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第一章 一番を手に入れろ
#4 学園の王子様 Ⅱ
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「このような場で、かの有名なゼーゲンベルク公爵のご子息にお会いできて光栄です」
騎士としての礼を取る兄の隣で、私も慌てて伯爵令嬢としての礼をとる。
「お二人とも顔をあげてください。ここは学園――身分に関係なく過ごす場です。堅苦しい挨拶はなしにしませんか? どうか私のことはフィデリオ、と呼んでください」
完璧な王子様スマイルと物腰柔らかな態度。しかし纏う空気は公爵家という、最上位を背負うだけの気高さがあった。
加えて萎縮しないように、との配慮もかかさない。
「まさに学園の王子様、だね」
こそっと兄が呟いた言葉に同意する。
学園以外でも何度かその姿を拝見したことはある。
だけど、ここまで至近距離でとなると、彼という存在に圧倒されたのはいうまでもない。
「……ん?」
それにしたってイケメンすぎるでしょ。
間違いなく日本……いや、地球で俳優やモデルをやっていてもおかしくないレベルだよ。
実は朝ドラの主演やってましたって言われたら、納得しちゃうもの。
「……あの?」
しかも、声まで良いとか。ソウ様あたりが、二物も三物も与えすぎたんじゃないの?
そもそもこの世界の顔面偏差値が高すぎる。
理事長も童顔だけどカッコいいし、兄様もフィデリオ様に負けず劣らずのイケメンだし。
なにより――――
「そんなに見つめられると、少し照れくさいな」
恥ずかしそうに、頬を少し赤らめた彼の声を聞いて、はっとする。
「え。……あ!」
そこでようやく、自分がぼーっと彼の顔を見つめていたことに気づく。
いま、絶対、顔が真っ赤だと思う。
「し、失礼いたしました……っ」
穴があったら入りたい……いや、誰か埋めて。
「いや、謝る必要はないよ。君のように可憐な女性に見つめてもらえるなんて、とても光栄だよ」
キラッと効果音でも付きそうな微笑みが、向けられる。
この場合、普通の女子ならば頬赤らめて恥じらう、もしくは赤面したまま卒倒したり、俯いたりするのだろう。
だけど私はその笑みを見た瞬間――ゾワッと体に悪寒のようなものが走った。
これが当たり前。この対応こそが求められている、と言いたげに。彼の作り出した笑顔には違和感がない。
まさに完璧。それが、不気味に思えてならなかった。
「リーシェ!! 見つめるなら、僕と見つめ合おう?!」
兄さんに両頬をつかまれ、顔を引っ張られる。
「に、にぃひゃん、いたいれす……っ」
いま、首の辺りからグギッて嫌な音が聞こえたのは気のせいだと思いたい。
「ははは! 若いってのは、いいなぁ!!」
呑気に高笑いしてる暇があったら、助けてください。と、視線で訴えかけたが、理事長はそのあとも笑い続けていた。
その間、王子様はというとあの笑顔のまま、私たちのやり取りを見ていた。
恥ずかしすぎて死にそうなので、もう勘弁してください。
というか、後ろで笑いを必死に堪えてるそこの天使! 助け船くらい出しなさいよ!
フィデリオ様が現れてから、やけに静かだと思ったら、また姿を消したわね!?
「はぁー、笑った笑った。さて、と。戯れはそれくらいにして、みんな座って。話はそれからだ」
戯れの一言で片付けられてしまった……けど、笑いすぎて少し涙目になっている理事長に言われるまま、皆が席につく。
対面に座るフィデリオ様は未だに私を見つめてきているが、気にしないようにしよう。
「さて、さっそく取引についてだが……リーシェリアくん」
「は、はい」
急に真剣な顔つきになり、理事長が足を組む。
流れるような動作と、重みを増した声と表情に、自然と喉をならしてしまう。
「君には――フィデリオくんの婚約者になってもらう」
「…………。」
ちょっと待って。うん、いったん落ち着こう。
だってまさか学園の一番偉い人が、こんな冗談言うわけないよね?
