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殿下とお父様の評価

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「蓄音石に対する君の端的な説明から推測したのだが」

「……」

「君は魔石に音を封じたと云った。という事は音楽ではない音も記録できるという事だろう?」


 それはそうだ。言うまでもない。
魔獣の声にしろ曲にしろ録音する事には変わりない。


「もちろんです。録音……その、音を記録する事をそう言っているのですが、この石は基本的に音を覚えこませて再生させる為のものですから」

「そうだよね。だったら人の声とか色んな音も、その、録音とかができる訳だね?」

「それは勿論そうです……」


 そう答えておいて徐々にもやもやしたものが形になる。


「だとすると、この蓄音石はやはり大変な物だ。
国同士の交渉事など様々な会話の記録、戦場では音で敵をかく乱させたり陽動に使ったり……。
そういう使い方も可能だという事じゃないか?」

「そうですな。私も同様のことを考えておりました。
会話を証拠として残せるし、疚しい様な秘密の会話もこっそり録音できるかもしれない。
リーチェ、お前が考えている以上に影響は大きいぞ」

「……」


 殿下とお父様の具体的な例を聞いて初めてそういう事に思い至った。
いや、頭の片隅ではもちろん録音の重要さを理解していたが使い方の応用の幅までは深く考えていなかった。
つまり、再生装置と併せた録音装置としての使い方だ。
単なる音楽の再生機としての平和的利用しか思い至っていなかった自分ののほほんとした呑気さに呆れる。


(でも、音を既に録音済みのプレーヤーとして売り出すんだから問題ないわよね。
技術が流出しなければ問題ないでしょう? 
風精霊を使役して録音する方法は簡単に理解出来ないし再現も容易に出来ないわ。
なによりハイエルフの協力も必要だし……) 


 そういう強がりを一瞬思ったが、すぐにその考えを打ち消した。
一度品物を流通させれば今度はどうやって動いているのかその技術を欲するよからぬ輩が必ず出てくる。
こんな田舎の弱小男爵領がその様な輩を寄せ付けずに技術を独占し続けて王国全土の不特定多数を相手に商売などできるのか。

 どこぞの悪徳商人・悪徳領主どころか敵国のスパイに狙われ誘拐される可能性だってある。
パシュケやエドゥアル達に頼る事も出来ない。
彼らハイエルフは基本人間に不干渉だからだ。
今は信頼できる人間だけで家内工業しているが、規模が大きくなれば従業員の質も落ちやすいし内部流出の恐れだってある。

 造れなくてもこの技術が公になれば一度売った蓄音石を様々な悪意を持って使う事もできるだろう。
殿下やお父様の様な殿方と比べて自分の知見が狭すぎて嫌になる。
押し黙ってしまった私にお父様が語り掛ける。


「リーチェ、このダルセン領の者がどの様な方法でこれを作ったのかは今は聞くまい。
ただ、これで商売をするとなればこのダルセン領にその力はない」

「……」


 所詮女の浅知恵だったのか。
いかにこの世界で画期的商品を作ったとしても安全に売れなければ意味はない。
欲の皮の突っ張った誰かに脅され横取りされて最悪、命の危機に晒されるだけだ。
商品の宣伝よりも大事な事があった。


「リーチェ嬢、君がこれをダルセン領の財政再建の柱にしたいなら手段は一つだよ」

「……そうですな」

「?」


 凹んで落ち込んでいた私に殿下が意外な事を口にする。


「君は私達を相手に商売すればいいんだよ」

「私達って……王家に、ですか?」

「そう。この国一番の力を持つ所に頼る訳だ。
そして国に囲い込んでもらえばいいのさ」

「そうだ。リーチェ。
要するに有象無象の危険から国に矢表に立ってもらうという事だ」

「……」

「勿論、商品・技術の対価は充分支払わせてもらう。
そして国が囲い込むからにはダルセン領に対しても国として色々と便宜を図らせてもらう。
警備面とか設備投資費とか色々ね」

「国が資金を出すという事は同時にお前を守る義務も発生する様なものだ。
何か不祥事が起こって出した金を損しない為にな」


 確かに説明されればそれが一番現実的で確実な商売の仕方なのかもしれない。
製品版の蓄音石を始めに見せた外部の人間が殿下とお父様だった事もそういう自然な流れが出来ていたのではないかと思う。

 結局、私はダルセン領主として蓄音石を国に専売してもらう事を受け入れた。
いい感じに話がまとまったとも言えるが自分が甘い考えをしていた事にうんざりしていた。

 
「……嫌になりますわ」

「何がだい?」

「私、単純に価値ある特産品でも出来ればそれだけでダルセン領の為になると思っていたんです。
自分の考えの至らなさに腹が立ちます」

「私は君の名誉を貶めた弟の愚かさに腹が立っているよ。
君は価値ある特産品と云ったが、価値がありすぎただけさ」


 殿下はそう云うと優しい表情で私を見た。
何の意図も感じない、本心からと思える穏やかな笑顔で。


「もっと私を利用すればいい。折角、王太子である私と面識があるんだしね。
それに君には頼りになる御父上も居るし、何でも一人で考える事はないだろう?」

「恐れ多いし、そんな一方的に殿下のご友誼に甘える訳にはいきませんわ」

「なら、私が甘えれば平等という訳かな」

「!?」

「ははっ。すまない、冗談だよ。
それで、せっかく来たのだしゆっくりさせて頂くつもりだったけど明日早々に失礼させてもらうよ」

「え? そんな急にお帰りにならなくても。」

「国王陛下や重臣・貴族達にも色々根回しをする必要が出来たからね。
君に謝罪に来てこんなありがたい話を頂くとは思わなかった。
すまないが蓄音石を借りる事は出来るだろうか?」

「勿論ですわ。元々殿下にお土産にご進呈するつもりだったのです。お父様にもお土産として」

「本当かい?」

「私の分もあるのか?」

「はい。一つづつありますのでお持ち帰り下さい。」


 そう言って私はハンスとレーナに蓄音石を持ってこさせた。
おみやげ物みたいにパッキングした物だ。


「あちらに戻ってもあの曲があの聞けるのだな。それはありがたい」

「ありがとう。この話、悪い様にはしないよ」


 お父様と殿下が喜んでくれたのは良かったけど、同時に私はずっと恐縮していた。
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