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第18話:その頃王宮では
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――――――――――その頃王宮では。フェリックス前侯爵視点。
「クインシー、そなた目が見えるようになったとはまことか?」
「まことにございます!」
「ああ、何と素晴らしいこと!」
陛下も王妃殿下も手放しの喜びようだ。
それはそうだろう。
王位継承権一位でありながら事実上員数外であった、クインシー王子殿下の復権なのだから。
いや、それ以上に愛息の瞳に自らの姿を再び映すことができたのだから。
ローダーリック陛下がソワソワした様子で言う。
「義父上殿。もう種明かししてくれてもいいであろう? どこの誰なのだ? フェリックスの目を治してくれたのは」
「新聖女のパルフェ殿にございます」
破顔するローダーリック陛下。
「やはりそうか。噂は聞き及んでおる。ハテレス辺境区からアナスタシウス自身が連れて来たという聖女だな? 大層傲慢な性格だそうだが」
「いえ、貴族の権威が通用せぬだけでございます。わしも初対面の時、後ろに並べ、平民の手本になる姿を見せろと言われましたぞ」
「義父上殿を相手にしてか。ハハハ、それは大胆であるの」
「でも、クインシーの目は魔法では治癒しないという結論だったのでしょう? それがどうして……」
王妃である我が娘スカーレットが不思議がるのもわかる。
王子殿下の目の治癒の可能性は、高名な魔法医が全て首を横に振ったからだ。
わしごときが聖女殿の技を理解すべくもないが。
「おそらく聖女殿は魔法医以上に勘所を知っておるのだと思う。わしの頑固な膝の痛みもすぐに癒してくれたのだ」
「宮廷魔道士だって不可能と言ってたんですよ。もう、信じられないです」
「まあ良いではないか。その聖女を見出したのは宮廷魔道士なのだろう?」
ハテレス辺境区へ魔物調査に行っていた宮廷魔道士が偶然見つけたという話だ。
こんなことでもなければ、ハテレスという地名など聞くこともなかったかもしれない。
王都の人間にとってはそれほど馴染みのない地区だ。
聖女殿はあれほど特徴的な存在だから、辺境区でも目立っていたに違いない。
しかし聖女と判別できる魔道具だかを携帯していたのは功であるな。
陛下が思案深げに言う。
「新聖女パルフェは故郷の辺境区で冒険者をしていたそうじゃないか」
「そういう話でしたな。聖属性だけでなく、各種の魔法を使いこなすとヴィンセント聖堂魔道士長が驚いておりましたぞ」
「聖女が持ち属性や魔力量において特別なのは知れたことだ。しかし全属性の魔力を独立に扱えるというのは聞いたことがないな。あるいは初代聖女はそうだったのかもしれぬが」
初代聖女もまた全属性の魔力持ちであったという。
聖女であったのなら、少なくとも聖属性の魔力は単独で扱えたはず。
「王都育ちの今までの聖女とは異なり、おそらくはその辺境で培った魔道技術が聖女の素質にプラスされて、クインシーの目を治すだけの技になったのだろう。誰にもマネできないことだ」
うむ、陛下の仰ることは正しいのだろう。
あのいつもニコニコしている黒目黒髪の少女が特別なのだ。
クインシー殿下がモジモジしている。
「ボクまだ聖女様の顔をよく拝見してないんですよ。すぐ倒れられてしまいましたから」
「そうでしたか。大変チャーミングな娘さんですよ」
「お爺様は気に入っておられるんですよね?」
「もちろんです」
「ふむ……クインシーの妃として考えてよいかもな。義父上殿はどう思う?」
聖女殿をクインシー殿下の妃に?
将来の王妃ということか?
