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第二部 はっぴーラブラブ生活

その2

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「あ、あの、その。お見苦しいものをお見せしたみたいでごめん…」

 現時刻 13:00。リビングのカレンダーは5月になっている。
俺…そんなに寝てたのか?颯人と勾玉を交わした後の記憶がない。気がついたら自宅にいて、そしてその自宅はとんでもない広さの家になっていて、伏見さん、鬼一さん、妃菜、アリスが引っ越して来てもう住んでるらしい。
御百度参りでアリスが言ってたのはマジでした。
 

 小さかったリビングも前のマンションより大きくなって…新しくつけられた大きな窓から海が見える。
そこからふわふわのレースカーテンを翻しながら、柔らかい日差しと春風を室内に運んで…とっても気持ちいいんだ。

 のどかな春のお昼時、俺は同居人達と大村さん、星野さんと星野さんの奥さんにまで囲まれて…お粥を抱えながら全員にじっと見つめられていた。


 
「そのように見ていては、真幸が食べられぬだろう。あまり見るな。我の真幸だぞ」 
「颯人…ちょっと離れてくれよ。それこそ食べられないだろ」

 颯人が肩に顔を乗せて、耳元で喋ってるからくすぐったくて仕方ない。
でも、くっついてると気持ちが良くて…頭がポワポワしてくる。颯人の声が聞きたくて、肌に触れていたくて仕方ない。

 

「別にいいんですよ。あなた方がいかにいちゃつこうと。目の保養でしかないんですから」

「今までを思えば癒しでしかないわ…」
「幸せの塊を見てるみたいだよな…」
「全くの同意ですねー…」
「それは確かにそうですねぇ…」
 
「真神陰陽寮のトップ達は大丈夫なんか?心配なんやが。」

 ポワポワしてるみんなを見て大村さんが呆れちゃってる。うん、あの、ごめん。

 

「それで…みんな今どうしてるの?」

「では先に現状をお伝えしましょう。学校は一期生の神継候補たちが2月から仮入学。150名程が入学しましたが、初期テストで40人が落第、本合格者110名でスタートとなりました。
 理事長は鈴村、副理事長は鬼一です。
 真神陰陽寮の鹿目からは芦屋さんを外し、鬼一をトップにして星野を新たに加入。
 営業課のトップはアリスさん。あずかりは変わらず私が差配しています。
他はほとんど変わりませんが、橋爪、加茂がみつゆびまで昇格、弓削はよつゆびまで上がりました。
目下のところ順調に運営しています。」

 そっか…みんな頑張ってるんだな。
 俺は役員を外してもらってるのか。
 じゃぁ、もう…俺の席はないのか…。


 お粥を掬って、口に入れて飲み下す。
 足が痛いけど、他は体調不良はない。高天原にいた頃のふっくらした体はガリガリになって、骨皮筋衛門になってしまっているけど。フラフラするし、足がこれじゃ…働けないよなぁ…。

 

「あのさ、足が治ったら仕事したいんだけど…前みたいにできる?営業課のペーペーでも難しい?」
 
「だめです」
「…だめか…」

 伏見さんにキッパリ言われて、しょんぼりした気持ちになり、スプーンを握りしめる。
 
 そうだよな、俺が今更戻りたいって言ったって…無理に決まってる。
この家を買い取って貯金も…半年くらいはいけると思うけど、それまでに事務所を立ち上げて、拝み屋でもするか?
ここだと僻地だし、難しいかな…。

 

「芦屋さんは、真神陰陽寮に戻りたいですか?」

 伏見さんが伺うような目線でじっと見つめてくる。そりゃ、戻りたいよ。でも難しいだろ?
俺をヒトガミとして扱っていたし、神社にも俺の名前がある。それに…。

 
「…俺は一人で、頑張るよ。みんなが一緒に暮らすっていうならそれでもいいし。自分から去って、神様としての資格を得てしまったから一緒には働けないよな。神様達が居てくれれば俺は…」
 
「そうじゃありません!!」


 
 テーブルを叩いて伏見さんが立ち上がって駆け寄ってくる。真っ赤な顔をして俺の椅子ごと自分に向けて、膝下に縋り付く。

「あなたが、戻りたいかどうかと聞いています。
 神様だからとか、自分から去ったのに今更とかクソみたいな理由をつけないでください!!
 僕は何回言いましたか?あなたを諦めない、無くさないって…何回言えばわかってくれるんですか?!
勝手にいなくなったって、高天原にいったって、あなたを絶対に見つけますから。僕は…ここだってすぐに見つけて見せたでしょう?」

