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県外遠征@茨城県

その2

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「っだぁぁーーーつかれた!!!」
「お疲れさん…」
「お疲れ様だな、本当に。はぁ…」

 陰陽師専用宿舎に到着。
 現時刻 21:30。
 眠い、疲れた。初日からきつかった…。

 鹿島神宮に着いて、神職さんたちと相談してたらもう…もう。
 お話好きなおじいちゃんばかりで話が脱線しまくるし、何時間話したんだ!?
 全員の目が伏見さんみたいになってるぞ。俺もそうなっているに違いない。
 相変わらずしょっぱい男です、はい。

「…私、こっちで寝る」

 鈴村さんが並べて敷いてある布団を端っこに寄せて、荷物を広げ始めた。
 そうなんだよな…女の子なのに同室なんだよ…。伏見さん…何故なの。


 
「寝る時くらい別の部屋にしてもいいんじゃないのか?」
「芦屋さんの生活を参考にせなあかんから」
「むーん…」
 
「真幸、一緒に風呂行かんか?」
「むむ!お風呂…行きたい…。颯人と魚彦は?山彦も一緒に入るか?」

 窓際から夜の海を眺めている三柱を呼ぶと、ウキウキ顔で近づいてくる。


「温泉じゃな!」
「我も温泉は久しぶりだ」
「温泉、入る」


 とてとて走ってきて、足にしがみつく山彦の頭を撫でる。
 俺たちと同じくスーツ姿に変わって顕現してる山彦…七五三みたいでかわいいなぁ。
 柔らかい癖っ毛をホワホワ撫でながら、ニコニコしてしまう。
 この子は癒しだ。間違いない。

「私もお風呂行ってきます」
「はいよー」


 浴衣とタオルを持って、鈴村さんが静かに出ていく。
 うーん…ずっとあんな感じだ。
 ずももも…って感じの暗い影を背負ってる。

 

「さて、俺たちも行こうぜ。」
「おっ、ありがとう」

 鬼一さんがお風呂セットをカゴに用意してくれて、手渡してくる。
 なんかこそばゆいな。友人と旅行とかした事ないし、ちょっと…こういうの憧れてたんだ。
 

 抱えるほどの大きさのカゴを抱きしめて、ニヤニヤしながら温泉へと向かった。


 ━━━━━━

「はー、こりゃ気持ちいいな…美人の湯は俺たちには関係ないけど」
「風呂上がりに乾燥しにくいのはいいだろ。歳取ると背中が痒くて仕方なくなるんだぜ」
「俺もたまにあるよ。あれ乾燥のせいなのか…」

 
 みんなでお湯に浸かってのんびりほかほかしながらボーイズ?トーク…楽しいいいイィっ!!
 俺は山彦を抱っこしてお湯に浸かってる。もふもふの癖っ毛は濡れてぺたんこだがこれもまた可愛いな。
 
 鬼一さんは筋肉ムキムキだな…ばっちくなくなったし、精悍な壮年って感じ。イケおじになりつつある。
 髪の毛はこざっぱりしてるし…いいな、俺も切りたいんだが。
 身体中傷だらけで右肩から腰下までバッサリ一文字の大きい傷が残されてる。
 相当な怪我だったんだろうな。
 その件に関しては伏見さんも知らせてこない。いつか本人から聞くしかないな。

 
「しかしすごい傷だね、鬼一さん」
「まぁな…そのうち真幸には聞いてもらうことになると思うが」
 
「そうだなぁ。色々聞きたいよ。鈴村さんの話も聞きたいけど難しいや」
「そうだな。俺も知らなかったが、あのツンケンしてるのは仕方ないとは思う」

 うーん、と口の中で唸る。
 伏見さんが一応伝えておきます、と鈴村さんの実家の事情をメッセージしてきた。目を通してあるが…ありゃかわいそうだとは思う。


 
 小さな神社の防人をしてきた彼女のご実家周辺で竜巻が起こり、村民は甚大な被害を受けた。
 
 天災だからそれを防ぐのは厳しいが、予見できなかった事で地域の神様に対しての仕事ができてないと責め立てられ、お父さんは心の病になった。
 
 お母さんが代理として仕事をしていたが、地震、洪水、相次ぐ天災に見舞われて氏子さんたちは怒り心頭…結局神主の力不足が原因だという事で村八分を受けて、最終的には自分から資格を返納。神様を遷座したという顛末だった。