王家と聖教会が近しいのは望ましいことではある、が……。
「平民の妃となれば貴族の反発は大きいでしょうな」
「逆に言うならば、問題は平民であることだけとも言える。何しろクインシーの運命を正しき方向に導いた聖女なのだからな」
確かに王族に嫁いだ聖女もかつて数人存在した。
しかし教会育ちの聖女はどうも浮世離れしていて、うまく行かないケースが多かったとも聞く。
逆に今の聖女殿は世間のことをよく知っているからいいかも知れぬ。
「ふむ、今後の聖女としての実績次第か」
「個人的に聖女殿をクインシー殿下の妃にという意見には賛成です。公平で何者にも諂わぬ姿勢は王族にこそ相応しい」
「参考にしよう。クインシーの気持ちとしてはどうだ?」
「……心に染み入る声でした。不安が全て吹き飛ぶような」
わかる、聖女殿の声は力強いのだ。
聞いているだけで信用できる気になる。
自信に裏打ちされているからだろう。
王妃殿下が将来のことを論ずるのは早いでしょうといった具合で言う。
「まあまあ、そこまでになさいませ。目のハンデのなくなったクインシーにはやることがたくさんあるのですよ」
「そうだな。急ぎ教師を手配する。来春の学院高等部入学に間に合うよう努力せよ。もう泣言は通じぬぞ?」
「はい、もちろんです」
クインシー殿下は視力のせいで諦めねばならぬことが多かった。
知識、思考、技術等々、そしてウートレイド王国の王の座。
今はまだ足りないことは多いが、希望に満ちたあの瞳はどんどん必要なことを吸収していくのだろう。
「それから聖女様の功績に報いねばなりませんよ。大変な手柄です。私だって大感謝しているのですから」
「あー、そのことなのだが」
「何か問題がありますの?」
「今日の治療については秘密にしてくれと。王家からの感謝の言葉も、まことに名誉なことながら遠慮させてもらうと」
「ふむ、何故だ? 聖女の名声と聖教会の信頼に繋がるだろうに」
陛下の疑問は当然だが。
「まさか、へそ曲がりのアナスタシウスのやつが下らん意地を張っているのか?」
「いえいえ、さようなわけではなく」
「聖女様は御自分の魔力を人民に広く使うべきだと考えているようなのです。そうゲラシウス枢機卿が言っていました」
「つまり癒しの施しや防御結界に魔力を用いたいということだな? 至極もっともなことだ」
「クインシー殿下の治療も、本来は魔法医の仕事であって聖女の仕事ではないと。今回は特別だとのことでした」
「なるほど、徹底しているな。聖女は本質を見極めている。やるではないか」
クインシー殿下の目を治療したこと以上に、陛下の聖女殿に対する評価が上がった気がするな。
さすがに陛下は視野が広い。
「おそらくは癒し手としての聖女殿の力が喧伝され過ぎてしまうと、魔法医の仕事を奪ってしまうということもあるのだと愚考いたします。聖女殿の魔力が私的な用件に使われてしまうということ以外にも」
「あいわかった。残念ではあるが、こたびの聖女の功績については伏せることとする」
「それでよいかと」
うむ、これでいい。
聖女殿の意思にもかなうだろう。
「予も新聖女パルフェに会ってみたいものだ」
「私もですよ」
「ボクもです」
「ハハッ、しかし今回の件で王宮に呼び出すのはやめてくだされ。教会の聖務に影響が出ますし、いらぬ憶測を呼びます」
「そうか。予も忙しい身である故な。聖教会の視察でも入れられればよいのだが」
「建国祭まで辛抱しなされ」
ウートレイド王国の建国には、初代聖女と彼女の作り出した国防結界が強く関わっている。
聖教会にとっても建国祭は大きなイベントだから、聖女殿も張り切って祝福を振り撒くだろう。
「では、わしは失礼させていただきますぞ」
王宮を辞去する。
家族水入らずで幸せに浸ってくだされ。
「クインシー、そなた目が見えるようになったとはまことか?」
「まことにございます!」
「ああ、何と素晴らしいこと!」
陛下も王妃殿下も手放しの喜びようだ。
それはそうだろう。
王位継承権一位でありながら事実上員数外であった、クインシー王子殿下の復権なのだから。
いや、それ以上に愛息の瞳に自らの姿を再び映すことができたのだから。
ローダーリック陛下がソワソワした様子で言う。
「義父上殿。もう種明かししてくれてもいいであろう? どこの誰なのだ? フェリックスの目を治してくれたのは」
「新聖女のパルフェ殿にございます」
破顔するローダーリック陛下。
「やはりそうか。噂は聞き及んでおる。ハテレス辺境区からアナスタシウス自身が連れて来たという聖女だな? 大層傲慢な性格だそうだが」
「いえ、貴族の権威が通用せぬだけでございます。わしも初対面の時、後ろに並べ、平民の手本になる姿を見せろと言われましたぞ」
「義父上殿を相手にしてか。ハハハ、それは大胆であるの」
「でも、クインシーの目は魔法では治癒しないという結論だったのでしょう? それがどうして……」
王妃である我が娘スカーレットが不思議がるのもわかる。
王子殿下の目の治癒の可能性は、高名な魔法医が全て首を横に振ったからだ。
わしごときが聖女殿の技を理解すべくもないが。
「おそらく聖女殿は魔法医以上に勘所を知っておるのだと思う。わしの頑固な膝の痛みもすぐに癒してくれたのだ」
「宮廷魔道士だって不可能と言ってたんですよ。もう、信じられないです」
「まあ良いではないか。その聖女を見出したのは宮廷魔道士なのだろう?」
ハテレス辺境区へ魔物調査に行っていた宮廷魔道士が偶然見つけたという話だ。
こんなことでもなければ、ハテレスという地名など聞くこともなかったかもしれない。
王都の人間にとってはそれほど馴染みのない地区だ。
聖女殿はあれほど特徴的な存在だから、辺境区でも目立っていたに違いない。
しかし聖女と判別できる魔道具だかを携帯していたのは功であるな。
陛下が思案深げに言う。
「新聖女パルフェは故郷の辺境区で冒険者をしていたそうじゃないか」
「そういう話でしたな。聖属性だけでなく、各種の魔法を使いこなすとヴィンセント聖堂魔道士長が驚いておりましたぞ」
「聖女が持ち属性や魔力量において特別なのは知れたことだ。しかし全属性の魔力を独立に扱えるというのは聞いたことがないな。あるいは初代聖女はそうだったのかもしれぬが」
初代聖女もまた全属性の魔力持ちであったという。
聖女であったのなら、少なくとも聖属性の魔力は単独で扱えたはず。
「王都育ちの今までの聖女とは異なり、おそらくはその辺境で培った魔道技術が聖女の素質にプラスされて、クインシーの目を治すだけの技になったのだろう。誰にもマネできないことだ」
うむ、陛下の仰ることは正しいのだろう。
あのいつもニコニコしている黒目黒髪の少女が特別なのだ。
クインシー殿下がモジモジしている。
「ボクまだ聖女様の顔をよく拝見してないんですよ。すぐ倒れられてしまいましたから」
「そうでしたか。大変チャーミングな娘さんですよ」
「お爺様は気に入っておられるんですよね?」
「もちろんです」
「ふむ……クインシーの妃として考えてよいかもな。義父上殿はどう思う?」
聖女殿をクインシー殿下の妃に?
