二度目の人生も貴方に捧げます!(仮)

諏訪カノン

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第一章 一番を手に入れろ

#3 学園の王子様 Ⅰ

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しばらくして、この学校で一番豪華な扉の前に着いた。
木で出来た扉はダークブラウン色の両開きで、取っ手は金。触るのを躊躇ってしまいそうな扉を兄がノックすると、中から「入りなさい」と低めの男性声が聞こえてきた。
ギギギ……と、重厚感のある音を響かせて扉が自然と開く。

「行こうか」

知らずに緊張で汗ばんでいた手を握り直し、兄が部屋の中に足を踏み入れようとする。

「いや、さすがに手を繋いでちゃマズいでしょうが!」

はっと我に返り、無理やり手を離す。それが気にくわなかったのか、面倒くさい兄モードが発動した。

「え~!? 理事長公認の兄妹愛だよ? 今更、恥ずかしがることはないよ!」

「公認!? そんなわけないでしょ! そう思ってるのは兄様だけですよ!」

「そんなことはない! 僕の妹は世界で……いや。例え異世界だろうと一番の可愛さで――」

「これ以上、言ったら絶交ですよ」

あえて冷たくすると、途端に兄は青ざめた。

「ええ!? そ、それだけは嫌だ……けど、手を繋ぎたいぃー!」

「どんだけ欲望のままに生きてるんですか!?」

唇を尖らせてブーブー文句を言いながら、手を繋ごうとする兄。
それをなんとか抑え込んでいると、部屋の奥から「ぶふっ!」と噴き出す音が聞こえた。

(そういえば、ここ……理事長室だった)

「何やってるんですか」という、天使様の声は無視だ。
今までのやりとりを思い出して、羞恥に顔を俯かせながら、改めて部屋の奥へ進む。
何も言わない理事長が怖くて、私の顔と同じくらい真っ赤な絨毯が視界を埋めつくす。
というかそれしか見えません!
どどど、どうしよう。こ、ここは素直に謝った方が勝ちだ! 何の勝負もしてませんけどね!

「あ、あの、もうしわけ――!」

「くっは! も、もう駄目だ! あはははは!」

部屋中に響き渡る笑い声。驚いて顔を上げると、一人の男性がこちらに背を向け、笑っていらっしゃいました。

「いや~、相変わらずヴァルトはシスコンだが、リーシェリア嬢もなかなか……ぶふっ!」

身にまとう黒いローブと深紅の長髪を揺らしながら、彼はこちらを振り返る。笑い過ぎて涙を流す橙色の瞳と正面から目が合う。
すらりとした体型、可愛らしい顔立ち。とても三十歳には見えない彼こそが、この学園の理事長――ハクセン・ヴェス・シギラスだ。

「僕の彼女への愛は永久不滅だと言っただろう」

「それはお前がこの学園にいたころ、五年も前の話だろう?」

「他の誰に何を言われたって構わない。リーシェは僕だけの――むぐっ」

「ホントもういいから」

このまま口を塞ぎ続けたら黙ってくれるだろうか。と、思ったところでこの人は止まらないだろう。この空気を読まない感じとか、我が道を行く感じ……経験あるしね。
誰、とは言わない。ヒントは「タ」で始まって「カ」で終わる記憶喪失の人です。

「あ~、笑わせてもらった。改めて、よろしくね。シュトラ家秘蔵のご令嬢リーシェリア・メル・シュトラさん」

「は、はい。よろしくお願いします」

秘蔵のってどういう意味だ。箱入りってわけでもないのに。
そんなことを考えていると、部屋の真ん中に設置された応接用のフカフカなソファーに座るよう促された。
私たちが座ると、高級そうな漆が塗られたような光沢のあるローテーブルを挟み、向かいの同じソファーに理事長は豪快に腰かけた。

「それにしても、到着は朝の内だと思っていたんだがな」

「申し訳ありません。今朝、ちょっとした問題がありまして……」

隣に座る兄にこっそりと視線を送れば、理事長は納得したように頷いてくれた。

「なるほど。ヴァルトが原因か」

「酷いな。僕は愛しい妹との時間を大切にしているだけだよ。一分、一秒まで無駄にできない」

「はいはい、もういいから」

もう相手にするだけ無駄だ。今日一日で学びました。
それよりも、先ほどから気になることがあったので、理事長に尋ねてみる。

「あの、理事長は兄と親しいように見えたのですが、何か理由でも?」

兄はここの卒業生なのだから、接点があるのは不思議に思わなかった。けれどお互いに、こんなにも砕けた態度なのは何故なのか。

「ああ、簡単だよ。君のお兄さんはこの学園始まって以来の超~~~問題児だったからね。僕が何度彼をこの部屋に呼んだことか」

遠い目をする理事長に、納得せざるを得ない。
やんちゃだったとは聞いていたが、そこまでだったとは思わなかった。
どうりで私とジンが先生たちに白い目でみられるわけだ。

「まあ、その話はまた今度するとして……本題に入ろうか」

理事長が真剣な顔つきになる。一瞬にして空気が張りつめた。
今度、というのは勘弁してもらいたいが、初めて上に立つ者の威厳というものを見た気がした……のだが。

「……その前に、そこにいらっしゃる天族の方のお姿を拝見したいのだが、構わないだろうか!?」

途端に少年のような顔つきになったかと思うと、興味深そうに私の左後ろを見つめる理事長。
この世界の人は話を脱線させる人しかいないのか。と、普段の私なら呆れたことだろう。
けれどそれすら出来ないほど、私は目の前の彼に驚きを隠せずにいた。

