二度目の人生も貴方に捧げます!(仮)

諏訪カノン

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序章 転生

#2 前世

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季節は冬。日本ではこの日、『一人の女性が交通事故に巻き込まれて“死亡”した』という事件が大きく報道された――――


 報道の三時間ほど前、都内某所。車の通りが激しい交差点で、横断歩道の信号が変わるのを待つ人の中にある男女がいた。
彼等は共に二十一歳。結婚まで考えている何とも羨ましく、微笑ましい関係だ。
その日二人はデート帰りに婚約指輪を決め、嬉しそうに笑い合っていた。

「良いのが見つかってよかったな」

そう言って微笑む男性に、女性は嬉しそうに頬を染めた。

「そうだね!」

大事そうに両手で指輪の入った箱を抱えた彼女の名は笠木美桜かさぎみお
黒に近い茶色のショートヘアーとナチュラルメイク。服装は胸元にパールのついた紺のインナーと白地に花柄のスカート。上にダッフルコートを羽織り、下はブーツを履いている。落ち着いた印象を受ける彼女はそこそこの美人だ。

そして、隣に立つ彼の名は柳井幸宏やないゆきひろ
短めの癖のある黒髪。服装はチャコールグレーのコートに下がカーキのズボン。靴は黒のショートブーツで、首元には紺色と白のマフラーが巻かれていた。
大学でも彼を知る人たちから「インテリイケメン」と言われるくらい美形であり、特に女子からの人気が高い。

そんな二人は同じ大学に通い、付き合ってもうすぐ三年になろうとしていた。
高校の時に幸宏の方から告白し、大学に入ってからは「卒業したら結婚しよう」と互いに幸せな未来を描いていた。

「そうだ、美桜」

「ん? なに?」

「実は…おれっ!?」

──ドンッ!

美桜が幸宏を見上げた瞬間、彼は背を押され、二、三歩前へと簡単に押し出されてしまう。信号はまだ赤だった。
そこへ一台の大型トラックが猛スピードで走ってくる。激しくなるクラクションに美桜は顔を青ざめ、幸宏は呆然と美桜を見つめる。

「っ――幸宏!!!」

誰もが彼の無惨な姿を想像しただろう。
けれど彼は車との間に飛び出した”影“に突き飛ばされ、歩道へとその身体を戻される。
そして変わりに、突き飛ばした彼女・美桜の体が車の前に投げ出された。

──キキイイィーー!! ドンッ!!

大きなブレーキ音と何かがぶつかる音が響く。
小さな藍色の箱が赤色の模様を付けて宙を舞い、カツンッと音を立てて道路に落ちた。

「うそ…だよな?」

道路に広がる鮮血の赤色。ぴくりとも動かない愛しい人を前に、幸宏は力なく手を伸ばした。

「み、お…っ! 美桜ぉーー!!!」

悲痛な叫びが、美桜に聞こえた。遠くでは救急車やパトカーのサイレンが鳴っている。

(ゆきひろ…どうか……わたしのぶんまで、ながいきしてね? …だいすき)

そんな在り来たりな言葉しか浮かばなかった。
口に出していたかも分からない。
ただ、幸宏の顔が涙でぐしゃぐしゃになっていて、手と頬に大好きな温もりを感じた。
それが――『美桜』の最後の記憶だった。


         * ** *


「覚えていることは話したんだから、約束通りそっちも話してくれるのよね?」

そう言って、白く丈の長いワンピースに身を包み、目の前の男性を睨みつめる。

「はい、約束ですしお話しいたしますね」

上下白のタキシードに、白の手袋。髪は短めの銀色で金縁のモノクルから覗く瞳は翡翠に似ていた男は、手元の小さな手帳と万年筆を胸ポケットに仕舞うと恭しく頭を下げた。その背には白く輝く羽が二枚、広げられている。

「先程も申し上げた通り、私は『案内天使 ソロエル三世』と申します。気軽にソロエルとお呼び下さい。笠木美桜殿、あなたは恋人を庇い、天に召されましたことを此処にお伝えいたします」

