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出雲編

誓い

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「では、これより我と真幸の婚礼を行う。此度はお集まりいただき、感謝する。
 神有月の神議りも無事に済み、天津神、国津神は手を携える事となった。その証としての意味も持つ式だ。
あまり畏まらず、心安く見守って欲しい」
「…………」

 現時刻、12:45。
 は、颯人が仕切ってる。何が起きてるんだかさっぱりわからない。え、初めての展開だよね?俺は知らないんだが。

 

 神楽舞台の上では伏見さん、白石、鬼一さん、妃菜と飛鳥、アリスと親父が俺たちの傍に立ち並び、俺の横には颯人、その奥で大村さんがなんか隠し持ってる。何で隠してるの?
 客席に向かって喋ってるんだけど、本当に何にも教えてもらってないから何もできん!

 あっ、クシナダヒメたち颯人ファミリーがやって来た。
客席のみんなに何か配ってる。…何だあれ?

 

「まずは、此度の神議りの第一目的である〝天津神と国津神の結びつきを〟意味するところから説明しよう。
 我は素戔嗚尊。皆、知っているな。我がいかにして高天原で大暴れし、兄上に高天原から追い出されたか」

 みんながクスッと笑う。颯人って、こんな話し方できるの?びっくりなんだけど。


「我は天津神として生まれ、国津神になった。我の伴侶である真幸は元々国津神だが、国護結界を成し、我の失われた魂を取り戻すための縛りとして天津神に転属した。
 我らは影と光、陰と陽。それぞれがお互いの属性を持ち、魂を分かち合い、全てを共にする。我らが別たれる時はこの世の全てが終わるだろう。
 故に、我が生涯真幸を愛し抜く事がこの国を永久とこしえに保つことと同意義になる。
それを誓うことが、此度の式での目的だ。」
 
「ふぁ…はやと…」

 肩を引き寄せられて、体がくっつく。
颯人が微笑んでいる。眩しい笑顔だ。凛々しい顔に、颯人の決意の証が見える。カッコいい…。


 
「真幸を、永遠とわに愛する。そなたは我と共に生きてくれ。我はそなたの命であり、そなたは我の命だ。二度と別れることなく、ずっと共にある。
 皆に誓うのもそうだが、我ももう一度そなた自身に誓う。…よいな?」
「……はい」

 顔が熱いまま答えると、誰かが鼻を啜って、それが伝染していく。
今日はみんな泣いたり笑ったり、忙しいな。
 でも、うん。それがとてもいい。俺は…すごく嬉しい。


 
 俺たちの結婚式は神前式でもあり、人前式でもある感じなのかな…。かなり独創性の高い結婚式だけど。
 

「俺は…何も言わなくていいの?」
「其方の愛の囁きは我のものだ。誰にも聞かせぬ。たまには最愛の人に『漢だ』と思わせたいのだ、今日は任せて欲しい」
「うっ…はい」

「今さら言わなくてもみんな知ってるしな」
「ほんまやね。」
「んふー。真幸さんのその顔最高ですね」
「それは僕のセリフです、アリスさん」

「うぅー…」


「顔が赤いぞ。…そのたの熟れた果実も我のものだ。そのように愛い顔を見せるな」
「す、す、すきでこうなってんじゃないのっ!」
「仲間に見守られながらこうするのが、結婚式の醍醐味ではある。だが、他の者に視線を送るな。我だけにその眼差しをくれぬか」
「…………………………くぅ」


 
 思わず不安になって聞いてしまったら、強烈なカウンターを喰らった。
 颯人が言うように俺はおそらく真っ赤だろうな。間違いない。言われなくても誰の目も見れないよっ!
心臓さん、勘弁して。今日の心拍数やばいことになるから鎮まりたまへ。

 
「フゥーーー!!いいぞーもっとやれ!!いちゃつけえぇーーー!!」
「イナンナ!ヤジを入れるでない!」
「魚彦うるさっ!!いいぢゃん。心やすくって言ってたぢゃん!!」