 

「神様だってそれぞれ得意分野があるんだから仕方ないよな。被害をネットで見たが明らかに最小限に留めてたし、役割が果たせてないわけじゃないのに」
 
「社が無傷だったせいだろう。
人の心ってのはそんなもんだ。そこで踏ん張れる胆力がないなら…神職を辞したのは正解だとは思うが」
「まぁねぇ…でもそれで魚彦が降りたんだな。納得した」

「ワシが無用な情けをかけたが故にあの子は苦しんでおる。反省しとるよ」
「そんなことはないだろ…魚彦は正しく神様としての行いをしただけだ」


 
 神職をしながらサラリーマンをしていた大黒柱のお父さんが働けなくなり、母親と一人っ子の鈴村さんが一生懸命身を粉にして働いて。
 神社関連の知り合いから陰陽師の話を聞いて、自分だけで独自に神降ろしの儀式をして一発逆転を狙ったんだ。
 
 それに同情した魚彦が降りて、彼女は晴れて陰陽師になった。
 国家公務員の仕事に就ければ家計は安泰だろう。親御さんは喜んだだろうな。


 だがもともとの霊力が少なかった彼女は魚彦の本来の力を出せずに、ヒルコのまま成長させられず苦悩していた。
 その末に魚彦に当たり散らしてたってわけだ。
 当然とは思わないし、情けをかけてくれた魚彦に対してそんな事していい訳ないが…少し、同情の余地はある。だから、俺は出来る事をやろう。


 
「明日から二人も一緒に訓練だな。」
「頼む。朝は勤行でもするのか?」
 
「いや、俺のは神道寄りだよ。朝は散歩して動きながらボイストレーニング。部屋の掃除して風呂に入って禊の後祝詞やって、朝日が登ったら陽を受けながら瞑想」

「…何時に起きるんだ」

「毎朝3時起きだよ」
「3時!?わ、わかった…」

 苦い顔の鬼一さんに同じく苦笑いを返して、湯船から上がった。

 ━━━━━━


 
鈴村side

 タバコの匂いがする…お父ちゃんが吸っていたのと同じ、手巻きタバコの匂い。
 

 布団から体を起こし、窓から入ってくる月明かりの中に人影を見つけた。
 障子を隔てた向こう側から、密やかな囁きが聞こえる。

「散ったかな」
「あぁ、海の小物たちじゃ。颯人は気にもしとらんし、わざわざ起きずともよかったのに」
「いや、鈴村さんが弱ってるだろ?小物でも近づけたくないんだ」
「…そうか…守ってくれたのじゃな」


 スクナビコナと芦屋さんの声。
 中低音の優しい声色。
 二人の人柄を表しているように穏やかで甘い音。

 私の事なんて、放っておけばいいやん。あんた朝から仕事をぎょうさんせなあかんのに。魔除けしてくれてたんや…。
 私は完全に足手纏いやんな。


 
「ワシはもう少し寝るぞ。明日は忙しくなる。真幸もはよう床につけ。勾玉を離すなよ。」
「おう。肌身離さずの方がいいのか?」
 
「あぁ。神力の親和性が高くなる。霊力を使い切ってもワシから神力を供給出来るからの。颯人の勾玉があれば問題なかろうが」
 
「そんな事ない。魚彦の勾玉はあったかいからな。触ってると落ち着くんだ」
「ふふ…それはよい。ではの、おやすみ」
 
「あぁ、おやすみ」


 
 障子を開けて部屋に戻ってくるスクナビコナ。慌てて布団に潜り込んで、ドキドキ鳴る心臓を抑える。
 勾玉を下したん?しかも、二柱とも…。
 陰陽師になってわずか半年。修行も勉強も今まで一切してこなかった芦屋さんが、神様の信頼である証の勾玉をもらっているなんて。