危うく「何言ってるんですか? 寝言は寝て言うもんですよ?」と真顔で返すところだった。
学園の王子様と私が婚約? そんなのあり得ないって。
もう、理事長も人が悪いなあ。さっきの戯れの続きならそう言っておいてくれないと――――
《現実逃避しているところ悪いのですが、どうやら冗談ではないようですよ? まあ、私としては面白いので、そのまま彼に仰ってもいいんですが……ふふっ》
急に、脳裏に響いた声は笑っていた。
誰だと確認せずとも分かる。おかげで正気に戻れたので一呼吸おいてから、心の叫びをぶちまけた。
「はああぁー!!?」
文字通り、叫びだけを。
その場にいた全員(我慢しきれずに、吹き出した天使以外)が、目を丸くしてこっちを見ようが知ったこっちゃない。
「そ、そんなに驚かれるとは想定外だったな……」
「これが驚かずにいられますか!?」
「えー? 嬉しくないの? 婚約」
それを本人であるフィデリオ様の前で言いますか!?
彼の方を向けるはずもなく、ブーブーと唇を尖らせる理事長はなんかイラッとした。
「そういうことじゃなくて……っ! 第一、なんでそんな話になるんですか!」
思わず前のめりになった私を援護するように、隣にいた兄が「そうだそうだ!」と抗議の声をあげる。
「それは君を魔法研究会に渡さないためで……」
「だから、それと婚約になんの関係が――――」
「“リシュドレア召喚祭”は知ってるかな?」
理事長との言い合いを遮るように、凛とした声が響く。
ゆっくりとその声の主――フィデリオ様を見れば、真剣な眼差しがこちらを見つめていた。
「……戦が相次ぎ、国が荒れ果てていた時代。初代リシュドレア国王陛下が、“神龍”と名高い伝説の龍と契約し、国に緑をもたらした伝承。それを元に、彼の功績を讃えること、そして召喚獣たちとの絆が続くことを祈願したお祭り……ですよね?」
リシュドレア王国。それが今、リーシェの住んでいる国だ。
魔力に満ちた森や山に囲まれ、自然豊かな大地の景観をそのままに、近代的な発展もしている。
日本と同じように四季があり、大陸の東端ということで、外海の国との貿易も盛んである。
財政や近隣諸国との関係も良好。国民の生活も安定しており、貴族制度はあれど、そこまでの格差はなく、平和な国……だったと思う。
そこで年に一度、夏に行われるお祭り。それがリシュドレア召喚祭だ。
本来はさっきも言った通りの内容で、出店があったり、サーカス団のショーがあったり、花火が上がったり。
いわゆる異世界風「夏祭り」なのだ。
「確かに民の間ではただのお祭りだ。しかし、それが王族や貴族たちお偉いさんたちの間では話が違ってくる」
理事長の言葉を捕捉するように、ヴァルト兄様が口を開いた。
「この国には現在、六つの学園があるよね?
