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第二部 はっぴーラブラブ生活

閑話 エンダー!!

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「じゃあ、ここは弓道場、あっちに体術とか剣術用の道場、その向こうに術訓練用の結界付きフィールド…あと何か必要な物あるかな?」

 
 浜辺沿いにドカンドカンと音を立てて建物を建てていく。
やー、最近仕事出来てないから力が有り余ってるんだ。放出できて気持ちいい。

 頭の中で作り上げてから建物を丸ごとポンと置く感じにしたら、時短になるんじゃないかなと思いついて…その実験だ。
 ユニット工法という、あらかじめ作っておいたものを組み立てるやり方なんだけど。プレハブ工法とも言われるらしい。
 
 頭の中では骨組みから作っているから強度は在来工法とあんまり変わらない筈だが、どうだろうな…。これも建てて使ってみなければ分からないし、今日の建立は全部これで行こう。
 

「なーんか物足りない気がするんだ…」
「これだけありゃ十分じゃねぇか?あんまり霊力使われると、ヒヤヒヤするな…」
 
「せやな…まだ病み上がりなんやから無理せん方がいいんちゃう?大丈夫なんか?」
「もう大丈夫だよ。二人ともすっかり心配性になっちゃったな…」
 
「誰のせいやと思てるの?」
「鈴村といるとツッコミせずに済むからいいな。平和だ」
「アホなこと言わな!鬼一さんは私がいない時ツッコミやろ?付き合うたるから後で練習しましょうね」
「…何でだよ。」
 
「二人ともノリツッコミすごいな…漫才コンビか?」
「「コンビじゃない」」
 
「息ピッタリじゃん…」

 
 現時刻10:30。俺の足が治るまですんごい時間かかって…もう夏真っ盛りだ。ミンミン蝉が鳴いてる。
 
 俺も毎日少しずつ運動して、ようやく自分で歩ける様になった。 
 今日は鬼一さんと妃菜の休みがたまたま一緒で、自宅付近に修練場を作るのに付き合ってもらってるんだ。
 
 魂による負荷での怪我は治りにくいし、治癒ができない。何かあった時に運動できる場所が必要だって分かったし、今回は本当に勉強になったケガだったな…。うんうん。

  
 
「突っ込みたいところだがスルーとやらにしておこう。海風があるのだから防風林が必要ではないか?吹きさらしでは建物が歪むだろう」
 
「颯人、ありがとう。防風林って松だっけ?」
まさきという木があったな」
 
「あれはひょろひょろしてるしなぁ…あ、じゃあアクセントで入れるか。松の間にオウゴンマサキでも入れよう。あれは実がなれば漢方薬になるし」
 
「それはよい。其方の術は黄金色こがねいろだからな」
「へへ、そうだね」
 
 はーい、じゃあそういう事で。
建物の海側に沿ってずらっと松の木と柾を生やす。いいぞー、黄色と緑のコントラストが素晴らしい。
 こうなってくると浜辺一帯を買っておいてよかったな。『土地があるに越したことはない』と言う不動産屋さんのアドバイスは的確だった。

 
  
 しかし、なんか忘れている気がする。
 うーん…。モヤモヤするな…。
 
 松の木のゴツゴツした木肌に触れて、目を閉じた。
気持ちいいな。植物に触れると大地の息吹を感じられる。
 治癒の術のイメージってこんな感じだよな。地涌出ちわきいでて、あふれて、満ちて…。

 治癒…あっ!思い出した!
 