 同僚の中でももらっているのは伏見さんだけ。しかもあそこは相伝しているから持っているだけなんや。
 そんなに芦屋さんがいいんか…。
 ぎゅっと目を瞑り、涙が出てくるのを抑える。

 
 
 もともと、スクナビコナは同情で私に降りてきてくれた神さんなんや。
 神格がかなり上の…生まれに難があったとしても最初に生まれた神様やで?そんな神さんが私に下りるわけがない。
 自分の無成長が足枷になって、ヒルコとしての姿しか取れなかったスクナビコナ。
 今の姿を見ると、私には分不相応な神さんだったとわかる。

 
 あんなに可愛い姿の少年だったのに、私ではそうさせてあげれんかった。
 颯人様の美丈夫姿も、スクナビコナの若々しくて凛々しい姿も、芦屋さんが顕現してるから…。二柱同時に顕現して、昨日は山彦まで出してた。
 山彦も…ちゃんと人の形だったんや。
 私には、あんなこと到底できやしない。
 そもそも芦屋さんはヒルコ姿でもちゃんと尊敬してたしな。私とは大違い。

 役立たずなんよ…私は。

 

(鈴村さん、起きてるだろ。こっちおいでよ。月光浴もいいもんだ)
 
 頭の中に芦屋さんの声が響いて、収まり始めた心臓がまたどきりと音を立てる。
 念通話…できるんやったな。


 布団を剥いで立ち上がり、浴衣の帯を締め直して障子戸をそっとあける。
 月の優しい光に満ちた空間。一揃いの和式テーブルと椅子。
 体の力を抜いて彼がタバコを燻らせている。

 向かいに座り、その姿を眺めた。
 まろい光を讃えた瞳。恐ろしいまでに奥の底まで澄み切った鋭いその色。
 伏見さんが言った通り…鬼才とも言える稀代の陰陽師が私に向かって緩く微笑む。


 
「これ、吸っていいよ。魚彦が作ってくれてるんだ」
 
 銀色のタバコケースを差し出され、思わず受け取る。
 マッチが机の上を滑って来た。
 
「ありがとうさん…」
 
 マッチで火をつけて一息吸うと、口の中に蘇る父の匂い。
 あかん、泣きそうや。

 
 
「どした?口に合わないか?」
「そうやなくて…おとうちゃんと同じタバコの匂いなんよ」
「お、そうなのか?お父さんも陰陽師してたの?」
 
「いや。あの人は変なものに憑かれやすいんです。それで吸うてた」
「あぁ…そう言うことか…お父さん、祓いは出来るのか?」
「もう、できん。何もかも忘れてしもて」

 
「そしたらこれ、買ってあげるといいよ。俺が陰陽師やる前には散々世話になったんだ」
「何コレ?」
 
「伊勢のお清め塩スプレー。低級霊ならこれで大体消える。鈴村さんが持ってていいよ」
「せやな…私とちごてランクの高い芦屋さんにはもう縁のない物や」

 

 彼の緩く微笑んでいた顔が困ったような顔になる。
 
 しまった。またやってもた…。
 私は憎まれ口が癖になっていて、いつまで経ってもやめられん。
 神さんを全て残さず鎮めてきている彼は本当に優しい人のはずなのに、厳しい言葉を吐かせてしまっているのは私。
 気をつけな、と思ってたのに。


「鈴村さんは喋りがきつめだなぁ。せっかく綺麗な京言葉なのに」
「はい…えっ」
 
 静かにタバコの灰を皿に落とし、伏せ目になった芦屋さんが上目遣いで見てくる。
 なんやの…何でこの人こんな色っぽいん?
 昼には上げていた長い前髪を崩し、その隙間から覗かれて心臓がうるさい。

 

「間違ってた?」
「いや、普通関西弁て言わはる人がおおいんや。なんでわかったん?」
「なんとなく。雅だろ?ふふっ」

 微かに微笑んで椅子に背を預け、目を閉じる。
 この人は顔の作りは普通かもしれんけど、そこに滲み出る雰囲気がめちゃくちゃかっこいいんや。まつ毛が憎たらしいくらい生えとる。
 芦屋さんの仕事を見られるのは、正直嬉しくもある。神さんの姿は写鏡。依代の心がイケてるからああなるんやな…。

