セピア色の恋 ~封印されていた秘め事~

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27 やさしさに包まれたなら

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「ミオ。・・・ミオちゃん・・・」

「・・・はい?」

 ナガノさんの額には脂汗が浮いていて、少し目元が潤んでいました。

「絶対、絶対誰にも言わないでくれよ・・・」

「あ・・・はい・・・」

 たしかに醜態には違いありませんでした。これからイタダこうとしていた女の子にあそこを蹴られて、しかもその刺激で射精してしまった、なんて。男の人ならかなり恥ずかしいコトなんだろうな、と思いました。

「・・・それと、悪いんだけどさ、・・・お願いがあるんだ。今の、・・・も一回、してくれないか・・・」

「はあ?・・・」

「スゲー、気持ちよくてさ。こんなの、初めてなんだよ。悪いけど、その、ブーツのまま、

オレのを、踏んでくれないかな・・・」

「ええっ・・・」

「頼むよ、一回だけでいいからさ」

「え、でもこれ・・・」

 ヤマダさんからの借り物でそんなことをしていいのか、と思いました。

 しかし、本来はそれ以前に「そんなヘンタイなことをしていいんだろうか」と思わなくてはイケないはずでした。あまりにもヘンタイ過ぎているシチュエーションのせいか、そういうジョーシキというか平常の感覚がマヒしていました。きっと「ヘンタイの老舗」であるマスターに抱かれ死ぬほどイカされたせいに違いないとわたしは思いました。

 あのお下品なTシャツにぱんつ一丁でブーツを履いたまま、ベッドの上に立ちました。腕を挙げたら天井に届いてしまいました。それでもまだその後が「踏み」だせずに、呆然とナガノさんを見下ろしていました。彼は感極まった切なげな表情をしてわたしを見上げてくるのです。

 この人は愛とかスキとかもうどうでもいいんだ。たった今、この自分の性癖を知ってただ単に昂奮してわたしに気持ちよくしてもらいたいだけなんだ・・・。

 そう思うとだんだんとわたしのなかに邪悪なものが芽生えてきて、ムズムズが始まってしまったのです。

 彼は自分の白い涙で汚れたブリーフを脱ぎ、全裸になりました。

「頼むよ、ミオちゃん。・・・ちんこ踏んでくれよ」

 彼はそう言ってわたしの片方の脚に手を伸ばし、ブーツを掴んで自分の股間に載せました。本来なら、いくら男子で力があっても立っている女性の脚を持ち上げて自分の身体の上に載せるなんて、重くてできません。わたしが逆らわなかったのです。積極的ではありませんでしたが、彼に誘導されるまま、彼の、の上に載せてしまったのです。

「そのまま、踏んでくれ。・・・頼むよ、ミオちゃん!」

 言われるがまま、天井に手をついて身体を支え、彼のに載せた片脚に少しずつ体重をかけていきました。

「うおあっ!・・・そ、そのまま、グリグリ動かしてくれっ! ・・・はあああん、はあうっ・・・ああ、いいっ! ミオちゃんっ! スゲェ、いいっ! あ、出る、出るぅっ!!!」


 

 翌日曜日は部活も休みでした。

 寮の朝ご飯を食べてから、自転車屋さんに行って中古でしたが一台調達しました。当時日曜日に営業する店は少なかったのですが、店先で一目見て気に入ってしまい、でも持ち合わせが無くて、だけどウィークデーは忙しいのでどうしようかと思っていたところ、

「日曜日九時ごろ来てくれればその時間だけシャッター開けるよ」

 と言ってくれたので、助かりました。

 新調したばかりの自転車は少し錆びていましたがジェーンの映画に出て来たのと似ていて、ご満悦でした。ですがそれと同時に財布の中も涼し気になってしまいました。

 タダのランチを食べにマスターの店に行きました。

「いらっし・・・、なんだ・・・」

 ずいぶんな対応だと思いました。

 有線で、ユーミンの「やさしさに包まれたなら」がかかっていました。まだ結婚する前ですからマツトーヤではなく、アライのころです。この曲が入ったアルバムが四月にリリースされたばかりでした。