目の前の自称天使・ソロエルの言葉に『私』はもう一度辺りを見回す。

――意識が途切れた後、目を覚ましてからの第一声は「おお、めっちゃファンタジー」だった。
目の前に広がるのは白くもふもふでフワフワの白い雲が地面となって遠くまで続き、空も薄ピンク色という何とも不思議な光景。その雲の上に立っていた私も次第にここは天国なのではと思い始めていた時に、ソロエルが目の前に現れた。
そして「貴女の知っている事故のことを教えてほしい」と頼まれ、先程まで知っていること全てを話していたというわけだ。

「ここが天国だということは……………まあ、信じることにする」

同じ様に白いワンピースに(老若男女問わず)身を包んだ人達がソロエルのように羽のある人達と共にいる光景を見ては信じるしかないだろう。

「間が気になりますが、ありがとうございます」

「それで、あの後どうなったの? てか、アナタ。三世って、天使にも世代交代みたいなのってあるの? そうだ! 幸宏! 幸宏は無事よね!?」

ソロエルに詰め寄って必至に訴えかける。

「落ち着いて下さい、順を追って説明いたしますから」

彼は制しの声を上げると、コホンと一つ喉を鳴らし、静かに口を開いた。

「最初に言った通り、下界では貴女の事が大きなニュースとなっております。
それは……アナタの事件後、新たな事件が起きたからです」

「それって、何?」

嫌な予感しかしない。けれどソロエルの言葉を待つ。

「助けた恋人、つまりは柳井幸宏様が……自殺、なされたのです」

「っ!?」

「こちらが掴んだ情報ですと、トラックを運転していた方は貴女が亡くなった後、搬送された病院で息を引き取り、柳井幸宏様は事件の翌日に。
また、貴女同様に事故に巻き込まれて亡くなった方がもう一人いまして、その方も私の管轄になったのでこれから会いに行きますが…。
と、まあ関係者が次々に亡くなるという非常事態に警察やマスコミといった者達が騒ぎ立て、大きなニュースになったようですね」
 
「うそ、よ……幸宏が自殺なんて…っ」

思わず口元を手で覆い、ショックのあまりふらついてしまう。
他に誰かが亡くなった。ニュースで大きく取り上げられた。それら全ての情報は抜け落ち、「幸宏の自殺」という情報しか頭に残らない。

「天使は嘘を嫌いますので、真実です」

少しくらいオブラートに包めないのか、と思うほどバッサリと真実を言ってのけるソロエルに、少しショックから立ち直る。というか怒りの感情が湧いた。

「そこまで知ってるなら、何で私が死ぬ前の事を“私”に聞くのよ!」

「……。自殺とは、自分で自分を殺すことを意味します。ここでは殺人を犯した者より、自殺した者の方が罪が重いのです。ですが、自殺者には必ず理由があります。それを今回調べることになったのが、私ソロエル三世で御座います。
事件の細かな詳細が聞きたかったので……」

「幸弘の自殺前に起きた私の事故にヒントがあるんじゃないのかって考えたわけね」

「お察しが早く、助かります」

ニコニコと笑顔を絶やさないソロエルに、怒りを覚えつつも恋人の事を考える。

(あの時、死んで欲しくなくて助けたのに……どうして自殺なんてしたのよ、幸弘っ)

ポロポロと溢れた涙が頬を伝っていく。
自分の命と引き換えに助けた命は、自分の死後――自らの意志で絶ったという。
幸弘への怒りと悲しみよりも、自分の死によって『幸弘』という最愛の人を死に追いやってしまったことに怒りと後悔が胸を締めた。

「ぐすっ…幸弘…っ」

「美桜さん…。あの、悲しみに暮れているところ申し訳ありません。実はまだご説明していないことがあるのです」

ようやく収まってきた涙を拭って顔上げた時に、ソロエルはバツが悪そうに顔をしかめる。

「ここ天国、天界とも呼ばれる場所は所謂『人生の終着駅』という訳では無いのです」

「はい…?」

てっきりそういうものだと思っていたので、思わず聞き返してしまう。

「死した魂はここで消えるとか、永遠に暮らすとかではなく、此処で新たに生まれ変わる。つまりは……“転生”する事が出来るのです。そして、そこで活躍するのが『来世ポイント』です」