 

「モサイ男と二人で話すのは申し訳ないけどさ。ちょっと話そう。伏見さんから大体の事情は聞いたよ」
「は?は、はい」

 モサイ????誰が???
 何言ってんの、この人。
 実家の事情伝えたんやな…伏見さんならそうなるわ。
 うちの部署で一番偉いのは安倍晴明の子孫らしい。下っ端の私らは何してるか知らんし、実質上難しい案件を芦屋さん一人で処理してるんやし。リーダーには伝えといた方が…ええやろな。
 うちらがやっていた仕事なんて遊びみたいなもんやったと今では思う。


 
「俺も今までの人生では、卑屈で何もかもから逃げてた。楽ちんだけどつまんなかったなぁ」
「え…嘘やろ?今の感じからは想像もつかんけど…」
 
「そうかな?そう言って貰えると嬉しいよ。俺の人生は颯人が来てから変わったからさ。
 颯人は凄いヤツなんだ。俺もちゃんとバディとしてやって行きたいから、自分が出来ることは何でもしないとね」
 
「……」

「鈴村さん、魚彦はちゃんと君の事を考えてるよ。君に降りた神様なんだからちゃんと自覚して、勉強して、強くなって魚彦の依代になってくれ」
 
「そんな簡単に…」
 

 いつもの口癖を言おうとして、唇を閉じた。別に簡単に言ってるわけやない。
 この人は、ちゃんと努力してる。
 だから…ずっとレベルの高い仕事をこなしてるんや。
 祓う事をしない陰陽師なんて初めて見る。勾玉を下された人も、二柱と眷属を従えてる人も。
 こんな人今までおらんかったんや。

 

「ふ、途中で止まったな。意識を変えるのは難しいよな。でも、出来ない理由を探しているうちは絶対にできない。
 言い訳を考えるんじゃなくて、どうやったら出来るかを考えてほしい。俺たちは正しく人も神も救う仕事ができる。
 そしてそれは誰にでもできる仕事じゃない。君も根本のところではわかってる筈だよ」
 
「……私がそんなふうに思う資格あるん?私みたいなどうしようもない女が、あんたみたいに前向いて生きてる人の真似したって成長できるんか?腐った根性で生きてる私が、本気で変わると思てんの?」


 口から勝手に出てきてしまう言葉。
 もうだめだ。これは完全にやらかした。
 私はこの人にきっと見捨てられる。


 
 沈黙が耐えきれずにふと目線を上げる。
 じっと真剣な目のままで視線を逸らさず見つめられて思わずたじろいだ。

 
「鈴村さん、何をそんなに怖がってる?性格とか生い立ちのせいかと思ってたけど…こうして傍で見てると心の中と口から出た言葉がチグハグに感じる。
 本当は言いたくないのに、口から出ちゃうって感じがしてるけど」
 
「なっ…な、なんやの…」

「だって、それは悲しい目の色だ。最初に会った時は魚彦と仲が悪いからだと思ってた。でも違う。魚彦に手を出した自分を責めてたんだろ?そういう目、最近見たからわかるよ。その人も自分の事を責めてた」
 
「…………」

 

 芦屋さんの透明なその瞳に、私が映り込んでる。
 嫌な顔しとる。いけずで、目が吊り上がって…私はこんな顔してへんかったのに。いつからこうなったんや…。

 
 
「私は、私…は…怖い。いいこと言って、できんかったら嘘つきになる。
 あんなに仲良くしてくれてた氏子さんたちが本気でお父ちゃんを責め立てたんや。大きい声でなじって、ごめんなさいて言うても泣いてもやめてくれへん。
 毎日毎日、ずっと…。私は神さんに聞いた。なんで守ってくれへんかったん?って。
 神さんは答えんかった。
 氏子さんと同じように、私は勝手に信じて期待して、勝手に裏切られたと思て憎しみを抱いた。
 こんな汚い心を持ってる私があんたみたいに…なれるわけがない」

