やめときなね・・・。もったいないよ。あんな凄いセックスしてくれる人、そういないんだから・・・。多少、インポ気味だけどね」

 ヤマダさんはそう言ってアハハと笑いました。

 彼女がみんなお見通しなのには、いささか、参りました。そして、彼女も私と同じような思いをずっと前から思っていたこと。わたしもいずれは彼女みたいに、小細工をしてしまうようになるんじゃないかということも。


 

 一次会の渋谷のピザ店で軽くお腹を満たした後、男女合わせて十五六名ほどでタクシーに分乗し六本木に繰り出しました。

 ピザ屋を出てタクシーに乗り込む時、

「ねえ、背の高さとあそこのデカさって比例するのかな」

「ちょっとあんたロコツ過ぎー」

 そんな感じに一年生はみんなイイカンジに盛り上がってました。女子高とか女子大に入れて一安心している世の親たちには見せられない光景ではありました。みんな迷信と事実を区別できる知見がまだ全然不足していました。

 ディスコというところに来たのは初めてでした。

 スティービー・ワンダーのSuperstition が大音量でかかっていて、大ぜいの男女がミラーボールの下で身体を揺らしていました。


 

 本当だって信じてたって

 ちゃんと自分でわかってないと苦しむことになるんだよ

 迷信なんか信じてたって,何の役にも立たないね


 

 初めは雰囲気に圧倒されてテーブル席で大人しくジンフィズを飲んでいましたが、ヤマダさんをはじめ先輩たちや帝国のメンバーたちがさっそくフロアに飛び出して踊りはじめるや、身体がムズムズしてきて誰か誘ってくれないかなと気が逸っていました。

「ねえ、踊らない?」

 最初のピザ屋さんから、何故かずっとナガノさんがそばに居ました。

 彼に腰を押されるようにして大勢の男女が踊り乱れるフロアに降りました。

「キミ、印象変わるなあ・・・。ビックリしたよ」

「・・・ハデすぎですよね」

「いいや。めちゃくちゃイケてるよ、それ。すんごく、セクシーだ。特にそのブーツ」

 ヤマダさんが貸してくれたのはそれこそジェーンの穿いていた膝のすぐ下まで覆うロングブーツでした。

「イケてるんだから、モジモジしなくていいよ」

 まだ「イケメン」という言葉のない時代でした。もし当時それがあれば、彼は間違いなく第一級の「イケメン」だったと思います。そのナガノさんに褒められ、少しボーっとしてしまいました。

 彼に向かい合わせで踊っていると後ろの人からドンと押され、彼の胸に飛び込んでしまいました。

「あっ!・・・すいません・・・」

「大丈夫かい」

 彼の唇がすぐ鼻の先にありました。ほのかな男性用のコロンが香りました。なんだかいい感じになりそうな予感がしました。
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