 

 やさしい気持ちで目覚めた朝は

 大人になっても奇跡は起こるよ・・・


 

 昨夜のことがあり、その朝は全然やさしい気持ちで目覚められませんでした。ドカッとカウンターに座り、

「お腹空いた」と言いました。お客さんは誰もいませんでした。

「カーテンを開いてェ・・・か。・・・ああ、そう」

「何か食べさせてよ」

「・・・チャリンコ、買ったのか」

「うん」

「じゃ、この先の大通りに出てまっすぐ西に行け。すると公園がある。今の時間なら売店が開いてるから、ハト用のエサを買う人も来てるだろう。エサを買った人について歩けば、ハトと並んでエサにありつけるぞ。・・・どうだ」

「・・・」

「なんだ、気に障ったのか」

「当たり前でしょ! ムカつく!」

「そうか、ハト用じゃだめか。・・・じゃ、ランチ用のが売れ残ったら恵んでやる。あと二時間待て」

「・・・もしかして、・・・楽しんでる?」

「うん!」

 目の前の灰皿を投げつけようかと思いました。そのぐらい、昨夜の一件が尾を引いていたのです。わたしは、とても不機嫌でした。

「・・・お前、もしかして、アノ日か」

「違うっ!」

「じゃ、どうしたんだ。言いたければ言え。言いたくなければ、帰れ」

--こんな男に惚れたのは、一生の不覚だった--

 ヤマダさんの言葉が身に沁みました。


 

--でも、あんたなら、耐えられるかも--


 

 目の前にトン、とフレンチトーストの皿が置かれました。

「金にならねーヤツはそれ喰ってとっととどっかに消えろ。ったく、うるせーやつだな」

 マスターの態度はともかく、目の前のバターが溶け出したそれはたまらなく食欲をそそるシズル感に溢れていました。

「ねえ。ミルクティーぐらいちょうだいよ」

 早くもそれにかぶりついたわたしは、もう遠慮というものがクスリにしたくてもなくなっていました。

「欲しかったら自分で淹れろ」

「どうすればいいの」

 カウンターの中に初めて入りました。

 マスターは小さなソースパンを出してミルクを注ぎコンロにかけました。

「沸騰させるとオジャンだからな。気を付けながら、紅茶を入れる。一杯だぞ。それ以上だと赤字になる」

 めっちゃケチくせえと思いましたが、口には出しませんでした。

「沸騰する前に火を止める。ゆらゆらやさしく揺らしながら茶が開くのを待つ。するとだんだん色が変わってくる。この色になったら、茶こしで濾してカップに注ぐ。わかったろ?」

「・・・なんとなく」

「昨夜(ゆうべ)・・・、なんかあったのか」

 思わずマスターと目が合いました。すぐに目を逸らし、ソースパンを揺らすほうのシャツの肩袖で鼻の下を拭いました。

「・・・別に。ちょっと、味見しただけ」

「・・・ああ、そうか」

 火を止めてカップの上に茶こしを翳しミルクを注ぎました。流しにソースパンと茶こしを放り込み、カップのミルクティーをふうふう吹きました。

「・・・美味しい・・・」

「だろ。・・・終わったらさっさと向こう行け。邪魔だ」

「・・・すっごい、ムカツク!」

「ダンディズムを極めるとな、嫌われるんだとよ」

「・・・なにそれ」

 カウンターに戻ってホットサンドを平らげてから席を立ちました。

「今夜、行っていい?」

「いらっしゃいませー」

 お客さんが来たので、マスターの返事を聞かないまま店を出ました。


 