「ふ、伏見さん…」
 
 
「言ってくださいよ…颯人様に言ったみたいに!天照様や月読様だけじゃない。僕だって一緒に居たいのに!
 僕は大人なんだからちゃんと自分で立てます!!あなたを秘匿した存在にして、仕事だっていくらでも作れるし、営業課になんか戻すわけがない!
 あなたを消費して、またどこかに行かれたらたまったもんじゃないんですよ!
助けすぎるのが怖いなら我々が強くなりゃ良いんです!!
 芦屋さんは、のんびりゆっくり仕事して、颯人様と優しい時間を生きてほしい。僕が責任を持ってそうできるようにします。…だから…もう一度聞きます。
 僕たちの元に戻りたいですか?芦屋さん…」

 目の中まで真っ赤にしてる伏見さんは、気配まで真っ赤っかだ。
ちょっと紫入ってるのが気になるけど。
俺の浴衣を握りしめた手が震えてる。

 

「うん…戻りたい。伏見さんと働かせてほしい。……一緒にいたいんだ」

 真剣な気持ちを受け取ったから、俺も素直な気持ちで返す。
うん、うん…と頷いた伏見さんが、ゆるゆる顔を崩していく。
 
「…芦屋さん、おかえりなさい…」
「ただいま…伏見さん」


 
 顔を押し付けられた太ももの上に涙の雫が染み込んでくる。
俺、伏見さんを泣かせてばっかだな…ごめん。本当にごめん…。

 伏見さんの頭を撫でて、肩に手を置く。身体中震わせた彼が耐えかねたように泣き叫び、みんながうるうるしてる。


 
「真幸さんは、生まれ変わったんや。体は元のままでも、もう立派な神様やんな。運命は変わった。自らを革命した真幸さんの命の行先が変わったんや。
 幸せの後に不幸は来ません。神さんとして幸せに、ずっとずっと…長生きしてください」
 
「大村さん…ありがと…」

 大村さんが微笑み、頬杖をつく。嬉しそうな笑顔に、胸がキュンとする。

 
 
「ナマズちゃんはお気に召しましたか?」
 
「あ…特注品受け取るの遅くなってごめんなさい。すごく可愛くてお気に入りだよ」
 
「ええんよ。真幸さんが生きていてくれりゃ、あとはどーでもええんです。」

 
「せやなぁ…颯人様との子供でも見たいなぁ。私も神様になれるやろか?伏見さんはどうせなるやろ?」
 
「な゛り゛ま゛す゛」

 おおう…すごい声だな。涙の染みが止まらんのだけど大丈夫か?
颯人の膝に乗った累が『うわぁ』って顔してるぞ。


 
「妃菜も神になりたいの?」
「うん。飛鳥、手伝ってくれる?」
 
「いいわよ。でも…うん…私は妃菜がそうなるなら、手加減できなくなるわ」
 
「???なんの?修行ならバッチコイやで!!!」
「…そうよねぇ、そうなるわよねぇ…」
 
 飛鳥…がっくりしてるけど、妃菜以外はみんなわかってるぞ。
星野さん夫婦がニコニコしてるし…鬼一さんもいつもの生暖かい眼差しだ。俺も応援しよう。

 

「しかし、おいそれと神になどなれるのでしょーか?芦屋さんはもともと神様でしたし。人は仙人になるんじゃないですか?鬼一さんはそれもダメなんです?」
 
「アリス、俺はどっちもならんぞ。まだ未熟モンだからな。その辺はどうなんだ?真幸。天照様と脳みそ共有したんだろ?」

 
「うん、してるよ。…人間が超越した存在になることを羽化登仙うかとせんって言うんだ。人間からなった人は仙人、生まれが神様の俺は神仙に分類される。
 神様になれるかどうかはその先の話だろうね。
神様の所属は高天原の役所で書類申請して、認可がもらえて、そこで神格と階位が決まる」


 
「そう言えばご利益は…授かるものなんですね」
 
「あれ、星野さんも知らなかったか…そうだよ、俺は神格としてご利益を授かったけど、階位は決められないって言われてさ。
 昔から仙人はいたみたいだし、今も存在してる。神様とは少し違うけど、似たものだと思う。不老不死の超越者って区分だから…そう言うのは修行次第じゃない?人としての何もかもを超えなければその資格を得られないんだって」