そのどれもに、この国の未来を背負って立つであろう、貴族様方の令息令嬢が通っている。
彼らは日々勉学に励み、己の知識と力に磨きをかけている。
そこで年に一度その実力を測るため、学園の優秀者を一堂に集め、その力を競う催しがある。それが“裏の召喚祭”だ」
兄様の話に、この場にいる全員が頷く。
ここにいるのはそんな貴族の令息令嬢であり、理事長にいたっては学園関係者だ。知らないはずがない。
私もこの学園に入る時、両親から聞かされた。
学園に入り学ぶことは貴族の義務であり、上位の貴族になればなるほど、この裏の召喚祭に出場することは絶対。
特に魔法科の生徒にとっては、出場こそ最高の誉れ。
そう考える人が多く、この期間はどこかギスギスした空気が、学園内に漂っている。
「一時の戯れ。共に国を支える者同士の力を示すため……と、言えば聞こえはいいが、所詮は勢力争いのようなもんだよ。跡継ぎがどれほど優秀かによって、家名に箔がつくと考える輩が多いんだ」
全く嫌になるよ、と言いたげに理事長が肩をすくめる。
所詮は政治の道具――自分の子供すらそう思うものなのかな。
一庶民であった前世ではそんなこと、考えたことも無かった。
けれど今はこれでも伯爵令嬢。
少しはこういう問題にも目を向けなくてはいけない日が来るのかもしれない。
「そして……魔法研究会はそんなお祭りを、キミの力を試すための実験場にしようと考えている」
理事長や兄様の話と照らし合わせれば分かる。魔法研究会もまた、貴族たちと同じ。
天族――ソロエルの力で、自分たちの地位を上げようという考えが、私を保護するという目的の根源なんだ。
私が魔法研究会に属すれば、その功績は研究会のものになるものね。
「この国は発展している。それは魔法によるものもあるけど、その功績の多くは『魔法道具』の存在だ」
魔法道具。通称『魔具』は、魔力を元に動かすことのできる機械の総称だ。
この世界は魔法のある世界だが、地球にもあった列車やバス、車といったものから、圧力鍋やレンジといった家庭用品までも存在している。
使い方は簡単。ただ、自分の魔力を流し込めばいいだけ。
今では魔力量の少ない人向けに、魔石と呼ばれる魔力を含んだ鉱石で動くものもある。
国民の生活には無くてはならない存在となりつつあるその全ての品を、魔法研究会と対にある組織――魔動力研究会が作った。……と、授業で習った。
「昔こそ並び立ち存在した二つの組織だが、現状では魔法研究会が劣勢を強いられているね」
難しい顔で俯いた理事長は、私宛に届いたあの手紙をつつく。
「よほど、追いつめられているのかもね。それこそ、天に助けを求めるほどに」
姿を隠しているソロエルの方に意識を向ける。
黙り込んでいるようだが、何か思うところがあるのか。少し殺気だった気配がした。
国中の貴族、そして王族が集まる場。そこで力を示せば、自分たちの評価があがる。
そう考えたんだろうけど……。
「……冗談じゃない。そんなことのために、大事な妹を巻き込まないでほしいね」
隣から聞こえた声は怒りに震えていた。
兄様が本気で怒ったことは、一度や二度じゃない。けれど、ここまでの怒気は初めてだと思う。
「まあ、そう重く考えるのはやめよう。
リーシェリアくん、この祭りにはもう一つ、隠された催しがあるんだけど……君は知っているかな?」
皆が、沈んだ顔をしていたからだろうか。
おちゃらけた雰囲気に戻った理事長が、私にウィンクをしてきた。
「えっと……他に、ですか?」
そもそも学園に入る前までは、魔法の知識に触れることすら禁じられていたのだ。
そんな私がこの学園のことや、召喚祭、他にも魔法に関する知識を得たのは最近な訳で……。
考えても、なにも浮かばなかった。
「ふふん、では教えよう! 先の通り、この祭りは全国から貴族様方が集まる大イベント!
その場は争いもあれば、逆に繋がりを得ようと考える者もいるのだ!」
理事長が急に立ち上がったかと思えば、テンション高めに両腕を広げる。
「繋がり! それは古来より血と血を交わらせ、強大となったその血を後世に残すこと!!」
どこから出しているのか分からないほど大きくなる声。
ふははは、と不気味な笑い声まで出てくる始末。
呆れを通り越して、私と兄様、ソロエルは理事長を哀れな目で見る事しか出来なかった。
というか、本当にどうした。
「繋がり!! それ、すなわち――!!」
「“お見合い”も兼ねているんだ」
一瞬、辺りが何とも言えない静けさに包まれる。
天を仰ぎ、勿体ぶらせたあと、盛大にオチを決めようとした理事長。
だがそれは虚しくも、隣で涼し気な微笑みを浮かべた王子様により、奪われたのだった。
めでたしめでたし……って、なんだこれ。
「というか、お見合いですか!?」
驚くべき場所はそこだろう。
ソファーの端でいじけてしまった理事長は置いておいて。爆弾発言を落とした、フィデリオ様を見る。
「召喚祭の出場者は一つの学園から四人、それも男子生徒と女子生徒二人ずつとなっていて、参加者は二人一組となって競うんだ。
これは昔、裏の召喚祭が貴族同士のお見合いのために行われていたからなんだ」
「そう。つまりリーシェリアくんには、召喚祭に参加してもらう為、彼の婚約者になってもらう必要があるんだ!