 イナンナが立ち上がり、手に持ったタンバリンを打ち鳴らしている。
何で持って来たのさ。打つの上手いな。

 

「魚彦、よいのだ。真幸らしいだろう?そのようにして楽しく賑やかして欲しい。」
「イェーイ!さすが真幸の旦那ー!!」
 
「颯人が言うなら良かろう。はっ!裾を上げるでない!見えてしまうじゃろう!」
「ケチケチすんなしー!」

 みんなが笑って、イナンナが調子に乗ってる。…まぁいいか。かっちりしたのよりその方がいいもんね。


「さて、では皆に誓ったところで指輪の交換だ」
「えっ!?指輪あるの!?」
「ある。贈ると約束しただろう」
「そ、そうだけど…颯人が指輪買うとか想像できない」

 大村さんが三宝に乗った黒い箱を持って来てくれて、受け取った颯人がパカッと開ける。


 

「あっ!?そ、それ…」
「そうだ。其方が我に下した玉鋼で作った。これが我の役目と言うことだな」


 箱の中に、二つのリングが収められてる。陽光を弾いて七色の光が煌めき、あたりにプリズムの光が反射した。

 
「すご…何やあれ?玉鋼ってあんな光るん?反射であれなん!?」
「妃菜ちゃん、真幸さんが生んだものですから。飛鳥さんはハードル上がっちゃいましたねー」
「アリス…言わないで。頭が痛いわ」


 飛鳥が頭を抱えてしまった…ごめんて。俺もびっくりしてるんだけどね。
 
 
「真幸は武芸にも秀でている。故に刀と同じく刃紋を入れた。木目調で光を弾くと七色になるのだ。守りの結界も込めた。
 伏見達に下したものにも木目があるが、裏面に…クサノオウを入れた」
「あ…そ…そうなの?そうなの…?」

 
 伏見さん達が再びネックレスを掲げて、裏面を見せてくれる。
 小さな五枚の花弁。…あの子のお花がきれいに刻まれていた。
今日はどこまでびっくりしたり感動すればいいんだ。訳がわからなくなってきた。幸せとびっくりのバーゲンセールか!?

 
「指輪には我らの神紋を入れた」
「へ?神紋????」

 指輪のてっぺんに颯人の神紋である『木瓜紋もっこうもん』と、それを囲むようにして『芭蕉紋』が組み合わさっている。こんな細い指輪によく彫刻出来たな…。リングはシンプルな形だけど、結構細めの作りだ。戦闘したりするのに邪魔にならないようにしてくれたんだろうけど、すごい…。

 

「では、まず其方から。我の指輪を受けてくれるか」
「はひ」


 左手を差し出し、その手を手のひらに乗せて颯人が指輪をはめてくれる。
スルスルと指の奥に進む度に、パリンパリンいってるんだが。

「ここにも散々結界を張ったからな」
「な、何してんだよぉ…」
「罷り間違って他の者に指輪をはめられたくない。其方の初めては全て我のものだ。体も、心も、何もかも」
「ゔっ…」

「うわ…いいなぁ…ロマンチック」
「加茂はああ言うのがお好きですか」
「ソダネ。女の子は好きな人には独占されたいもん」
「なるほど…なるほど」

 倉橋くんがなんかメモしてる。大丈夫か?あんまり参考にしたらダメな気がするんだけど。


 
「真幸、我の指にも嵌めてくれ」
「うん」

 木箱の中から指輪を取り出す。
 うわ、本当にあったかい。気のせいかと思ったけど、指で摘んだだけでホカホカしてるのがわかる。


「其方の体温を近衛にも分け合うのは不服だが、仕方あるまい。だが、花開いた時の熱は我だけが知っている」
「颯人!もう!いちいちなんか言うのやめてよ!恥ずかしくて仕方ないんだけど!」
 
