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第5話:肉と結界
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――――――――――王都コロネリアにて。アナスタシウス大司教視点。
「王都は大きいなー。お店が一杯あるねえ」
「正門近くは特に宿屋が多いな」
「そーゆーとこは辺境も一緒だよ。いい匂いがするな。屋台かな?」
キョロキョロしてるパルフェは年齢相応に可愛い。
「パルフェ、君なら王都の城壁を越えて中に入ることもできたのではないか? 見事な飛行魔法の使い手なのだから」
あえてこう言ってみた。
無論王都が無防備なわけはない。
外壁上部には国防結界とは別種の強固な結界が張り巡らされているので、壁を越えて出入りすることは不可能なのだ。
果たして聖女パルフェは、王都外壁に何を見てどう答える?
「そりゃ可能か不可能かで言えば可能だよ? でも壁の上はごっつい魔道結界が張られてるじゃん。賢いあたしは結界を壊しちゃいけないと考えてるんだけど?」
「結界を壊す?」
不穏なことを言い出したぞ?
パルフェは想像以上にヤバい子だった。
結界があることは承知の上で、破壊することまで考えている。
可能なのか?
「壁の上にある結界は無効化結界じゃないもん。それなりの威力と密度の魔法ぶつければ壊れるよ。でも壊すと張り直しがメッチャ大変だよ。壊しちゃダメなんでしょ?」
「もちろんダメだ」
「結界に一時的に穴を開けるって方法もあるよ。でもコントロールがすげえ難しいの。飛行魔法使いながらは、あたしじゃムリだなー」
「ふむう」
王都外壁の結界は宮廷魔道士の担当だ。
物量で攻められると持たないが、個人レベルで破ることは現実的でないと聞いている。
しかしパルフェにとってはそうでもないらしい?
私にも魔法の素養がないわけじゃない。
が、せいぜい初歩的な回復魔法や属性魔法が使えるくらいだ。
魔道の研究者レベルのこととなると、とてもとてもお呼びでない。
賢者フースーヤに魔道を学んだパルフェは、私では理解の及ばないかなり高度なことまでできるようだ。
「まー壁ぶっ壊すのが一番簡単で、修復にもお金かかんないよ、そうする方がよかった?」
「「ダメに決まってる!」」
ハモった。
これはさすがの門番君も看過できなかったようだ。
外壁の修復に金がかからんわけはないだろうが。
あれ? ということは、結界の張り直しって外壁の修復より金のかかる作業なのか?
「このずーっと続いてる柵の向こう側の森が?」
「聖教会が管理している『魔の森』だ。王都の面積の約四分の一を占めている」
「中に美味しい魔物がいるところだね?」
「えっ、美味しい魔物?」
素っ頓狂な声を上げる門番君。
うむ、これが通常の王都人の反応なのだ。
魔物を食べるという発想は王都の文化人にはないものだということを、いつかパルフェもわかってくれるだろうか?
魔物は食べるものだという辺境人の文化を押し付けられる方が先のような気もする。
「柵には魔物除けの札を貼って、魔物が外に出てこないようにしているのだ」
「へー。あれ? でもあたしの聖女センサーによると、『魔の森』の魔物密度は案外高い気がするよ? 王都の中にこんな森があるって危なくない?」
思わず門番君と顔を見合わせる。
何だ、聖女センサーって。
いや、『魔の森』の危険性に対するパルフェの指摘は正しい、のだが……。
「大司教様、魔素の湧き自体を止めることは不可能なのでしょう?」
「という話だな。初代聖女でもできなかったことだ」
「元々現在の王都コロネリアを中心とする一帯は、すげー強い魔物が闊歩する地域だった。大昔の初代聖女様が国防結界を作って湧き出る魔素の影響力を極限まで減らしたから、人間は国を作れるようになるまで人口が増えたって聞いた。合ってる?」
「その通りだ」
正直驚いた。
聖教徒や学院で歴史を学んだ者にとっては常識だが、辺境在住の平民にはそんな知識を得る機会などないだろうに。
「じゃあその魔素の湧く『魔の森』ってのはつまり、お肉……魔物製造地帯みたいなもんだね?」
「まあそうだ」
お肉製造地帯って言いかけたぞ?
