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序章 転生

#3 神生ゲーム

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神殿に足を踏みいれると先程までの軽い空気が一変し、重く冷たい空気が漂う。
白い建物だというのに中は暗く、響くのは私の足音だけだ。

「神殿ってことは、やっぱり待ってるのって……神様?」

疑問形なのは憶測の域をでないからだ。けれど天国、天使と来たら間違いなく――

『よく来てくれた、笠木美桜』

突然、低く威厳ある男性の声が響き渡ったかと思うと、空間が一変した。
ぐるりと苦手なジェットコースターで一回転したかのように景色が回り、気持ち悪さが襲う。

「死んでからもこの気持ち悪さを体験するとは思わなかったわ……」

『それはすまなかったわね、大丈夫?』

今度は凛とした綺麗な女性の声だ。ゆっくりと俯いていた顔を上げて、目が点になった。
そこに神殿の風景はなく、代わりにまた薄桃色の雲が広がる空間が広がっていた。
まあ此処は天国だし、こういうこともあるよね~くらいの感想で終わるはずだった。しかし目の前に、五人の巨大な見目麗しい人達が立っていたら話は別だ。

『お、今度は固まったぞ! 面白い奴だなコイツ!』

眩しいくらいに真っ白な歯を見せて笑うのはオレンジ髪の少年だ。
背丈は私の二十倍くらいで、服装はローマ人が着ていたというトーガだ。何というか、初めてまともな天国の人って感じの人に会えた気がする。
“人”と言って良いのかは不明だけど。

『やかましい! 少し静かにせんか!』

少年の右隣に立つ白く長い顎髭を垂らした、まるで仙人の見本のようなお爺さんが不気味な赤い杖で軽く地面を叩く。
コツンと音が鳴ったけど、この床って雲ですよね?

『あわわ…ごめんなさい、ごめんなさい』

お爺さんの隣の隣。青い髪に青白い顔で、何故か黒のスーツを着た青年は怯えたように頭を抱えた。ガクブルという言葉が当てはまるくらい震えていて、大丈夫かと本気で心配になった。

『なんで貴方が謝るのよ?  別に悪いことしてないんだから、堂々としてなさい』

その隣にはキャバじょ……失礼。
桃色の髪をフワリと巻き、布面積の少ない赤色のドレスを着たナイスバディなお姉さんがふふんと得意げに笑った。

『あー…煩くてすまないな』

そして彼らに挟まれるようにして真ん中に立っているのは白銀の髪に金色の瞳をした落ち着きのある男性だ。服装はソロエルと同じ、白のタキシード。しかし何故か背景に銀色のキラッキラのピッカピカとした何かが光っていた。神々しさアピールだろうか? 眩しいので遠ざけて欲しいんですけど。