「ふふ…よいな。恥じらう顔も愛い」
「うう、うう…溶けちゃうだろぉ…」


 
「なるほど、あれが真幸くんを虜にしてるんだね」
「今日は饒舌だな…アレが本気というものか」
「天照様も月読様もメモされるんですか…」
 
「神々廻、我らは見守ると共におこぼれに預かる予定なのだ。いかにして絆すかは知っておかねば」
「そーそー。喧嘩したら攫う予定だし」
「ふふ…私の先約があることをお忘れなきよう」
「「むむむ…」」

「チッ…」

 
 も、もう無視だ!観客席の人たちは無視してやる!イデハノカミがキラキラの笑顔で見てくるから颯人が舌打ちした。


「もぉー動かないで。嵌められないだろ」
「…イデハノカミはだーくほーすだ」
「んふ、天照と同じこと言ってる」

 颯人のリングは俺のリングよりもだいぶ大きいな…。そっとはめて、お互いの手を握ると体の周りに無数の文字が浮かび上がってくる。うん、凄いね。


 

「うわ…見てくださいあれ…全部結界ですよ!?」
「…触れるのかあれは真幸に。消し飛ぶんじゃねぇのか」
「鬼一さん、俺たちは特別だからいける。勾玉もあるし。多分」

「ふ…近衛は触れるだろうな。真幸が真に心を許さねば触れられぬぞ」
「………仕事にならんだろそれぇ…」


 無数の結界展開がいつまで経っても終わらない。何なんだこの鉄壁は。
 ふと、とくとくと脈打つ感触が伝わってくる。指輪をはめた薬指から、颯人の鼓動が伝わってくる…。
優しい心音が体に響いて、涙が浮かんできた。
 
 俺、まだ起き抜けに颯人の心臓の音聞いてるんだ。それもわかってくれてたの?目で問うと、頷きが返ってくる。
眦からぽろんと一粒滴がこぼれて、決壊したように涙が次々に溢れてくる。
指先でそれを拭われて、くすぐったくて仕方ない。


  
「真幸、もう一度伝えよう。其方とは二度と離れぬ。長い時が過ぎようともこの心は風化することはない。我に飽いても離してはやれぬぞ」
「飽きるわけないでしょ…颯人の方が飽きたらどうすんのさ」

「我も飽きない自信がある。何故かわかるか?」

 颯人が膝をついて、目線を合わせてくる。女神姿だと身長差があるからさ。
俺はいつでも首を上に向けてるんだ。
 自分の目線が下がって、溢れる涙は止まらなくなった。

 

 
「わか…んない」
「其方は自分の足で立ち、何もかもをこなしてしまう。それを止めてはならぬなのだ。真幸の心には羽が生えていて、青い空を自由に飛び回る。
 奇想天外な物語を作り、我はそれに夢中になってしまう。
何をしていなくとも、何もかもを七色に染める其方に…飽きるわけがなかろう?」
「ん……」


 颯人がそう言ってくれるのは、わかってたよ。いつでも俺のことを手放して信じてくれる。ずっと、ずっとそうだったから。
 晴明が言ってくれたように、俺は自分で立てているのだろうか。今でもちょっと自信がないけど。
……でも、颯人がそう言ってくれるなら信じられる。


 
 
「真幸の羽が疲れた時は、我を頼って欲しい。其方の心には我がいて、我の心には其方がいる。何人たりとも届かぬ奥底に互いを抱き、寄り添うのだ。
 心も体も一つだが、個としてそれぞれが立っている。
 我は最後の止まり木でありたい。
 我の命は其方のためのものだ」

「…なんか俺、ずっと口説かれてる気分なんだけど」
「その通りだが?」


 
 颯人が立ち上がり、またもや抱き上げられる。そうホイホイ持ち上げないでくれよぉ。泣いてるからブチャイクだろ。


「芦屋さん!ウォータープルーフやから!散々泣きや!」
『うおっ!?…依代なのに喋れんのか』
「うわあ…真子さんが一人で二役してるんですけどー」
「あ、アリス…怖いから離れよ。」
『若干傷つくんだが』