 
 なるほどな、と小さく呟いた彼は目を逸らし、黒い海を見つめている。
 話したらちゃんと聞いてくれる人やったんや。
 私…ほんまにバカやな。いい子で静かにしてればこの人の言うように成長できたかもしれんのに。嘘つきにならずに済んだのに。
 
 実家の両親が喜んでくれた顔が浮かぶ。
 ヒルコを抱えて絶望した私に微笑んで、頑張ってなと言っていたあの顔が。
 
 もうだめや。クビになる…神さんを失ったのに籍を残してやり直しのチャンスを貰ったのに。自分で全部ダメにした。

 

「それなら真実にすればいい。俺たちの仕事の先に成長できないなんて事があるはずもない。
 勝手に期待して勝手に落胆したと自覚があるなら成長できるよ」

「へ…?」

「ただ裏切られたと思うのは誰でも出来る。鈴村さんはそうじゃない。自分がやった事を正しく認識してる。
 神様も万能じゃないし、力の限りを尽くして守ってくれてた。それを解ってるから自分のことを卑下してしまうんだ」

「…あ…ど、どうして」

 びっくりして、芦屋さんの浴衣の袖にすがりつく。なんで?どうしてそれを知ってるん?
 強い光をたたえた瞳が、ゆるく弧を描く。
 力一杯握りしめて冷えた私の手を優しく撫でて、柔らかい微笑みで迎えられて、顔が熱くなってくる。

 
 
「俺もすぐにはわからなかったよ。村の被害詳細を調べて、他の地域の情報を集めて比較しなければね。
 それを君はやったんだ。お父さんや神様がちゃんと勤めを果たしてたと言いたかった。
 あの村は、誰一人として亡くなってない。上は95歳、下は0歳の子まで全員…そんなこと本来あり得ない」


 
 あぁ、と嘆息が漏れる。
 
 この人は、ちゃんと見てくれた。知ってくれた…私が何日もかかって知ったそれを。悔しくて悔しくて徹夜して知った事実を…。

 仕事しながらいつ調べたんよ。どうしてそんな事してくれたんよ…。
 目の奥から、熱が溢れてくる。
 ポタポタ溢れるそれを止められず、どうしていいかわからない。


 
「綺麗な涙だな…。恐れることなんか何もない。君はきっと強くなれるよ。俺が保証する。
 だから、去勢を張って自分のことを悪く思われる必要なんかない。素直で、家族思いで優しくて、根性のある鈴村さんのままでいればいいんだ。みんなが好きになってくれるよ」

「あんたは怖くないん?」
「何が?」

 
 指先でそっと涙を拭われて、心臓がぎゅうぎゅうに苦しくなる。
 手先が震えて、それを必死で握り込む。
 

「好きになったら嫌われるかも知れんやろ!」
「……ぷっ!あはは!!」

 

 芦屋さんが思わず吹き出して、私の頬が膨らむ。笑うことないやろ!仲ようなった後嫌われたらきついんや。
 あんたは考えもしないやろけど!きっと、そんなのあり得へんもん。

「そんなにギュッとしたら手が痛くなるだろ。爪の跡ついてる。」

 笑いながら手のひらをゆっくり開かれて、血行を促すようにやわやわと揉まれる。
 血の巡りが良くなって、冷たかった手に体温が戻ってくる。
 私の手のひらも、心も…その熱に痺れている。


 
「…鈴村さんはかわいいな。そんなこと考えてたのか?」
「なっ!なんや!か、かわいいて…」
 
「人に嫌われたって自分自身は変わらない。
 それに、素直に生きて嫌われるなら縁がないって事だ。
 そのままの君を好きでいてくれる人はきっといる。今の話を聞いて、俺は鈴村さんの事が好きだって思うよ」

 笑って出てきた涙をくしくし拭って、まだ笑ってる。
 へ、変な人!調子が狂うわ!まったく。

 

「芦屋さんは私の事嫌いやろ。こないだそう言うてたし」
「ん?いや、なりそうだっただけ。ちゃんと理解したらそんな事なかった」
 
「……なんなん」
「そんな顔するなよ。俺なんかに好かれてもしょうがないとは思うけどさ。
 鈴村さんが極度のツンデレで素直じゃないけど…ちゃんと色々わかってる子だってのは理解できたし。話せてよかった」