「へ? ポイント??」

この場にそぐわない現代の言葉を聞いて、首を傾げる。
けれどソロエルは一つ頷くと右手の人差し指を立て、自分の口に当てた。

「これから話す事は一部の人のみが知ることなので、他言無用でお願い致します」

「は、はあ…」

ソロエル三世の話はこうだ。
皆、死ぬまでに『良い行い』を一つくらいはしたことがある。
その数は人それぞれで、要はその『良い行い』の分だけ人は《来世ポイント》を持っているということだった。ポイントの振り分けは神様の『気分』で決まるらしい。
そしてそのポイントは次の「命」、つまりは来世の自分に様々なオプションを付けることが出来るという。
たとえば「とんでもない美少女にして!」「魔法を使えるようにして!」などだ。
自分の欲求に素直になることが良いらしい(ソロエルの言葉)。

「つまり人助けなんかをしたらそれは自然に貯まって、死んだ時にどれだけ貯まっていたかが分かり、そのポイントに応じて次に転生する際の条件が良いものになる。けれど貯まってるかどうかは神様次第…ってことね?」

「そういうことです。因みにこの先にある『転生マーケット』という場所でオプションを手に入れることが出来ますよ」

「なに、その買い物システム…」

「面白いでしょう?」

初めて見せるソロエルの笑顔はどこか誇らしげだ。
そのことからもこのシステムを考えたのは彼、または彼に近しい存在だと分かる。

「じゃあ私もそこに行けばいいのね?」

「あ、いえ。先程もお伝えした通り、私は柳井幸宏様について調べています。ですので……」

「もう私が知ってることは全部話したわ。生年月日とか既に知ってそうだし……他に新しい情報は持ってないわ。そりゃあ、私も幸宏の気持ちとか色々知りたいけど」

言外に「自分はもう役に立たない」と告げる。
するとソロエルはニコリと張り付けたような笑みを浮かべた。

「では、問題ないですね」

「へ?」

そう言って驚く私を横抱きにすると、ソロエルは背に生えた羽を大きく動かし、雲の上から飛び立った。

「あの…驚かないんですか?」

無言の飛行を続けてから数分後、そう問いかけてきたソロエルを見上げる。

「これでも十分驚いてるけど?」

「いえ、もっとこう”キャー“とか、”ぎゃー“とか。叫ぶものだと思っていたので…」

視線を下に落とせば、同様に死した人達が驚き顔で自分たちを見上げていた。中には指をさしてこちらを示すものもいれば、ソロエルの同業者といえる天使たちには呆れた視線を向けられた。

「わかった。お望みとあらば――」

「結構です。」

思いっきり叫んでやろうと思ったのに。
ジトッとした目を向けられたので、とりあえず舌打ちをしておいた。

「美桜さんって……実はとんでもなく非常識な方では?」

「本人を前にそう言っちゃう貴方こそ非常識でしょうが。だいたい、いきなり女の子をお姫様抱っこしただけでなく、何の説明もなしに空を飛ぶとか無茶苦茶だわ」

「私は天使ですから、人間の常識など知りません。それにここは天国、それこそ人間世界の秩序や決まり事は無意味ではないですか?」

「ぐっ…」

反論出来ずに黙り込んだ私を見て、ソロエルは意地悪な笑みを浮かべた。
なんだろう。凄くムカつくぞ、この天使。

――ここでは時間の経過というモノがあるのかは分からないが、自分の感覚からして数分後。ソロエルが降り立ったのは、まさにファンタジー要素溢れる真っ白な神殿のある雲の上だった。
目の前には長い階段が続き、その上にはひび割れも汚れも無い純白の建物が見える。例えるならローマ神殿だろうか。

「ここから先へ進むことを私はまだ許されておりません。貴女一人でお進みください。そこで貴女と話しをしたいと仰る方々がいらっしゃいます」

階段の前に、ソロエルがそっと私を下ろす。

「えっと…それは強制? 拒否権は無し?」

静かに、力強く頷くソロエル。何だかんだ言って、彼が今まで一緒にいてくれたことに心強さを感じていたのだろう。無意識に胸の前で拳を握った。

「大丈夫です。この先で待っている方々は、決して貴女に危害を加えるような方たちではありませんから」

「そ、そうですか…」

励ましてくれたのだろうが逆効果だ。
裏を返せば、何かしでかした時、危害を加えるのは容易い人たちということだろう。

「では、こうしましょう」

不意に伸びてきた手が、拳の上に重なる。そして触れる場所から温かく柔らかな、淡い光が溢れて、消えた。

「私の……天使の《加護》です。本来、この力は神の許しを貰ってから使うものなのですが…。あの方々には及びませんが、多少の攻撃や重圧から貴女の身を護ってくれるでしょう」