 んふ、あそこの三人娘…親父は娘じゃないけど。仲良しみたいで微笑ましいな。アリスも親父への恨みはなくなってくれたのかな…そうだといいな。
 

「では次だな。アリス、花束を」
「はーい!」

 抱えられたままでアリスから花束を受け取って、颯人を見上げる。

 ずっしり重たい薔薇の花束…ちゃんと持ってるの、ブーケトスの時だけなのか。それはどうなんだ?
 重たいな…この重さは俺が背負ってきたものの重さとも言える。
俺は、これをずっと抱えていたい。俺を信じてくれるみんなの気持ちが…この重さが愛おしい。心に羽が生えてるなら、それを止める重しが必要だもんね。

 というか、もうブーケトス?神前式だからキスしないの?

 
「たまには我が待てをさせてもらおう」
「なっ!?別に…俺がしたいってわけじゃないし!」

「ふ…さて、後ろを向くぞ。思いっきり投げてやれ」
「えぇ…なにそれ…いいのか?」
「よい。なるべく遠くに投げるのだ」
「うーん…わかった」


 
「はーい、花嫁さんがブーケ投げるで!」
「準備はいいですか皆さーん!!」

 はーい、と元気な返事が来て、俺は神力をブーケに込める。
遠くに投げるより、もっといいコトすればいいじゃん?
 晴明の飾り紐を解いて、薔薇の花束をほぐす。一人一人のイメージを掴み、頭の中に叩き込んで行く。


「其方は本当に…はぁ。」
「むむむ…今集中してるから静かにして」
「わかった。」

 よし、これで全員だな。…抱えられてるから投げにくいんですけど。

 
「この後の予定があるからな、離さぬぞ」
「むう。んじゃ、投げるよ!」

 那須与一さんにこっそり呼びかけて、矢を一気に五射放ったイメージで神力をつなぐ。よし、よし。


 
「真幸、行きまーす!」

 真上に投げた薔薇の花束が宙に浮かび、白い色がそれぞれのイメージカラーに染まりながらとんでいく。

 伏見さんはブルーグリーン、白石は白、鬼一さんは真紅、星野さんはオレンジ、妃菜はピンク、アリスは空灰色。親父のバラも耳から抜いて、五本の白バラに変えて親父に投げる。
 5本のバラは『出会えてよかった』って花言葉だよ。

 バラをくれたみんながびっくりした顔して、笑顔で薔薇を受け取ってる。
 建物から溢れんばかりに集まっている人たちみんなにも白いバラを贈った。
 んふ、これはとてもいい。俺らしいでしょ。ふふん。

 

「真幸…誓いの口付けだ」
「えっ!?今なの!?」
「其方の愛い声を聞かせたくない」

 喧騒に紛れて囁かれ、俺の涙に口付けてから颯人が唇を重ねてくる。
啄むようにして何度も優しく熱を移して、深く重なった。

「っ…ん…はや…んんっ」
「愛している…我の妻…」


 頭を抱え込まれて、体ごと包まれて身動きできない。結婚式でするチューじゃないでしょ!!!

「ん…も、やめ…んふ」


 

「……やべぇ」
「本気って、本気ってこう言うことなんですか!?」
「たまには見ようと思ったが、後悔しているぞ俺は」
 
「アー、すごーい、アー」
「…颯人様のキスってあんななんか」
「ちょっと真幸が可哀想ねぇ」

『俺の娘は過激だな』
「せやろ?知らん人が見たら強引に見えるけど、あれは芦屋さん喜んどるんやで」

「うおぉ…すごっ。アタシもあんなチューしたことない」
「イナンナ様…私もです」
「神々廻さんガン見ですか!?はっ!か、加茂は見ないで下さい!」
「はぁー、なるほど…へぇー」