 笑顔のままで目線を受けて顔が熱くなる。そんな顔でそんなこと言うの狡いやろ。この人天性の人たらしやんか。

 

「色々やってみなよ。鬼一さんなんか特にわかりやすいだろ。彼も素直で不器用だ。いろんなものを抱えたままで生きてきて、失敗に気付いて、変わろうとしてる。いい人だよ」
 
「あんた鬼一さんのこと嫌いなんやろ」
「まぁね。色々あったから。
 でも、それでも…一緒にいて心地いいとは思えるよ。俺は相当頑固なんだ。一度嫌いになったらもう二度と許せないって思ってたけど。そうでもないなとは思ってる」
 
「そうなん?」

「無理だな、と思ったらすぐ縁を切ってたからね。こんな風に嫌った後に関わり合って、そこからその人を知る事なんかなかった。俺も未熟者なんだ」
 
「ふうん…神職と同じやな。赦すことができるようになれば一人前やって…お父ちゃんが言うてた」

 
「そっか…だから俺は颯人に半人前だって言われるんだな」
「芦屋さんが半人前とかとんでもないこと言う神さんやな」
 
「颯人も魚彦もただしく神様だよ。人を赦し、愛し、慈しんでくれる。
 颯人の修行はすごく厳しい。でも、そうされると本当に嬉しいんだ。俺の事ちゃんと認めてくれてる、隣に立たせようとしてくれてる。
 俺は颯人の言う通りまだ半人前だけど」


 
 にっこり笑うその笑顔が、眩しい。
 芦屋さんは、心の根っこが綺麗なんよ。私もようやくわかった。何もかもを知らないで生きてきて、偉い神さんが降りた理由はこれや。
 
 神である颯人様に厳しくされて嬉しい…憎まれ口ばっかり利く私をみてかわいいやで。信じられん。
 でも、そう言うところがいいと思う。
 私は憧れる対象ができた。
 芦屋さんみたいに、なりたい。

 

「私、強くなってスクナビコナ返してもらえるように踏ん張るわ」
「うん、そうしてくれ。俺も期待してるし手伝うからさ」
「…うん」
 
「あー、ヤバい時間だ。早く寝ないと徹夜になるぞ」
「……うん」

 タバコを袖にしまって、芦屋さんが席を立つ。
 椅子をきちんと戻して、袖の袂を押さえながら手を挙げて優しく窓を閉める。
 所作振る舞いは人となりを表す言うんはほんまやな。

 障子戸を開けて、畳の上に立った彼の浴衣をつまみ、ついと引っ張る。
 驚いた顔の芦屋さんが振り向く。
 あんたの方が可愛い顔してるんよ。
 目がこぼれ落ちそうやんか…。
 
「ありがとうさん」
「お、おう、また明日な。おやすみ」
「うん」


 
 スタスタ布団に向かった彼は何故か颯人様の所に潜ろうとしてる。
 何でなん????

「真幸…浮気は許さんぞ」
「なんだよ浮気って。そっちつめてくれ」
「うむ。近う寄れ」
「なんで腕枕なんだよ。やめろ」
「寝る時間が短い。我が癒してやろう。魚彦が傘下に入った福音ふくいんだ」
「えっそう言うのできんの?頼む!」
「応」

 颯人様が腕を広げて布団を持ち上げ、そこに入った芦屋さんが抱きしめられてる。
 …いや、おかしいやん。回復は同衾関係ないやろ??


 
 颯人様がちらっとこちらに視線を送ってくる。
 
(余分なことを言うなよ。小娘。真幸は我のばでぃだ)

 睨まれてしまった。
 …なるほど、ライバルってことやな。

 

 障子戸を閉めて、男二人分膨らんだ布団を眺める。
 バディってあんなに密着するものなんか?わからん。

 なんとなく悔しい気持ちになりながら布団に潜り、目を閉じる。
 私かて花の二十代女子なんやからな。
 負けへんで。


 ふん、と鼻息を荒く落として目を閉じた。
 
 
 
 

  

 




 
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