「えっと…アナタ方はやはり神様ですか?」

これ以上黙っていると色々とツッコミたくなるので、揉めていた四人(?)にそう尋ねる。途端にピタッと動きを止めた神様たちは、蟻を囲む子供のように私を見下ろしてきた。

『あら。私達が神だってすぐに分かるなんて只者じゃないわね…』

「いえ、ここは天国だし神様かなぁとは誰でも思うんじゃないでしょうかね?」

『確かに気づく者もおる。だがいつも話をする前に儂らの気に当てられて気絶するか、もしくは腰を抜かしてしまうのじゃが……』

そう言われても体は何ともないし、言うほど目の前にいる神様たちから威圧は感じない。まあ、大きさやキャラの濃さには驚いたけど。

『ん? おい、それ…』

オレンジ髪様が私の手を指さして、首を傾げた。
因みに名前は知らないので、勝手に呼ばせてもらっている。

『ああ、なるほど。天使の加護か…通りで其方からは同族の気配がするわけだ』

真ん中の銀ピカ様が美しい微笑みを浮かべる。
その隣でガクブル様が怯えながら銀ピカ様を見上げた。

『ソロエルが…? アイツが加護を与えるなんて初めてだよね……ごめんなさい』

『それだけ彼女のことを気にいったということだろう。これは益々、期待できるな。それよりいつも言ってるだろ、ごめんなさいを口癖にするなと…』

『ヒィ!? ごめんなさい!!』

上司にイジメられている部下みたいだ。ガクブル様がスーツだからだろう。オレンジ髪様とお姉様には期待の眼差しで見られているし、居心地が悪い。
それにしてもソロエルさん。加護をありがとうございました。おかげで神様たちの前にいても生きていられます。あ…もう死んでるんだっけ。

『ええい、話がちっとも進まぬではないか! 早く、説明せぬか!!』

その言葉を待っていたんです! と心の中で仙人様に親指を立てた。他の三神が黙り込み、銀ピカ様が苦笑を浮かべた。

『あー、何度もすまないな。久々に人間と顔を合わせたものだから、つい、はしゃいでしまったんだ』

『主に喜神キガミのアホであろう?』

『別にいいじゃん。怒神ドガミはいっつもカリカリしてるから髭しか毛がないんだぜ?』

『なんじゃと!!?』

『おいおい、言ってる側から話の腰を折るな!! まったく……はあ』

ため息を吐きたいのはこっちだ。

『私達があなたをここへ呼んだのは他でもない。柳井幸宏という人間についてよ』

お姉様が髪の一房をクルクルといじりながら、後の説明は任せたと銀ピカ様を見た。

『こほん。まずは自己紹介といこう。其方から見て左手、喜神と怒神』

オレンジ髪様こと喜神様が微笑み、仙人様こと怒神様が厳つい顔のまま「ふん」と鼻を鳴らす。

『右手、哀神アイガミ楽神ラクカミ

ガクブル様こと哀神様は青い顔でコクコクと頷き、お姉様こと楽神様は楽しそうに優雅に微笑んだ。
それにしても喜、怒、哀、楽とは手抜きにもほどがある。

『そして私は……名が無い!』

ズルッ。思わず漫画並にこけてしまった。
いや、銀色にピカピカ光ってるし、とてつもない名前が来ると思うじゃないですか。しかも何故かドヤ顔だし。
本場の方には申し訳ないが、本来は声を大にして「ないんかい!!」とツッコミたいところだ。けど、我慢する。

「それでは、何とお呼びすれば?」

『皆からは“総帥”、昔は総創神そうそうしんとも呼ばれていたが…。其方は好きなように呼ぶと言い』

昔はってどのくらい前だよ、とか。好きなようにってことは銀ピカ様って呼んでもいいんですか、とか。色々思う所はあった。けど…

「じゃあ……ソウ様で。」

スケールが大きすぎてついていけない。
もう総創神と総帥って両方についてる文字で呼べばいいよね、うん。神様に対して無礼だぞ! って声は無視だ。

『ソウ様か…良い名だ。これからはそう呼んでほしい。……さて、先も言った通り、私達は其方に柳井幸宏について伝えねばならないことがある』

嬉しそうに緩んでいた頬をスッと引き締めたソウ様。
分かってはいたけど、これから聞く内容は良い事ではないのだろう。

『人の死はその殆どが私達“天上組織”で管理している。死した人間の魂は幾多の試練を乗り越え、此処へとやってくる。と、言っても試練を受けていた間の記憶は此処にきた時点ですべて消えてしまうため、其方も覚えていないだろう』

言われてみると此処で目が覚める以前の記憶は事故の時までのものしかない。
けれど試練という言葉自体は初めて聞いた気がしないのは、きちんと試練を乗り越えたからだろうか。

