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第103話:コトコト煮込んだ美味しいお肉

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 ――――――――――ゲラシウス筆頭枢機卿視点。

「……ということになったの」
「よかったであるな」

 娘のサブリナが随分と喜んでいるである。
 文化祭のクラスの出し物の目処が付いたようである。

「文化祭ではあの大鍋で煮込んだ魔物肉のスープが、また今年も食べられるということであろう?」
「そうよ」
「よきことかな。客からすると食べられるということが重要である」
「聖女様も似たことを言っていたわ」
「あやつは本質を突くであるからな」

 無礼な分だけ鋭く、失礼な分だけ正論なのである。

「聖女様が間に入ってくれなかったら、うちのクラスで魔物肉のお店を出し物にするなんてできなかったわ。一組の生徒は皆反対でしたもの」
「そもそもサブリナのクラスで魔物肉屋をやろうとしたのは何故であるか?」

 普通は自分達でやれることをやろうとするのではないか?
 肉の調達を小娘に任せてしまうのでは、楽をし過ぎと言われても仕方ないである。

「だって美味しいんですもの」
「実にもっともであるが……あっ、魔物肉屋をやるというのはサブリナの意見であるか?」
「そうなのよ」

 まさかまさかであった。

「出し物何にしようかという話をしていて、今年は早々と講堂が埋まってしまったのよ。オーソドックスな劇の類は不可能で。ならば去年一番人気だった魔物肉の料理屋を聖女様のクラスはやらないようだから、三組でやってもいいんじゃないかと思って」
「クラスで反対意見は出なかったであるか?」
「もちろん出たわよ。一組が認めるはずはないって」
「それなのに押したのであるか?」
「だって魔物肉は美味しいんですもの」

 完全に同意。
 あの美味さには勝てぬである。

「それに去年の実績から高い評価がもらえるのはわかりきってるのよ。ダメで元々、一応話だけしてみましょうということで、私が代表で交渉しに行ったの」
「で、小娘がその意見を通したと」
「そうなの。聖女様は親切ね」
「交換条件があるのであろう?」

 あの小娘が面倒見がいいのは確かである。
 が、甘くはないのである。

「一組は劇をやるんですって。クインシー殿下と聖女様のラブロマンス」
「あっ!」

 そうか、殿下と小娘の婚約が発表されたから。
 本人達が演じる劇となれば間違いなく話題をさらう。
 考えたものであるな。

「でも一組は男子が多いでしょう? 小道具の手が足りなくなるから、三組で手伝ってくれって」
「なるほど。魔物肉屋は当日が忙しいだけであるからな」
「実際には聖女様の縫い物はスピードが違うから、いくら一組の女子が少なくたって間に合わないことはないと思うのよ。人員を増やすことで飾り付けとかを細かく豪華にしたいんじゃないかな」
「王子殿下と聖女のロマンスならば、小道具も豪華な方が映えるである」
「そうよね。聖女様はちゃっかりしてるわ」

 一番ちゃっかりしているのは我が娘なり。
 そのちゃっかり娘が吾輩にネコのような視線を向けてくるである。

「パパはクインシー殿下と聖女様の婚約については知っていたんでしょう?」
「決定は発表直前であったである。しかし以前からそういう話があったことは知っていたである」
「ふうん、王家とはいつ頃から話があったの?」
「……二年前の建国祭よりは前であったな」
「そんな昔のことなの? 驚きだわ」

 王宮に呼び出された日だ。
 てっきり建国祭についての簡単な打ち合わせかと考えていたである。

「うむ。当時は学院高等部を卒業して後、正式決定になるだろうということであった。おそらく小娘が貴族をうまくあしらえるかは未知数だったからして、学院での様子を見て判断しようという意図だったと思うである」
「発表が早まったのはどうして?」
「エインズワース公爵家への配慮ではないかと思う。アナスタシウス大司教猊下とシスター・ジョセフィンが結婚したであろう?」

 首をかしげるサブリナ。

「……ジョセフィン様に関係があるの?」
「シスター・ジョセフィンが還俗してエインズワース公爵家を継ぐのではないかという観測があったのである。しかし聖教会に人生を捧げたシスター・ジョセフィンに、貴族としての生き方を一から学べというのも酷であろう?」
「あら、聖女様は平民で聖女ですけれど、王家に嫁ぐのでしょう?」
「あれは特別だからして」

 改めて考えれば小娘が最も大変な気はする。
 しかしあやつは自分を曲げぬし、その様が何故か陛下や王妃殿下に気に入られている。
 全然苦労している気がしないである。
 人生を謳歌しているである。

「シスター・ジョセフィンの妹ユージェニー嬢は、クインシー殿下の婚約者候補であるという世間の目があったであろう? ところがシスター・ジョセフィンの結婚で、ユージェニー嬢がエインズワース公爵家を継ぐのか? と思われ始めた」
「ああ、そうだわ。クインシー殿下の婚約者は誰になるのかって、一時期社交界で混乱があったと聞いたわ」
「混乱はよろしくないということである。クインシー殿下の立太子と婚約者を発表してウートレイドの辿るべき道筋を照らし、同時にエインズワース公爵家では跡を継ぐユージェニー嬢の婿を探しているという無言のメッセージを発したのである」
「そういう駆け引きは面白いわ」

 我が娘は無邪気であるな。
 しかしそういう駆け引きにサブリナが向いているとは思わぬである。
 そういうのはもっとこう、あの小娘みたいに考えが浅そうで深い、邪悪な者に向くのである。

「じゃあユージェニー様の御婚約も近々発表されるかもしれないのね?」
「いや、吾輩の聞いたところではまだ白紙ということであったな」
「そうなの? じゃあ従兄のバート兄様なんて有力候補かもしれないわね」

 バートランドはラウンズベリー侯爵家本家の次男で、吾輩の甥である。
 いい歳して婚約者が決まっておらぬ。
 ユージェニー嬢と身分の釣り合いは取れているであるが。

「大司教猊下は王弟ではあるが、陛下と腹違いで仲が悪かったであろう? それがエインズワース公爵家の令嬢と結ばれたということで、いらぬ勘繰りをする者もいるのである」
「……それって陛下と対抗して、みたいな?」
「さようである。国を割る思想である。であるからして、エインズワース公爵家ではユージェニー嬢の婿に高位の貴族出身者をあえて求めぬのではないかとも言われている」
「駆け引きって難しいのね?」
「さようである。ユージェニー嬢に選ばせるのではないかとも聞いたな」

 通常公爵家の令嬢にはあり得ぬことではあるが。

「恋愛結婚になるのかしら。ロマンチックね。でもその方がいいと思うわ。だってユージェニー様は大人しいですもの。旦那さんを押し付けられるのは可哀そうだと思うわ」
「サブリナはどうであるか?」
「私がどうとは?」
「いい人はいないのか、という意味である」

 サブリナの顔が赤くなる。
 こういうところは可愛いである。

「私は……お誘いを受けることはありますけれども」
「本家ではサブリナを政略の駒として用いる気はなさそうである」
「あったらクインシー殿下にプッシュするからもう少し勉強頑張れとか言われていたでしょうね」
「うむ。となればサブリナもまた比較的自由な身である。自分の望む結婚が可能であるぞ。もちろん相手を探してくれということならそうするであるが」
「結婚かあ」
「卒業するまでには相手を決めておくである」

 吾輩の枢機卿という職ももちろん一代限りであるしな。
 我が家のことは考える必要がないである。

「できましたわよ」

 妻から声がかかる。
 コトコト煮込んだ美味い肉の完成である。
 ああ、幸せである。
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