「そう言えば、魚彦に病院っぽいの作って欲しいって言われてたんだ」
「真幸…病院まで始めるのか?」

「んにゃ、応急手当てとかは俺も習いたいし、治療術も教えてくれるって。鬼一さんもよく怪我するんだから覚えないとだろ?」
「確かに…使えた方がいいだろうな」
 
「魚彦の影響なのか治癒術は俺もできるけど、原理が理解できてないから…ちゃんと学びたいってのも相談してたんだ。訳もわからず使ってるから、人に教えてあげられないしな…」

「せやな…私も少しだけできるんよ。魚彦みたいな神さんが宿れば、使い方が分かる感じちゃうのん?真実の眼で見ればわかったりせんかな?」
 
「あっ…そうかも。妃菜、後で見てもらえるか?原理がわかれば応用もできると思うんだ。魚彦が落ち着いたらしっかり習うとしても、予習はしておきたいし」

「真幸らしいな。後でじっくり見たるわ。そしたら私にも教えてな」
「うん!お願いしまーす」


 妃菜がにっこり笑ってくれる。お互いまだまだ勉強が必要だな。
 
 よし、じゃあ病院ちっくな建物を建てよう。場所は家の真横でいいか。
 なんか建物のシンボルが欲しいなぁ。神話だと魚彦は草で編まれた舟に乗せて流されていたんだけど…乗っていた船は天乃羅摩船あめのかがみのふねで出来ていたとされる。現代ではガガイモの事だ。
 
 スマホをぽちぽちして、ガガイモの葉っぱを調べる。
何これきゃわいい。ハート型じゃん。そう言えば、神紋にもこれがあったな。
なるほど、なるほど。
 

 
 白い木でできた赤い三角屋根のお家。ハート型の葉っぱを一つ、神紋にしてまん丸の看板に記し、ドアの真上に掲げる。
 
 建物のイメージは魚彦が流れ着いたと言われている、島根県の美保関みほのせきにある灯台。
 赤い三角屋根に白い木の壁、真っ白灯台のてっぺんはガラス張りだ。なんともファンシーで北欧っぽい作り。…可愛いな、なかなか良い出来だ。

 
「よし、これで出来上がりー。」
 
「さすがにここまでの建築物は俺には無理だな。社ならともかく、構造がわからん。」
 
「わたしも無理や…伏見さんが建築の専門書読んでたんはこれやんな。骨組みとかもようわからんし…ただ建てればええってもんやないって事や…」


 
 ふ、と笑った颯人が俺の腰を引き寄せて、くっついてくる。

「真幸にできぬ事などないのだ。これだけ建てれば溜め込んでいた物がスッキリしただろう?ん?」
「んぁ?ま、まぁね?なんなんだそのニヤケ顔は」

「何かやらしいやんな…」
「私もやらしいと思うわ」
「俺はノーコメントだ」

 ええい。乙女同盟はやかましい。

「変なこと言ってないでちょいと試しに道場使ってみよう。まずは弓かな」

 
 
 胸元から扇を出して、和弓に変える。
みんなで弓道場に入って、正面の神棚に一礼し、中に備えた的を眺める。
 
 俺にくっついていた颯人が離れて、着物の帯をキツく締め直してくれた。

「ありがとう」
「あぁ。しっかり絞めぬと身体の軸が揺らぐからな。帯で腰が落ち着くだろう」
「あ、だから弓道の道着が着物なのか…なるほど…」

 
 そう、俺は日常着を完全に着物に変えました。
俺も神様達みたいに、イメージするだけでお洋服変えられるからさ。今日はお試しだしそのままでいいか…。
 着物は暑いと思ってたけど、風があれば意外に涼しいもんだ。
脇から首へ、足元から全体に風が通って汗もよく吸ってくれるし。
 


「そういや、真幸は鴉天狗に弓使ってたよな。いつの間に覚えたんだ?」
 
「あー、あれはまだズルしてるんだ。俺は勾玉山ほどもらってるからさ。本当に身につくまでは、勾玉の主にサポートをしてもらってるんだよ」
 
「弓は那須与一なすのよいち、剣術は塚原卜伝つかはらぼくでん、体術は真幸のおりじなるだな」
 
「うん。憑依というか何というか。勾玉をくれた人の技術を、そのまま使わせてもらえるんだ」

 

「ま、待て…塚原卜伝だと!?剣聖じゃないか!!」
 
 鬼一さん、いい反応だな。目がおっこちそうなほど開いてびっくりしてる。

「とりあえず弓を試してから剣術やろう。待っててね」
「お、おう!」 

 鬼一さんのピカピカ笑顔を見送り、弓をしっかり持ち直す。足を開き、矢をつがえて弓を開いた。
 目の中でキュルキュルと音を立てて、的に合わせてポイントが定まる。
体の呼吸を整えて、お臍の下に力を込めて矢を放つ。