「え、なんで……」

それは暗に神の命に背く行為した、ということではないだろうか。
真意を確かめようとソロエルを見る。

「そう、ですね…私にもわかりません。ただ、アナタは今まで私が担当してきた人たちとは違う、変な人種だったからですかね」

「は?」

「ああ、怒らないで下さい。これは私なりの褒め言葉、ですから…って、その目! 信じてませんね?」

「変って言われて喜ぶ人間なんていないわよ! 一部を除いて!!」

「ああ、はいはい! それよりもあの方々をお待たせしてはいけませんよ! ほら、早く行ってきてください!」

「ちょ、押さないでよ!?」

ソロエルに押されて階段を一、二段上る。
そのまま仕方なく上って行き、一番上に辿り着く。振り返れば、階下で恭しく腰を折るソロエルの小さな姿が見えた。

(まあ…『なるようになれ』かな?)

幸宏がよく口癖のように言っていた言葉だ。
色々とソロエルには文句を言いたいところだが、彼の言う通り、ここは地球や日本ではない。

「郷に入っては郷に従え。ここでのルールは知らないけど、天使が案内したなら進むしかないよね!」

ほんのりとまだ温もりの残る手を握り締め、胸を張り、私は『何か』が待ち受ける神殿へと進んだのだった。


――「珍しいな、お前が人間に対して腰を折るなんて」

美桜を見送ったソロエルの前に、ふわりと一人の天使が舞い降りる。
金色の髪に赤い瞳をした青年にソロエルはスッと表情を消す。

「アレは私の仕事だ。お前には関係ない。それより、自分の担当はどうした?」

「さっき『転生の穴』まで送っていった。てか、お前さ。人間相手と俺たち相手との、その温度差。いいかげん直したらどうなんだ?」

「死者はいつの時代も目覚めてすぐは混乱している。優しく接するのは当たり前だ。それと、この顔で話すのはお前にだけだ……ヴィスエル」

「え、マジで? お前だけって、告白されちまったぜ!」

「……。」

「いや、冗談だぞ? ちょ、目がマジだって…そ、ソロエルさ~ん?」

同じ時期にこの職についた為か、何かと一緒に行動することが多いこの二人。
しかしその仲はいいかというとまた別の話だ。

「ま、それはともかく。あの御方たちが”ここ“につれて来いだなんて……あの子、何やらかしたんだ?」

「彼女は何もしていない。ただ…”巻き込まれた“だけだ」

「ふーん…」

自分から聞いておいてもう興味を無くしているヴィスエル。
ソロエルはこういった所が気にくわないのだ、と心の内で愚痴る。

「それで? お前はあの子のどこが気に入ったんだ?」

「人の話を聞いていたのか? アレは仕事だと――」

「仕事ってだけで《加護》なんて与えないと思うけどな~?」

「……。」

言われなくても、それはソロエル自身が不思議でならなかった。
いつものように担当する死者の内の一人で、ただ”ある方“の命によりここに連れて来なくてはいけなかった少女、という認識しかなかったはずだ。
けれど話してみて、彼女のある部分が他とは違うと思ったのだ。

「え、なに、突然…。なんで笑ってんの? キモイんですけど…」

ヴィスエルがさっと距離を取ったとこを気にせず、ソロエルは不敵に笑む。

「さっきの話の返答だが……お前には一生教えてやらない。」

「え~! なんでだよ! そんなこと言われたら余計気になるじゃんか!!」

(そう仕向けたんだ。誰が教えてやるか)

これから彼女にとって大きな決断が迫られる。
それを知るからこそ、ソロエルは加護を与えたのだと、自分自身で納得した。

「なあなあ! 教えろよ~! ソロエル~!!」

この後、しつこく迫るヴィスエルにソロエルの鉄拳が飛んだのは言うまでもない。


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