名付けて『ゼーゲンベルク公爵次男の婚約者に手を出したらどうなるか分かっているのか?作戦』だ!!」
いつの間にか復活した理事長がビシッと、こちらを指さす。
彼の発言も信じられないが、それが作戦ですか!?
名前がそのまますぎるし、もはや取引って言わな――――
「だから、その話はお断りだと何度言えば分かるんだ!!」
ダンッ! と、強く机を叩いて立ち上がった兄様が、理事長をにらみつける。
「リーシェを……大事な妹を嫁になんて行かせないよ! 結婚なんて、まだ早い!!」
どうしよう。リアクションが可愛い一人娘を嫁に行かせたくない父親みたいになってる。
心なしか、兄様の鼻の下にチョビヒゲが見える(幻覚ですが)。
「しょうがないだろう? 」
「しょうがなくない! それに、今の召喚際は男女二組で出場しなくてもいい決まりになってるだろう!」
「そうなんですか?」と、思わずフィデリオ様を見れば、丁寧に返答をしてくれた。
「確か、ヴァルト殿が出場された年からだったと思うよ」
それって……兄様が変えさせた、とか。
まさか、ね?
うん、聞かなかったことにしよう。
「だいたい、学園の理事長ともあろう人が、そんなお粗末な作戦しか思いつかないせいで、リーシェがこんな目にあってるんだからな!」
「なっ、お粗末って……最良な作戦だろう?!
現ゼーゲンベルク公爵閣下は魔動力研究会の第一人者であるわけだし、そのご子息である彼の才能は誰もが認めるものだ。ヴァルトも最初はその気だっただろう?」
うっ、と言葉を詰まらせた兄様の様子から、理事長の言ったことは事実だとわかる。
「けれど、こんなことで魔法研究会が納得するわけない!」
兄様の言いたいことも分かる。
敵対とまではいかなくても、敵視している研究会の身内と関係があれば、牽制になるかもしれないけど……。
あんな手紙を送ってくるほど、天使の力を欲しがっている人たちが、婚約しただけで引き下がるものなのかな。
そもそも婚約するだけでいいなら、召喚祭には出なくていいのでは?
《私も何か引っかかるような気がします。特にその男、何か隠しているような気がしてなりません》
ソロエルの言葉に頷き、彼と共に訝しげな視線を理事長に送ってみる。
すると、それに気づいた彼はギクッと肩を揺らし、視線をそらした。
……怪しすぎでしょ。
なにか、彼から聞き出す方法はないかな。
そんな思念が伝わったのかはわからない。しかし先ほどから空気を変えることに対して、天才的な能力を発揮している“彼”が動いた。
「理事長。本当のことをおっしゃってはどうですか?」
相変わらずのニコニコ顔で、フィデリオ様が理事長を追い詰める。
この機会を私が逃すわけはなく、私も負けじと同じような微笑みを理事長に向けた。
「なにか……隠しているんですか、理事長?」
にこにこ。
「え、いや、その……」
「本当に、作戦はそれだけなんですか? それとも、他に何かあるのでは?」
ニコニコ。
「あ、あの、リーシェリアくん……っ?」
どんどん顔が青ざめていく理事長に、トドメの一発を入れたのやはりこの人でした。
「理事長。言いづらいようでしたら、私が代わりに――」
「わあー!! 待ってくれ、フィデリオくん! わかった! わかった、言うよ! だからそんな恐い顔しないでくれ!」
この通りだ! と、言わんばかりに両手を合わせた理事長は、フィデリオ様が「わかりました」と頷いたの確認して、ホッと息をついた。
もう、フィデリオ様が理事長だって言われても納得できる気がしました。
騎士としての礼を取る兄の隣で、私も慌てて伯爵令嬢としての礼をとる。
「お二人とも顔をあげてください。ここは学園――身分に関係なく過ごす場です。堅苦しい挨拶はなしにしませんか? どうか私のことはフィデリオ、と呼んでください」
完璧な王子様スマイルと物腰柔らかな態度。しかし纏う空気は公爵家という、最上位を背負うだけの気高さがあった。
加えて萎縮しないように、との配慮もかかさない。
「まさに学園の王子様、だね」
こそっと兄が呟いた言葉に同意する。
学園以外でも何度かその姿を拝見したことはある。
だけど、ここまで至近距離でとなると、彼という存在に圧倒されたのはいうまでもない。
「……ん?」
それにしたってイケメンすぎるでしょ。
間違いなく日本……いや、地球で俳優やモデルをやっていてもおかしくないレベルだよ。
実は朝ドラの主演やってましたって言われたら、納得しちゃうもの。
「……あの?」
しかも、声まで良いとか。ソウ様あたりが、二物も三物も与えすぎたんじゃないの?