本当に魔物を肉としか見ていないんだな。
門番君が心配そうに言う。
「しかし『魔の森』の魔物退治要員は、教会所属の聖騎士だけでは足りぬのでしょう? 我ら憲兵隊もたまに駆り出されることがあります」
「そーなんだ? 普段のお仕事と勝手の違うことやらせるのは申し訳ないねえ」
「聖騎士も特別な魔物退治の訓練を受けているわけではないんだ。『魔の森』の管轄が聖教会だから魔物を相手にしているだけで、決して得手としているわけではない。ケガ人もしょっちゅう出る」
「マジか。あれ? じゃあ王都で本来魔物狩りする人は誰なん?」
「国防結界内に魔物が出るところは『魔の森』の中だけなんだ。魔物狩り要員などいない」
「実際に魔物がいて駆除しなきゃなんないのに、専門の要員がいないっておかしくね?」
「おかしいといえばおかしい。ただ冒険者やハンターのような魔物狩りに長けた者達を呼ぶのも、王都の治安を低下させるという問題が生じるだろう?」
「そー言われりゃそうだな。むーん?」
首をかしげるパルフェ。
どうかまともなことを考えていますように。
「……ちなみに王都にいる魔物と戦える人員は、聖騎士と憲兵隊の他には?」
「強いて言えば近衛兵だな」
「聖騎士と憲兵、近衛兵には、一応対魔物の戦闘訓練があるんですよ」
「パルフェはどう思う? 『魔の森』の魔物対策に打てる手はあるか?」
辺境育ちだと我々とは異なるアイデアがあるだろうか?
多くの予算のかかる案なら却下だが。
どうかまともなことを考えていますように(二回目)。
「んー? 特に何もやらなくていいような」
「聖女様はそう思われますか」
意外だな。
アグレッシブなことを言い出すかと思ったが。
「ぶっちゃけ聖騎士がどれくらいのレベルで、魔物に対してどれくらい戦えるか。どういう対応取ってるか知らないじゃん? だからハッキリしたことは言えない」
おお、まともだ。
魔物退治に対しては真摯なのだろうか。
「あたしの聖女センサーによると『魔の森』に大した魔物はいないよ。それに今まで問題起きてなかったみたいだし、この先はあたしが魔物退治要員に加わるじゃん? 無問題だね」
「聖女様自ら魔物退治をなさるのですか?」
「故郷のハテレス辺境区では冒険者をしていたそうだ。魔物退治をして生計を立てていたと」
「魔物退治で生計? 聖女様おいくつでしたっけ?」
「一四歳だよ。しまったな。慌てて飛んで来たから武器忘れてきちゃった」
商売道具を忘れてきてどうする。
本当に大丈夫か?
いや、武器は聖女の商売道具ではないのだった。
落ち着け私。
「そんなことよりお腹すいちゃったよ。お肉の話ばかりしてたから」
「そんなこと……」
「肉の話じゃなくて、『魔の森』と魔物の話だったからな? まあいい。好物はあるか?」
「お肉とお野菜とお肉」
「肉が被ってないか?」
「大事なことだから二度言ったの」
「そうか。教会に急ごう」
「あれっ? 今のはどこかで食べていく流れじゃなかった? あたしが王都のノリをを理解してないだけ?」
そのつもりではあった。
昼時であちこちからいい匂いがするし。
「……財布も従者に預けたままだ。金を持っていない」
「おっちゃん使えねえ! 心の底からガッカリしたよ!」
「私が待てと言ったのに、待たずに飛行魔法使ったのは誰だ?」
「あたしだ。アハハ、ごめんね。おっちゃんのせいじゃなかった」
「教会ですぐ昼食を用意させよう。門番君も食べていってくれたまえ」
「王都は大きいなー。お店が一杯あるねえ」
「正門近くは特に宿屋が多いな」
「そーゆーとこは辺境も一緒だよ。いい匂いがするな。屋台かな?」
キョロキョロしてるパルフェは年齢相応に可愛い。
「パルフェ、君なら王都の城壁を越えて中に入ることもできたのではないか? 見事な飛行魔法の使い手なのだから」
あえてこう言ってみた。
無論王都が無防備なわけはない。
外壁上部には国防結界とは別種の強固な結界が張り巡らされているので、壁を越えて出入りすることは不可能なのだ。
果たして聖女パルフェは、王都外壁に何を見てどう答える?