『だが、先程も言った通り。人の死を我らが管理できない…いや、出来なかった者たちがいる。それが――自殺者だ』

「幸宏も、その…管理できなかった人なんですよね?」

自殺者とは言えなかった。ソロエルに聞いていたとはいえ、自分の口から言いたくなかった。幸宏が。大好きな人が――自分を殺したなんて現実を。

『ああ。だが彼の死は少し事情が違うのだ』

「どういう、ことですか?」

『彼は…まだ死ぬ運命ではなかった。元からあの事故で“死ぬことはなかった”のよ。けど笠木美桜、貴方が助けた事で彼の運命は変わってしまった』

ソウ様の言葉を引き継いで楽神様が深刻な顔でそう言った。

「わ…たしが、幸宏を死なせたってこと、ですか?」

神様たちが口を閉ざす。ただ、哀神様だけが口を開いた。

『そうだよ……君が助けたことで彼は死ぬという運命に変わってしまった』

天国ここには物事をズケズケと言う人しかいないのか。普段ならそう言う人を見ると気持ちが良い。でも、今は…今だけは止めてほしい。

「っ…助けたことが、間違いだったって言いたいの? 庇って、死んで、それでも幸宏が生きているならって思ってたのに……自殺を招いたのが私? 助けなければ死ななかったのにとでも言いたいの!?」

神様が相手なんてことはどうでも良い。
昂った感情を言葉にして発しなければ、私はどうにかなりそうだった。

『そんなことないぜ。アンタが助けた事もちゃんと意味があった』

『喜神の言う通りじゃ。何も儂らはお主を責めようという訳では無い』

喜神様と怒神様が気遣わし気な視線を向けてきた。今の私にはそれさえも癇に障る。

「じゃあ、なんで此処に呼んだのよ。私を罰するなら、罰せばいいじゃない!! 自殺にまで追い込んだって、彼を死なせたのは私だって、責めればいいじゃない! 私が死んだことにショックを受けて、彼氏が死んだってことを喜べないですみませんねェ!?」

『そんなこと誰も言ってねぇだろ…』

涙が止めどなく溢れるように、怒りや悲しみといったぐちゃぐちゃに混じりあった感情が口から言葉となって飛び出す。
後半は自分でも何を言ってるのか分からない。

「なんなのよ…天使といい、神様といい……ううっ」

ピンと張りつめていた糸が緩んだのかもしれない。私は泣き崩れた。
ソロエルに真実を聞いた時、心の何処かで嘘であって欲しいと思っていた。
それなのにあっさり否定された。これで気丈でいられたら、その人は心が強いのだろう。
だけど私は違う。「幸宏を助けた」ということで、自分が死んだことに意味があった。そう思って保っていた心が音を立てて崩れていく。
いや、いっそのこと壊れてしまえば良かった――幸宏のことが大好きで、彼を死なせた馬鹿な自分を忘れるくらい。壊れたらいいのに。

「ゆきひろ…っ…」

最愛の人を死なせたという事実が、茨のように私の心に絡みつき、容赦なく締め付ける。その痛さに、ポタポタと落ちる涙が柔らかな雲の床に染み込んでいった。

『……。どうか泣かないでくれ、美桜』

不意に伸びてきた大きな指が私の涙を拭う。
そして、ふわりと大きな両手に包み込まれるようにして、私は大きなソウ様の顔の前へと持ち上げられる。まるで親指姫の気分だ。

『怒神も言っていただろうが、其方を責めることはしない。寧ろ、責められるべきは私達の方なのだ』

「え…?」

ついキョトンとソウ様や両隣に立つ他の神様たちを見れば、みな同じように申し訳なさそうに眉根を寄せていた。

『私達が……其方を死なせてしまった』

ソウ様の言葉を理解できるまで、四拍子目に「チン!」と鳴るようにセットしたメトロノームの音が頭の中でなり続けた。

「は?」

数分の沈黙。何回目かのチンという音の直後、私の第一声はそれだった。
涙もピタッと止まり、目の中に戻っていったんじゃないかと思うくらい一瞬だ。イリュージョンである。

『ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいィー!?』

けっこう低い声だったからか、哀神様が跳びあがって肩を縮こまらせていた。器用ですね、なんて言わないから。

『えーっとだな、順を追って説明するとだな? 俺たちは“とある奴等”とゲームをしてたんだ。それは下界、つまりアンタたち人間が住んでいる世界を舞台におこなっていた』

『ゲームっていうのはね? 私達とあの者たちが互いに“駒”を用意し、サイコロを振って出た目の数だけ進み、ゴールを目指すというやつよ』

喜神様がぽりぽりと頬を掻き、楽神様がうふふと少し引きつった笑みを浮かべる。

『そして駒とは人間のことじゃ。もう分かっておるかもしれぬが《柳井幸宏》という人間は、儂ら側の駒だった。そしてそのげえむの最中、お主は巻き込まれて……』

怒神様がゆっくりと自前の髭を撫でる。視線はどんどん私から反らして。

「……。神様たちは人間を駒代わりにして、所謂『すごろく』のような事をしていた。そして私はそれに巻き添え食って、死んだということですか?」

神様たちはそれはもう素直にコクリと力強く、深く頷いた。

「へえ…。それはそれは、随分と楽しそうなことをなさっておいでですね?」

苛立ちを隠せる気もしなかったのでゆっくりと立ち上がろうとしたら、慌てて詳しい説明をソウ様がしてくれた。

『こ、これには理由があってだな? この天上界には他にもたくさんの神がいる。そこで天使共々管理しているのが《五大神》と呼ばれる私達なのだが…まあ、組織的に幹部ということになるだろう。
しかしどの世界にも野心を抱くモノはいる。ここも例外では無い。ある時、自分たちが天上界を支配するに相応しいのだと反旗を翻した者たちがいた』

『もちろん、すぐに追い返したさ。というか全滅させた。俺たちだって天上組織の幹部だ。そんじょそこらの神よりずっと強いんだぜ?』

喜神様が得意げに胸を反らす。
どれくらいの数の神を相手にしたのだろう。全滅させたと容易に口に出せてしまうことに、やはり彼らは神様なのだと理解する。

『けれど一度敗れた彼らは諦めることなく、ある神を筆頭にまた此処を訪れた。最悪にして、混沌の神と呼ばれる神……“カオス”だ』

「……。」

私にとってはこの状況の方がカオスですけど。と、顔に出ていたのか、ソウ様が困ったように苦笑した。

『いや、そうではなくてだな。名がカオスなのだ』

『どれくらい前だったか。遠い昔、天上界がまだ無い頃に生まれ、長い時を一人孤独に生きていたのが彼奴だ。そして後に生まれたこの世界を憎み、滅ぼそうとしたのを先代の五大神たちが止め、彼奴を“忘却の彼方”に封印したのだ。儂らにとっては最悪の敵にして、因縁深い相手という訳じゃ』

怒神様が渋い顔で俯き、楽神様が口を開いた。

『そんな奴が何を思ったのか。ゲームで勝敗を決めましょうと持ちかけてきたの』

『ルールは簡単…互いに駒を一人用意して、下界に放つ。
そして僕等がサイコロを振って出た目の数だけこちら側にある盤上のマスを進む。そこに書かれた指令はそのまま駒に反映され、駒は指令を熟すことで次のマスへ進めるようになる。
その間、駒は普通に年を取っていくし、指令を熟せなければずっとそのマスに留まり続けなければならない。そしてこのゲームのゴールは文字通り《人生の終着点》を目指す、というものだよ。ただし……自分たちの駒が死んだ時点で負けなんだ』

哀神様が震えながらも早口に話す。

『カオスは私達に反論させる余地も与えず、勝った者が天上界を総べる者とする、と言って強引にゲームを始めた。これは神のゲーム――《神生じんせいゲーム》だと、ね』

ソウ様の言葉を最後に、数刻、沈黙が続いた。


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