「デッサンが!捗る!!!公式供給あざます!!!」
「ウズメはずっとそれねぇ」
「お父さんには刺激が強いです。伏見稲荷に引き篭もりたい」

 

 あ、だめだ。気が遠くなってきた。颯人が息継ぎさせてくれない。これ、気絶させる気でいる。

「や……はやと…むぅ!むーむー!」
「……」

 

 胸を叩いて抵抗すると、ようやく離してくれた。結婚式で気絶する花嫁、ヨクナイ。

「はー、はー、バカ!バカバカ!!!」
「まだ足りぬのだが…」
「もうだめ!けほっ。何してんだよ!みんなの前でするキスじゃないだろ!」
「其方が一番喜ぶ事をしただけだ」
「ばかっ!!!」

 颯人がふ、と笑って頬を撫でてくる。
ええいっ、触るなし!俺は臍を曲げた!変な声出しちゃったし、みんな聞いてたし見てたんだから!!憤死ものだっ!


 

「花嫁の機嫌を損ねたな。神楽の舞台にいるのだからご機嫌取りをしてやろう」
「俺はやらないぞ」
「我が其方に捧げる。いつももらってばかりだろう?」
「ほぇ?」

 大村さんが真っ赤な顔で舞台の端に椅子を持ってきててくれる。颯人がそこに俺を座らせて、羽織を脱いだ。
えっ、本当にやるの?

 
「そなたの打掛を貸してくれ」
「ほ、はい…」

 大村さんに手伝ってもらって、打掛を脱ぎ、代わりに颯人が着ていた紋付の羽織を俺の肩にかけてきた。

 桜色の長い色打掛を羽織り、颯人が髪を解いて俺の檜扇を持ってった。
…はっ、白石がすごーーーーく嫌な顔して颯人の傍に座ったぞ。

 

「はーっ。あー、緊張して震えるぜぇ」
「白石は猛練習したと聞いた。月のが教えるなら笛はもう玄人だ」
 
「えーえー、吹けるようにはなりましたよ。超絶技巧曲渡してきやがって…」

 ブツクサ言いながら白石が笛を吹き始めた。…おぉ…ウォーミングアップか。
 乱暴な調子で高い音、低い音が紡ぎ出される。龍笛難しいよね。俺は踊る方でよかったとしか思えない。

 妃菜とアリスが舞台の最前に並んで座り、神楽鈴を持った。椅子ごと真ん中に俺が置かれて颯人と向き合わせてくれる。わぉ、SS席だな。


「ふー。よし。颯人さん、良いっすよ」
「うちらもええで」
 
「うむ。」

 胸元からもう一きょう檜扇を取り出して、両手に広げて構え、肩の高さまで掲げて颯人が目を瞑り、片膝を折って座る。色打掛まで似合うとか、俺の夫はどんだけなの?



 
 白石がさっきとは全然違う、儚げな音を吹き出した。うわ、音が多いな…。
 雅な音階というよりも、超絶技巧と言った通りの難しい曲だ。吹き終わりが風に溶けていくように優しく消えて、音のつながりが滑らかで凄く綺麗だ。

 颯人が緩やかに手を返し、扇がひらひらと動き出す。花びらが舞っているような仕草だなぁ。
 妃菜とアリスが神楽鈴を打ち鳴らし、神楽の始まりを告げた。


「あ…さくらさくらじゃないか…」


 馴染み深いメロディが聞こえ始めた。ゆったり舞う颯人と対照的に白石は滝の汗を流してる。
音が…音が多すぎる。はっ!?はや、颯人が歌い出した!!!!

 ――さくら さくら
 やよいの空は 見渡す限り
 かすみか雲か
 匂いぞいずる

 さくら さくら──


 なんて綺麗な声なの?伸びやかで、いつもみたいに低い声じゃない。高音までゆっくり歌っているのに息が途切れない。
 すごぉい…すご…はぁぁ……。
 ほいで、これは『さくら さくら』じゃない。『咲いた桜』の方だ。

 メロディーが三パターンあって、音がより古風な感じで…俺が好きなやつ!!!