そもそもこの世界の顔面偏差値が高すぎる。
理事長も童顔だけどカッコいいし、兄様もフィデリオ様に負けず劣らずのイケメンだし。
なにより――――
「そんなに見つめられると、少し照れくさいな」
恥ずかしそうに、頬を少し赤らめた彼の声を聞いて、はっとする。
「え。……あ!」
そこでようやく、自分がぼーっと彼の顔を見つめていたことに気づく。
いま、絶対、顔が真っ赤だと思う。
「し、失礼いたしました……っ」
穴があったら入りたい……いや、誰か埋めて。
「いや、謝る必要はないよ。君のように可憐な女性に見つめてもらえるなんて、とても光栄だよ」
キラッと効果音でも付きそうな微笑みが、向けられる。
この場合、普通の女子ならば頬赤らめて恥じらう、もしくは赤面したまま卒倒したり、俯いたりするのだろう。
だけど私はその笑みを見た瞬間――ゾワッと体に悪寒のようなものが走った。
これが当たり前。この対応こそが求められている、と言いたげに。彼の作り出した笑顔には違和感がない。
まさに完璧。それが、不気味に思えてならなかった。
「リーシェ!! 見つめるなら、僕と見つめ合おう?!」
兄さんに両頬をつかまれ、顔を引っ張られる。
「に、にぃひゃん、いたいれす……っ」
いま、首の辺りからグギッて嫌な音が聞こえたのは気のせいだと思いたい。
「ははは! 若いってのは、いいなぁ!!」
呑気に高笑いしてる暇があったら、助けてください。と、視線で訴えかけたが、理事長はそのあとも笑い続けていた。
その間、王子様はというとあの笑顔のまま、私たちのやり取りを見ていた。
恥ずかしすぎて死にそうなので、もう勘弁してください。
というか、後ろで笑いを必死に堪えてるそこの天使! 助け船くらい出しなさいよ!
フィデリオ様が現れてから、やけに静かだと思ったら、また姿を消したわね!?
「はぁー、笑った笑った。さて、と。戯れはそれくらいにして、みんな座って。話はそれからだ」
戯れの一言で片付けられてしまった……けど、笑いすぎて少し涙目になっている理事長に言われるまま、皆が席につく。
対面に座るフィデリオ様は未だに私を見つめてきているが、気にしないようにしよう。
「さて、さっそく取引についてだが……リーシェリアくん」
「は、はい」
急に真剣な顔つきになり、理事長が足を組む。
流れるような動作と、重みを増した声と表情に、自然と喉をならしてしまう。
「君には――フィデリオくんの婚約者になってもらう」
「…………。」
ちょっと待って。うん、いったん落ち着こう。
だってまさか学園の一番偉い人が、こんな冗談言うわけないよね?
