143 / 209
第十二章 過去の世界
11 精霊連携
しおりを挟む
大洋を大回りする形で《クジラ》は悠々と航海を続けた。途中、あの海底遺跡に立ち寄ったことを考えても、さほど行程に遅れは生じていない。すべて《アクア》様たちのご助力のおかげだった。
かれらは天候や生き物の動きなど様々な海の環境をすべて把握している。《クジラ》の一行にとってどう進んでいけばもっとも効率的な移動ができるか、かれら以上に知っている存在はなかった。
その後、ティガリエはじめ随伴してくれている兵や魔導士たちに海底の様子については話して聞かせた。だがシディの首飾りに記録を移しかえられた内容については、インテス様が「しばらく黙っておこう」とおっしゃったので、話すことはできなかった。
シディはひどく申し訳なく思ったけれど、「まずはセネクス師匠にお話しするのが筋だろう」というインテス様のご意見はもっともなことだったのだ。
《サア。ボクラハココマデ》
さらに数日の航海の果て、遂に《アクア》様たちがそう宣言したとき、《クジラ》は一周まわって帝都の存在する大陸の脇まで到達していた。魔塔へ出かけるときに出発する側とはちょうど反対側の岸辺である。
《ココカラハ、ホカノコタチガクルカラネ》
「あっ、アクア様……!」
シディは慌てて《クジラ》の壁にはりついた。海面はすぐ頭の上にあり、穏やかな日光がゆらゆらと周囲を照らす中、《アクア》様たちはいつものようにきらきら光ってシディに笑いかけてくれていた。
《ゲンキデネ、クロイコ》
《シロイコモ、ガンバッテネ》
「ありがとう存じます、《アクア》様」
インテス様が深々と礼をするのに合わせて、一同もみな頭を垂れた。シディも慌ててそれに倣う。
「ありがとうございました、《アクア》様」
《ウミヤカワニキタラ、マタアエルヨ》
《マタアオウネ、クロイコ》
気のせいかもしれないけれど、《アクア》様たちはとりわけシディには優しい雰囲気で話してくださる。幼児のころ、何年も海に隠してくださったことがあるのだから当たり前なのかもしれないけれど、シディはひどく嬉しかった。かれらは自分にとって第二の親のように感じられるからかもしれない。
「ほんとに、ほんとに……ありがとうございました。きっとまた会えますよね? きっとまたオレ、来ますから」
《ウン。マッテルネ》
《ゲンキデネ、クロイコ。シロイコトナカヨクネ》
《ガンバッテネ》
《マタネ》
《マタネ……》
シディは青く光る精霊たちが遠く離れて完全に見えなくなるまで、腕が痛くなるまで振りつづけた。
すっかりかれらが見えなくなると急に寂しくなった。思わず肩を落としていたら、その肩をそっとインテス様が抱き寄せてくださった。
「大丈夫だ。『また会える』とおっしゃっていたじゃないか。寂しがることはない」
「は、はい……」
「では。そろそろ陸地にあがろう。ラシェルタ」
「はい。すでに準備に入っております。安全のため、皆様お席におつきください」
みながラシェルタの言葉に従ったところで、《クジラ》は上昇をはじめた。そのまま背中から大量の水を滴らせながら海面に出、空中に出ていく。《隠遁》の魔法は解かないままだ。
(あっ。陸地……!)