「そうだな、真幸に階位は当てはめられぬのだ。何もかもが枠外で前例がない。
 今頃兄上達はてんやわんやだろうな。しばらく戻れぬのは都合がよい。」

 
 颯人がにやけてる。そうなんだよなー。俺の中の神様達と天照、月読は神界法律の作り直しするらしくて。
今俺の元にいるのは颯人、ラキ、ヤト、赤黒だけだ。毎日お昼休みには様子を見にきてくれていたけど、俺が起きたからこれからかかりっきりで高天原に詰めるらしい。
 あそこにはいつでも行けるから、後で差し入れにお弁当でも届けたいところ。

 

「颯人様、仙人とは具体的にどんな感じなんですか?」 
「鬼一も知りたいのか?」

 鬼一さんは興味が湧いたのかな。颯人に質問してる。
んふふ、いいぞ、いい感じだ。


「い、一応…聞いておきたいです」
 
「ふん、まぁいいだろう。善行の施世しせい、自身の持つ技術や哲学、ただ人よりも超越した何かを持てば寿命が勝手に伸びる。その後神からの認定を得て仙人として高天原に登録される。
 真幸が仲介でもしてやればよい。高天原の役人は腰が重いのだ。骨になった修験者が何千年も経ってから仙人として迎えられたこともある。寿命を伸ばすのなら神ではなくまず仙を目指すべきだろう」
 
「そうだね。でも、俺が仲介出来るのかな。安倍晴明は半妖から、俺は元々生まれが神だし。人間からなるのは聞いてないから良くわからんままだし…」

 
「わたしはどうなんですかねー?」
「ふむ…在清は人ではないのだったな」
 
 アリスがお茶を啜って、お煎餅を齧りだした。わー、その煎餅すごく硬いやつだよ?
 よくそんなバリボリ食べれるな。歯が丈夫なのか?
偽物の勾玉も噛み砕いてたし問題ないのかな。こうしてみると確かに人ではない感じはする。
 

 
「わたしはもともと妖狐の血筋が入ってますからラキ君みたいになるのかな。大妖怪は寿命ないですよね」
 
「ん、ないぞォ。勾玉はあるが神じゃない。害されれば死ぬが、死にづらい。
 仙人も同じく死ににくいが体はどっちも生身だからなァ。怪我に気をつけて、力を強くすりゃオイラみたいに長生きはできらァ」
「んじゃわたしその線で行きます。目指せ⭐︎大妖怪~♪」

 
 アリスはルンルンしてるけど…いいのかそれで。
 伏見さんが顔を上げて、俺の膝に浄化の術をかける。
おぉ、それも出来るようになったのか…すごいな。


「落ち着きました。今後の話をします。ズビッ」
「お、おん…」


 リビングの書棚からたくさんの書類を出して、それをみんなに回してくる。
…エリートチーム、登仙計画書…。
伏見さん最初から分かってたのか!凄いな…さすがとしか言いようがない。

 

「鬼一は覚悟ができないなら別に構いませんが、生きてるうちは修練してください。足手纏いは切り捨てます。
 僕たちは真神陰陽寮の黎明を担った人間です。芦屋さんと言う神を戴き、永き時を越え、この国を護る使命がありますので。」
 
「ぐぬ…そう、言われるとなんか悔しい気がするんだが」

 鬼一さんがうめき、伏見さんが机をトントン叩きながら鬼一さんに向き直る。

 

「いいですか、鬼一。輪廻の輪が尊いと言う考えを捨ててください。永く時を生きる方が正直辛いです。登仙はリミットがあるんですからもっとキツい。
 仙人になった後も仲がいい人のしを見送り、移り変わる時代を見ながらある程度放任しなければならない。誰にも認められずにずっと働くんです。
 時にはサボったって構いませんが、僕たちが導き軌道に乗せるまでは馬車馬ですから。死んでリセットされるより長生きした方が効率はいいんですからね」
 
「む、う…」

 
 