危うく「何言ってるんですか? 寝言は寝て言うもんですよ?」と真顔で返すところだった。
学園の王子様と私が婚約? そんなのあり得ないって。
もう、理事長も人が悪いなあ。さっきの戯れの続きならそう言っておいてくれないと――――
《現実逃避しているところ悪いのですが、どうやら冗談ではないようですよ? まあ、私としては面白いので、そのまま彼に仰ってもいいんですが……ふふっ》
急に、脳裏に響いた声は笑っていた。
誰だと確認せずとも分かる。おかげで正気に戻れたので一呼吸おいてから、心の叫びをぶちまけた。
「はああぁー!!?」
文字通り、叫びだけを。
その場にいた全員(我慢しきれずに、吹き出した天使以外)が、目を丸くしてこっちを見ようが知ったこっちゃない。
「そ、そんなに驚かれるとは想定外だったな……」
「これが驚かずにいられますか!?」
「えー? 嬉しくないの? 婚約」
それを本人であるフィデリオ様の前で言いますか!?
彼の方を向けるはずもなく、ブーブーと唇を尖らせる理事長はなんかイラッとした。
「そういうことじゃなくて……っ! 第一、なんでそんな話になるんですか!」
思わず前のめりになった私を援護するように、隣にいた兄が「そうだそうだ!」と抗議の声をあげる。
「それは君を魔法研究会に渡さないためで……」
「だから、それと婚約になんの関係が――――」
「“リシュドレア召喚祭”は知ってるかな?」
理事長との言い合いを遮るように、凛とした声が響く。
ゆっくりとその声の主――フィデリオ様を見れば、真剣な眼差しがこちらを見つめていた。
「……戦が相次ぎ、国が荒れ果てていた時代。初代リシュドレア国王陛下が、“神龍”と名高い伝説の龍と契約し、国に緑をもたらした伝承。それを元に、彼の功績を讃えること、そして召喚獣たちとの絆が続くことを祈願したお祭り……ですよね?」
リシュドレア王国。それが今、リーシェの住んでいる国だ。
魔力に満ちた森や山に囲まれ、自然豊かな大地の景観をそのままに、近代的な発展もしている。
日本と同じように四季があり、大陸の東端ということで、外海の国との貿易も盛んである。
財政や近隣諸国との関係も良好。国民の生活も安定しており、貴族制度はあれど、そこまでの格差はなく、平和な国……だったと思う。
そこで年に一度、夏に行われるお祭り。それがリシュドレア召喚祭だ。
本来はさっきも言った通りの内容で、出店があったり、サーカス団のショーがあったり、花火が上がったり。
いわゆる異世界風「夏祭り」なのだ。
「確かに民の間ではただのお祭りだ。しかし、それが王族や貴族たちお偉いさんたちの間では話が違ってくる」
理事長の言葉を捕捉するように、ヴァルト兄様が口を開いた。
「この国には現在、六つの学園があるよね?