「理事長は、ソロエルが見えるのですか……?」

契約者である私の魔力は少ないと言えど、ソロエルはソウ様の眷属、つまり高位天使だ。
そんな彼の姿隠しの魔法を見破ったということは、理事長はソロエル同等の、もしくはそれ以上の魔力を持っているということになる。
この学園の理事を務めているのだから、多少は強い魔力を持っているとは思っていた。
けれど彼は私の想像以上に、魔術師の中でも最高クラスなのだろう。
とにかく。彼の前で姿を隠す必要もないので、ソロエルに姿隠しの魔法を解くように視線を送る。
彼は頷くと、眩い光を纏い、背に純白の羽を二枚広げながら、まるでミュージカルスターのように現れた。彼なりのサービスらしい。

「これは……。この美しい輝き、大天使……いや、熾天使か!!」

橙色の瞳をキラキラと輝かせて、食い入るように見つめる理事長。
居心地悪そうに眉をひそめるソロエルはスッと、分からない範囲で私の背に隠れた。
自分でやった演出のくせに……。
案外カワイイところもあるじゃない。と、ニヤニヤしていたのがバレたのか、モノクル越しに鋭く睨まれてしまった。

「これほどまでに高位な天族と契約してしまうとは……やはりあの話を進めた方がよさそうだな」

ガタッと隣から荒々しく立ち上がる音が響く。

「それは! あの話はなかったことにと、あれほど!」

「だがこの話が彼女にとって最良だろう。お前も本当はそう思っているだろう?」

理事長の含みのある言い方に、兄様は言葉を詰まらせると渋々、ソファーに腰かけた。
というか、さっきから何なんだ。勝手に話を進めないでよ。
そんな私の視線に気づいてか、理事長は懐から1枚の封筒を取り出した。

「まずはこれを見てくれ」

封筒の中には3つ折りにされた、白い紙が1枚。
手渡されたそれを不思議に思いながらゆっくりと開き、中の文章に目を通す。

《拝啓 学園理事長殿

先日の天族召喚事件について、王立魔法研究会の決定をここに記す。
我が研究会は天族召喚および、天族との契約をせしリーシェリア・メル・シュトラの身柄を“保護”することを決定した。
これは通告であると共に、警告である。
この決定に背く場合、我ら研究会はどんな手段をも辞さない覚悟であることを、ご理解いただきたい。
3日後、使者を向かわせる。その際にリーシェリア・メル・シュトラの身柄をこちらに引き渡してもらいたい。

以上

王立魔法研究会 会長リーム・ベスコート》

インク字で綴られた単調な文章。
それを読み終え、私はゆっくりと顔をあげる。
正面に座る理事長の真剣な表情は、この手紙の内容が本物であることを告げていた。

「今朝方、研究会のお偉いさんが供をつけて訪れた。と、いってもその手紙の内容を読んだだけで帰っていったんだけどね。
……文面の端々からも伝わるとは思うけど、研究会は君を欲しがっている。
強大な力を持つ君を隔離し、他国にその存在を隠すと同時に、天族の力を研究したいのだろう」

なに、それ……。
つまりは体のいい監禁ってこと?
目的は……人体実験ということだろうか。
言葉にするとその恐ろしさに身体が震えた。

「大丈夫だよ」

冷たくなっていく私の手に、兄様が自分の手を重ねてくれた。

「僕が絶対にそんなことはさせない。だからこうして、ここを訪れたんだ」

そう言ってヴァルト兄様は、理事長に視線を向ける。
彼の視線を受け、理事長はゆっくりと頷き、私に微笑みかけてくれた。

「ああ。私も大事な生徒をそんなことに利用されるのは我慢ならないからね。そこで、だ。君を渡さないために、私は王立魔法研究会と、ある取り引きをした」

「取り引きですか?」

私の問いに答えるように、理事長は1つ頷くと背後の扉に向かって「入りなさい」と、声をかけた。
そこで初めて、この場にはもう一人の存在があったことに気づく。
理事長室の隣、書庫として使われている部屋の扉が開き、中から姿を現したのは―――。

「失礼いたします」

1度聴いたら忘れられそうにない、少し甘めの凛とした男性声。顔立ちはどこかの王子様だと言われれば、誰もが信じてしまいそうに端正だ。
金糸のようにサラサラな髪と宝石のような青い瞳が、それをより一層、際立たせている。
同じ学園の生徒だというのに、佇まいやら何もかもが精練され、まるで1つの絵画をみているようだ。

「たぶん、知らない訳はないと思うんだけど……」

当たり前だ。
彼を知らないなんて、この学園の生徒では考えられない。
むしろ知らないと言った時点で、全校生徒のイジメの対象になりかねない。

「今回の取り引きに関して、彼がもっとも適任だと思って、呼んでおいたんだ」

赤い絨毯を歩く彼は、さながらハリウッド俳優のようだ。
理事長の隣まで移動すると、彼は私たちに向かって恭しく腰を折る。

「ヴァルト・シュトラ殿にはお初にお目にかかります。私はフィデリオ・ユーロ・ゼーゲンベルクと申します。どうぞよろしくお願いいたします」

礼をしただけなのに、目を奪われる。
顔を上げた彼がにっこりと微笑み、ドキッとしたのは言うまでもない。なにせ彼こそが、この学園の王子様と呼ばれる人物、その人なんだから。
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