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第93話:留学生達

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 ――――――――――二年次一学期二ヶ月が経過したある日、学院寮の一室にて。モアナ王女の侍女キキ視点。

「ヒール!」

 モアナ様が回復魔法の練習をしている。
 魔法を使えるようになったのが相当嬉しいらしい。
 カメハメハで魔法を使えるのは、専門職に従事している人くらいしかいないので。

『魔法は使えば使うほど、練度が上がるだけじゃなくて少しずつ魔力も伸びるよ。練習する時は大きな効果をイメージしてね』
『使い過ぎ? そりゃ魔力が枯渇すれば死ぬらしいよ? でもあたしや癒し手のお姉さんの経験上、残りの魔力が三割切ったらメッチャだるくなるし、一割台以下なら頭痛くて何もできなくなるって。事故でもない限り魔力が枯渇するなんてあり得ん』
『そーか、カメハメハでは自分の持ち魔法属性を調べる習慣がないのか。じゃ、調べとこうか。おーい、アルジャーノン先生!』

 モアナ様は聖属性と闇属性を持つことが判明した。
 大変珍しいそうだ。

『回復魔法を完全にマスターしたら、治癒や解呪の魔法覚えようか。解呪は案外使い手が少ないんだよな。それから闇で面白い魔法もあるからね』

 モアナ様も楽しみにしておられるようだ。

「パルフェはとても親切なのにゃ」
「そうですね」

 いつもニコニコしている黒髪の聖女パルフェ様は、何くれとなくモアナ様の世話を焼いてくれるのだ。
 本当にありがたい。
 今ではモアナ様もかなり共通語で話せるまでになっている。
 これからのカメハメハのために生の共通語を学ぶ、というのが留学の大きな目的の一つだったから、順調と言えるだろう。

「カメハメハからの刺繍糸、もうすぐ届くにゃ?」
「と、思います。楽しみですね」

 魔法陣を服に縫いつけ起動させる技術があると知った。
 ウートレイドにとって特に秘匿することでもないようだ。
 学院でこうした知識を得られるのも留学生ならではであろう。

 一方でこれはどうだろう? と思うこともある。
 パルフェ様の選択している科目に合わせてモアナ様も講義を選んだのだが、それが経営学、哲学、薬学、刺繍、声楽なのだ。
 刺繍や声楽はいいとして、カメハメハの王女ならば座学は政治学や法学、国際関係学、帝国語等を選ぶべきではなかったか?

「パルフェと友達になれたからいいのにゃ」
「それもそうですね」

 パルフェ様は底が知れない。
 魔法の実力はもちろん、ウートレイドの国王陛下はじめ多くの有力者実力者と普通に話のできる人脈がすごい。
 ああいう方と親しくしてもらっているというのは、何よりの収穫ではないだろうか?

「どうせ共通語と帝国語両方覚えるのはムリだったにゃ」

 思わず苦笑する。
 帝国語は欲張り過ぎでしたかね。
 帝国に行く機会はないでしょうし、共通語が上手になれば将来そう困る事態にはならないと思われますから。

 ……パルフェ様はモアナ様の『にゃ』という語尾がお気に入りのようです。
 パルフェ様自身、言葉遣いや敬語に無頓着なようで、行儀作法の講義ではよく注意を受けるそうですが。

「帝国といえば……あの男、モアナ様はどう思われます?」
「ラインハルトかにゃ? いけ好かないやつだにゃ」

 ラインハルト・ローゼンクランツ。
 ミナスガイエス帝国から来た、派手な金髪が目立つ留学生。
 一流の人物鑑定眼を持つモアナ様も怪しいと考えておられる。

「帝国から送り込まれたスパイですか?」
「パルフェもそう考えていると思うにゃ」
「付かず離れずの位置にいますよね」

 クインシー殿下の思惑はわからない。
 いや、帝国からの留学生、しかも公爵令息という大物となれば殿下自らが相手するのは当然だ。

「でも私達の考えることではないにゃ。ウートレイドのやるべきことだにゃ」
「はい」

 あの留学生は目立ち過ぎている気もする。
 特に何ができるわけでもないと思うが?