 

 興奮しながら眺めていると、颯人が俺に目を合わせて微笑む。
目の色がとろけて、優しい光を宿して…どんなに動いても目が合ったままになる。
 
 黒髪が動くたびに揺れて、風に踊る。
 長い指先が綺麗に揃って扇が動いて、体と繋がっているみたいだ。
長い打掛の裾を捌いて、袖がふわふわ漂って、颯人の周りに桜の花びらが舞い始めた…。
 
 あっ!さっきクシナダヒメ達がみんなに渡してたのこれかぁ…。桜の花びらを模したピンクの紙が桜吹雪になってる。
この風は颯人が動かしてるんだな…あたり一帯は颯人の香りでいっぱいだ。

 
 
 颯人が口を閉じて、白石が間奏に入る。
 
 超絶技巧にまた戻ってる。指がものすごい勢いで動いてるし。
 
 本当に上手だな。忙しくしてるのに…一生懸命練習してくれたんだ。
桜の花びらが舞う、その様子を笛の音が奏でる。白石の笛の音が、風になる。
 
 龍笛は息の吹き込み方で高音と低音を吹き分けるんだ。あんな高い音、よく出せるな。
 複雑な音階にあわせてクルクル回る颯人を見て、体が蕩けそうな気がしてきた。
はあぁ…きれいだなぁ…。うっとりしてしまう。

 
 ――さくら さくら
 さくら、さくら…――


 
 切ない音と共に颯人が舞い終えて、静かに一拝して再び膝を落とした。

 みんなが立ち上がって、割れんばかりの拍手をしてる。呆然として立ち上がれないままでいる俺のそばに颯人が歩いてきて、手を握った。
 
 紙吹雪…じゃない。いつのまにか空から本物の桜の花びらがたくさん降り注いでいた。
 
 あのさ。人のこと天女って言うけどさ。
 颯人の方が綺麗だ。
 本当に綺麗だった…。

 
 

「そなたは本当に花の精霊だったのか?このように桜の雨を降らして」
「へ…?」


 青空から七色の光まで降ってきた。まるで帷のように大量に降り注ぎ、桜色の海の中に飛び込んだみたいだ。
 桜の花びらが頭に乗っかって、颯人がそれをつまんで笑ってる。みんなもびっくりしてるな…。
 
 え、これ俺がやったの?


「他にこのような事ができる神などおらぬ。…我が妻よ、我の妻問句を受け取ってくれるか」
「は、は…えっ!?」
 
「今日は驚く顔が見れて満足だな…松尾芭蕉殿の魂に相応しいかわからぬが、そなたのために朗じたい」

「お、おねがい、します…」


 手を握って、指輪が触れ合う音がする。
 桜の花びらと七色の光が優しい雨みたいに降り注いでくる。
ふわふわと漂う秋の風の中、桜色に包まれて……まるで夢の中にいるみたいだ。

 

 
瑞風みずかぜに、七彩しちさいの花 舞い上がる
 仕合わせのこと 真幸なり」

 
「あは…は、颯人…颯人って本当に…」

 涙がもう、ずっと止まらない。
 ハンカチもびしょびしょになってしまった。
とめどなく流れる涙が、颯人のうたを心に染み込ませてくる。
 
 大村さんが颯人の後ろで号泣し始めて、白石が疲れた顔で肩をポンポンしてる。テキトーにやってるのバレてるぞ。

 みんなが俺たちのイチャイチャぶりを見て、泣いたり、笑ったり、はしゃいだり。
 正直なところ式と言っていいのかわからない緩い感じだ。
…でも、だから、俺もちょっとだけいいかな。


 
「あのね、赤ちゃんは、まだ待っててほしい。でももう、我慢できないから言いたいんだ。俺は俳句のセンスないから…」
「うん?」

 颯人の頬を両手で包み、優しい微笑みを受け取って、俺も笑う。
幸せで、幸せで…俺自身がそう思えることが嬉しい。
 
 颯人に出会えてよかった。
 生まれてきて、よかった。

 