将来の王妃ということか?
王家と聖教会が近しいのは望ましいことではある、が……。
「平民の妃となれば貴族の反発は大きいでしょうな」
「逆に言うならば、問題は平民であることだけとも言える。何しろクインシーの運命を正しき方向に導いた聖女なのだからな」
確かに王族に嫁いだ聖女もかつて数人存在した。
しかし教会育ちの聖女はどうも浮世離れしていて、うまく行かないケースが多かったとも聞く。
逆に今の聖女殿は世間のことをよく知っているからいいかも知れぬ。
「ふむ、今後の聖女としての実績次第か」
「個人的に聖女殿をクインシー殿下の妃にという意見には賛成です。公平で何者にも諂わぬ姿勢は王族にこそ相応しい」
「参考にしよう。クインシーの気持ちとしてはどうだ?」
「……心に染み入る声でした。不安が全て吹き飛ぶような」
わかる、聖女殿の声は力強いのだ。
聞いているだけで信用できる気になる。
自信に裏打ちされているからだろう。
王妃殿下が将来のことを論ずるのは早いでしょうといった具合で言う。
「まあまあ、そこまでになさいませ。目のハンデのなくなったクインシーにはやることがたくさんあるのですよ」
「そうだな。急ぎ教師を手配する。来春の学院高等部入学に間に合うよう努力せよ。もう泣言は通じぬぞ?」
「はい、もちろんです」
クインシー殿下は視力のせいで諦めねばならぬことが多かった。
知識、思考、技術等々、そしてウートレイド王国の王の座。
今はまだ足りないことは多いが、希望に満ちたあの瞳はどんどん必要なことを吸収していくのだろう。
「それから聖女様の功績に報いねばなりませんよ。大変な手柄です。私だって大感謝しているのですから」
「あー、そのことなのだが」
「何か問題がありますの?」
「今日の治療については秘密にしてくれと。王家からの感謝の言葉も、まことに名誉なことながら遠慮させてもらうと」
「ふむ、何故だ? 聖女の名声と聖教会の信頼に繋がるだろうに」
陛下の疑問は当然だが。
「まさか、へそ曲がりのアナスタシウスのやつが下らん意地を張っているのか?」
「いえいえ、さようなわけではなく」
「聖女様は御自分の魔力を人民に広く使うべきだと考えているようなのです。そうゲラシウス枢機卿が言っていました」
「つまり癒しの施しや防御結界に魔力を用いたいということだな? 至極もっともなことだ」
「クインシー殿下の治療も、本来は魔法医の仕事であって聖女の仕事ではないと。今回は特別だとのことでした」
「なるほど、徹底しているな。聖女は本質を見極めている。やるではないか」
クインシー殿下の目を治療したこと以上に、陛下の聖女殿に対する評価が上がった気がするな。
さすがに陛下は視野が広い。
「おそらくは癒し手としての聖女殿の力が喧伝され過ぎてしまうと、魔法医の仕事を奪ってしまうということもあるのだと愚考いたします。聖女殿の魔力が私的な用件に使われてしまうということ以外にも」
「あいわかった。残念ではあるが、こたびの聖女の功績については伏せることとする」
「それでよいかと」
うむ、これでいい。
聖女殿の意思にもかなうだろう。
「予も新聖女パルフェに会ってみたいものだ」
「私もですよ」
「ボクもです」
「ハハッ、しかし今回の件で王宮に呼び出すのはやめてくだされ。教会の聖務に影響が出ますし、いらぬ憶測を呼びます」
「そうか。予も忙しい身である故な。聖教会の視察でも入れられればよいのだが」
「建国祭まで辛抱しなされ」
ウートレイド王国の建国には、初代聖女と彼女の作り出した国防結界が強く関わっている。
聖教会にとっても建国祭は大きなイベントだから、聖女殿も張り切って祝福を振り撒くだろう。
「では、わしは失礼させていただきますぞ」
王宮を辞去する。
家族水入らずで幸せに浸ってくだされ。
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