 ――――――――――同刻、王宮にて。クインシー殿下視点。

「ふむ、帝国からの留学生か」
「間違いなく間者ですね。クインシーとパルフェちゃんの人物を探るという目的が主なんでしょうけれども」

 食事をしながらお父様お母様と話をする。
 図らずも二年次が始まった高等部生活の話題となったのだが。

「留学生はもう一人いるのだろう?」
「はい。モアナというカメハメハからの女生徒です。王女と聞いています」
「そちらはどうだ?」
「共通語があやふやだったので聖女様が付いています」
「お付きの者は?」
「侍女が一人です」
「小国カメハメハとしては、ウートレイドと関係を持ちたかろう。おそらくクインシーや聖女パルフェがいることを知って、いい機会だからと同学年の王女を急遽送り込んできたのであろうな。共通語があやふやというのもそれで説明が付く。侍女は警戒すべきか?」
「状況的にカメハメハの留学生は危険はない。無視していいと思うわ。パルフェちゃんが付いているなら尚更そう」

 お母様の聖女様に対する信頼は厚い。
 去年の建国祭前日の自然派教団を蜂起させずに取り押さえた事件以来、特にそうだ。

「注意せねばならんのは帝国人留学生の方か」
「そうですね。聖女様がボクにだけこそっと教えてくれたのですが、かつてあの留学生ラインハルト・ローゼンクランツを一度見たことがあると」
「何だと?」
「どこでです?」
「昨年の文化祭の剣術大会だそうです。観客席にいて、フードを被っていて少々怪しく見えたので注目していたと。魔力の質が同じだから間違いないと」

 ボクにだけ教えてくれたのはすなわち、お父様とお母様に伝えておけということだろう。
 考えに沈むお父様とお母様。

「……さすがパルフェちゃんね」
「会話から帝国の高い身分の人と察することができたようで。その時は国に招待されて、お忍びで見に来たと思っていたそうです」
「招待なんかしとらん」
「となると学生の親族か関係者の体で見に来ていたのでしょう」

 帝国の有力者ならそれくらいの伝手はあるのだろう。

「それ以外に聖女パルフェは何か言っていたか?」
「その剣術大会の際ですが、ウートレイドは魔道の国だと聞いていたが、ヒヨコがこの程度なら親鳥も知れている、といったニュアンスのことを帝国語で話していたと」

 お父様とお母様の眉が吊り上がる。
 学生剣士の実力がこの程度なら騎士のレベルも大したことはないだろう、という意味に取れるからだろう。

「……言ってくれるではないか」
「戦士の実力を指すのか魔道の実力を指すのか。おそらく両方でしょうけれども」
「昔からそうだ。ミナスガイエス帝国は我がウートレイド王国を軽んじておるのだ」
「ウートレイドは戦士の数が少ないです。それはよいのですが、質まで侮られるのは面白くありませんね」
「わざわざ剣術大会を見物させた留学生を送り込んでくるのか。念の入ったことではないか」
「かなり早い段階で留学生を派遣することは決まっていたのでしょう」
「そういえば聖女様はラインハルトに聞いていました。いつから留学の話があったのって。元々ウートレイドに個人的に興味はあったが、留学が決まったのは今年に入ってからだと答えていました」

 お父様が口角を皮肉気味に上げる。

「留学が決まったのは今年、か。留学の話が出たのは、ではなくて」
「ギリギリウソにならないライン、ということでしょうね」

 ウソを見破れる魔道具があるらしい。
 ラインハルトも聖女様の魔法の実力は知っているから、そういう細かいところで警戒しているのかもしれない。

「いずれにせよその留学生からは目を離すな」
「はい」

 帝国が何を考えているかはわからない。
 今のボクにできることは、さりげなくラインハルトを監視しておくことだけだ。
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