「あなたは一番年上ですし、体がもうダメだー!と言うなら仕方ないですが。よく考えてください。
 そして、我々が仙人になるためには芦屋さんが必要です。我々を鍛えていただきたいですし、あなたを世の中から隠すためには一緒にいるのが一番効率がいいんですよ。
 すでに神様となっているあなたは真神陰陽寮では秘匿されています。一期生で初期テストに落ちた者は全員記憶を消し、退学させました。今後もそうなります。
 芦屋さんを表に出すのは危険です。蘆屋道満のように朝廷から遠ざけなければ、ボロ雑巾のように使い古されてしまう。」

「ボロ雑巾…そこまで?」
 
「確かにそうですねー。真幸さんは一度決めるととことんやり込む性格ですし、人が良すぎて断ったりできません。あのめんどくさい人たちは相手にできませんよ!」
 
「そうでしょう、そうでしょう」


 
「アリスも伏見さんもひどくない?俺そんなにか?」
「「はい」」
 
「曇りなきまなこで頷かれたーなんでだー」
「仕方ないと思うぞ、真幸」
「私もそう思います…」
「否定できひん」

 鬼一さんも星野さんも…妃菜まで頷かないで。酷いよ!

 

「とりあえず向こう百年あたりまでは真神陰陽寮の仕事をして、その後は僕たちでここに事務所を移します。それまでにコネクションをたくさん作って、不労所得でも作っておけばいいでしょう。」
 
「おぉ…なんかすごいな…伏見さん本当に優秀だな…」


「ふん!そうですよ!芦屋さんは怪我が治るまで有休消化です。足が動きませんし、老後のように毎日ぐうたらして颯人様といちゃついててください。
 生活費は年金がありますので正直働かなくても生きていけます。我々が仙になるまでは持ちますし、後であのカードは返しますからね」
 
「ほぁ、はい」

「あなたは営業としての仕事ではなく、登仙計画に携わり、社会に評価される事なく僕たちと共にこの国を支えていくんです。
 芦屋さんは高天原にも海外の神にもコネクションがあるのでその辺りも繋がなければなりません。…神降しの時の装束は、異国のものでしたね」

「う、はい。そうです…」

 スケスケひらひらのアレか。
 伏見さんも見てたのか…そうだよな。

 

「高天原には海外の神様もいらっしゃるんですね?」
 
「うん。観光施設が山ほどあって、俺は温泉三昧だったけど…世界中の神様が来てた。あの服はイナンナ…シュメール神話のイシュタルからもらったんだ」

「あぁー!私が見えたんはそれかな。なんや、縁があったんやな。そっくりやもんな、運命的なもんが」

「それは全力で否定したい。たわわなおっぱいでバインバイン顔を殴られるし、温泉入るのに掛け湯しなくて怒ったし、やることなす事すんごい雑なんだもん。   
 日本のギャルみたいですぐにwwwって草はやすんだぞ?お互い『似てねーな』で合意済みだ」

 妃菜がポカーンとした後に、顔を覆って笑い出す。…おい、隠せてないぞ。

 
 
「そう言うことなら高天原とも交渉しましょう。そうですねぇ、目指すところは日本の安寧と、世界の神様への架け橋といったところでしょうか。
 さて、芦屋さん、条件面のすり合わせですよ。覚えてますか?」

「んふ、懐かしい…アレまたやるのか」
「セオリーですから。」
「うん、わかった」


 
 伏見さんがふん、と鼻息を荒く落として、幸せそうに笑う。
みんなにも笑顔が広がって、優しい気持ちになる。

 

「衣食住保証、厚生年金の支払い免除、お給料も今までの3倍でます。僕たちはずっとそばにいて、颯人様達ともずっと一緒です。結婚式も楽しみですし、子供も楽しみですね。
 これからも、僕たちと…僕と一緒に働いてくれますか?お側に置いてくださいますか?」

「お給料やらなんやらは任せるよ。暮らしていければいい。みんながそばに居てくれるのはすごく嬉しいし、一緒にいたいから願ったり叶ったりかな…。あの…け、結婚とかそうあの、アレはしばらくお待ちください…」

 颯人。笑うな。くっついてんだからわかるんだぞ。

 前と違って立ち上がれないけど、背筋を伸ばして、しっかり腰を折り、頭を下げる。


 
「よろしくお願いします!!!」

 

 あの時、全ての始まりだったこの言葉が懐かしく響き、俺の胸の中に得られた全てのものを去来させて幸せな気持ちになる。

 
 ここからが、再スタートだ。
顔を上げて、伏見さんに向かって微笑んだ。

 
  
 
 
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