「そりゃ可能か不可能かで言えば可能だよ? でも壁の上はごっつい魔道結界が張られてるじゃん。賢いあたしは結界を壊しちゃいけないと考えてるんだけど?」
「結界を壊す?」
不穏なことを言い出したぞ?
パルフェは想像以上にヤバい子だった。
結界があることは承知の上で、破壊することまで考えている。
可能なのか?
「壁の上にある結界は無効化結界じゃないもん。それなりの威力と密度の魔法ぶつければ壊れるよ。でも壊すと張り直しがメッチャ大変だよ。壊しちゃダメなんでしょ?」
「もちろんダメだ」
「結界に一時的に穴を開けるって方法もあるよ。でもコントロールがすげえ難しいの。飛行魔法使いながらは、あたしじゃムリだなー」
「ふむう」
王都外壁の結界は宮廷魔道士の担当だ。
物量で攻められると持たないが、個人レベルで破ることは現実的でないと聞いている。
しかしパルフェにとってはそうでもないらしい?
私にも魔法の素養がないわけじゃない。
が、せいぜい初歩的な回復魔法や属性魔法が使えるくらいだ。
魔道の研究者レベルのこととなると、とてもとてもお呼びでない。
賢者フースーヤに魔道を学んだパルフェは、私では理解の及ばないかなり高度なことまでできるようだ。
「まー壁ぶっ壊すのが一番簡単で、修復にもお金かかんないよ、そうする方がよかった?」
「「ダメに決まってる!」」
ハモった。
これはさすがの門番君も看過できなかったようだ。
外壁の修復に金がかからんわけはないだろうが。
あれ? ということは、結界の張り直しって外壁の修復より金のかかる作業なのか?
「このずーっと続いてる柵の向こう側の森が?」
「聖教会が管理している『魔の森』だ。王都の面積の約四分の一を占めている」
「中に美味しい魔物がいるところだね?」
「えっ、美味しい魔物?」
素っ頓狂な声を上げる門番君。
うむ、これが通常の王都人の反応なのだ。
魔物を食べるという発想は王都の文化人にはないものだということを、いつかパルフェもわかってくれるだろうか?
魔物は食べるものだという辺境人の文化を押し付けられる方が先のような気もする。
「柵には魔物除けの札を貼って、魔物が外に出てこないようにしているのだ」
「へー。あれ? でもあたしの聖女センサーによると、『魔の森』の魔物密度は案外高い気がするよ? 王都の中にこんな森があるって危なくない?」
思わず門番君と顔を見合わせる。
何だ、聖女センサーって。
いや、『魔の森』の危険性に対するパルフェの指摘は正しい、のだが……。
「大司教様、魔素の湧き自体を止めることは不可能なのでしょう?」
「という話だな。初代聖女でもできなかったことだ」
「元々現在の王都コロネリアを中心とする一帯は、すげー強い魔物が闊歩する地域だった。大昔の初代聖女様が国防結界を作って湧き出る魔素の影響力を極限まで減らしたから、人間は国を作れるようになるまで人口が増えたって聞いた。合ってる?」
「その通りだ」
正直驚いた。
聖教徒や学院で歴史を学んだ者にとっては常識だが、辺境在住の平民にはそんな知識を得る機会などないだろうに。
「じゃあその魔素の湧く『魔の森』ってのはつまり、お肉……魔物製造地帯みたいなもんだね?」
「まあそうだ」
お肉製造地帯って言いかけたぞ?