 スパーン!といい音が響いて矢が的に刺さる。若干外したな。
施設的には問題ない。俺に問題ありか。
 
(左足の骨がややくっつき損ねています)
(軸がぶれてるのはそれか。与一さんありがとう)
(どういたしまして)

 手首の神ゴムから与一さんがアドバイスをくれる。ありがたやー。

 
 
「次は道場に行こうか。鬼一さん、一戦どう?」
「是非に!!」
「ふふ…血気盛んなのもよいな」

 鬼一さんが叫んで、颯人が笑う。
 妃菜と飛鳥は苦ーい顔してる。


「真幸、あんま汚すなや。新築やで」
「そうよ。大村神社みたいなのはごめんだわ」

「怪我なんかさせないよっ。鬼一さんの腕は確かだし、俺も対戦自体した事ないから楽しみだな」

 弓道場を出て、伸びたり縮んだりしながら準備運動して道場に入る。
ここでも神棚に礼をして、壁に備えた竹刀を手に取った。

 

「鬼一さん、好きなの使って」
「おう!!」

 鬼一さんはスーツのジャケットを脱いでワイシャツの袖をまくり、ネクタイを外す。
 ヒノカグツチとイケハヤワケノミコトを顕現して二柱が俺と鬼一さんの間に立った。
 

「審判してくれるのか?」
「そう致しましょう。…真幸殿…をくれてやって欲しいのですが」
 
「ヒノカグツチ!?お、俺はそんなのいらないぞ」

 真っ赤な長髪を一つに纏め、神継と同じスーツ姿のヒノカグツチが鬼一さんのおでこにデコピンしてる。

 
 
「馬鹿者。塚原卜伝だぞ。生ける伝説として剣聖の名を納め、秘技一之太刀ひとのたちを創り出した御仁だ。
 その方に真幸殿は使い手として認められている。相手の力量を見誤ると怪我をするぞ」
 
「む、むう…」

「認めてもらえてるかは怪しいところだけど…んじゃ俺の武器はこれで行こうかね」

 竹刀を置き場に戻して、神器を緋扇に変え、それを逆手に持つ。リーチの差がハンデになると思うんだけど、どうだろう?
 
 そう言えば、俺の神器はいつの間にか一つになってる。天照を降ろすときに重ねたから合体したのかな。颯人の勾玉&神器は俺の中に溶けてるし。
 みんなみたいに一色じゃないのが不思議なんだ。それぞれの武器に合わせて勝手に材質が変わるんだよな…。
 
 緋扇は伝統的な木で、天照を降ろしてから白檀の木に固定されてる。小ぶりの鈴とカラフルな鈴緒すずおが垂れ下がってて、巫女舞に使うそのままの様相なんだ。短刀くらいの長さはあるかな?

 

「そんな短い獲物で行けるのか?」
「間合い的には十分だと思うよ。剣術は刃の長短じゃない。鬼一さんもよく知ってるだろ?」
 
「くっ…確かに。ご指導よろしくお願いします!」
「こちらこそ!」
 
 鬼一さんは真剣な顔で正面に立って背筋を伸ばす。
俺もそれに倣って背筋を伸ばし、お互い礼を取った。

 
 
 お、抜刀術で来る感じか?
 体を低くして、左手に持った竹刀に手を翳し鬼一さんの体に霊力が漲ってくる。
 いい色だな…鬼一さん相当強くなったみたいだ。チートで申し訳ないけど、鬼一さんの何かになれたら嬉しいから…頑張ろっと。

 
 俺は右手で檜扇をまっすぐ鬼一さんに向けて、刀をイメージ。
 剣聖塚原卜伝さんの奥義は『一之太刀』。これは刀と一心同体になるってやつだ。色んな剣豪たちが俺の体を試して行った結果、一番相性がいい彼が残ってくれたんだよな。
 贅沢な事してしまっている自覚はある。どう生かさせてもらうか、今は勉強中だ。
 