なんだかすでに懐かしく感じてしまう陸の風景。そこは港でもなんでもない、ただの岩場だった。周囲には様々な樹木が生えており、枝を海風に揺らしている。近くに村などがある様子さえない。
《クジラ》は悠然とその林の中におりると、姿を消した。砂地にさくりと足裏が着くと、不思議な安心感がこみあげてきた。
「ここは、どのあたりなんですか?」
「わりと帝都から近いんだぞ」
「そうなんですか?」
「ああ。だが素晴らしい魔導士たちの《隠遁》のお陰で、だれにも察知はされていない。そうだな? ラシェルタ」
「左様にございます。ありがとう存じます」
インテス様のお褒めの言葉に、ラシェルタがわずかに目を細めている。
「ですが今回、またもや頼れる方々がお越しのようですね」
「えっ?」
ラシェルタがちらりと見やった方を見ると、木々の梢のところでまたもやきらりと光っている存在がある。それは爽やかな緑色の光だった。
「あ……えっと。もしかして風の《ヴェントス》さま……!?」
《ソウダヨ! コンニチハ、クロイコ》
《ソレカラ、シロイコ。ボクラズーットマッテタンダヨ!》
《オイ、マテ。ソイツラダケジャナイゾ、クロイノ》
「えっ!」
足元からいきなり声がして、思わず飛びすさった。
今度は砂地のところで茶色い光がぴかぴかしている。
「えっと……すみません! もしかして土の《ソロ》さまですか」
《ソウダゾ、クロイノ。ソレカラ、シロイノ》
「お初にお目に掛かりまする。風の《ヴェントス》さま、土の《ソロ》さま」
インテス様が皇族としての品のいい礼をすると、またもやみながそれに倣った。慌ててシディもぴょこんと頭を下げる。
《ココカラハ、オレタチノリョウブンダ》
《キミダケジャナイヨ》
「ひゃっ!?」
今度は岩のほうから違う声がした。そちらには黄色い光がちらちらしている。
黄色といえば──
「おお。そちらにおられたのですね。金の《メタリクム》様」
《ソウダトモ。ワタシヲワスレチャコマルンダヨ》
「ふんっ」と鼻を鳴らしたのがわかるような臍の曲げようだ。
なんだかちょっと面白くなってしまった。ここではじめて知ったけれど、精霊たちにはそれぞれに、ちょっとずつ性格の違いがあるらしい。
《アイカワラズダナ、オマエ。ソンナオタカクトマッテルカラダロ》
《ヤカマシイ。ゲセンノモノハダマッテオレ》
「あっ、あのあの……。ありがとうございますっ。これからよろしくお願いします。《ヴェントス》さま、《ソロ》さま、《メタリクム》さまっ」
《アア。マカセテオイテ》
羽根のように軽く、ころころと笑うのがヴェントス。
《オレガイレバナンノモンダイモナイゼ!》
どっしりと得意げなのがソロ。
《ヨクイウ。ソレハワタシノセリフダヨ》
ちょっと格好をつける感じが激しいのがメタリクム……ということのようだ。
なんだかケンカが始まってしまいそうなので慌てて遮ったのだけれど、お三方はさほど気分を害した様子はなかった。むしろシディに対してはどの精霊も妙に優しい気がした。
ぽんぽん口喧嘩はしていても、基本的にいがみあっているという感じはない。むしろ言い合いを楽しんでいらっしゃるように見えた。
《サアサア。クチゲンカナンカシテ、ノンビリシテルバアイジャナイヨ》
《オウトモ。サッサトイクゼ》
《アア。ソウダナ》
なんだか一気ににぎやかになってしまった。
そのまま一同は《ヴェントス》の風の膜につつまれて再び空中に浮かびあがり、《隠遁》を使いながら帝都を目指した。
かれらは天候や生き物の動きなど様々な海の環境をすべて把握している。《クジラ》の一行にとってどう進んでいけばもっとも効率的な移動ができるか、かれら以上に知っている存在はなかった。
その後、ティガリエはじめ随伴してくれている兵や魔導士たちに海底の様子については話して聞かせた。だがシディの首飾りに記録を移しかえられた内容については、インテス様が「しばらく黙っておこう」とおっしゃったので、話すことはできなかった。
シディはひどく申し訳なく思ったけれど、「まずはセネクス師匠にお話しするのが筋だろう」というインテス様のご意見はもっともなことだったのだ。
《サア。ボクラハココマデ》
さらに数日の航海の果て、遂に《アクア》様たちがそう宣言したとき、《クジラ》は一周まわって帝都の存在する大陸の脇まで到達していた。魔塔へ出かけるときに出発する側とはちょうど反対側の岸辺である。
《ココカラハ、ホカノコタチガクルカラネ》
「あっ、アクア様……!」
シディは慌てて《クジラ》の壁にはりついた。海面はすぐ頭の上にあり、穏やかな日光がゆらゆらと周囲を照らす中、《アクア》様たちはいつものようにきらきら光ってシディに笑いかけてくれていた。
《ゲンキデネ、クロイコ》
《シロイコモ、ガンバッテネ》
「ありがとう存じます、《アクア》様」
インテス様が深々と礼をするのに合わせて、一同もみな頭を垂れた。シディも慌ててそれに倣う。
「ありがとうございました、《アクア》様」
《ウミヤカワニキタラ、マタアエルヨ》
《マタアオウネ、クロイコ》
気のせいかもしれないけれど、《アクア》様たちはとりわけシディには優しい雰囲気で話してくださる。幼児のころ、何年も海に隠してくださったことがあるのだから当たり前なのかもしれないけれど、シディはひどく嬉しかった。かれらは自分にとって第二の親のように感じられるからかもしれない。
「ほんとに、ほんとに……ありがとうございました。きっとまた会えますよね? きっとまたオレ、来ますから」
《ウン。マッテルネ》
《ゲンキデネ、クロイコ。シロイコトナカヨクネ》
《ガンバッテネ》
《マタネ》
《マタネ……》
シディは青く光る精霊たちが遠く離れて完全に見えなくなるまで、腕が痛くなるまで振りつづけた。
すっかりかれらが見えなくなると急に寂しくなった。思わず肩を落としていたら、その肩をそっとインテス様が抱き寄せてくださった。
「大丈夫だ。『また会える』とおっしゃっていたじゃないか。寂しがることはない」
「は、はい……」
「では。そろそろ陸地にあがろう。ラシェルタ」
「はい。すでに準備に入っております。安全のため、皆様お席におつきください」
みながラシェルタの言葉に従ったところで、《クジラ》は上昇をはじめた。そのまま背中から大量の水を滴らせながら海面に出、空中に出ていく。《隠遁》の魔法は解かないままだ。
(あっ。陸地……!)