そのどれもに、この国の未来を背負って立つであろう、貴族様方の令息令嬢が通っている。
彼らは日々勉学に励み、己の知識と力に磨きをかけている。
そこで年に一度その実力を測るため、学園の優秀者を一堂に集め、その力を競う催しがある。それが“裏の召喚祭”だ」
兄様の話に、この場にいる全員が頷く。
ここにいるのはそんな貴族の令息令嬢であり、理事長にいたっては学園関係者だ。知らないはずがない。
私もこの学園に入る時、両親から聞かされた。
学園に入り学ぶことは貴族の義務であり、上位の貴族になればなるほど、この裏の召喚祭に出場することは絶対。
特に魔法科の生徒にとっては、出場こそ最高の誉れ。
そう考える人が多く、この期間はどこかギスギスした空気が、学園内に漂っている。
「一時の戯れ。共に国を支える者同士の力を示すため……と、言えば聞こえはいいが、所詮は勢力争いのようなもんだよ。跡継ぎがどれほど優秀かによって、家名に箔がつくと考える輩が多いんだ」
全く嫌になるよ、と言いたげに理事長が肩をすくめる。
所詮は政治の道具――自分の子供すらそう思うものなのかな。
一庶民であった前世ではそんなこと、考えたことも無かった。
けれど今はこれでも伯爵令嬢。
少しはこういう問題にも目を向けなくてはいけない日が来るのかもしれない。
「そして……魔法研究会はそんなお祭りを、キミの力を試すための実験場にしようと考えている」
理事長や兄様の話と照らし合わせれば分かる。魔法研究会もまた、貴族たちと同じ。
天族――ソロエルの力で、自分たちの地位を上げようという考えが、私を保護するという目的の根源なんだ。
私が魔法研究会に属すれば、その功績は研究会のものになるものね。
「この国は発展している。それは魔法によるものもあるけど、その功績の多くは『魔法道具』の存在だ」
魔法道具。通称『魔具』は、魔力を元に動かすことのできる機械の総称だ。
この世界は魔法のある世界だが、地球にもあった列車やバス、車といったものから、圧力鍋やレンジといった家庭用品までも存在している。
使い方は簡単。ただ、自分の魔力を流し込めばいいだけ。
今では魔力量の少ない人向けに、魔石と呼ばれる魔力を含んだ鉱石で動くものもある。
国民の生活には無くてはならない存在となりつつあるその全ての品を、魔法研究会と対にある組織――魔動力研究会が作った。……と、授業で習った。
「昔こそ並び立ち存在した二つの組織だが、現状では魔法研究会が劣勢を強いられているね」
難しい顔で俯いた理事長は、私宛に届いたあの手紙をつつく。
「よほど、追いつめられているのかもね。それこそ、天に助けを求めるほどに」
姿を隠しているソロエルの方に意識を向ける。
黙り込んでいるようだが、何か思うところがあるのか。少し殺気だった気配がした。
国中の貴族、そして王族が集まる場。そこで力を示せば、自分たちの評価があがる。
そう考えたんだろうけど……。
「……冗談じゃない。そんなことのために、大事な妹を巻き込まないでほしいね」
隣から聞こえた声は怒りに震えていた。
兄様が本気で怒ったことは、一度や二度じゃない。けれど、ここまでの怒気は初めてだと思う。
「まあ、そう重く考えるのはやめよう。
リーシェリアくん、この祭りにはもう一つ、隠された催しがあるんだけど……君は知っているかな?」
皆が、沈んだ顔をしていたからだろうか。
おちゃらけた雰囲気に戻った理事長が、私にウィンクをしてきた。
「えっと……他に、ですか?」
そもそも学園に入る前までは、魔法の知識に触れることすら禁じられていたのだ。
そんな私がこの学園のことや、召喚祭、他にも魔法に関する知識を得たのは最近な訳で……。
考えても、なにも浮かばなかった。
「ふふん、では教えよう! 先の通り、この祭りは全国から貴族様方が集まる大イベント!
その場は争いもあれば、逆に繋がりを得ようと考える者もいるのだ!」
理事長が急に立ち上がったかと思えば、テンション高めに両腕を広げる。
「繋がり! それは古来より血と血を交わらせ、強大となったその血を後世に残すこと!!」
どこから出しているのか分からないほど大きくなる声。
ふははは、と不気味な笑い声まで出てくる始末。
呆れを通り越して、私と兄様、ソロエルは理事長を哀れな目で見る事しか出来なかった。
というか、本当にどうした。
「繋がり!! それ、すなわち――!!」
「“お見合い”も兼ねているんだ」
一瞬、辺りが何とも言えない静けさに包まれる。
天を仰ぎ、勿体ぶらせたあと、盛大にオチを決めようとした理事長。
だがそれは虚しくも、隣で涼し気な微笑みを浮かべた王子様により、奪われたのだった。
めでたしめでたし……って、なんだこれ。
「というか、お見合いですか!?」
驚くべき場所はそこだろう。
ソファーの端でいじけてしまった理事長は置いておいて。爆弾発言を落とした、フィデリオ様を見る。
「召喚祭の出場者は一つの学園から四人、それも男子生徒と女子生徒二人ずつとなっていて、参加者は二人一組となって競うんだ。
これは昔、裏の召喚祭が貴族同士のお見合いのために行われていたからなんだ」
「そう。つまりリーシェリアくんには、召喚祭に参加してもらう為、彼の婚約者になってもらう必要があるんだ!