 
 檜扇を構えた瞬間に、鬼一さんが息を止める。冷や汗を流して、微動だにしない。
 
 うん、凄いよ。これがわかるなんて…。
身体中に神力を回して、俺の体の一部になった緋扇は…長い刀のように見えているはずだ。

 
 卜伝さんの剣は一撃必殺だから相手も自分も無為に動くと命取りになる。
初太刀に全てを込め、ニノ太刀、三ノ太刀は使わない。
 でも、これもちゃんと作戦を練ったり対策を考えた上でのやり方なんだよ。そういうとこ、俺と気が合うんだ。
 かっこいいだけじゃない。泥試合になったって勝ってやるっていう、気概がたまらなくいい。
 

 
 そろそろ、鬼一さんはじれて来るはず。息ができない気合いを発しているから、キツくなって来る。少し体を動かして、隙を作って誘い込むか。
 
 体を僅かに動かすと、鬼一さんが目を見開き走り込んで抜刀し、俺の顔寸前に竹刀が振り抜かれる。
 振り抜かれる瞬間に彼の右足が前に出て、くりっと外側を向いた。鬼一さんのニノ太刀の筋が見える。
すごく綺麗でまっすぐで、隙がない。鬼一さんの性格そのものだ。

  
 手首を返して切り返す鬼一さんの竹刀の先を避け、柄を突いて軸を崩し、俺は力を受け流すためにクルッと回って、手首を扇で叩く。神経の真ん中だからこれで上腕まで痺れる筈だ。
 鈴が鳴り、鈴緒が舞う。竹刀を取り落とした鬼一さんが足払いをかけてきて、飛び上がった。

 わは、たーのしい♪
 
 飛び上がりながら鬼一さんのおでこをちょこんと突き、その反動で背後に距離を取る。

「一本!」
 
「っだああぁーーー!!!」
 
 鬼一さんが寝っ転がって悔しそうに叫んでる。塚原卜伝さん相手にあそこまでできれば凄いんだけどな。
刀を落としても首は落ちず。の心も素晴らしい。



 
「真幸…美しかった。そなたの剣は…舞のようだ」
「ちょ、颯人…くっつかないで。まだ終わりの礼してないだろ」
 
「相手があの様子ではまだ時間がある」
「だ、だめ…ちょっと。変なとこ触んないで!」


「目も当てられんやないの…何やのこの茶番。隙あらばこれなんやな?」
「本当にねぇ。羨ましいわねぇ…」
 
「鬼一…そなたは手を尽くしていた。まだ人なのだから落ち込む必要はないぞ」
 
「イケハヤワケノミコト…余計に落ち込みます…それは」
「塚原卜伝相手なら仕方あるまい。よくやったぞ。其方の剣もまた一流に近づいている」

 ヒノカグツチとイケハヤワケノミコトが鬼一さんを慰めてる。ふむ…俺の役がなくなってしまったな…。
何となく寂しい気持ちになってしまう。

  

「うぐ…俺も、俺も仙人になる!!!真幸!弟子にしてくれ!!!」
「えぇ…うん…仙人はいいけどさ。俺に剣を教わっても、大して参考にならないと思うよ」

「何でだ?」

 きょとんとしたままヒノカグツチに頭を撫でられてる鬼一さん。なるほど、そういう感じのバディになったんだ。
ほのぼのしてる感じでとってもいいな。


 
「俺は元々護身術というか…珍妙なやり方で身を守ってたから、その癖が出て来るんだよね。塚原卜伝さんの剣は若干台無しにしてる感じがある」
 
「そうだな、お主はもさい内から妙な輩を惹きつけておったからな…」
「ハイ。」

 そうなんだよなぁ…生保の営業をしてた時は酷い目に遭いかけた。体がヒョロいからなのか、侮られることが多くて。
 契約が欲しければ夜の接待云々、とかよく言われたし。小学校から高校生までずっと変なおじさんに襲われることも多かった。

 

「体術…どんなもんなんだ?」
「見てみればわかるか…。颯人」
「応」

 
 道場の中、2人で立ち合い鬼一さんとヒノカグツチがはけていく。
着流しは無理だな。下を袴に変えて動きやすくしておこう。

「んー、んー…飛鳥もやってくれる?」
 
「えっ?飛鳥もなん??」
「ニ対一なのか…」
「いいわよーん」

 1人想定で動いたことがないからな…2人が正面に佇み、じっと観察する。
颯人は足も手も出すけど飛鳥は手だけかな。よし。
 

「ゆくぞ」
「おう!」


 
 颯人と飛鳥が両側からかけて来て、飛鳥が拳を振り出してくる。拳の軌道から僅かに避けて、相手の手首を親指と人差しの間で支え、行き先を変える。飛鳥の脇の下に手を差し込んで力を進行方向左手に加えて流し切る。
 そのまま飛鳥の腕に沿って回転し、背中をくっつけて体を地面に押し倒す。
 
 颯人が飛鳥の影から飛び出してくる。足を横凪に振ってきた。
 俺はバランスを崩した飛鳥に空中で背中をくっつけて、颯人の蹴りを避ける。
 
 倒れ込みながらうつ伏せになろうと体をひねるが、俺が倒れ込む先を予測した飛鳥が地面を転がって仰向けになり、途中で止まれない俺と向かい合わせになって抱きしめ、羽交締めにしてくる。
 
「いらっしゃーい♡」
「満面の笑みやめてー」

 おわー。飛鳥力つよっ。
 
 
 俺は抱き合ったまま床に膝立ちになって、飛鳥の顔に自分の顔をグッと近づけた。飛鳥がびっくりして腕の力が緩む。
 
 びっくりした顔の下、首に頭を埋めてそのままでんぐり返し。お尻の下で飛鳥が『ぷきゃっ!?』て言ってる。ごめんて。

 飛鳥の腕から抜けて、逆さまになったところで颯人に足を抱えられ、プラーンと持ち上げられた。

 
「捕まえたぞ」
「んふ、どうかな?…よいしょっと」
「ぬっー!?」
 
 背中側にある颯人の膝の裏を反り返りながら抱えると膝カックン状態、蹲踞そんきょ姿勢になる。
 俺の足を抱える颯人の手が緩んだ。かっくん姿勢になった颯人の太ももに圧力をかけて、自分の体をお腹側に丸くなる。
 颯人の胸に密着した膝裏へそのまま体重をかけると体がバタン、と床に倒れる。
 
 完全にひっくり返った颯人の首を太腿で絞めてフィニッシュだ。


「こんな感じー」

「あらぁ。してやられたわね。真幸は体が柔らかいから、ナマズを捕まえるみたいだわ。力技が意味無しになるわねぇ」
「…このまま締め殺されてもよいな」
 
「あっ、ごめん颯人…大丈夫か?」
 
 足の力を緩めて顔を覗き込むと、颯人がニコニコ微笑んでる。…なんで笑ってんのさ。


 
「いや、なんというか…飛鳥殿のいう通りヌルヌルうごくナマズみたいだ。どういう原理なんだ?」
 
「正直さっぱり意味わからんのやけど。なんで飛鳥から抜けれんの??なんで息切れすらしやんの??」

 鬼一さんも妃菜もハテナマーク全開だ。ヒノカグツチとイケハヤワケノミコトは顎を摘んでほうほう、と頷いてる。

 

「子供の頃に覚えたやり方でさぁ。護身術が元なんだ。力は受け流す、力点作用点を利用する…要はテコの原理を多用するから俺自身は力を使わないんだよ。
人の体を利用してるからあまり疲れないしね。
 相手の関節を曲げれば、力が強くてもどうにかなるんだけど…俺も本能で動いてるから、よくわかってはいない」

「「なるほど…」」
 
 鬼一さんと妃菜が頷く。おかしなやり方だからなぁ。参考にならなくてごめんよ。
 
 

「…真幸…心臓が破裂しそうだ」
「えっ!?な、なんで?」

 颯人が両手で顔を覆ってる。…なんで俺の太もも抱えてるの?耳まで赤くなってるのはなんだ?どっかぶつけた?