なんだかすでに懐かしく感じてしまう陸の風景。そこは港でもなんでもない、ただの岩場だった。周囲には様々な樹木が生えており、枝を海風に揺らしている。近くに村などがある様子さえない。
《クジラ》は悠然とその林の中におりると、姿を消した。砂地にさくりと足裏が着くと、不思議な安心感がこみあげてきた。
「ここは、どのあたりなんですか?」
「わりと帝都から近いんだぞ」
「そうなんですか?」
「ああ。だが素晴らしい魔導士たちの《隠遁》のお陰で、だれにも察知はされていない。そうだな? ラシェルタ」
「左様にございます。ありがとう存じます」
インテス様のお褒めの言葉に、ラシェルタがわずかに目を細めている。
「ですが今回、またもや頼れる方々がお越しのようですね」
「えっ?」
ラシェルタがちらりと見やった方を見ると、木々の梢のところでまたもやきらりと光っている存在がある。それは爽やかな緑色の光だった。
「あ……えっと。もしかして風の《ヴェントス》さま……!?」
《ソウダヨ! コンニチハ、クロイコ》
《ソレカラ、シロイコ。ボクラズーットマッテタンダヨ!》
《オイ、マテ。ソイツラダケジャナイゾ、クロイノ》
「えっ!」
足元からいきなり声がして、思わず飛びすさった。
今度は砂地のところで茶色い光がぴかぴかしている。
「えっと……すみません! もしかして土の《ソロ》さまですか」
《ソウダゾ、クロイノ。ソレカラ、シロイノ》
「お初にお目に掛かりまする。風の《ヴェントス》さま、土の《ソロ》さま」
インテス様が皇族としての品のいい礼をすると、またもやみながそれに倣った。慌ててシディもぴょこんと頭を下げる。
《ココカラハ、オレタチノリョウブンダ》
《キミダケジャナイヨ》
「ひゃっ!?」
今度は岩のほうから違う声がした。そちらには黄色い光がちらちらしている。
黄色といえば──
「おお。そちらにおられたのですね。金の《メタリクム》様」
《ソウダトモ。ワタシヲワスレチャコマルンダヨ》
「ふんっ」と鼻を鳴らしたのがわかるような臍の曲げようだ。
なんだかちょっと面白くなってしまった。ここではじめて知ったけれど、精霊たちにはそれぞれに、ちょっとずつ性格の違いがあるらしい。
《アイカワラズダナ、オマエ。ソンナオタカクトマッテルカラダロ》
《ヤカマシイ。ゲセンノモノハダマッテオレ》
「あっ、あのあの……。ありがとうございますっ。これからよろしくお願いします。《ヴェントス》さま、《ソロ》さま、《メタリクム》さまっ」
《アア。マカセテオイテ》
羽根のように軽く、ころころと笑うのがヴェントス。
《オレガイレバナンノモンダイモナイゼ!》
どっしりと得意げなのがソロ。
《ヨクイウ。ソレハワタシノセリフダヨ》
ちょっと格好をつける感じが激しいのがメタリクム……ということのようだ。
なんだかケンカが始まってしまいそうなので慌てて遮ったのだけれど、お三方はさほど気分を害した様子はなかった。むしろシディに対してはどの精霊も妙に優しい気がした。
ぽんぽん口喧嘩はしていても、基本的にいがみあっているという感じはない。むしろ言い合いを楽しんでいらっしゃるように見えた。
《サアサア。クチゲンカナンカシテ、ノンビリシテルバアイジャナイヨ》
《オウトモ。サッサトイクゼ》
《アア。ソウダナ》
なんだか一気ににぎやかになってしまった。
そのまま一同は《ヴェントス》の風の膜につつまれて再び空中に浮かびあがり、《隠遁》を使いながら帝都を目指した。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
170
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる