白と黒のメフィスト

るなかふぇ

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第四章 皇帝と魔塔

14 半身の愛

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 その場はそこまでのことで、シディはインテス様とともに応接間を辞した。旅の疲れもあるだろうとのことで、今夜はこのまま休むことになるらしい。すぐに他の魔導士たちが、用意した客間へと案内してくれた。
 廊下のあちこちに開いた窓からは、島の岸辺と海とが見渡せる。外ではすでに夕刻の風が吹きはじめているようだった。

「では、夕餉の頃にまたお迎えにあがります。どうぞごゆるりとお過ごしくださいませ」
「あ……あの」

 しかし。
 案内の者が立ち去ってから部屋に一歩入って、シディは大問題に気がついた。

「も、もしかして……同じ部屋、ですか? 殿下と???」
「うーん。どうやらそういうことのようだな」

 いや、そういうことのようだな、じゃないだろう!
 なにを涼しい顔をしてるんだ、この人は。
 慌ててしまって最初はよく見ていなかったけれど、入ってみれば部屋はいくつかがつながったつくりになっていた。奥の寝室らしい部屋をのぞくと、そこには大きな寝台が一つ置かれているだけだった。

(ひとつ……)

 ──ということはもしかして、殿下と同じ寝台で寝ろと?
 いやもしかしなくてもそうなのか。しかし。

「どっ、どどど、どうして、どうしてっ──」
「ああ……それなんだがな。まあ、座ってくれないか」

 案内の魔導士が完全に立ち去ったのを確認して、殿下はすぐに扉を閉め、シディを茶卓のほうへいざなった。二人でクッションを背にして向かい合う。

「ずっと言おうと思っていたのだがな、シディ」
「は……はい」

 殿下はなんとなく困った顔をしている。自分の顎を触ってみたり、そわそわとよそへ視線を投げてみたりと落ち着きがない。どこか申し訳なさそうにも見える。

「なん……なんですか? 殿下」
「すまない。実はそなたに黙っていたことがあるのだ。……まだ」
「え?」

 まだ何かあるのか、この人。いったいどれだけ隠し事があるんだ。いや隠し事というと言いすぎか。単に情報を開示する順番と機会をうかがっていただけなのだろう。それも主にこちらの体調や心の状態を気遣って。だからシディだって、悪意があるわけでないのは理解している。

「そ……それは?」

 恐るおそる訊いたが、殿下はなかなか答えてくださらなかった。どうやらなにから話そうかと思い悩むご様子だ。シディは膝の上で拳を握り、ごくん、と唾を飲み込んだ。

「……ええと。つまりだな」
「はい」
「《救国の半身》というのは、多くは男女がなるものなのだが」
「……はい」
「いや、もちろん同性の二人だったという記録もなくはないのだがな」
「……はい?」

 いったい何が言いたいんだ。話が見えない。
 すっかり変な顔になっていたのだろう。殿下はちらっとシディを見た途端、困惑しきった顔になられた。そしていきなりがばっと頭を下げた。

「すまぬっ。つまり……《救国の半身》というのは、互いを心から求めあってしまう存在なのだ。ほぼ自動的に……運命的に」
「は?」
「それも、単に人間的に好きだというような状態でなく……それをずっと跳び越えた、もっとも親密な関係になる……と言われている」
「え。……そ、それって」

 殿下の頬と耳が赤らんでいるのに気づいて、シディも急に、全身が燃えるように熱くなった。
 同じ部屋。ひとつの大きな寝台。
 それは、つまり。
 つまり……、なのか。

(……そうか)

 だから、自分はあの売春宿に囚われていた時から、この人の匂いを察知してあんなにも慕わしく、懐かしい気持ちになったのだ。この人は純粋な人間ピュオ・ユーマーノだから自分ほど鼻は利かないが、それでもこれだけ近くにいればシディの匂いには気づいているのだろう。
 もしかしてこの人にも、自分の匂いが心地よく感じられているのだろうか? もしそうだったら嬉しいけれど。
 そっと殿下の表情を窺うと、殿下はひたすら申し訳なさそうに複雑な顔をしておられた。

「しかしな、シディ。私はその……『運命的に愛し合う』というのがどうも……胡散臭く思えてならなくてだな」
「えっ?」
「だってそうだろう。勝手に《救国の半身》だなどと決められて、勝手にお互いを愛する運命だなどと言われる。むしろそうでなければ《半身》としての力を十分に発揮できないとすら言われているのだ」
「ええっ……」
「だが、それはまことの『愛』だと言えるのだろうか? ……私はそうは思わない」
「…………」

 なんだか、喉がつまったようになった。
 そうか。殿下は、イヤなのだ。そんな風に勝手に運命で縛られて「はいそうですか」とシディを愛するようになってしまうことが。こんな風にしてシディと結ばれてしまうことが。
 どきん、どきんと胸の鼓動が早くなる。うまく息ができない。

(じゃあ……殿下は)

 こんな自分を愛するなんて、まっぴらだとお考えなのだろうか。
 いや、無理もない。
 こんな高貴な皇子様が、男娼として散々に男たちに弄ばれ穢されてきた、こんな薄汚い自分のことなど──

「あっ。いや! そうじゃない! そうじゃないぞ、シディ!」

 慌てた声がして目を上げたら、殿下の顔が熱く歪んだ。ぱたぱたっと手首のあたりに何かが落ちたと思ったら、それは自分の目からこぼれた雫だった。
 殿下は苦渋の表情で頭を抱えている。

「勘違いしないでほしい。シディは素晴らしい。私がこれまで出会って来たどんな人よりも貴く、美しく、優しい人だと思っている。本当だ。そこは信じてほしい」
「……で、でも──」

 でも、愛するのはイヤなんだ。そう言ったじゃないか。
 たった今!
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