「股座におさめられて…押し倒されている…たまらぬ」
「はあっ!?えっ、ちょ…足離して!」
 
「いやだ。ここはとてもよい…」
「颯人!やめろって!んふ…くすぐったい」

 颯人が太ももをさわさわするもんだからくすぐったくて仕方ない。
こら!裾から手を入れるな!!


 
「もう何やってもこうなるんだな。俺はよくわかった」
「せやな…ほんまやな…」
 

 ん?なんか…妃菜が元気ない。
いつもより声が小さいし、少し震えてる様な…。
 みんな様子がおかしいのに気づいたのか、妃菜に一斉に視線が集まる。

 
 
「な、何やのみんなして。可愛い妃菜ちゃんを見つめても何もでないで?」

「まぁー、そうなのー??」

 ぎこちなく笑った妃菜に飛鳥が駆け寄って行く。
 妃菜を持ち上げてくるくる回り始めた。そうか…あれが飛鳥のやり方なのか…。口は笑ってるけど飛鳥の目が真剣だ。妃菜をじっと観察してる。
妃菜の事、本当に大切にしてるんだ。

 
「わー!なんや飛鳥ぁ!」
「可愛い妃菜ちゃんに…お茶でも淹れてもらおうかしら、と思って。運動したら喉が渇いたわねぇ」
 
「んはは!目がまわる!ほなそうしよ。みんな待っててやー」

 2人が道場から出る一瞬に妃菜が飛鳥にしがみついた。飛鳥は険しい顔をしてる。


 
「…どしたんだ…妃菜…」
「ふん。小娘の成長期だ。放っておけ」
 
「颯人…」
「む…むむ」
「なぁ、颯人ってば…」

 颯人の体を起こして、着物の裾を引っ張る。妃菜が心配なんだよ。見に行きたいけど1人じゃやなの。

 
「わ、わかった!気配を隠せ」

 鬼一さんが二柱の顕現を解き、俺にくっついてくる。苦い顔で颯人が転移の術をかけて…三人で姿を現したのはキッチンの扉前。
 そっと中を覗き込むと、妃菜が泣きじゃくっていた。


 
「ひっく…ごめ、飛鳥…」
「いいのよ、泣きたい時は泣きなさい…私がそばにいるわ」
 
「っ…う…真幸が幸せそうなんが嬉しいんよ。でも、でも…もう私には本当に、手が届かないってわかってしもて」

 あっ…そ、そういう感じか。気まずいの極みパート4とか言えない…。

「真幸が遠慮すれば、鈴村はさらに傷つくのだ。其方も我も見守るしかない」
 
「うん…」

 
 
「なぁ、真幸はどこまで凄いん?私何もできひんのに」
 
「そんなことないわ。妃菜はちゃんと成長してる。毎日一生懸命頑張ってるじゃないの」
 
「頑張っても…あんな風になれるんか?私、戦うのはみんな人任せやんか。飛鳥にやらせて、指揮とってるだけで…」
 
「何言ってるの。全体を指示する人がどれだけ大切なのか教えたでしょう?
 成長なんて人それぞれだし、みんな担当があるの。なんでも出来なきゃ駄目って事はないわ。
 妃菜は将門との戦闘時も、国護結界を繋ぐ時も、役割を果たしていた。
 普段のお仕事だって自分のだけじゃなくて他の子の担当までお手伝いしてる。
皆んなに心を砕いてお話しして、ちゃんと全部できてるわ。伏見も信頼して任せてくれるでしょう?」


 大きな飛鳥が膝を折って屈み、妃菜の涙を拭ってる。
 切なそうな顔して…妃菜のことが好きなんだな、って気持ちが伝わって来る。
胸がきゅんきゅんするんじゃぁ…。

 
 
「ほんま?私ちゃんとできてる?」
 
「えぇ。妃菜はいつだって恋も仕事も一生懸命よ。一途に真幸を思い続けて、それが叶わないと知ったって、傍にいてあげられるじゃない。
 優しい気持ちであの2人を見ているでしょう?」
 
「だって、真幸は辛い思いばっかして来たんや。誰よりも幸せになってほしい。
 でも、悔しいんよ…。真幸に追い付きたくても追いつけない。隣に並ぶには伏見さんかて必死で勉強してるんや。
 真幸を一番幸せに出来るんは私じゃないって思うけど、せめて何かの役に立ちたいんや。なのに…っ!?」


 
「なるほど…そういう手段もあるのか」
「は、颯人!見ちゃダメ!」
「……俺は何も見てない。見てないぞ」

 颯人の目を俺の手で塞ぎ、鬼一さんに振り返ると目を閉じて真っ赤になってる。
うむ、よろしい。

 あの、飛鳥が妃菜とチューしてる。
チュー、してるんだ。ちなみに壁ドンです、はい。

 

「あ…すか…?」
「ごめんなさい…」

 飛鳥が我に返ってびっくりしてる。
 
 二人が見つめあって、やがて飛鳥が妃菜の頭を撫でて、愛おしげに目を細める。
 頰が赤いままの妃菜が、一生懸命飛鳥を見つめ続けて目を逸らさない。
…ああっ!何コレ!甘酸っぱい!!!

 
 
「こんな事するつもりじゃなかった…。
 妃菜が真幸を好きでいるのを、私はずっとそばで見ていたわ。
小さな喜びを分け合って、真幸に喜んでもらうために作戦会議して…すごく楽しかった。
 あなたと2人で乙女同盟なんて言われて、嬉しかったの。もう少し、待つつもりでいたのよ。
 でも、私…妃菜が好き。真幸を思って泣いてるのが可愛くて…一生懸命なのが切なくてキスしちゃった。本当にごめんなさい」
 
「……そ……そ、そそそうなん…」

 
 妃菜が耳まで真っ赤だ…。俺も多分真っ赤だけど。颯人は俺の手をかき分けてガン見してる。やめなさい。


 
「真幸をずっと好きでもいいわ。でも、あなたのバディである私が…どんな時も必ずそばに居るって忘れないで。
 寂しい時は真幸の代わりになってもいい。私の事を頼って欲しいの」
 
「そんなん…失礼やろ…」
 
「いいのよ。私は妃菜に頼られたいの。
 颯人じゃないけど、隙あらばこうして手を出しちゃうかもしれないわね」
 
「……そうなん」
「嫌なら、もうしないわよ?」

 妃菜を抱きしめて、飛鳥が頬をすり寄せて、首に口付ける。
ハの字眉毛になった妃菜が口をぱくぱくして、黙り込んだ。

 

「いい?」
「……わ、わからん…」
 
「いや?」
「い……いやじゃないから困ってんの!」
「まぁ…嬉しい。ふふふ」

「…あの…その…」
「妃菜、焦らなくていいわよ。私の事をコレでちゃんと意識してくれるでしょう?嫌な時はちゃんと言ってね。私が我慢できるうちに」
「……ハイ」
 

 
 わあぁ!わあぁーーー!!!
俺の頭の中にはあの有名な
「エンダーーー」の曲が流れ出した!
 
 飛鳥のあの顔!見て!カッコいいな…。こう、飛鳥は…妃菜の気持ちを大切にしつつ、自分の手の中に入れて離さないというか…。

 妃菜は妃菜で心の底では飛鳥がいつの間にか大切なパートナーになっていたと言うか…あぁ…ため息が出ちゃうよ。俺まで幸せな気持ちになる。
 
 飛鳥はなんだかスマートだし、優しいし、凄い…。スパダリだ!!

 
 妃菜の頬を指の背で撫でて、飛鳥が優しく微笑む。
二人がもう一度唇を重ねて、俺は飛び出しそうな悲鳴を両手で必死に抑えた。
 
 
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