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緊張で食べ物が喉を通らないんですが

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 教会で初めて治療行為をした日以降、私は放課後も教会に通う様になった。
気のせいか最近は一風変わった患者が増えている気がする。
たまたまかもしれないけど昨日などは王都の外からやって来た人が居たくらいだ。

 自分の進路を見つけた気分で気持ちも軽くなっていたある日、昼食に誘われた。
王太子殿下にである。付き人の方経由でだけど。

 殿下は私の生活環境改善に大きく貢献してくれた。
しかし正直に言うともう関わり合いたくない。
勝手なのは自覚しているが気ばかり使って疲れるからだ。
つくづく自分は上流階級にふさわしくないと思う。

 昼休みになると私は事実上の上級貴族専用である奥側の食堂に向かった。
一応私も家格的には問題はない。しかし家格と人格は別だ。
妹と顔を合わせたくないし、ここに来るのは今日だけで終わらせたい。

 初めて入る場所だけど殿下達の場所は直ぐにわかった。
庶民にだけ見えるスポットでも当たっているのかもしれない。

 私は殿下方に挨拶をして勧められた席に座った。
私の正面には王太子であるマリウス殿下。
右隣に公爵家令嬢クラーラ様と、近衛隊長のご子息である伯爵令息ヴァルター様。
左隣には宰相のご子息であり公爵令息のヴォルフ様と、侯爵令息マルセル様。

 家族と同じで濃すぎる面子メンツである。
何で同年代でこういう人間が全員同時期に学園に集うのか。異世界物あるあるだ。
そんな事を考えながら目の前の面々に見とれていた。

 右を見ても左を見ても嘘みたいな美男美女の集いである。
そしてそこに血色の悪い骸骨女(リハビリ中)が一人。
キツすぎるでしょこれ。どんな公開処刑よ。

 
 殿下がちょっとしたしぐさを見せると料理が運ばれてきた。
ちゃんとオードブルから始まっている。
コース料理が昼食とはどんな学校なんだ、ここは。
マナーに気を付けつつ料理を口に運ぶ。

 
「一度君にちゃんとした食事を採ってもらおうと思ってね。」

「お気遣い戴きましてありがとうございます。
 あまりに美味しくて胃が驚きっぱなしですわ。」


 殿下方は既に事情を知っているので今更繕ってもしょうがない。
しかしそう言ったものの本当は緊張で食べ物が喉を通らないんですが。


「ところで。」

「はい?」

「君はこういう話は聞いているだろうか? 下町に聖女が現れたという噂をね。」

「聖女……ですか?」

「ああ。」


 聞いた事無いなぁ。ま、王都と言ってもかなり広いし教会も沢山ある。
何処の話だか知らないけれど私には関係ないだろう。
なぜならわざわざ王都の中でも一番端にある小さい教会を選んだからだ。
最初の日こそ散歩気分で延々と歩いて行ったけど毎日通うには遠すぎる距離だ。
報酬は貰ってないけど司教が足代を出してくれているから乗合馬車を使っている。

 そんな事を考えているとリオの声が脳内に響いた。


『おい、フリーダ! 自分ばっかりずるいぞ!』

『えっ? あ、こら!』


 私の肩に乗っていたリオが姿を現して料理にかぶりつく。
せめてこの場は耐えて貰いたかった。
食い意地の張った妖精の我慢の限度が来たらしかった。
 

「こ、これは!?」

『止めなさい、リオ!』

『うぉおおお!』

『止めて!』

『今の俺は誰にも止められねぇ!』


 猛烈な勢いで料理を平らげるリオに私はドン引きしていた。
いくら人間の都合は通用しないとは言ってもこれはない。
恐々と視線を上げると全員固まっていた。
殿下だけでなく周囲の人達までが大きく目を見開いてリオを凝視している。

 あー、最近よくこんな風景を見るね。
一瞬現実逃避をした後慌てて現実に戻って謝罪する。


「殿下、申し訳ありません!」

「……気にする事は無い。食事に誘ったのはこちらだからね。」

「本当にすみません……。」

「君が謝罪したという事は、この妖精は君が飼っているんだね?」


 自分の間抜けさを強く実感する。
この場だけでも知らない存在とごり押ししておけばよかったのだ。


「ま、まあ、飼っているというか友達というか……。」

「驚いたな。ケット・シーとはね。」


 その後リオは殿下が新たに頼んだもう一人前を平らげた。
私は完全に食欲を失っていた。


「ディーツェ嬢。君を呼んだのはもう一つ話があったんだ。」

「は、はい。」

「生徒会に入らないか?」

「えっ?」

「君の成績は優秀だし、我が生徒会は常に人員不足でね。
 我々と行動を共にすれば不当な扱いを受ける事も無いと思うがどうだろう?」

「なるほど、確かに。」

「いい案ですわ。」

「いえ、その、私は。」


 殿下の周りの方々の追撃が続く。 
学園は貴族社会の縮図。ひいてはこの国での社会構造の縮図である。
そして私に生徒会へ勧誘したのは次期国王。
結局私に選択肢などは無い。


「でも私が行ってもお役に立てるかどうか……。」


 遠回しに断る雰囲気を出したが殿下はそんな空気を一刀両断した。


「大丈夫。よろしく頼むよ。」

「……はい。」

 
 面倒くさい事になって来たなぁ。そう思って私はリオを見た。
妖精はどこに入っているのか不思議な量のデザートを平らげている所だった。
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