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第5章 和歌山城の凶妖たちと、特務文化遺産審議会

紀伊の結界守たち

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高石垣を見上げ、山裾に沿ってゆるやかに上がっていく。
ほぼ全周が石垣で防御されているようで、近くで見るとさらに要塞としての雰囲気が強く感じられる。

途中、なんとしたことか城内に動物園が設けられており「ペンギン」「アルパカ」などの文字に心が躍るが、会合の時間が迫っているのでなるべく見ないようにした。

気の毒がったコロちゃんとマロくんが、一瞬だけ動物の耳を出してみせてくれる。
大サービスだ。

動物園、そして水禽園を横目に通り過ぎると、間もなく山上へと続くであろう細い急坂が見えてきた。
これをえっちらおっちら登ってみると、見た目に反して意外と急峻な虎伏山の様相が実感できる。

風情ある小径を登り切ると、天守閣前の広場へと出た。手前には茶屋があるけれど開いておらず、その代わりに天守へと至る立派な二の門前に「特務文化遺産審議会 定例会合会場」と達筆な年代物の看板が立てられている。

マスクをかけたグレースーツの女の人が会釈をし、すっと手で入場を促す。
天守曲輪に足を踏み入れたわたしは、思わず歓声をあげた。
正面には小天守、それにくっついた大天守。そしてぐるりを渡り廊下のような櫓が囲み、一連の建物として繋がっている。

「先生ごめんな。おわったらゆっくりお天守登ろな」

ユラさんが申し訳なさそうにそう言って、正面の小天守入口ではなく向かって左側の「出口」と書かれた櫓の方へと向かった。

そこにもまたマスクにグレースーツの女性がおり、会釈してすっと次の道へといざなう。
そちらを見ると、なんとここから下る石の階段が見えている。
この地方に特有な美しい緑の石で組まれており、一部は岩盤を削ってできているようだ。

たしかこれは、「埋門うずみもん」と呼ばれる施設だ。

この櫓のあたりにはかつて台所が設けられており、この山頂から直接中腹へと出られる地下通路によって、水源の井戸と最短経路で連絡していたのだ。
つまりは籠城戦を想定したもので、よりリアルに和歌山城の強さを感じさせる。

普段は立ち入り禁止のようだけど、スタッフの女性が降り口の鎖を外して案内してくれ、わたしたちはユラさんを先頭にゆっくりとそこを降りていった。

もうひんやりしてわくわくしたけど距離はさほどでもなく、すぐに木戸へと至った。
ここから表に出られるのね、と思いつつユラさんがそれを押し開くのを見ていると――。

外だと思ったそこは、なんとしたことか赤い絨毯敷きの西洋風の広間になっていた。
奥には暖炉があって、天井には大時代な蝋燭のシャンデリア。まるで明治か大正の洋館のようだ。

テーブルや椅子などの応接セットには既に何人もが思い思いにくつろいでおり、ひと目で僧や神職とわかる装束の人もいる。

「和歌山城の"あわい"、特務文化遺産審議会の本拠へようお越し!」

横から突然元気よく声をかけられ、びっくりして振り向く。
そこには自由極まりないウェーブのかかったロマンスグレーの髪に、ひょろりとしたスーツ姿の男性。

特務文化遺産課の、刑部佐門おさかべさもんさんだった。

「佐門さん、おひさしぶりだねえ」
「白髪が増えたみたいね」

マロくんとコロちゃんは気さくに挨拶しているけれど、ユラさんは微妙な距離をとっている。
はっきり「好き嫌いは別」と言っていたのをつい思い出してしまう。

しかしオサカベさんはいっかなそんなこと気にしていないみたいで、

「雑賀せんせも、遠いとこほんまおおきによ。あ、和歌山ラーメン食べはった?」

と、いつもの調子だ。
あれ鯖寿司と一緒に食べてくださいねえ、とオサカベさんがラーメンの話を続けているところに、ぬうっと大きな人影が近付いた。

「これはこれはゼロ神宮さん。紀伊の端から、ようお越しやな」

みると恰幅のよい、見るからに気難しそうな壮年のお坊さんが立っていた。
長身のユラさんよりさらに頭2つほど大きい。

「胡簶童子さん、鞠麿童子さんも。ありがたいこっちゃ」

じゃらりと数珠を擦って合掌し、野太い声で言う僧に、コロちゃんとマロくんは黙って合掌を返した。
そして僧は、わたしに目だけ向けると上から下までじろりと睨め付けるような視線を送った。

なんかこわいなあ、と思った瞬間にユラさんが間に割って入り、

「龍厳さん、この春から紀北の結界見回ってくれとる"雑賀あかり"さんです。普段は歴史の先生してはるんよ」

と紹介してくれた。続けて、

「あかり先生、こちらは裏高野の管長してはる"龍厳"和尚わじょう。こないだ会うた龍海さんのお師匠さんやわ」

と引き合わせてくれる。

「ほう…その節はえらいお世話んなりまして」

言葉よりもずいぶんあっさりした態度の龍厳さんは「ほな、また後ほどな」と言いおき、巨体を揺すって自席へと戻っていった。

「なんだかあんまり、感じがよくないというか…」

思わずわたしがそうこぼすと、

「そやねえ、感じ悪いねえ」

と、なぜかオサカベさんがニッコニコしながら相槌を打っている。
なんとなく、ユラさんたちが憂鬱そうにしていたのがわかってきた気がするぞ。

「おっ、もう始まるさかい。ほな皆さん、好きなとこ座っとってねえ」

と言い残して、オサカベさんがひょこひょこと正面にある演台の方へと行ってしまう。
わたしたちは一番後ろの方の席に固まったけど、なんだかチラチラと他の人たちからの視線を感じる。

さっきの龍厳さんみたいな法衣や、あるいは着物の参加者が目立ったけれど、よく見るとわたしのようなふつうのスーツ姿もちらほらと見受けられる。

と、前方奥の大きな扉が開き、洋装の上品な老婦人が進み出て演台からこちらに向き直った。

「結界守の皆さん、ようお越しくださいました。初めての方もいてはるさかい、自己紹介させてもらいます。私は特務文化遺産課課長、徳川頼江いう者です」

お見知りおきください、と歯切れのいい関西弁のイントネーションで締めくくり、老夫人は脇のテーブル席に着いた。

「はい、では出欠確認ですう」

後を受けたオサカベさんが、のんびりした口調で呼び出しを始める。

「裏高野さあん……、裏三社さあん……、裏天野さあん……、裏九鬼さあん……、裏熊野さあん……」

それぞれに皆黙って手を挙げ、その都度袖の衣擦れや数珠が打ち合わさる音が立つ。

「ゼロ…あ、瀬乃神宮さあん」

ユラさんも黙って手をあげる。

「裏雑賀さあん」

どきり、とした。
わたしの苗字と同じ、"雑賀さいか"とたしかに聞こえたから。

「本日、代理の者です」

立ち上がってそう答えたのは、品のいい紺のスーツ姿の若い男性だった。
この場に似つかわしくない、といっては他の人に失礼かもしれないけれど、なんとも爽やかな好青年だ。

なぜだか妙に気になって、わたしはその人からしばし目が離せなくなってしまった。
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