 学校の図書室で勉強して寮の夕飯までには戻りました。

 お風呂に入っていたら、サナが巨乳を揺らして入ってきました。身体を流すとザブンと隣に身を沈めました。

「今帰ったの?」

「うん・・・。どっと疲れたよー」

 サナは顔にバシャバシャ湯をかけて首をグルグル回しました。

「・・・よかったじゃん、そんなにいっぱい遊べて」

「冗談でしょ。・・・もうあの男はいいわ。肩コリコリだもん。やっぱ、自分の身の丈に合った男の方がいいよねー」

「どういうこと」

「今日一日、オペラに付き合わされた」

「オペラあ?」

「ウワタシうわー、なんだか、かんだかー、なんてさ、さっぱりイミわかんなくて、でも悪いから寝られなくて、しかも長いし・・・。その割に、そのあとのセックス短いし。

 も、いい。もっと肩凝らない、長持ちする男に切り替える!」

 わたしは彼女がどういう経緯でそういう男性と知り合ったのかのほうがさっぱりわかりませんでした。

「今日は、大人しくしてるの?」

 サナに訊かれても、まだ決めかねていました。

「んー・・・」

 お風呂の後、食堂に行くといつも誰かがいるピンク電話が無人でした。

「実家にはこまめに電話しなよ。でないと向こうからのチェック電話増えて、あとあと面倒なことになるよ・・・」

 むかしこの女子寮の住人で、わたしにここを紹介してくれた先輩の言葉を思い出し、実家に電話することにしました。

 数コールで母が出ました。

「ごめん、寮の電話。かけなおして!」

 あっという間に数枚の十円玉が食べられてしまいました。すぐに向こうからかかってきました。

「もう、全然電話くれないんだから。お母さんあんたのこと心配で心配で・・・」

「昼間は学校なんだから。それに土日は部活もあるし。夜は電話使われてることが多いし、門限過ぎると寝ちゃう子もいるから迷惑だから電話しないでね。かけられるときはこっちからするから・・・」

 頻繁にチェックを入れられるとアウトです。予防線は幾重にも張っておくにしくはありません。特に「門限」という言葉に力を込めました。

「元気なのね? 寮の方々にご迷惑かけてない? ちゃんと食べてるのね? やっぱり一度伺ってちゃんとごあいさつしなくちゃいけないかしらね・・・」

 後年、東京に行った長女、そして東京に出ていってその後家庭を築いた三女、今も東京で働いている四女に全く同じことを言いました。母親というのはいつの時代も同じで、手本にするのは自分の母親しかいないのです。いつの間にか自然に母親から言われたのと同じ言葉を口にしているのは、当たり前と言えるかもしれません。そんなことを今にしてしみじみ、感じています。

「大丈夫だよ。元気だし、食べてる。おばちゃんたちもよくしてくれてるし。お利口にしてるし。おばちゃんたちも忙しいから急に来たりすると逆に迷惑かかるよ。・・・お母さんは元気?」

「こっちは元気よ。やっと雪がなくなって雪かきから解放されたしね。・・・ちぃ兄から電話ある?」

「たぶんいつも話し中だし昼間いないから。こっちもやっといろいろ落ち着いたからそのうち電話してみるよ・・・」

 そうやって一時間くらい電話をしました。その間にも二三人がチョコチョコ食堂に来ていました。みんな、わたしの電話が終わるのを待っているのです。

「じゃね。電話空くの待ってる人もいるから、そろそろ切るね。お母さんも身体気を付けてね」

 電話を終え、ホッとして部屋に戻りました。

 部屋に入るとまたすぐ誰かが電話のダイヤルを回している音が聞こえてきました。

 部屋はまだわたし一人でした。相方はまだ決まっていないとおばちゃんズの一人から聞いてました。食堂の近くで電話に近くて、電話の取次ぎ番をしなくてはならないことが口コミで伝わったせいなのかどうか。

 住んでみてわかりましたが、どうせ日中はいないし、夜は夜で誰かしら電話をしていたのでほとんどかかってこず、四年間で取り次いだのは両手の指だけで数えられるほどしかありませんでした。ですからそのあたりのデメリットはほとんどありませんでした。相方はいてもいなくても気になりませんが、もちろん、いなければいないで、そのメリットはありがたく利用させてもらいました。
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