名付けて『ゼーゲンベルク公爵次男の婚約者に手を出したらどうなるか分かっているのか?作戦』だ!!」
いつの間にか復活した理事長がビシッと、こちらを指さす。
彼の発言も信じられないが、それが作戦ですか!?
名前がそのまますぎるし、もはや取引って言わな――――
「だから、その話はお断りだと何度言えば分かるんだ!!」
ダンッ! と、強く机を叩いて立ち上がった兄様が、理事長をにらみつける。
「リーシェを……大事な妹を嫁になんて行かせないよ! 結婚なんて、まだ早い!!」
どうしよう。リアクションが可愛い一人娘を嫁に行かせたくない父親みたいになってる。
心なしか、兄様の鼻の下にチョビヒゲが見える(幻覚ですが)。
「しょうがないだろう? 」
「しょうがなくない! それに、今の召喚際は男女二組で出場しなくてもいい決まりになってるだろう!」
「そうなんですか?」と、思わずフィデリオ様を見れば、丁寧に返答をしてくれた。
「確か、ヴァルト殿が出場された年からだったと思うよ」
それって……兄様が変えさせた、とか。
まさか、ね?
うん、聞かなかったことにしよう。
「だいたい、学園の理事長ともあろう人が、そんなお粗末な作戦しか思いつかないせいで、リーシェがこんな目にあってるんだからな!」
「なっ、お粗末って……最良な作戦だろう?!
現ゼーゲンベルク公爵閣下は魔動力研究会の第一人者であるわけだし、そのご子息である彼の才能は誰もが認めるものだ。ヴァルトも最初はその気だっただろう?」
うっ、と言葉を詰まらせた兄様の様子から、理事長の言ったことは事実だとわかる。
「けれど、こんなことで魔法研究会が納得するわけない!」
兄様の言いたいことも分かる。
敵対とまではいかなくても、敵視している研究会の身内と関係があれば、牽制になるかもしれないけど……。
あんな手紙を送ってくるほど、天使の力を欲しがっている人たちが、婚約しただけで引き下がるものなのかな。
そもそも婚約するだけでいいなら、召喚祭には出なくていいのでは?
《私も何か引っかかるような気がします。特にその男、何か隠しているような気がしてなりません》
ソロエルの言葉に頷き、彼と共に訝しげな視線を理事長に送ってみる。
すると、それに気づいた彼はギクッと肩を揺らし、視線をそらした。
……怪しすぎでしょ。
なにか、彼から聞き出す方法はないかな。
そんな思念が伝わったのかはわからない。しかし先ほどから空気を変えることに対して、天才的な能力を発揮している“彼”が動いた。
「理事長。本当のことをおっしゃってはどうですか?」
相変わらずのニコニコ顔で、フィデリオ様が理事長を追い詰める。
この機会を私が逃すわけはなく、私も負けじと同じような微笑みを理事長に向けた。
「なにか……隠しているんですか、理事長?」
にこにこ。
「え、いや、その……」
「本当に、作戦はそれだけなんですか? それとも、他に何かあるのでは?」
ニコニコ。
「あ、あの、リーシェリアくん……っ?」
どんどん顔が青ざめていく理事長に、トドメの一発を入れたのやはりこの人でした。
「理事長。言いづらいようでしたら、私が代わりに――」
「わあー!! 待ってくれ、フィデリオくん! わかった! わかった、言うよ! だからそんな恐い顔しないでくれ!」
この通りだ! と、言わんばかりに両手を合わせた理事長は、フィデリオ様が「わかりました」と頷いたの確認して、ホッと息をついた。
もう、フィデリオ様が理事長だって言われても納得できる気がしました。
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