本当に魔物を肉としか見ていないんだな。
門番君が心配そうに言う。
「しかし『魔の森』の魔物退治要員は、教会所属の聖騎士だけでは足りぬのでしょう? 我ら憲兵隊もたまに駆り出されることがあります」
「そーなんだ? 普段のお仕事と勝手の違うことやらせるのは申し訳ないねえ」
「聖騎士も特別な魔物退治の訓練を受けているわけではないんだ。『魔の森』の管轄が聖教会だから魔物を相手にしているだけで、決して得手としているわけではない。ケガ人もしょっちゅう出る」
「マジか。あれ? じゃあ王都で本来魔物狩りする人は誰なん?」
「国防結界内に魔物が出るところは『魔の森』の中だけなんだ。魔物狩り要員などいない」
「実際に魔物がいて駆除しなきゃなんないのに、専門の要員がいないっておかしくね?」
「おかしいといえばおかしい。ただ冒険者やハンターのような魔物狩りに長けた者達を呼ぶのも、王都の治安を低下させるという問題が生じるだろう?」
「そー言われりゃそうだな。むーん?」
首をかしげるパルフェ。
どうかまともなことを考えていますように。
「……ちなみに王都にいる魔物と戦える人員は、聖騎士と憲兵隊の他には?」
「強いて言えば近衛兵だな」
「聖騎士と憲兵、近衛兵には、一応対魔物の戦闘訓練があるんですよ」
「パルフェはどう思う? 『魔の森』の魔物対策に打てる手はあるか?」
辺境育ちだと我々とは異なるアイデアがあるだろうか?
多くの予算のかかる案なら却下だが。
どうかまともなことを考えていますように(二回目)。
「んー? 特に何もやらなくていいような」
「聖女様はそう思われますか」
意外だな。
アグレッシブなことを言い出すかと思ったが。
「ぶっちゃけ聖騎士がどれくらいのレベルで、魔物に対してどれくらい戦えるか。どういう対応取ってるか知らないじゃん? だからハッキリしたことは言えない」
おお、まともだ。
魔物退治に対しては真摯なのだろうか。
「あたしの聖女センサーによると『魔の森』に大した魔物はいないよ。それに今まで問題起きてなかったみたいだし、この先はあたしが魔物退治要員に加わるじゃん? 無問題だね」
「聖女様自ら魔物退治をなさるのですか?」
「故郷のハテレス辺境区では冒険者をしていたそうだ。魔物退治をして生計を立てていたと」
「魔物退治で生計? 聖女様おいくつでしたっけ?」
「一四歳だよ。しまったな。慌てて飛んで来たから武器忘れてきちゃった」
商売道具を忘れてきてどうする。
本当に大丈夫か?
いや、武器は聖女の商売道具ではないのだった。
落ち着け私。
「そんなことよりお腹すいちゃったよ。お肉の話ばかりしてたから」
「そんなこと……」
「肉の話じゃなくて、『魔の森』と魔物の話だったからな? まあいい。好物はあるか?」
「お肉とお野菜とお肉」
「肉が被ってないか?」
「大事なことだから二度言ったの」
「そうか。教会に急ごう」
「あれっ? 今のはどこかで食べていく流れじゃなかった? あたしが王都のノリをを理解してないだけ?」
そのつもりではあった。
昼時であちこちからいい匂いがするし。
「……財布も従者に預けたままだ。金を持っていない」
「おっちゃん使えねえ! 心の底からガッカリしたよ!」
「私が待てと言ったのに、待たずに飛行魔法使ったのは誰だ?」
「あたしだ。アハハ、ごめんね。おっちゃんのせいじゃなかった」
「教会ですぐ昼食を用意させよう。門番君も食べていってくれたまえ」
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