「颯人、愛してる」
 
「……ま、真幸」
「うん」
「真幸!!」


 颯人が俺を抱き上げて、クルクル回り出す。みんなが生暖かい目で俺たちを見つめてる。
んふ、今日くらいいいよね。本当に幸せなんだもん。


 
 
 ――瑞風ずいふうは、瑞風みずかぜとも言う。豊葦原、瑞穂の国に吹く、吉兆の風。
仕合わせは運命、そして幸せ。
 殊は、とか、とか、この句の場合はも示している。
 
 俺の名前の真幸と、真実の幸せをかけて…なり、で断定して終わる…くっさい句だ。

 颯人がクシナダヒメにいつか詠んだ、八重垣に隠して守りたい!って言うのとは違う雰囲気だけど、本質は変わらない。

 
『瑞穂の豊葦原でい風に吹かれて七色の花びらが舞い上がる。
其方が運命であり、それは仕合わせだ。とても、とても幸せなのだ』

 
 だって。なんでこんな可愛い句を読むんだろうな、本当に。
 俺は本当に幸せだよ。颯人が夫で、旦那様で居てくれるなら、なんでもできる。できないことなんてないって思う。

 自分の心の中の器はきっと歪な形だろうけど、颯人がいつも絶えず満たしてくれる。
時々溢れて、足りなくなったりしてもみんなが手伝ってくれて。
 
 俺は、ずっと満たされてる。
こんなに幸せになっていいのかな、なんて思っていたけど、一度手にしたら二度と離せないな。うん。


 

「…そうだ、白石から預かり物がある」
「なぁに?」

 白石は大村さんと寄り添って桜の花びらに埋もれ、ぐったりしてる。あとで、ちゃんとお礼を言わなきゃ。

 
「これだ」
「……?箱だね?中身何なの?」
 
「あまり大っぴらに言うなと言われた。
 使い方は真幸に教われとも。伝言はこのように。
『颯人さんのサイズ探すのに俺がどんだけ苦労したかを考えて使え。一晩で使い切ったらキレるからな。』だそうだ」
「……………………………………」

「真幸?どうした…顔がもみじのようだ」
「……………………………………」
「我が『子ができぬ道具を教えて欲しい』と言ったが…まずかったのだろうか」
 
「まず…くはないです」
「だがそのように眉を顰めて…」


 
「うん、うん。わかってる。誰も悪くない。強いて言えば俺が悪い。ごめんなさい。本当にごめんなさい。
結婚式で、清い心でときめいていた時間を返して…」


 颯人の肩に顔を押し付けて、うんうん唸る。そうだよな、無いよな、お店には普通にないよ。

 

「芦屋ぁ…ちゃんと使えよなぁ…」
「白石のバカっ!」
「なんだよぉ、お前がしたいようにしてやるのが俺の役割だろ…」
 
「くっ…うぅ!!ううー!!!」

「ふむ、よくわからぬが、式はこれで終わりとしよう。皆宿舎に戻り、酒を飲むといい。七日間の逗留のうちには我らも大社に戻る。はねむーんとやらに時間をくれ」

「ウェーイ!みんな!せーの!!」

 ――結婚おめでとう!!!──

 イナンナが先導して、みんなが揃っておめでとうをくれる。
 嬉しいよ?本当に嬉しい。
でもな、最後の最後で大なしじゃん!!


 いつも通り、本当にいつも通りの締めで終わってしまったじゃないか。
どーしていつもこうなんだ!公開処刑やめろください!!!!

 
「俺は何も聞いてない」
「鬼一さん!?そこは本当に聞かないで欲しかったな!!!」


 鬼一さんの呟きと、みんなの笑い声の中で…俺はまたもやしょんぼりするしかなくなった。

 

 

 

 
 
 

  
   

 





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